迷宮の恐怖
ダメだこいつら……。
最上階の『パーティーコスプレ』コーナーから一歩も動こうとしなくなったアリスを一旦残して、俺は各階でフロアボスと戦っている連中の様子を見に行くことにした。
まずは四階。
先程までのDVDコーナーからリザは既に姿を消していたが、俺はリザを一発で発見することができた。そのあまりにも騒々しい独り言によって。
「何と! 日本にはこんなマンガやアニメもあるのか!」
今度はそっちかよ。
「こうしてみると日本の作品はほとんどがドイツ贔屓であるな。これはやはり枢軸のなごりなのであろうか……」
マンガを立ち読みしながら何を深読みしているんだこいつは。で、お泊りセットは揃ったのか?
「すまん、もう少し時間をくれ」
はいはい。好きなだけそうしてろ。
次は三階。
エミリアがいたはずのところには、ピカピカに磨かれたデモ用コンロが残されていた。
どこ行っちゃったかなあの娘は。お、いたいた。
これはまた真剣な顔をして何かを見つめている。どうしたエミリア。
「これを考えた女性は天才だな……」
どれどれ。
それは、防水生地でできたエプロン。ただし、お腹のところにカンガルーのような大きな袋がついている。へえ。
それは『ランドリーエプロン』というアイデア商品。お腹の袋に洗濯物を入れて運べば、干すときにカゴと物干しの間で屈伸運動をしなくてもいいという便利グッズ。
「あたしと千里の分を買ってもいいかい」
ああ、そういうのはどしどし買ってくれ。
「嬉しいよゲンボクちゃん!」
わかったから抱きつくな! 周りの奥様達の視線が痛いから!
それじゃあ二階に行くかな。
って、千里もどっかに行っちゃったよ。そういえば、あいつはカーパーツなら研究すれば自分でこしらえる事ができると言っていたし、ここでの買い物はないのだろうな。
で、いったいどこに消えちゃったんだあいつは。
……。
見つからねえ。
仕方がない。もう少し様子を見よう。
最後に一階。
ここでは予想通り、小町が大量のお菓子の前でいつものように悩んでいた。って、何故か千里も小町の横で一緒になって悩んでいる。
どうした小町、千里?
「『キノコ』と、『大人のキノコ』の違いがわからないの。大人のクセに大きさは違わないの……。だからどっちを買っていいのかわからないの!」
「『タケノコ』にも『大人のタケノコ』があるんだよゲンボクちゃん! でもね、違いは黒光りしているかどうかだけなんだよ! 黒光りしているのが大人なのかなあ?」
わかった、わかったからお菓子コーナーでろくでもないことを喚くな二人とも……。
でな、お前らは何でいつもどちらか悩んでいるだけで、両方とも買おうとは思わないんだ?
「あ……」
「あ……」
『あ』じゃねえよ。で、どーすんだお前らこの観客どもを。子供たちがお前らの疑問を共有しちゃっているじゃねーかよ。
「両方買うの……」
最初からそうしろよ小町。
「キノコと大人のキノコとタケノコと大人のタケノコの四袋だと、三袋セットにならないよ!」
そこは他のお菓子も買って三袋セットをふたつにしとけよ千里。
それじゃあ、一旦お菓子を車に積んでから、他のアホ娘どもを迎えに行くぞ!
三階ではまたもやエミリアが悩んでいる。今度は何だよ?
「ねえゲンボクちゃん、この『ブラインドブラシ』って素晴らしいんだよ」
それはブラインドの汚れを同時に複数落とせるように、ブラシが縦にいくつか並んでいるもの。
確かにこれならブラインドのお掃除が楽になるな。
「そうだよねえ。さすがだよねえ」
だが、大きな問題が一つあるんだエミリア。
「こんな素晴らしい商品のどこに問題があるんだい?」
よく聞けエミリア。残念ながら我が家に『ブラインド』はないんだ。
な、そんなに目を大きく見開かなくてもいいからさ、俺達と一緒に四階に行こうな。ほら、支えてやるからさ。
次は四階。
あれ? リザの姿も見えないぞ。どこに行っちゃったんだあいつは?
結局四階でリザを発見することはできなかった。
一応移動には階段を使うように言ってあるから、エレベータで入れ替わりになることはないと思うが。
それじゃあ先に五階に行ってみよう。
そしてここは最上階。
パーティーコスプレコーナーにアリスの姿はない。
リザに続けてアリスも迷子かよ。困っちゃったなあ。とりあえずフロアを一周してみるか。
ということでざっと一周したがやはり姿は見えない。どこ行っちゃったんだあいつらは? まさか……。
すると、俺の祈りを裏切るかのように、嫌な方向から二人の声が聞こえたんだ。
「すごいですわ……」
「こんなのもあるのか……」
……。
「お客様、そちらのコーナーは未成年の方は……」
「小町は成人なの! これが証明なの!」
「ボクもだよ! ちゃんと確認してね!」
小町と千里が店員さんに住基カードを突きつけてから、俺達が突入したのは、ご存知『十八禁コーナー』
「あ、ゲンボクちゃん、見て下さいなこれを! ネットで見たままですわ!」
わかったから堂々と『大人のキノコ』を俺に見せつけるなお前は! って、かごに入れるな!
「ゲンボクちゃん、私がこれを身につけたらどうだろうか?」
黙れど変態! なんだよその奴隷グッズは。何でお前はそんなに拘束されたがるんだよ!
小町もそんなもんをしげしげと手に取るんじゃない。それはこけしじゃなくて、有名な男性専用の使い捨てアイテムだ!
エミリアもやめろお前はそんなセクシー下着を手に持っただけでやばいんだから舌なめずりすんな!
千里も興味しんしんで企画モノのAVを持ってくるんじゃないよ! なんだよその『ちびまん○ちゃん』ってタイトルは。マジで各方面から怒られるぞ!
どうすんだよ! お前らのせいで十八歳未満お断りコーナーの雰囲気が台無しだよ! 新手のAV撮影会に間違えられるだろ! このど阿呆どもが!
「他のお客様の迷惑になりますからご遠慮ください……」
失礼いたしました。ほら、それじゃあ下に降りるぞお前ら。ちゃんと商品は元のところに戻しておけよ。
で、五階ではアリスが一番最初に見とれていた不思議の国の主人公コスプレを購入。
四階ではさんざん悩んだリザだったが結局はワーグナー鳴り響く『アポカリプスなんちゃら』を購入。
三階ではエミリアが『あたしと千里の分』と謙遜していた洗濯用エプロンを全員分購入。これはほかの連中にも洗濯を手伝わせるため。
二階では結局何も買わなかった。
一階では小町と千里がアソート袋菓子を大量購入。
そして最後の関門。それは女性を虜にする魔境『コスメチックコーナー』
そう、『化粧品売り場』である。
俺は娘達五人とともに一階の『コスメチックコーナー』に捕らわれ、一時間以上、ここから脱出することができなかったである。
しかもこの間この間俺は車で待機することも許されなかった。
「ゲンボクちゃん、このファンデはいかが?」
「リップはこの色がいいと思うの」
「マスカラ行っちゃうかい?」
「チークはこれがいいかな」
「すがすがしいほど気持ち悪いな」
うるせえリザ。俺が一番そう思ってんだよ。
ということで、俺は『女子会』に参加するため、娘五人から『お試しコーナー』を片っ端から試されてしまうことになった。
俺の大誤算。
それは、この『ラマンチャの騎士の名を持つラビリンス』の危険度を見誤っていたこと。
ああ、早く昼飯を食いたい……。