リザの住民登録
ということで次の朝。
珍しく最初に目を覚ましたのは俺、それと隣のアリス。
その他四名はいまだ爆睡中。そりゃそうだ。麻雀の練習中に仲良く寝落ちしたのは夜中の一時過ぎだもんな。
時計の針は午前六時を指している。
それじゃあ、たまには小町もエミリアもぎりぎりまで寝かせてやることにするかね。
ほれアリス。お前もたまには手伝え。
「あの、私は何をすれば……」
別にお前に料理をしろとは言わないよ。食卓の準備をしてくれればいいさ。
ということで、本日の朝食は久しぶりに俺が担当したんだ。と言っても、卵焼きに漬物、それにネギと油揚げのみそ汁だけれどな。それじゃあ皆を起こすか。
「寝坊してごめんなさいなの」
たまにはいいってことよ小町。
「いけない、早く洗濯機を回さなきゃ!」
回してあるから干すのだけ頼むよエミリア。
「おはよー!」
お前にとってはいつものペースだったな千里。
「もしかしたらご主じ……、ゲンボクちゃんが私を寝所まで運んでくれたのか?」
そうだよ文句あるかリザ。
「いや、感謝する」
お、素直じゃないか。
「卵焼きが美味しそうに焼きあがっておりますわ。ゲンボクちゃん、朝食はまだですか?」
卵焼きを早く食べたくて仕方がないんだなアリス。
そんなアリスの声を合図に、それぞれが自らの席に着いた。
それじゃあ『いただきます』
どうも昨日の麻雀中に特訓したらしく、リザの片膝座りが正座まではいかないが、女の子座りにはなってきている。食事もよっぽどじいさんばあさんのところでいただいたご飯が美味しかったのか、何の抵抗もなく食べているようだ。
まあ、小町の料理は和食が多いが旨いからな。すぐに慣れるだろう。
あ、そうだ。
リザ、これやるから、手荷物をしまっておけ。
「こんなに素敵なバッグをいただいてしまってもいいのか?ゲンボクちゃん!」
俺が彼女に手渡したのは普通のショッピングモールで買い込んでおいた『ワンショルダーボディバッグ』
肩にかけてもいいし、たすきにして両手を空けることもできる機能性重視の優れもの。
そうか、そんなにうれしいかリザ。って、お前いきなりそうするか?
「どうだ、似合うか?」
リザの奴、早速バッグに『M16』を括りつけやがった……。ボディバッグが一気に物騒なシロモノになったぜ。
で、この姿にすかさず反応したのがエミリア。
「ああ、格好いいねえ……。ねえ、ゲンボクちゃん……」
待てエミリア。お願いの内容は何となく想像がつくから後にしろ。
千里もリザの自動小銃を物珍し気に眺めてはいるが、ツボにはハマっていないようだ。
ちなみにアリスと小町は心底どうでもいいらしい。
それじゃあ片付けてから村役場に出勤するとしようかね。さっさと着替えと化粧を済ませちまいな。
「あの、私も同行させていただいて構わないだろうか」
当然だリザ。小役人として働く約束だからな。ところでリザは国籍にこだわりはあるかい?やっぱり自由の国人がいいのかい?
「別にどこでも構わんが、どういうことだ?」
お前の住民票を捏造するんだよ。それじゃ、かあちゃんが自由の国出身だったということにしておこう。
ということでいつものアスファルトを六人で歩いていく。
頬を撫でる風は冷たさを増し、そろそろ冬が訪れることを示している。冬の対策もそろそろ考えなきゃいけねえか。こいつらの冬服も用意しなきゃならないしな。
役所に到着すると、これまではアリスと小町が座っていた役場受付と売店の席に、エミリアと千里が座ったんだ。
「アリスはゲンボクちゃんのフォローがあるから、これからは私がここに座るとするよ。『掃除』の仕事が入った時は代わっておくれ」
「小町はお惣菜の仕込みがあるし、エミリアとボクのところに『お掃除』の仕事が毎日入るわけじゃないからね」
へえ、ちゃんと分担を考えているんだ。
ちなみに小町はそのまま給湯室に行ってしまった。今朝は時間がなかったので、小町は弁当におにぎりだけしか用意できなかった。なので俺たちの昼食のおかずも一緒に作るらしい。公私混同だが、まあいいか。
それじゃあ、俺が『リザの住民票ねつ造』と『役場職員の採用稟議』をこしらえておく間に、アリスはリザに役場のざっとした業務を教えてやってくれ。
ということで一時間後。書類を整理した俺はアリスとリザを伴っていつものように議員さん宅三軒と村長の婆さんのところを順番に廻ったんだ。
「これで職員は六人になったのかい?」
おう村長。すげえだろ。ちなみに俺もさっき知ったのだが、リザは英語も使えるんだ。バイリンガルを採用している村役場なんぞ、そうそうないからな。すごいだろ?
「そうかいそうかい。他の娘たちも頑張ってくれているみたいだから、冬の賞与はちょっと気張らないといけないねえ。ゲンボクや、事前に金額を計算してあたしのところに持っておいで」
村長はうれしいことを言ってくれるなあ。
そっか。六人前の給与と賞与を計算することになるんだものなあ。我が家は『収入二人分』どころか『収入六人分』ということになるのか。公務員六人分の収入って、よくよく考えてみるとすごいことだなこれは。
「私も雇用していただけるのか?」
ああ、給与はちゃんと支払うからな。ちゃんとお勤めするんだぞ。
「私たちは全額ゲンボクちゃんにお渡ししておりますけれどね」
ほら、おかしなプレッシャーをリザにかけるんじゃないよアリス。そこはそれぞれが決めればいいだけのことだからさ。
「家賃と共益費並びに食費の計算は済ませておきますから、いつでも私に聞くのですよ。別に別居してもかまわないのですから」
うー。なし崩し的にアリスが我が家の財務大臣と化している。まあ、最近は通帳の消込やクレジットカード使用金額のチェックもお願いしちゃっているから当然と言えば当然か。
それじゃあ役場に戻るかね。
リザはとりあえずエミリアのサポートとして、受付の隣にもう一つ机を用意することにした。
その後ろに俺とアリスの席。売店は事務机を取っ払い、大きめの会議テーブルを一台、二階から降ろしてきた。
これなら普段から小町と千里が並んで座れるし、お惣菜以外にも商品を並べることができる。
ちなみに今日のお惣菜は『自然薯と青海苔のお焼き』だそうだ。自然薯をすりこぎでトロトロにしたものに調味料と青海苔、さらに別に小さなサイコロに切っておいた自然薯を混ぜいれ、油をひかないで両面をこんがりと焼いたこの料理は、冷めてもおいしく食べられる。青海苔の風味もいいし、途中で加えられたイモのサクサク感も楽しい。
ちなみに自然薯は山の手入れついでに爺さんたちがたくさん掘ってきたので、まだまだたくさんあるとのこと。
「これが今日のお昼のおかずなの」
しばらくは山芋三昧だな。
そして昼食。おにぎりに味噌汁と漬物、そして自然薯と青海苔のお焼きを囲んで、六人で食べるひととき。
目の前のおにぎりを真剣に見つめた後、おもむろにほおばり、その度に幸せそうな表情を見せるアリス。
テレビの特集に釘付けになりながらも、美味しそうにお焼きを口に運んでいるエミリア。
どこから引っ張り出したのか、古い麻雀雑誌の『次に何を切る』を前にして、二人して勝手なことを言い合っている小町と千里。
これがいつもの風景。
そして今日からそこに、すっかり漬物のファンと化したリザが、たくあんをカリカリやりながら、エミリアのテレビ解説を熱心に聞き入っている風景が加わった。
本当に面白れえなこいつらは。
こんな日々を過ごせることは、なかなかないだろう。
だから俺は心の奥にしまうことにした。リザが墜落してきたときに発動した『おかしな力』への疑問を。
そんな俺の表情に気づいたのか、アリスが少しだけ心配そうな表情を浮かべた。
「どうかしましたかゲンボクちゃん?」
何でもないさ。午後も役場のお仕事を頑張ろうな。




