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温泉宿の夜

 温泉街では、小町と千里が『スマートボール』にはまって一時間ほど動かなくなったり、当てても当てても倒れない的に業を煮やしたエミリアとリザが危うく射的屋のオヤジと乱闘騒ぎになるところであったりと、結構楽しむことができた。

『俺との腕組み禁止』に最初は不満そうだったアリスも、温泉まんじゅうやら漬物やら佃煮やらの試食を繰り返す度に表情が緩み、最後は「白いご飯が欲しいですわ」などと寝ぼけたことを口にしているところを見ると、それなりに楽しんだのであろう。


 当初は緊急避難的措置だった俺の『おなべ計画』も、五人それぞれの個性が強すぎて、一人ぐらい俺みたいなのが混じっていても逆に違和感はないらしい。まあ、念のためにスポーツブラが透けるようにして、背中で女アピールは継続して行っていたのではあるが。

 という訳で、ちょっと派手な女六人グループ旅行のノリで、俺達は温泉街を無事クリアしたのである。


「おかえりなさいませ」


 宿では上品な婆さんが俺達を迎えてくれた。その横にはもう一人の和服美人。

 って、あれ?

 和服美人も俺達の姿を見て驚いたような表情をしている。が、そこはさすがに俺達よりも人生に年季が入っているだけのことはある。すぐにおばはんは冷静さを取り戻した。

「先程は助けていただいてありがとうございました」

 そう、和服美人はおカマを掘った中年のおばはんだったんだ。

 

「ところで、あのときは何か魔法のようなものをお使いでしたの?」

 まあ、普通はそう聞いてくるよな。やべえな……。


 と、俺が動揺を見せていたら、アリスが上手い切り返しを始めたんだ。

「何のお話でしょうか?」

 これは『強引になかったことにする作戦』

 すると他の面々も口々にアリスに同調し始める。

「おばさんには初めましてなの」

 おばさんの顔をまじまじと眺めて、わざとらしくキョトンとして見せる小町。

「どこかでお会いしたかねえ」

 俺と合体していて、おばはんに会っていないエミリアは、逆に会ったことがあるのかとおばはんにわざと確認してみる。

「おなかすいた」

 千里はまったく脈絡のないことを言い出して、お話切り上げ作戦を始める。

「日本人はときどきおかしなことをいうものだな」

 リザは日本人論にまで話を広げて論点をあいまいにしていく。

「気のせいですよ」

 と、俺はとりあえずこの場をまとめ、とりあえずおばはんの疑念から逃げ出すことに成功した。危ない危ない。


「それでは温泉に参りましょうか」

 そうだなアリス。

 更衣室を無事通過した俺達は一応前をタオルで隠し、露天風呂に突入したんだ。

 って、もしかして宿泊者って俺達だけか?

「そのようですわ」

 そっか。ならば多少ポロリがあっても問題ないな。

 

 露天風呂はことのほか広かった。

 合法ロリがほっと溜息をつく。

 合法JKがどこで覚えたのか頭に手ぬぐいを乗せながら上機嫌で鼻歌を歌っている。

 青眼銀髪の美女が豊かな胸を隠そうともせずに半身浴を楽しんでいる。

 均整のとれた美女が俺の隣でニコニコと湯船に使っている。

 

 ああ、天国だ。

 俺はこんなに恵まれた生活を送ってもいいのだろうか。

 というか、これって現実なのだろうか?

 夢でもいいや……。

 ……。


 あれ? 一人足りないぞ。

 ウェービーブラウンのセックスシンボルはどこにいっちまったんだ?

「エミリアなら財布を持ってどこかに行っちゃったよ」

 単独行動とは珍しいな。千里にも行き先は行っていなかったのか?

「うん。でも浴衣姿だったし、外に行ってはいないんじゃないかな」

 そうか。

 まあ、子供じゃないし大丈夫だろうな。

 

「お待たせ」

 お、帰ってきたな。どこに行ってたんだエミリア?

「これを買いにね。ゲンキちゃんも飲むかい?」

 と、エミリアが桶に入れて抱えてきたのは『お銚子』と『おちょこ』のセット。

 この野郎、露天で一杯やるつもりだな。

「お昼はアルコールフリーで我慢したんだから、いいじゃないか!」

 わかったわかった。そんなに必死にならなくていいから早く温泉に浸かりな。

 

 ということで、俺の眼福がんぷくに『頬を染めながら日本酒を嗜むセクシー美女』が加わったんだ。


 温泉から出たら次は夕食。

「はやく食べたいの」

 そういや新鮮な刺身をどっさり食べるのは初めてだな。

「いい汗もかいたしビールと行こうかね」

 そうだな。今日はゆっくりと楽しむとするか。それじゃあ『いただきまーす』

 

 小一時間も経っただろうか。

 ビールはいつの間にか熱燗に代わり、アリス、エミリア、リザの頬をピンクに染めている。

 小町と千里は酒の代わりに果汁をソーダで割った、甘くないノンアルコールカクテルをお供に、料理を楽しんでいる。

 ああ、幸せだ。いい気分だ。

 アルコールが徐々に気分を高揚させていく。

「どうぞ」

 アリスが空いた俺のぐい飲みに酒を注いでくれる。

 

 ……。


 と、突然旅館に衝撃が走り、続けて轟音が響いた。なんだなんだ!

 俺達六人は慌てて部屋を飛び出し、音の方に向かったんだ。

 

 なんだこりゃ!

 俺達はその光景にあっけにとられた。

 

 旅館の玄関にはとんでもない訪問者が訪れていた。『ダンプカー』という招かざる訪問者が。


 畜生。酔いが冷めちまった!

 

 って、おいおばはん! やめろ危ないから!

 和服のおばはんが、無人のダンプカーに乗り込もうとするのを俺達は必死で止めたんだ。

 このおばはんが何をしようとしているのかわかったから。

 おばはんがこのダンプで復讐に向かうに違いないから。


「離して! こいつを返してくるだけだからさ! 離せ! 離してよ!」


「離さないの」

 

稚児抱擁カタミットハグ

 

 すると、小町に抱きつかれたおばはんは、見る見るうちに冷静さを取り戻していった。

 やがて、肩で息をしながらも俺達に部屋に戻るよう促し、従業員たちに的確な指示を始めたんだ。

 

 小町の『稚児抱擁カタミットハグ』は、相手に触れることによって体温を操り、精神状態をコントロールする特殊能力。

 小町はこの能力で、おばはんを落ち着かせたんだ。

 

 

 

「ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません……」

 しばらくの後、俺達の部屋に和服のおばはんがお詫びに訪れた。おばはんは憔悴し切った表情をしている。そりゃそうだよな。あんなのに突っ込まれたらどうしていいのかわからないよな。

 宿の入口は警察が状況見分のため閉鎖しており、外出もままならない。

 上品な婆さんは検分を行っている警官達を呆然と見つめている。

 酷いもんだ。

「嫌がらせだそうですわ」

 そうなのかアリス?

 いつの間にかアリス達は、べそをかいている受付のねーちゃんやら、ひそひそと何かを噂している仲居さん達やら、暇そうにしていた炊事場の女性達やらから色々な情報を集めてきていたんだ。

 どうもこの旅館は、いわゆる『地上げ』にあっているらしい。

 今回のダンプカー訪問も嫌がらせの一環だろうということだ。

 ただ、証拠がない。

「嫌がらせをしているのは『名牢組』というヤクザらしいですけれど」

 日中のオカマ掘られもそこの若い連中だとのこと。


 やくざか……。

 

 エミリア、ちょっと調べ物をしてくれるか。

「はいよ」

 千里とリザは地図を調べてもらえるかい。

「わかった」

「了解した」


 久々に頭に血が昇るのを感じる。

「ゲンボクちゃん怖いの」

「ゲンボクちゃん、落ち着いて……」

 すまんな小町、落ち着いているさアリス、ただな、むかつくものは仕方がないんだ。


 もう泣き寝入りなんかするもんか……。


「ゲンボクちゃん、組織構成はこんなところだね」

 ありがとうエミリア。

「そっちの場所も確認しておいたよ」

 気が利くな千里。

「『衛星眼サテライトアイで確認済みだ。指示を待つ」

 わかったリザ。


 それじゃあお前たち。パーティを始めるぞ。

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