ヘリコプター娘
街に向かう車中では俺が運転、千里が助手席。セカンドシートにアリスとリザという配置。
今日は千里の普通免許本試験を受験しがてら、リザの身の回りの物を調達しに出かけることにした。
街まで仕上げに千里に運転させることも考えたが、ここは万一のことを考え、身体を休ませる方を優先させることにする。今日も午前中は学科試験、午後は路上試験と千里はまる一日忙しいしな。
ちなみにアリスは前回の留守番時に、一日中べそべそ泣きながら受付業務を遂行してくださった結果、すっかりあきれ果てた小町とエミリアの許可のもと、今日は俺たちと同行というということになった。
アリス、お前は小町とエミリアに土産をちゃんと買って行けよ。
「わかっておりますわゲンボクちゃん。お二人のお心遣いには感謝しております」
わかっているならいい。
「でもさ、せっかくだから、またみんなで来たいよね」
そうだな千里。この後も何度か街に出てこなきゃならないこともあるし、皆で出かけるプランを考えてみるとするか。
「ところで、我々はいったいどこに向かっているのだ」
おおすまんリザ。今日は何も説明しないまま連れてきてしまったからな。まあ小町のおにぎりでもまずは食え。
「ゲンボクちゃんが、リザの分の生活用品も購入してくださるということなのですよ」
こういうときはアリスがきっちりとフォローしてくれる。
へえ、意外そうな顔をしているなリザは。
「しかし私はそれに応える対価を持っていないのだが……」
そんなもんいらねえよ。お前を付喪にしちまったのは俺だしな。まあせいぜい楽しくやろうぜ。
「いいのか? それで……」
「そんなの気にするくらいなら、ゲンボクちゃんの役に立てばいいんだよ!」
「千里の言う通りですわ、ところでリザは何が得意なのです?」
アリスは本当に有能だなあ。俺がリザに聞きたいことにうまく誘導してくれる。
リザはちょっと考え込んだような表情をルームミラーに映すと、とたんにもじもじし始めた。
「得意と言うのは語弊があるかもしれないが、『マゾプレイ』はゲンボクちゃんにも楽しんでいただけていると思う」
……。
まだ日も出ない朝っぱらから何言ってんだこいつは。
だいたいお前のプレイは一方的にお前が喜んでいるだけじゃねーかよ!
なにが『くっころ』だよアホか。
「確かに『あのプレイ』は素敵でしたわね……。身動きできない身体を、いつもと違った冷徹なゲンボクちゃんの表情から繰り出される非情な責めに貫かれてしまうなんて……。って、そういうのではなくて、日中に何ができるかということです!」
アリスも顔真っ赤にしながら真面目に受け答えをしてんじゃねえよ。 千里も紐を取り出してまじまじと眺めているんじゃねえ今何時だと思ってんだ!
はいはい、マゾの話はこれで終了。もう少し建設的な話をしようね。
「私はヘリコプターの付喪だからな」
そうだなリザ。そういえばお前の本体って『汎用ヘリコプター』なんだよな。
「ああ、日本にも改造型が配備されているはずだ」
そっか。そうするとリザの得意なことというと……。
「自衛隊ヘリと言えば『災害救助』ですわゲンボクちゃん!」
「『医療ヘリ』っていうのもあるよゲンボクちゃん!」
そうだ、そうだなアリス、千里。もしかしたらリザはそうした『ノウハウ』を持っているのかもしれないな。どうだリザ?
って、なんで申し訳なさそうに首を横に振っているんだ?
「すまんが、そういった役割についての心得はない……」
じゃあどんなのだい?
「『ゲリラの残党狩り』とか、『空挺部隊のポイントへの夜間輸送』などは得意だぞ。ちなみに苦手なモノは『携帯対戦車擲弾発射器』だ。あれには仲間が何度も辛酸をなめさせられているからな」
……。
あー、すまん。その特技って、今の日本じゃほとんどニーズがないわ。ついでに今の日本には、やたらめったら旧ソ連製のロケットランチャーをお前に向けてぶっ放す連中も多分いないから、安心してくれ。
でもまあ、『残党狩り』も『夜間輸送』も、今後必要になるかもしれないし、備えはしておきたいところだな。
ところでお前、その身体のままでそんなことできるの?
「できるわけがなかろう。なにおかしなことを言っているのだゲンボクちゃんは」
そうだよな。
生身でゲリラの残党狩りとか、どこの『地上最強の生物』だよって話になるもんな。
じゃあ、その身体では何ができるの?
「ヘリの操縦」
あっそう。
例えば『料理』は?
「食事なぞ『ミリ飯』で十分だ」
お前それを小町の前で絶対に言うなよ。約束だぞ。俺は芋虫は食いたくないからな。
それじゃ洗濯は?
「我が国のセレブは下着は使い捨てらしい」
この国の金持ちもそうだけれどな。残念ながら俺にそこまでの財力はねえ。あとな、エミリアには絶対言うなよ。使用済女性用下着の山は最初こそ興味深いが、だんだん切なくなってきてしまうからな。主にそれが存在する理由によってだけどな。まあ、切なくなるのは主に俺だが。
それじゃあ車の運転は?
「残念ながらヘリコプター以外は無理だ」
……。
やべえ、どうしよう。こいつ、もしかしたら『無能さん』か?
と心配していたら、アリスがリザの横でノートパソコンを開いたんだ。
「コンピュータを使うことはできますか?」
「ああ、常識の範囲くらいならな」
そしたらアリスがリザにパソコンの操作を促したんだ。
どうだアリス?
「まさしく『常識の範囲内』ですね。受付業務をお手伝いいただくことは可能だと思いますよ」
すると横から千里が面白いことを言い出したんだ。
「軍用ヘリコプターの付喪なら、軍事衛星にアクセスできるんじゃないかな?」
「光学衛星ならアクセスできるかもしれないが……。うむ、GPSと併せて、この車輌の姿は捉えることができたぞ!」
「すごいねリザは! ボクはナビで自分の位置を知ることくらいしかできないや!」
……。
お前ら何恐ろしいことを言ってんだ?
ん、どうしたリザ。
「ただ、私に見えるだけで、この映像をアウトプットしてゲンボクちゃんたちに見てもらうには、分身を出す以外にはなさそうだ」
さすがに街中でブラックホークをホイホイ出し入れするわけにもいかんな。
まあ、なんかの機会にその能力が生きたらいいなということにしておこう。
と、今日は新鮮な話題に事欠かなかったおかげで、退屈もせずに運転免許センターに到着したんだ。
今日のスケジュールは次の通り。
千里はまず午前中の学科受付を済ます。
で、普通のショッピングモールの開店時間を見計らって、俺はアリスとリザを送ってやる。
千里の学科試験中は俺は会場で待機。リザの日用品はアリスに購入を任せる。
で、時間を見計らってアリスとリザを迎えに行き、昼食は四人で運転免許センターの食堂で食べる。
午後は千里の技能試験終了を三人で待ち、結果が出たら今度は四人でもう一度ショッピングモールに戻り、足りないものを買い足してから家に帰るという計画。
だったのだけどさ……。
「私はゲンボクちゃんとともに居ります」
またかよアリス。
「せっかく小町とエミリアが送り出してくださったのに、ここで約束をたがえてしまうのは申し訳ないのです」
約束じゃなくてお前の我儘だろ。って、腕に密着するんじゃねえ胸を押し付けるなど阿呆!
周りの皆さんの視線が何事かとこっちに集まってきてるじゃねえか。これから試験を受ける若者達の動揺を誘ってどうするんだお前は。
「ボクはもう二回目だから大丈夫だよ。このベンチに十一時半ごろには居るようにするからさ。ゲンボクちゃんはリザの買い物にアリスと立ち会ってあげなよ」
本当に良い娘だね千里は。
それじゃあそうさせてもらうよ。って、耳を貸せって?
「その代わりと言ってはなんだけれどさ……」
……。
みんなには内緒だぞ……。
ちゅっ
「それじゃあ頑張ってくるね!」
おう、行ってこい。
それじゃあ千里の試験開始を見届けてからショッピングモールに出かけるとするかね。
おい、尻をつねるな痛いからアリス!