ゲンボクちゃんとゲンキちゃん
耳をすませると、チンピラ兄さん達のダミ声が聞こえてくる。
「あーあ、べっこりだよこれ」
「どうしてくれんのよ、おかみさんよ。この車、高いのよ」
「修理代、いくらかかっちゃうかなあ」
「兄貴、俺は首が痛てえよ!」
「おう、言われてみれば俺もだ。こりゃあムチウチかな」
で、おかみさんと呼ばれた熟女が四対一にもかかわらずこれに応戦。
「あんたらが急ブレーキを踏むから悪いんだろ!」
「おばはん、『交通法規』って知ってるか?」
あー、当てられ屋だねこいつらは。しかも、このおばさんをピンポイントで狙っていたようだな。
さて、どーすっか。
「油断をさせてからエミリアに任せましょう。小町に千里、リザも頼みますね」
「こっちは準備万端だからね」
アリスとエミリアの声が脳に直接響く。
俺は今、アリスとエミリアの二人に包まれている。ただし今の二人は霊体のような存在であり、他人には見えない。
見た目もアリスが『ノーマル』に調整しているので、まんま俺の姿になっている。
それじゃあ作戦開始。
「すいません、どうしたんですか?」
とりあえず俺達は野次馬然と兄さん達に近づいてみた。
普通ならば目撃者である俺達は被害者から見たら大事な存在のはず。だが、兄さん達は俺達を追っ払おうとしたんだ。
「何だお前ら、見せモンじゃねえぞ!」
「可愛い子たちに怪我させたくなかったらさっさと消えちまいな!」
うはあ、テンプレ通りの脅し方だよ。
それじゃあエミリア、頼むよ。
The Xenon Dust by Chemical Lady
エミリアの念と同時に、兄さん達の鼻周辺に大気から『キセノンガス』が集められる。
キセノンとは不活性ガスの一種だが、実はこれ、非常に強力な『麻酔ガス』となる。
「ん?なんだ……」
と、ふらつき始めた兄さん達四人それぞれを、俺、小町、千里、リザが背中から支え、頭を打たないようにゆっくりとその場に座らせてやる。怪我させたら面倒だものね。
「ご婦人、ちょっとお待ちくださいね」
何が起きたのか混乱していながらも、おばはんは声をあげずに状況を見つめている。
大したタマだねこのおばはんも。
「これくらいなら直せるよ」
『修繕掌』
これは千里の特殊能力。ちょっとした機械の故障や金属のダメージなら、手のひらでさすってやることにより瞬時に直してしまう力。
「ということでご婦人。証拠はありませんから、この場から立ち去った方がよろしいっすよ。俺らもこれでトンズラしますから」
と、狼狽するおばはんを置いて、俺達は駆け足でワゴンに戻ったんだ。
「良い人助けでしたね」
ならよかったよアリス。
「出番がなかったの」
小町もちゃんとチンピラが怪我をしないように支えてやったじゃないか。
「どうだいあたしの能力は」
さすがだよエミリア。化学の力ってすげーよな。
「ボクもー」
千里もよく頑張った。そういや他のメンバーも特殊能力があるんだったな。
「私の『衛星眼』のようなものか?」
そうらしいぞリザ。
ちょっとしたイベントのおかげか、先程まではカレーの苦しみに囚われていた五人もけろっとしたものだ。
なし崩し的に再び俺が運転手になっているし。
温泉宿と言えば温泉街。温泉街と言えばぼったくりの土産物店やチープな露店。これは楽しみだぜ。
ということで、俺達はとりあえず宿にチェックインすることにしたんだ。
「いらっしゃいませ」
宿で俺達を出迎えてくれたのは結構な歳を感じさせる上品そうな婆さん。多分この宿のおかみさんなんだろうな。
どうも村の野趣あふれるパワフルなじいさんばあさんに慣れている俺達には、この上品さがむずがゆい。
この婆さん、ちょっと脅かしたら死んじまうんじゃないか?とくだらないことを俺が考えているうちに、さっさとアリスがチェックインの手続きを始めたんだ。
「木野虚アリスと申します。本日は『女子会プラン』を六名で申し込んだのですが……」
するとカウンター越しに、見た目はJKくらいの若い受付ねーちゃんが怪訝そうな目で俺を見た。そりゃそうだよな。
「こちら『女子会プラン六名様一部屋』で、『本当に』よろしゅうございますか?」
『本当に』を強調してきたな。そりゃそうか。
というのは、俺の見た目には、ほとんど手を入れていないから。何故なら、ラビリンス内のコスメコーナーでコスメモンスターたちが俺を蹂躙した結果、化粧をしても気持ち悪いだけで何ら事態は改善しないとの結論に達したからなのである。
するとアリスが不快そうな視線を受付のねーちゃんに向けながら言葉を続けたんだ。
「こちらの宿は見た目で判断されるのかしら? 不愉快ですわ」
この時のアリスは心底不機嫌な表情を見せたんだ。このままだと宿泊をキャンセルして引き返してしまうのではないかと、受付のねーちゃんをビビらせるくらいには。
で、次は俺の出番。
「仕方がないさアリス。俺が好きでやっているこの格好だけれど、疑われるのも当然と言えば当然だからな」
ここで、はたと面を上げた受付のねーちゃん。
彼女は何か気まずそうな、申し訳なさそうな表情で俺に向かって謝ったんだ。
「これは失礼いたしました。どうか当館でごゆるりとお過ごしくださいませ」
「ありがとう。アリスも機嫌直せよな」
「ゲンキちゃんがそう言うのなら……」
彼女の詫びに俺は礼で答え、アリスにも機嫌を直すように促したんだ。
「それではお部屋にご案内いたします」
受付のねーちゃん先導で、俺達は部屋に無事通された。
そこで最後の仕上げ。
こうした宿では、必ず仲居さんがお茶とお茶菓子を届けてくれるんだ。
それじゃあ俺はトイレに隠れているから、頼むなアリス。
「お任せくださいゲンキちゃん」
『艶分身』
「いらっしゃいませ。今宵は当館にようこそいらっしゃいました」
「女性専用のお宿って素晴らしいですね。皆も安心して羽根を伸ばさせていただいておりますわ。あらあら、ゲンキちゃんは疲れて寝ちゃったのかしら」
これは仲居さんとアリスのやり取り。
小町、エミリア、千里、リザがそれぞれ上着を脱いでリラックスしている中で、アリスが特殊能力でこしらえた『俺の人形』が、ブラとショーツ姿で昼寝をしているかのように座布団を枕にして横たわり、そこにアリスがタオルケットをかけてやった。
「それではごゆっくりお過ごしくださいませ」
仲居さんが出て行ったのを確認後、俺はトイレから戻り、アリスは俺の分身を消したんだ。
そう、俺達の作戦は、『俺はおなべちゃん作戦』
下手に女装するよりも、このままの姿で中身は女ですとした方が、今の時代は通りやすいと俺は判断したんだ。他の五人の強烈な個性に並べばそれほど違和感はないだろうし。
ちなみにここでは俺は『ゲンボクちゃん』ではなく『ゲンキちゃん』なのである。
で、念のためアリスの特殊能力『艶分身』で、おっぱい有ちんこ無しの俺の人形を作り、それをわざと仲居さんに見せたんだ。
「受付の女性も、外で様子をうかがっていましたわ」
そっか。それじゃあ色々と手間が省けたかな。
案の定、俺達が温泉街に出かけるために再び受付前に訪れたときには、ねーちゃんは何の疑いもなく俺を『女性』と受け入れたんだ。
作戦成功。
それじゃあ温泉街に遊びに行こうか。思いっきりつまんないことにお金を使おうぜ!