小町ちゃんは料理が得意
「頑張ってご主人様!」
アリスの声援を受け、俺は今、『やかん』と向き合っている。
「想像力が大事ですわよご主人様! 付喪となったやかんちゃんのお姿を想像なさるのです!」
無茶言うなよアリス。
「ご主人様ならできますわ! 頑張れご主人様!」
ねえ、これってアリスを想い浮かべながらバーストしたらどうなるの?
何だそのうれし恥ずかしそうな表情は。
「残念ながら既存の付喪に似せた新たな付喪を誕生させることはかないませぬ……。あ、そうだわ!」
どうしたアリス?
「ご主人様、これですわこれ!」
と、アリスが抱えてきたのは米袋。そう、『萌えキャラ』が描かれている米袋。
「このロリっぽさが女性の私にもたまりませんわ、ほらっ! ほらっ!」
そりゃやかんを眺めながらよりはマシだけどさ。それは応援の方向が違うと思うぞ。
ロリかあ。
ざん切りおかっぱ黒髪にほんのり紫紺。ロリはいろいろうるさいから合法ロリで童顔で……。
俺は巨乳ロリは認めない。合法ロリにちっぱいは必須だ。
お、なんか盛り上がってきたぞ。
行くぞ、行くぞ、行くぞー!
どどーん。
「ここはどこ?」
……。
俺の前にはエプロン姿のちっちゃな女の子がたっていた。いや、これならぎりぎり成人だと押し切れるな。押し切れるはずだ。とりあえずパンツをはいてくれ。
「ご主人様!成功ですわ!」
「私は誰?」
ん? 何か混乱しているのかな。
「お湯を沸かさなきゃ……」
ああそうだね。やかんの付喪だものね。
と、そこにアリスが厳しい態度で出たんだ。
「あなたはご主人様の二人目の付喪です。よいですね、二人目ですよ!」
アリスお前、さっきと言っていることが違うんじゃないか? お前大威張りだよ。
「ご主人様?」
ああ、俺のことだ。
「私の名前は?」
そっか。そう言えばアリスもオレが名づけてやったんだっけな。そうだな。元が『やかん』だから『やかん子』とかどうかな。
目の前のやかんの付喪はキョトンとした顔をしている。一方のアリスは渋い顔。
「ゲンボクちゃん、それはちょっと可哀そうだと思いますわ」
お前なに威張りだしてんだよ。でも、アリスの言うことももっともだな。まあ、やかんにこだわることもないか。
それなら米袋の方から名前をもらおうか。
お前は『小町』だ。こ・ま・ち。
「こ・ま・ち?」
これはまたあざとく小首をかしげますね。
このロリ全開の可愛さに、お兄さんは気が遠くなってしまいそうですよ。
でもやけにきょろきょろとしているなあ。最初から余裕をぶっこいていたアリスとは大違いだ。
「それはそうですわ。私は『マスター』の記憶も植え付けられておりますから」
大威張りだなおい。お前、昨日からさっきまで演技をしていただろ。
「そんなことありませんわ。それでは小町、よい名前をつけていだたきましたね。ところでこの方はゲンボクちゃん、私はアリス。これからはお姉さまとお呼びなさいね」
「お姉さま?」
「そうよ小町、ところでお姉さまはお腹がすいたわ」
「わかった。ご飯作るね」
……。
なんだよこいつら。
「ねえゲンボクちゃん、ご飯を炊いてもいい?」
おお、料理する気満々かよ。って、ちょっと待て、小町は俺をいきなりゲンボクちゃん呼ばわりかい。
そうだ、今日は買い物に出かけなきゃならないから、今から夕食をとる時間はないんだ。
「冷やご飯はないの?」
それなら冷凍庫にあるけどさ。
「おにぎり握るから、食べながら出かけよ?」
おお、ナイスアイデア。
おいアリス、お前も手伝えよ。って、よそ見をしてんじゃないよお前は。
へえ、上手いもんだなあ。温めなおしたご飯が、小町の小さな手の中で、見事にさんかくおにぎりになっていくぜ。
「小町はいい子ですね」
アリスは応援だけだな。
「私は事務職ですから」
そうだったな。お前、今日一日で相当キャラが変わったよな。
そんな漫才を俺とアリスが展開している間にも、こまちは棚から塩をとりだし、引き出しからは鰹節、冷蔵庫からは梅干しを取り出しておにぎりを握っていく。あらかじめそれらがどこにしまわれていたのか全て知っているように。
そしておにぎりをホイルで包み、畳んでおいたふきんで包んだんだ。
これが記憶の共有ってやつか。
「おにぎりできた」
よくやった小町。
つい頭を撫でると、嬉しそうに笑顔を浮かべながらくすぐったいとむずかる小町に、俺はもう大変です。主に下半身が。
横では宣言通り、俺と小町のやりとりに何の嫉妬もせず、ひたすらおにぎりを見つめているアリスがいたんだけどな。
それじゃ、深夜の農道ドライブとしゃれこむぞ。
ということで、俺の愛車で町までドライブ。
「大きな自動車ですね」
おう、村役場の仕事でいろいろ用途があるからな。ちなみにこいつはアダルトビデオの車内プレイや連れ込みプレイで大人気の車種だ驚け。
「おにぎり食べる?」
いや、まだいい。ありがとよ小町。
……。
男一人女二人のドライブ。しかも俺はご主人様と崇められる存在。ここは当然アリスと小町が助手席争奪戦を繰り出すだろうと予測した俺は、事前にあみだくじを用意したんだ。公平性は大事だからな。
なのにね、なんで二人とも後部シートに座っているの?
「小町のおにぎりは最高ね!」
「お姉さまに褒めてもらえてうれしい」
お前ら二人でなに和気あいあいとやってんだよ。俺は運転手かよ。
「ゲンボクちゃんも食べる?」
はいはい食べたいですよ。って小町! 後ろから手を回すな! 口の中におにぎりを突っ込むな! 前が見えねえよ! 喉がつまるよゲフンゲフン!
うー。アリスはともかく、小町には日常生活と一般常識を教える必要がありそうだな。
そして車を走らせること三時間。
時計の針は午後九時の少し前。到着したのはど田舎のショッピングモール。
「それじゃアリス、小町、当面のお前達の服を買うぞ」
何を呆けているんだアリス。
「そのためにこんな遠くまで来て下さったのですか?」
そうだよ。明日も暑いだろうからな。ちなみに村にはクリーニング店もないから自分で洗える服にしておけよ。
どうした小町?
「服?」
そこからかよ小町。アリス、小町のも頼むぞ。下着もだからな。ほら、閉店まじかの時間との勝負だ、急げ!
「四万九千八百円になります」
おお、これだけ買ってもこんなもんで済むのか。さすがは斜陽といわれながらも天下の量販衣料店だな。
ちなみに俺はスーパーで食材を調達していたんだ。毎日三人前が必要だからな。
小町は色々と物珍しいのか、店員さんに袋へ入れてもらった自分の服を出したりしまったりしている。こら、床に下着を並べるな阿呆。
ん? どうしたアリス。
「私はご主人様の付喪と生まれましたこと、うれしゅうございます」
やめろ照れるから。
こんなことで泣かなくていいからな、アリス。
そして帰り道。これだと家に到着するのは夜中の十二時を過ぎるな。
帰り道もアリスと小町は後ろの席。そして俺は運転手。
まあいいや。これも人生だ。
「ご主人様、車を一旦止めていただいてもよろしゅうございますか?」
どうしたアリス、トイレか?
「小町が寝てしまいましたから」
そっか。
ん、助手席に座るのか? それじゃ行くぞ。明日も仕事だからな。
「ご主人様……」
そのご主人様ってのはやめろ。照れるから。
「ゲンボクちゃんの方がよろしいですか?」
まだそっちの方がいい。
「ねえゲンボクちゃん。家に帰ったら、ちょっとだけでも、私と遊んでくださいね」
……。
うん、いい人生だ。