村営売店の再開です
やっと家に着いたか。
時計の針は十二時を過ぎている。
小町をお客さん用の布団に寝かしつけ、枕元に今日買った服を置いてやった後、食材は冷蔵庫と冷凍庫へしまっておく。
さてっと。
うえへへへ。
「ゲンボクちゃん、シャワーだけでもいい?」
そりゃもう何でも構いませんよアリスちゃーん!
どどーん。
よし、今日もぐっすり眠れそうだ。
ん、どうしたのアリス、二組目の布団なんか敷いちゃってさ。
「もうゲンボクちゃんは、私一人のゲンボクちゃんではございませんから……」
……。
そっか、小町に遠慮しているのか。
……。
アリス?
「はい……」
泣いてるの?
「泣いてません」
……。
それじゃこうすっかな。アリス、おいで。
「そちらにはいけません」
俺のところじゃねえ。こっちだ。
ということで、今日は小町の布団で三人で寝るぞ。これならいいだろアリス。
「はい……ありがとうございます……」
泣くなアリス、可愛い奴め。
さすがに一つの布団で三人はきついか。こりゃエアコンが必要だな……。
ということで翌朝。
俺が目覚めると、既にアリスと小町は朝のシャワーを浴び終えて、それぞれ着替えていたんだ。
「お姉さまに着替えを教わったの」
そうかい、よかったな小町。
小町はTシャツに膝丈の短パン。そこにエプロン。これは夏らしいな。
ちょっと劣情をもよおすのに罪悪感を感じてしまう姿ではあるが。
「この服だともよおせないの?」
いちいち確認しなくていい。
「ゲンボクちゃん、似合っていますか?」
へえ、涼しげなシャツにスカートだな。どこから見ても綺麗な事務員のねーちゃんだぞ。
こっちは遠慮なく劣情をもよおすことができるな。
「ねーちゃんというのはやめていただけませんか?」
しかめっ面も可愛いぞアリス。
いつの間にか丸い食卓に朝食が並んでいる。へえ、さすが小町だ。俺が考えた通りのペースで食材を使用しているみたいだな。
それじゃ食べますか。いただきまーす。
「これお弁当」
おお、気が利くな小町。それじゃアリス、今日も役場に稼ぎに行こうかね。
って、何でついてくるの小町。
「一人は怖い」
あーそうか。でもなあ、役場に託児所はないし、困ったなあ。
「ゲンボクちゃん、一応小町は成人ということになっていますよ」
あ、そう言えばそうだった。
それに小町の住民票もこしらえる必要があるな。
小町は料理以外に何ができるんだ?
「ゲンボクちゃんの夜のお相手なの」
いえね、そうじゃなくて昼の部のお話。
「お料理なの」
それ以外は?
「ゲンボクちゃんの夜のお相手なの」
……。
わかった。とりあえず村役場に就職しよう。仕事はそれから考えような。
それじゃあ今日も稟議と採用通知書を持って村を回るかね。
「私は受付をしておりますね」
おう、頼むよアリス。
ということで、今日も書類をもって村議会議員三名のお宅と村長のお宅を巡ったんだが、今日はその度に小町がお土産を持たされたんだ。
それはナスやらカボチャやらトマトやら、どれも爺さんたちが自給自足のためにこしらえている、市場に出さない野菜たち。
どうも小町には、食材を持たせたくなる魅力があるらしい。
「ゲンボクちゃん、家に寄ってほしいの」
はいよ、どうした。
「役場で料理するの。だから調味料が欲しいの」
あっそう。まあ暇そうにしているよりその方がいいか。
「お帰りなさいゲンボクちゃん。受付人数はゼロでしたわ」
はいよ。いつものことだな。
それじゃ小町は給湯室を使わせてもらいなさい。これはね、厳密に言うと役場のガス燃料という公共の資材を使わせてもらうのだからね。こそこそやるんだよ。
「わかったゲンボクちゃん、こそこそやるね」
……。
確かに小町は給湯室で小さくなって料理をしていましたよ。でもね、なんでこしらえるのが、よりによって『カレー』なの?
もうね、役場内どころか、外までカレーの匂いが漂っちゃってますよ。
ほら、道行く爺さんたちが吸い寄せられてきたじゃないの。
「ゲンボクさん、一体役場で何をやっておるんじゃ?」
うえ、うるさ型の熊爺さんだよ。えーっと。
そしたら横から見事なフォローが入ったんだ。
「私どもの小町が村会議員様方から夏野菜をいただいたので、それをカレーにして皆様におすそわけをしようと料理をしておりますの」
ナイスだアリス。
ん?
何だ熊爺さん、その面食らったような表情は。
「なあゲンボクさん、この美しいお嬢ちゃんは何者じゃ?」
ああ、そういうことね。昨日から職員で働いてもらっているアリスってんだ。主に受付を担当するからよろしく頼むよ爺さん。
で、給湯室から顔を出しているのが業務研修中の小町だ。おいお前ら、爺さんに挨拶しておけ。
「アリスと申します、これからもよろしくお願いいたしますね」
「小町なの。よろしくなの」
どうした爺さん。
「なあゲンボクさん、わしが毎日役場の受付に来るには、何をしたらよいかの?」
そう来たか爺さん。わかった。ちょっと考えておくよ。
それじゃあいい機会だ。アリスと小町の二人で議員さんたちと村長にカレーをおすそわけしておいで。そしたら昼ごはんにしよう。
その日の午後から、役場に久々に村民が訪ねてくるようになった。主に爺さんたちだが。
お、閃いたぜ。
なあ、本日二回目の熊爺さんよ。役場で総菜を毎日一品売ったら買いに来るかい?
「もちろんと言いたいところじゃが、わしらは余り現金を持たんでのう」
ならば、月に一回『信金さん』が来る日を清算日にしようか。
「おお、それならばありがたい」
よし決まった。小町、お前の仕事もできたぞ。さてっと、稟議稟議っと。
ということで、来週から村役場で『村営売店』が再開することになったんだ。表向きは職員の福利厚生ってことでな。
その結果、小町は本日付で村役場の正職員、売店担当となる。
売店を一から始めるにはいろいろと面倒な決済が必要なんだけれど、実はこの村にも昔は村営売店があったんだ。で、今は村長の判断で営業を中断していたんだ。そりゃそうだ。当時はだれも売店を利用しなくなっていたんだからな。
なので中断を再開させるという稟議だけで手続き上は問題なし。
一気に民営化という考えもあったが、まずは一攫千金より地道な給与。これが確実だぜ。
そして本日も十七時。
なんだか小町の足取りが危ういな。さすがに疲れちゃったかな。
「ゲンボクちゃん……」
どうした小町?
「あのね……」
なんだ?
「欲しいの……」
なにを?
「意地悪なの……」
はい、お兄さんファイト一発ですよ。
「私は議員さん達から器を回収してから帰りますから、それまでに小町を可愛がってあげて下さいね」
そうか。すまんなアリス。
よし、帰るぞ小町。
「あん、ゲンボクちゃん……」
うう、この背徳感がたまらねえぜ。俺って犯罪者かもしれねえな。
「欲しいの……」
わかりました、わかりましたとも。
どどーん。
「ただいま。ゲンボクちゃん、小町の様子はどうかしら」
お帰りアリス。はい、小町ちゃんは肌をつやつやさせながらキッチンに立っておりますよ。
「お姉さま、ありがと」
うーん。妙な気分だぜ。
こうして今日も一日無事終了。
客間の布団を俺の部屋に移して、三人で寝られるようにする。
それはエアコンで冷やしながら二人の人肌を堪能するという夜の快適生活。
お、小町は寝つくのが早いな。可愛い吐息が聞こえるぜ。
「うふふ……」
って、アリス。お前、明らかに小町が寝つくのを待っていただろ。右手の位置が明らかにおかしいぞ。だから撫でるな気持ちいいから!
「ねえ、ゲンボクちゃん、私にも……」
任せなさい、アリス。