初めての敗北
うーん、村役場のパソコンが足りない。
これまでは俺一人だけの使用だったので、アクティブなパソコンは目の前のノートパソコンで十分だった。
他は住基ネットに接続しているデスクトップが一台と、給与計算や小口現金管理などの定型業務を行うデスクトップが一台。
ちなみにインターネットに接続しているのはノートパソコンだけ。
まさか住基ネットのパソコンを使いまわすわけにはいかないし、もう一台はセキュリティのためスタンドアロンにしてある。
「ゲンボクちゃんは指示だけ下されば、私がやりますわ」
そうだなあ。ここはアリスに任せておくか。それじゃあアリスのメールアドレスも取っておくとするか。
ネットに接続するパソコンの主な用途は、『信金さん』他の外部業者とのメールが主になっている。
一応村の威信をかけてセキュリティはがちがちにしてあるので、万一アリスが十八禁を検索しようとしてもブロックされるようにはなっている。って、アリスがそんなもん検索するわけないか。
それじゃあ俺は給与計算を終わらせるとするかな。
計算しなければならないのは、『村長の給与』、『議員三人の議員報酬』、それから『俺とアリスたちの給与』
特に今回は俺の昇給に加え、アリス、小町、エミリア、千里の支給があるから、念のために一覧を打ち出して村長と議員三人の確認印をとっておく。そしたら給与台帳に保管しておく。
後は給与明細の袋とじ印刷と現金の用意。なぜなら、アリスたちはまだ預金口座がないので、現金での支給となるから。
ちなみに現金は村長室の大金庫にたんまりと眠っている。
村長室で俺はそれぞれの給与を数え、打ち出した給与明細とともに給料袋に入れていく。ちなみに四人は採用日こそずれているが、同月での採用には変わりがない。
この村の給与規定では『完全月給制』なので、日割り計算はしない。すなわち満額が四人に支給される。天国だなおい。
小町がこしらえる惣菜の香りが漂ってきたところで、給料袋をもう一回金庫にしまい、俺は階段を下りたんだ。今日は何をこしらえたかな。
と、アリスの前に人影。
目の前の男性? に、アリスは何か困惑した模様。そうだった、まだアリスには説明していなかった。
「あ、ゲンボクさん。しばらく来ない間に、ずいぶんにぎやかになりましたね!」
愛想のいい兄さんが、少し緊張した面持ちで俺に笑いかける。
おう、兄さんもいつも元気だな。
「ところで郵便のお届けです。回収はありませんよね」
ああ、今日は何も預かっていないよ。
そう、この兄さんは隣町の郵便局員さん。隣町と言っても百キロ以上離れているのだが。
この村へ律儀に配達に来るのは、猫のマークの宅配業者と郵便局だけ。
猫の方はたまにネット通販の『密林』を利用すると配達に来るのだが、そのたびに、やれ営業所の採算が云々とか、要員が云々とか俺に愚痴を言っていくので、正直俺は好きではない。文句は密林に言えよなと思う。
一方の郵便局員さんはいつもニコニコ大したもんだ。さすが『ユニバーサルサービス』を標榜しているだけはある。この『コスト意識のなさ』は、田舎にとってはとてもありがたいものである。すげえぜ日本。
ただ、さすがに個別に配達に回ると郵便局員さんが残業になってしまうため、郵便はまとめて村役場で預かり、俺が配達を代行することになっている。
一方、郵便を出したいときには、まず村人が村役場の受付にに郵便物を持ってくる。そしたら村役場から郵便局に集荷依頼のメールを打つ。すると翌日には郵便物を局員の兄さんが回収に来る仕組み。だからこの村では『速達』は意味がない。
実は法律上、このやり方には細かな問題が色々あるのだが、そこは互いに助け合いってもんだ。
ん、どうした兄さん。何だい、内緒話かい?
「ねえ、ゲンボクさん、あちらの美しい女性と、売店に座っている可愛い女の子はどちらさんで?」
ああ、あの二人は俺の遠縁だ。ちなみに元ダム事務所に行くと、セクシー美女とボーイッシュ娘も拝めるぞ。
「なんでまた急に?」
まあ、いろいろあってな。とりあえず兄さんもアイスを買っていけ。
小町の前でいそいそと財布を取り出し、百円玉を用意した郵便局員さん。
普段は帳簿をつけるだけなので、代金を受け取るという初めての行為に、小町もちょっと興奮気味だ。
「これ、おまけにあげるの」
小町は郵便局員さんが選んだアイスとチョコレートの他に、棒付きキャンディーを一本手渡した。
よかったな兄さん。帰りの車の中でしゃぶり倒せよ。
「また来ますね」
のぼせ上がった兄さんはオレに挨拶するのを忘れ、小町とアリスにぺこりと頭を下げると、恥ずかしそうに出て行ってしまった。
それを笑顔で見送る二人。
う、ちょっと嫉妬心が沸いてしまったぜ。
それじゃ紛らわしついでに郵便配達にでも行ってくるか。
配達の帰りに事務所に寄ってみると、すでにエミリアと千里は全棟の水洗いを終了し、壁紙貼りに着手している。
へえ、上手いもんだなあ。
これは明日には仕上がっちゃうかもしれないな。
しかし二人ともセクシーだなあ、働く女性の輝きってのを感じるね。
ところで車の中で鼻の下を伸ばしている兄さん。さっさと郵便局に帰らないと定時までに戻れねえぞ。
ということで今日も一日無事終了。
五人で帰る道も、日に日にオレンジ色が濃くなってゆく。
まもなく『信金さんの日』だし、明日から忙しくなりそうだな。
と、千里が大きな段ボールを一つ抱えている。
千里、なんだいそれは?
「事務所を片付けていたら、奥から出てきたんだ」
家でそれを開けてみると、中から出てきたのは、いくつかの古いゲームの類。
これに食いついたのは小町と千里。一方のアリスとエミリアはどうでもいいらしく、まったく興味を示さない。
それじゃ、小町が夕食の支度をしている間に、千里と二人でゲームを整理してみるか。
そして食後の団欒。お風呂も一通り済ませ、後は寝るだけのひととき。
そんな中、小町と千里が真剣なまなざしで二人の間を見つめている。
「こうなの!」
しーん。
「こうだ!」
びょーん。
千里がおもちゃの剣を刺したところで、樽に入った中央のおっさんが飛び出してきた。
こりゃなつかしい。
「もう一回だよ小町!」
「かかって来なさいなの!」
やけにふたりとも燃えているなあ。
ん?
「あ……」
「どう、エミリア……」
「たまんない、たまんないよ……」
「うふふ、それじゃあこっちにもしてあげるわ」
「ああ……。いいわ、いいわあ! アリスッ……」
なんでお前ら、二人で悶えてんだ?
「あ、エミリアが掃除を頑張ってくれたから、先日買っていただいた電動マッサージ器で、ちょっと肩もみを……」
「ゲンボクちゃんのには敵わないけれど、これも気持ちいいねえ。はまっちゃいそうだよ」
あっそう。
「あっふんだよ!」
「うっふんなの!」
びょーん。
ほら、子供達が真似を始めちゃったし。お前らも少しは自重しなさいね。
なんだよ二人ともそのにやけた顔は。そのいたずらを思いついたような表情は。
「子供がゲームに夢中のうちに……」
「オトナの時間ってやつだよね……」
え、もしかして二人がかりですか?
「静かにしないと二人に気づかれちゃいますよ」
「あたしもあんなふうにじっくりと刺してもらいたいねえ」
こうして俺はアリスとエミリアの二人によって、物音をたてないまま客間に拉致されたのである。
静かに、静かに。
「あふっ……」
どどーん。
「んんっ……」
どどーん。
これを繰り返し。
そしてこの日、俺は初めて夜の部で敗北を喫することになる。
海賊の姿をしたおっさんの人形に。
結局小町と千里は、仲良く寝落ちするまで、剣を刺し続けていたのだ。俺の所に来ないまま。
まあその分、アリスとエミリアの四十八手がたくさん進んだからいいけどさ。
さあ明日も頑張ろう。