きんたまに力が入った
甘い!焼けた脂が甘くて美味いぞ小町! この歯ごたえも相変わらずたまんねえ!
「喜んでもらえてうれしいの」
俺達の前には小町が焼いた『猪のモツ焼き』が並んでいる。
猪の内臓は足が速いので生で食べられるのは猟の当日が限界なんだ。その辺は小町もばあさまたちに仕込まれたのか、目の前のお宝以外のモツはたっぷりのお湯で茹で始めている。
最初はおっかなびっくりだったアリスたちも、今では先を争うようにモツに食いついている。お前ら野菜とご飯も食えよ。
「ところで、今日は何があったの?」
そうだったな小町。リザは見ていたようだが、何が起きたのか、順を追って話しておくよ。
今日は俺と千里、そしてアリスは千里の運転免許『取得前講習』受講のために、朝から街に出かけたんだ。
ちなみに『取得前講習』は運転免許センターではやっておらず、指定の自動車学校で受講しなければならない。
これもまた上手くできているというか、過去の利権の成果なのか知らないが、指定自動車学校は運転免許センターのすぐ近くにある。
千里の講習は朝八時から夕方四時まで、昼休みを除きびっしり埋まっている。
「それじゃあ頑張ってくるね」
そう言い残して千里は教室へ入って行った。一方の俺とアリスは街の店々が開店する時間まではロビーで待機することにした。
「こちらはネットがつながりますね」
アリスはすっかりお気に入りとなったノートパソコンを膝の上に開くと、何やら作業を始めたんだ。
こうして改めて見ると、すっかり一般事務員の風格を備えたアリスの姿に俺も嬉しくなる。
「ゲンボクちゃん、こちらなどいかがですか?」
ん? なんだいアリス。
ああ、それか。そうだな、いくつか候補をあげてから、最後は皆で決めよう。
「予算はこれくらいでも?」
それは任せるよ。なんてったって俺達の収入は公務員六人分だからな。贅沢できるぜ。
その後十時から俺とアリスは街に出て予約しておいたものの引き取りを済ませ、昼前に再び自動車学校へ。
昼食は一時間しかないので何を食べようか事前にアリスと打ち合わせをしておくことにする。
時間もないし、ハンバーガーか何かでいいかな。
「ゲンボクちゃん、この『牛丼』というのはいかがですか? エミリアが好きみたいですけれど」
お前、俺にお前と千里を連れて牛丼屋に行けというの? 今ですら周りからの視線が痛いのに、三人で牛丼屋なんか行っちゃったら、お前ら下手すると見せ物になっちゃうよ。
「構いませんわ。あら、このお店ならお味噌汁が無料でついているのですね。お得ですわ」
いつの間にかアリスはパソコンを開き、周辺のお店情報を検索している。
そっちの店かあ。そっちは確かテーブル席もあったな。千里の好きなカレーもあるし、それじゃそこでさっさと済ませるとしようか。
「お昼だよー!」
と、ちょうどいいタイミングで千里も教室から飛び出してきたので、俺たち三人は歩いて牛丼屋に行くことにしたんだ。
で、またも食券の券売機前
「ゲンボクちゃん、ハンバーグカレーを食べてもいい?」
いいぞ、好きなだけ食え。
「それでは私は牛焼肉定食と牛丼をいただきますね」
やめろ阿呆。どっちかにしろ。
だからそんな悲しそうな目で俺を見つめるな。わかった。俺が牛丼にしてちょっと分けてやるからそれで我慢しろ。
何だよその一転しての満面の笑顔はアリス。俺が萌え死ぬからやめろ。
「アリスばっかりずるいや」
千里にも分けてやるからむくれるんじゃねえ。
「ハンバーグカレーと牛焼肉定食ご飯少なめと牛丼特盛りと取り皿二つお待たせいたしました」
それじゃ、牛丼を取り分けてやるからな。
「あら、つゆだくにして七味唐辛子をこれでもかというくらいかけてから、紅ショウガで真っ赤に染めるのではないのですか?」
そう思うなら一口サイズの牛丼をこしらえてやるから、それで試してみろ。
「ボクもー!」
知らねえぞ俺は。
「……。エミリアの味覚はアホの子だったのですね……」
「辛いよ酸っぱいよカレーの味が分かんないよ助けてゲンボクちゃん!」
わかったようだな。何事にも限度ってもんがあるんだ。ほら、そしたら交換してやるからプレーンなのを味わって食え。
特盛りにしておいてよかったぜ。
ということで、些細なトラブルはあったものの昼食も無事終了。ちょっと早めだが自動車学校に戻るとする。
と、街頭から突然の悲鳴が響き渡った。
悲鳴は連鎖するようにあちこちから上がり、何かから逃げようとする人の波に押し返されそうになる。
なんだ?
「ゲンボクちゃん、あれだよ!」
千里が指さした先では、なぜかブリーフ一枚のおっさんが包丁を振り回していたんだ。
通り魔かよ!
おっさんは何やら喚きながら、酔っぱらいのような正体のない足取りで包丁を振り回し、逃げまどう人々に切りつけようとしている。
やべえな。こりゃ俺達も逃げないと。
「ゲンボクちゃん、あれを見て下さいまし!」
何だよアリス。って、何でこんな時間に幼稚園児が大量にいるんだよ!やべえよあれは!
「助けてあげようよゲンボクちゃん!」
そう言われてもどうしていいかわかんねえ。
するとアリスは路地に俺を引きこんだんだ。そして俺の耳元で囁く。
「『primary core』を発動させてくださいまし!」
なんだよそれこないだのヘリの奴かよどうやってやるんだよ!
「『力』を欲してくださいまし!」
わかったよアリス。『力』をくれよ!
と、俺の股間に一瞬痛みが走った。
Construct the primary core, 'the Strong Man' by Genboku.
それはあの時と同じ感触。
「次に私をお呼びくださいまし!」
再び俺の横でアリスがアドバイスをくれる。わかったアリス!
Construct the basic surface, 'the Analyzer Maiden' by Alice.
同時にアリスの姿が俺の横から掻き消えたんだ。
だが、それにも関わらず、アリスの声は俺の脳裏に響く。
「小町かエミリアがいればよかったのですが、今は千里の『Speedster』しかございませんから、少々乱暴ですがこれで対処します。千里もお呼びくださいまし!」
アリスの勢いに押されて俺は千里も呼ぶ。来い、千里!
「わかったよゲンボクちゃん!」
Construct the advanced surface, 'the Speedster Girl' by Chisato.
「街の人々に姿を見られるのはまずいですから、『光学反射ゼロ・ブラックスタイル』とします!」
アリスの言葉と同時に、俺の身体はまっ黒な影のような存在となった。
「それでは参りましょう!」
次の瞬間、俺は自分でも信じられないスピードで街頭に飛び出したんだ。
周りの連中がスローモーに見える。当然通り魔も、通り魔から逃げようと泣き叫ぶ幼稚園児達の姿も。
「状況分析結果に基づく計画を確認いたします!」
ちょっと待てアリス! そんな乱暴なのしかないのか? もっと簡単に無力化できないのか?
「通り魔の命を奪わず無力化するには最も合理的な方法です」
確かに腹パンとかうなじに手刀などでは百パーセント無力化できるとは限らないし、下手をすると殺しちまうか。わかったぜアリス。
次の瞬間、俺は後ろから通り魔の包丁を握った右腕を取り、それをそのまま通り魔の右足太ももに深々と突き刺した。
一瞬何が起こったかわからないような通り魔をすかさず引き倒し、両手首をかかとで踏み砕く。
「ぎゃっ!」
「これで立ち上がることも包丁を握ることもできなくなったはずですわ」
そうだなアリス。ちょっとえげつないが仕方がないよな。それじゃあ身を隠すぞ。
俺達はその勢いのまま別の路地に姿を隠したんだ。
Release All.
元の姿に戻った俺達は、その後何事もなく道路に戻り、通行人達と一緒に悲鳴をあげた後、自動車学校に戻ったんだ。
やべえ、心臓のバクバクが止まらねえよ。