騎士キホーテというラビリンス
ふわあ……。
あれ?
俺が目覚めると、普段から早起きの小町とエミリアはともかく、アリス、千里、リザの姿まで見えなかった。
その代わり隣のリビングから、やいのやいのと騒々しい声が響いてくる。
時計の針は朝五時を指している。そういや今日は六時出発にしたんだったな。
普段は俺よりも遅くまで寝ているアリス、千里、リザも準備万端。朝食はいつものように小町がおにぎりと一口おかずに仕上げてくれている。
よし、それじゃあ行こうか!
……。
「鼠の国のパレードみたいで楽しいの!」
と、小町は大はしゃぎ。
「シャンデリアとソファがおしゃれですわ」
と、アリスもご満悦。
「窓が埋まっているということは、外から中が見えないということだねえ」
と、エミリアはよからぬことを考えている様子。
「何と、私はこれに連れ込まれてあんあん言わされてしまうのか!」
と、リザは相変わらずのドM思考。
「いいでしょ、ゲンボクちゃん!」
満面の笑顔の千里。
……。
俺達の目の前には千里の分身であるワゴン車が鎮座している。
そいつはあっちこっちから角を生やし、フロントシャーシは前面に大きく張り出している。リアには羽根も生えているし、物干し竿のようなのも何本か刺さっている。
窓は前面以外全部ふさがれ、車両全体がショッキングピンクで塗装されている。
内装はベールで飾られ、セカンドシートとサードシートは四人がけのソファに交換されている。で、その頭上にはきらびやかなシャンデリアが輝いている。
「名付けて『らぶらぶちさとちゃん一号』だよ!」
……。
「これはね、『バニング』という改造方法なんだ! 色々勉強したんだよ!」
……。
「それじゃあ出発だよゲンボクちゃん!」
……。
あのな千里。
「なんだいゲンボクちゃん!」
これ、車検通らないぞ……。
「車検は本体を通すからいいんだ! これは分身だもん!」
……。
こりゃあ少しずつ説得するしかないか。
あのな千里、まずは内装だけれどな。お前、自分が運転していたとして、俺が他の娘達と後ろでシャンデリアに照らされながら宴会をやっていたとしたらどう思う?
「それは寂しいなあ……」
な、そうだろ。だからソファとシャンデリアはやめような。
「そうかあ、自分が宴会に参加できないのなら意味がないものね!」
うんうん、素直でいいぞ。次は窓だ。なあ千里、窓がないと、こないだみたいにエミリアとかが俺を連れ込むかもしれんぞ。
「うええ……。それも嫌だなあ」
な、だから窓も開けような。
「うん、そうするよ!」
最後の仕上げはこれだな。なあ千里、よく見ろよ。
そう言いながら俺はショッキングピンクのボディの横に立ってみた。
どうだ似合うか千里?
すると、千里はおろか、他の四人まで首を左右に振りやがった。
「気持ち悪いよゲンボクちゃん!」
な、わかってくれたか。それじゃあ元に戻そうな。小町もパレードは今度連れて行ってやるから我慢してくれよな。
アリスもいつまでも気持ち悪そうな顔をしているなよ。
エミリアとリザは舌打ちをしているんじゃねえ。
こうして無事元の姿に戻ったワゴン車に乗って、俺達は街に出発したんだ。
ところで、よくよく考えると何で千里は分身をホイホイ改造したり元に戻したりできるんだ?
そんな俺の疑問に、助手席に陣取ったアリスが答えてくれた。
「付喪は自らの分身を拡張することができるのですよ」
へえ。
アリスによると、元の道具がシンプルであればある程、様々な分身を生み出すことができるらしい。
そりゃ便利だ。
すると、話が聞こえていたのか、まずは小町がシートの間から身を乗り出してきた。
「例えばこうなの」
ぽん
小町が手にしているのは『中華鍋』
「料理に関する道具ならたいてい出せるの」
次に身を乗り出してきたのはエミリア。
「洗濯と掃除ならあたしに任せな」
ぽん
エミリアの手元に現れたのは『柄付きのたわし』
こりゃすごいなあ。
それじゃあ千里は車種とか変えることができるのかい?
「ベースのワゴンは替えられないんだ。改造なら問題ないけれどね」
そっか。
それじゃあリザは?
「私の本体は複雑だからな。私にできるのはせいぜい外装塗装を変更する程度だ」
ふーん。
……。
そんな泣きそうな顔をしなくても、お前には聞かないよアリス。
それじゃあこの話は終わりだ。
ということで、行きの車内は旅行が楽しみでなかなか寝付けなかった上に、慣れない早起きでうつらうつらとし始めた娘達を後ろの席に座らせたまま、無事『運転免許センター』に到着した。今日の目的はここで千里が『普通免許』を受け取ること。
俺達は彼女が帰ってくるまでは車で待っていることにした。
というのは、アリスと千里の二人だけのときでさえ周囲からの羨望と嫉妬の視線が痛かったのに、そこに小町、エミリア、リザが加わったら、にーさんやおっさん達の動揺を誘うのは目に見えているから。
こいつらに見とれて試験に落ちましたなんてシャレにならないし、万一そんなことになったら逆恨みされるの決定だからな。
「もらってきたよー!」
数十分後に千里が元気よく戻ってきた。
ということで、何度も通った運転免許センターに、やっと別れを告げる。
次はお泊りセットの調達なのだが、ここで俺は痛恨の判断ミスをしてしまったんだ。
俺が何の気なしに車を向けたのは、『ラマンチャの騎士キホーテ』の名を冠するディスカウントストア。
ここならとりあえずの品は何でも手に入るし、値段も高くない。それにアリスが俺を女装させたくてわくわくしていやがるからな。そんなのに金はかけられないからチープなもので済ませたい。
まずは五人に渡してやるものがある。
それは、郵便局のにーちゃんが届けてくれた、娘たちの『家族用クレジットカード』なんだ。
これで彼女たちもそれなりに自由に買い物ができる。もちろん使用明細書はアリスがチェックするから無茶買いはすぐばれるからな。使い方に気をつけろよ。
それじゃあみんなで買い物に行くとしよう。
しっかし、相変わらずごちゃごちゃしてんなこの店は。まるで『迷宮』だよ。
で、まずは迷宮一階。
ここでまず捕われてしまったのは小町。
「すごいの、お菓子がたくさんあるの。とっても安いの!」
そこは袋入りアソートお菓子コーナー。様々な種類の一口サイズお菓子が小町を魅了してしまう。
「ここは私に任せて、皆は先に進むの!」
何を任せるんだよ……。
それじゃあ小町はそこでじっくりお菓子を選んでなさいな。俺達は次に行くぞ。
迷宮二階。
「うわあ! いろんなパーツがたくさんあるよ! あ、このミラーかっこいいな!」
そこはカーパーツのフロア。あーあ、千里が座りこんじまったよ。
「ゲンボクちゃん、ボクはここで色々と研究をしたいんだ! ボクのことはいいから次に進んでよ!」
何が『ボクのことはいいから』だよ……。
まあ、これまでいい子にしていたから、今日は許してやるか。それじゃあ飽きるまで座り込んでな。
迷宮三階。
「ふええ……。こんな汚れも一発で落としちまうのかい……」
次のボスは外国生まれの万能洗剤。あれ? エミリアは胞子力で何でも洗うことができるんだろ?
「問題は知識なのさ。洗剤の成分を知ることが大事なんだよ。ちなみにこの洗剤はオレンジ由来の自然にやさしい洗剤なのさ!」
自分のことのように自慢するよなお前は……。それじゃあエミリアもそこのお試しコーナーで思う存分デモ用のコンロを擦っていてくれ。
迷宮四階。
「うおお! なんだこの宝の山は!」
リザが喚きながら次々ととっかえひっかえしているのは、レンタル落ちの安売りDVD。中身はいわゆる戦争物。
「何と! テレビドラマまで揃っているではないか! 軍曹殿に敬礼だ!」
敬礼はいいから行くぞリザ。って、人の話を聞いちゃいねえ。
わかった。お前もそこで好きなだけ悶えていろ。但し無駄遣いはするんじゃないぞ。
そして最上階。
「まあ、これは可愛いですわ! これは小町、これは千里、こっちはエミリア、これはリザね!」
と、アリスのツボにはまってしまったのは『パーティーコスプレ』
なあアリス。それはいいから、とりあえず俺の変装を何とかしてくれないか?
「ゲンボクちゃん、このパンツは変なところにキノコが生えてますわよ!」
わかった。わかったから手にとって俺に自慢げにキノコつきパンツを向けるなアリス。
ん? いきなりアリスの動きが止まったよ。どうしたアリス。
……。
へえ。
アリスが見つめていたのは、『大人用不思議の国のドレス』。そう、あの青いミドル丈の誰もが見たことのあるドレス。
そっか。お前の名を冠しているんだものな。
いい機会だからそれを買っておけよ。どうせなら今晩の女子会をコスプレパーティにしてもいいんだからさ。
「いいのですか?」
ああ、いいよ。
ここで俺は再び犯してしまった。痛恨の判断ミスを。