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アリスちゃんと就職事情

 家から村役場までの道すがら。

 俺は白の開襟シャツに生成りの麻パンツ。いわゆるクールビズ。

 一方のアリスちゃんは長袖のブラウスにジャケット。膝上十センチくらいのタイトミニにパンプスといういでたち。


 アリスちゃん、暑くない?

「暑いですわ、ご主人様。これからもっと暑くなりそうですけれど」

 そうだよなあ。朝でこの日差しじゃあ、昼ごろはたまんねえだろうなあ。かといってこの村にはブティックどころか衣料品店すらないものなあ。

 まあ、日中は我慢していてもらって、今晩何とかするか。

 

 ところで、アリスちゃんは何ができるの?

「殿方との夜のご同伴ですわ」

 いえね、それは俺専用にしておいてね。そうじゃなくてお昼のお仕事なんだけどさ。


「ご主人様が記憶されている中でしたら、一般事務のお仕事なら何とかなりますわ」

 そうなの?

「はい、私たち『付喪つくも』は、ご主人様の記憶を共有させていただいておりますの」


 じゃあなんで料理ができないの?

「『得手不得手』というものがございますでしょう? それともご主人様は私よりも上手に殿方のお相手をお務めなさる自信がおありですか?」

 なんか妙に説得力があるな。とっても嫌な比較だけれど。

 

「もしご主人様が『お料理が得意な付喪』をお望みなのでしたら、料理にかかわる道具に胞子力エネルギーをバーストなさればよいのです」


 いきなり核心をついたことを言うねアリスちゃんは。そうか、付喪ちゃんは増やせるのか。もしかしてこれってハーレム?


「念のため申しあげておきますが、ハーレムはそれ自体を養う財力や権力が必要ですからね、ご主人様」

 笑顔で俺を現実に引き戻すなよアリスちゃん。

 それより、今日をどうするかだな。


 村役場に到着した俺は、役場入口の鍵を開け、事務所の清掃を始める。

 役場と言っても、一階は『村民課』と『多目的ホール』、二階に『村議会』と『村長室』があるだけの、二階建てのこじんまりとした建物。


「ご主人様、お手伝いいたしますわ」

 うーん。人目もあるしね。本当はあまりないけど。ここでご主人様はまずいかな。

「それでは何とお呼びすればよろしいのでしょうか」


 そうそう、俺の名前は

木野虚きのこ 玄墨げんぼく

 苗字も名前もキラキラしているぜ。

「キノコ様でよろしいでしょうか?」

 そう呼ばれるの、昔から嫌なんだよね。当然のことながら名字でイジメに遭ったしさ。


「ならばゲンボク様?」

 一応ここは役所だから、もっとフレンドリーにならないかな。

「ならゲンボクさんでいかがでしょう。これ以上はお譲りできませんわ」

 何を譲ってくれるのかよくわからないけれど、それでいいや。それじゃ、掃除をしちゃおうか。

 

 なんせ世帯数が百をとっくに切っている上、学校すらないので年寄りばかりで超限界集落もいいところのこの村。役場職員のなり手もなくて、現在職員は俺一人で、常時職員募集中というありさま。


 で、俺が思いついたのが、アリスちゃんにも役場で働いてもらうということ。

 それじゃ、アリスちゃんの住民票でもこしらえるかね。苗字は何がいい?

「ゲンボクさんと同じのがいいです」

 あっそう。


 そっか、遠縁の親族とかにしておけば保証人枠も楽だな。連帯保証人は村長をそそのかせばいいし。

 それじゃ今日からアリスちゃんは『木野虚アリス』だ。

 

 よし、稟議書類も完成。後は面接と押印だけだな。それじゃアリスちゃん、出かけようか?

「窓口はどうなさるのですか?」

 ちょっと『外出中』の表示にしておこうね。あ、それからアリスちゃんって呼ぶのはまずいかな、アリスって呼んでもいいかな。

「ぞくぞくしますわゲンボクちゃん」

 そりゃよかった。で、『さん』から『ちゃん』になったのね。まあいいけどさ。

 

 ということで、俺とアリスは稟議書と採用通知書を持って村議会議員のお宅と村長のお宅を回ったんだ。

 村議会議員は三名。既に二十年以上無投票当選の爺さんたちだ。村長はこの村の生き字引の婆さん。まだ生きているのが不思議なくらいな百歳オーバーだ。


「爺さま、ここにハンコ頂戴」

「ゲンボクがいいならわしもそれでいい」

 これが三回。


「婆さま、ここにハンコ頂戴。あと、この娘の連帯保証人になってくれる?」

「ゲンボクや、いい加減わしから村長を継いでくれぬか?」

「考えとくからハンコちょうだい」

 これが一回。


 はい、これで稟議終了。採用面接も終了。

 これで晴れて『木野虚アリス』は村役場村民課職員と相成りました。

「ゲンボクちゃん、うれしいわ」

 よし、役場に戻って仕事を始めるぞ。

 

 といっても、役場を訪れる村民なんて、ほとんどいないのだけれどね。まずは掃除だ。


「ゲンボクちゃん、そろそろお昼ご飯ではないですか?」

 そうだなアリス。って、弁当をこしらえるのを忘れちゃったよ!

「それではコンビニに行きましょう」

 コンビニはここから車で三時間かかります。

 ちなみに弁当屋とかは、ここ数年ネットの世界でしか見たことがありません。


 何だよその泣きそうな顔は。

「それではアリスは飢え死にしてしまうのですか?」

 わかった。わかったからちょっと待っていろ。近所の農家からご飯を分けてもらってくるからな。それまでそこでちゃんと受付業務をやっているんだぞ!

 

 ということで手に入れたのは、雑穀おにぎりを二つとお漬物。アリスのやつ、こんな飯でいいのかなあ。

 という俺の心配は杞憂だった。

「ゲンボクちゃん、美味しいです」

 そうか、よかったな。お前がカリカリさせるお漬物の音が耳に心地よいよ。

 こうして他人が飯を食っているのを眺めるのは何年ぶりかな。


 可愛いなあ。アリス……。

 いかん、俺様のキノコが元気になってしまった。静まれ俺、深呼吸だ俺、職場プレイはまだ早すぎるぞ俺!

 

 ということで、この日は貯めこんでいた固定資産関連の資料を、アリスに手伝ってもらって整理できた。うーん。一人だとヤル気のでない仕事も、二人ならはかどるもんだなあ。


 ということで、時計の針は十七時。閉庁のお時間です。庁ってほどの代物でもないけれどな。


 そして帰り道。

 昨日と同じく、西日がアスファルトの照り返しとサンドイッチで俺達を焦がす。これは何とかしてやらないとな。


 アリス、今日は二十時くらいまで夕食を我慢できるか?

「餓死しないように気を確かに持って見せますわ!」

 何だよその悲壮な覚悟は。


 ん? どうしたんだ?

「ゲンボクちゃんはご飯を作ってくれる付喪はご不要ですか?」

 正直いてくれるとありがたいかな。


「私、付喪が増えても決して嫉妬などしないように致しますから、ぜひ前向きにご検討くださいまし」

 いやに熱心だな、おい。

「やはり、美味しい食事というのが生活に潤いをもたらすと思うのですよ!」

 何を力説しているんだねキミは。

 あれだね、キミは美味しいご飯を作ってくれる人が欲しいと言っているのだね。


 わかったよ。で、どうすればいいの?

「お料理道具の中から、なるべく使い込んだものをお選びになるのがよろしいですわ、忘れてはいけないのは『穴』の存在ですわよご主人様! 穴が大事ですからね、穴が!」


 アリス、口調が変わっているよ。あとね、そんなきれいな顔して穴穴連呼しちゃだめだよ。ほら、お兄さん元気になっちゃったじゃあないの。うう、もう我慢できません!

「あん、ご主人様あ! 付喪にとっておかなきゃだめえ!」 

 

 どどーん。

 

 もう俺、一生アリスにはまっちゃいそうかも。

 

 それじゃ賢者タイムと共に再度探索開始。

 どれがいいかな。使い込んだものかあ。


 ガキの頃から愛用しているスプーンとフォークには、残念ながら穴がない。学生時代から大切に育て上げた鉄のフライパンも、残念ながら穴がない。コーヒーカップのこれは、そもそも穴というのか?


 そしたらアリスが満面の笑顔で何かを持ってきたんだ。

「ご主人様! これですわこれ! このまんまる可愛いフォルムに、拗ねたようなおちょぼ口。これならご主人様の胞子力エネルギーも大爆発ですわ」


 と、彼女が慈しむように抱えてきたのは『やかん』

 お前、俺にやかんでイケって言うのね……。既に本日一回戦が終了しているのにさ。

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