信金さんの日
ぱちり。と、将棋の駒のようなものが、相手の駒の上に重ねられる。
「千里の『総司令部』を攻撃なの」
どれどれ。
はい、この戦いは小町の負け、千里の勝ち。
「よーし、ボクも小町の『総司令部』を攻めちゃうぞー!」
ぱちり。
それでいいのか千里よ。
どれどれ。
はい、この戦いは千里の負け、小町の勝ち。
「これで私の勝ちなの」
ぱちり。
「僕の『司令部』は強いからね!」
どれどれ。あーあ、こりゃ予想通りだな。
はい、小町の勝ち。これで小町は千里の『司令部』占領したから、この試合は小町の勝ち。
「えー! ボクの総司令部は『大将』なのに!」
「私の駒は『スパイ』なの」
小町はこういう駆け引きゲームは強いな。容赦ないというかなんというか。
一方の千里はイケイケだけじゃなくて、もうちょっと防御を覚えたほうがいいな。
二人が遊んでいるのは千里が見つけてきた段ボール箱の中に入っていたゲームのひとつ。
『軍人将棋』
ちなみに俺は審判役に駆り出されている。
「もう一回だよ小町!」
「返り討ちにしてあげるの」
やれやれ。
で、もう一方の連中はというと。
「アリス、準備はいいかい?」
「エ、エミリア、こんなに長くて太いものなの?」
「そうさ、こいつでそいつをこうしてやるからね」
「あ、ああ! ゴリゴリ言ってるわ! 擦れてるわ! あん!」
「まだ始まったばかりだからね、お楽しみはこれからだよアリス……」
「え、そんなのいれちゃうの? あ、ああん! そんなにかき混ぜちゃったら……」
「ほーらアリス、こんなにとろっとろになっちゃっているんだね」
「だめえエミリア! もう我慢できませんの!」
……。
おいお前ら。
「なんですかゲンボクちゃん?」
「なんだいゲンボクちゃん?」
やけに冷静だな。
ところで、何でお前らはそんな安物のエロ小説を朗読しているような声をあげながら、夕食の『とろろ汁』をこしらえてるんだ?
「だってさほら、自然薯がこんなにとろっとろなんだよ。途中で混ぜ込んだ出汁がいい仕事をしているんだよ」
「ああん! お腹がすきましたわ。もう我慢できませんの! 早く夕食にしましょうよゲンボクちゃん!」
……。
小町、次からこいつら二人で料理の手伝いをさせるのやめろ。
それじゃ夕食にしようか。明日は『信金さんの日』だからな、今日は早く寝よう。
今日の夕食は、村の爺さんからもらった『早生の自然薯』で、エミリアとアリスがこしらえた『とろろ汁』と、小町が上手に解凍した鮪のお刺身に、キノコの味噌汁。
我が家における小町セレクトメニューは非常に渋い。まあ、美味いからいいのだけれどな。
「小町、今度はカレーを食べたいよ!」
そういやそうだったな。千里と一緒にカレーの材料を買ってきてあったんだ。
「カレーは明日なの。みんな明日は忙しいから」
さすがだ小町、そこまで考えていたか。
それじゃ、ごちそうさま。
それじゃ寝るぞ。
「あと一回だけ!」
「かかってきなさいなの!」
お前ら、軍人将棋は二人じゃできないぞ。って、やっぱり俺が審判なのか? もう寝ようよ。
「一回だけお願いゲンボクちゃん!」
「千里を黙らすのを手伝ってほしいのゲンボクちゃん」
わかったよ。一回だけだぞ。
結果、二人が寝落ちするまで軍人将棋に付き合わされちまった。
「やっと終わりましたか? それじゃ……」
「終わったようだねえ。 次は大人の……」
アリス、エミリア、お前ら起きていたのね……。
「あんっ」
どどーん。
「あふっ」
どどーん。
それじゃ今度こそ本当に寝るからな。
そして朝五時。いつものように小町が朝食の準備のために一番先に起きる。
で、俺は小町に起こされる。
「朝ご飯の前にお情けを欲しいの」
朝からそんなことを言ってはいけませんと説教したいのに、俺のキノコは意に反して準備万端。
「んっ」
どどーん。
ご機嫌で朝食の準備を始めた小町と入れ替わるように千里。
「小町ばっかりずるいや」
こらまたがるな触るな笑顔で囁くなわかったから!
「ひゃう!」
どどーん。
俺、自身のあり余る体力が、さすがに不自然に思えてきた。
まあいいや。エミリアも起きだしてきて、朝のキスの後に洗濯を始めたし。
朝食ができるまで、アリスの横で二度寝するか。
『信金さんの日』
それは街の信金さんが、この村で毎月一回『臨時出張所』を開設する日。
この日だけは多額の現金がこの村にやってくるので、それ狙いの電気屋や衣料店、食品店などもやってくる日。
「それじゃ、今日は皆さんがこの村の職員であることを示すために、これを着てくださいね」
と、俺が配ったのは、白のブラウスに黒と灰色のチェックベスト、それに膝までのミドルタイトスカート。
足元は黒のローファーパンプスにしておいた。
そう、これは『村役場の制服』
といっても、『働く人のお店』で取り扱っている既製品だけれどな。
「似合いますかゲンボクちゃん?」
ほんとアリスは何を着ても似合うよなあ。
「ゲンボクちゃん、どうなの?」
小町も制服を着るとそれなりの年齢に見える。とはいってもせいぜい女子高生程度だが。
「ゲンボクちゃん、胸がちょっと苦しいよ」
すまんエミリア。それが最大のサイズだったんだ。しっかしエミリアのセクシーっぷりはやばいな。
「どうかなゲンボクちゃん!」
うん。お前が一番事務員さんっぽいよ。いい意味でな、千里。
ちなみに俺も一応スーツ姿。
それじゃあ役場に行くとしよう。
「おはようございます、ゲンボクさん!」
お、もう到着していたんだ。すまないね。すぐに鍵を開けるからさ。
信金さんの臨時出張所は、役場一階の多目的ホールに開設される。そこで村人たちは、信金さんに預けてある通帳をいったん受け取り、出納を確認してから現金を出金し、役場の小口現金精算や、広場でお祭りの露店のように出店している店で高額商品や定番食品、衣料品の買い物を楽しむんだ。
「ところで、こちらの皆さまは?」
信金さんの支店長が注目したのは、俺の後ろに並ぶ女性四人。
「この者たちは役場の職員です。今日は私と一緒にお手伝いさせていただきますね。君らも支店長さんに挨拶なさい」
俺の指示に従た四人のものおじしない挨拶に、支店長はいたく感心した様子。
そして俺の耳元へ。
「最近はセクハラがうるさいですから、大きな声では言えませんが、このような美しい職員さんに囲まれているゲンボクさんがうらやましいですね」
うらやましいだろ。
でもそれ、信金の職員さんに聞かれたら一発左遷の破壊力を持つ発言だからね。支店長も注意しようね。
それじゃアリス、爺さん婆さんたちを案内してくれるか。爺さん婆さん達の小口現金精算も、教えたとおりに頼むよ。
「お任せください、ゲンボクちゃん」
事務処理に関してはアリスは本当に頼りになるなあ。
信金さんの営業が無事開始されたのを確認したところで、多目的ホールはアリス、売店は小町に任せて、俺はエミリアと千里とともに業者さんたちのところに向かった。
おう、いたいた。
俺が声をかけたのは、電話屋、ガス屋、電気屋のおっさんたち。
「ゲンボクさん、引っ越しだってね。今日まとめてやっちまうからここにハンコをくれるかい」
おう、頼むぜ。それじゃエミリア、ちょっとこのおっさんどもの工事に立ち会ってくれるかい?
「わかったよゲンボクちゃん。光回線とプロパンとエアコン交換だね」
ああ、その通りだ。頼むな。
って、電話屋、ガス屋、電気屋も俺の耳元へ。
「誰だいあのセクシー美女は?」
ああ、村で採用した職員だ。
「マジかい、それじゃ後ろの赤毛ちゃんもかい?」
そうだよ、よろしくな。
おっさんたちの嫉妬のまなざしが心地いいぜ。
広場の仮設店舗も無事準備完了。信金さんで清算を終えた爺さん婆さんも、そろそろこっちにやってくるだろう。
それじゃあ役場に戻るか千里。
役場は相変わらず賑わっている。売店の小町も忙しそうに動き回っている。
千里、小町を手伝ってやってくれるか。
「わかったよゲンボクちゃん!」
いい返事だ千里。
さあ、村のお祭りが始まるぞ。




