普通のショッピングモール
それはお昼寝タイムが一段落した午後のこと。
エミリアと千里が『思い立ったが吉日』とばかりに、引っ越し予定先の建物に向けて高圧洗浄機と延長ホースと延長ケーブルを持って家を飛び出し、小町が夕食の準備を始めたころのこと。
俺とアリスはネットで引っ越しに伴う必要手続きや品物について調べていた。
どのみちこの村に配達は原則来ないし、来るとしても離島扱いで高額の送料がかかるか、いつもの業者経由で「信金さんの日」にまとめて来ることになる。
まずは生活インフラについて。
プロパンガスの設置・交換は信金さんの日と決まっている。
電気はブレーカーを上げれば通電するので通しておいた。
そうじゃないとエミリアと千里が肩を落として帰ってくることになるから。
電話も光ケーブルが各戸に行きわたっている。
なのでプロパンガス、電気、電話とインターネットは全てネットで申し込みできた。
上水道は引っ越し先も地下水をくみ上げているので手続きは不要。
下水道は村で運営しているのでこちらは役場で自分で手続きをすればこれも無事終了だ。
次に引っ越しに伴う追加機材について。
「冷蔵庫はお届けしてもらった方がよさそうですね」
そうだな。
信金さんの日に毎月来る電気屋に冷蔵庫の型番をメールで連絡しておこう。
ネットでの実勢価格を伝えてやれば、そんなにふっかけてくることもないだろう。
エアコンもこの電気屋に設置を依頼することになる。
夏も間もなく終わりで、エアコンはちょうどシーズンオフに入ったから、これも信金さんの日まとめて設置を頼めるだろう。
「テーブルセットも必要ですね。それに布団も五セット必要です」
それもアリスのおっしゃる通り。
「これもネットショッピングで買おうか?」
「肌が触れるものですから、できれば実物を確認したいのですが」
これはアリスの言う通りだ。
千里のアイデアでかなり荷物は持ちかえることができるから、アリスの言うとおりにしよう。
「他の品物も実物を選んだほうがよさそうですね」
「そうだなアリス」
コンロは小町が使い勝手を確認したいだろうし。
それじゃあ明日はいつものショッピングモールよりも、もう少し足を延ばしてみるとしよう。
「ところでさ」
「うふふ。わかりましたわ」
俺とアリスは小町の目を盗んで寝室にそっと移動した。
だって昼寝から目覚めたときからずっと我慢してたんだもーん。
その後、何食わぬ顔をして小町の前に二人で姿を現すのも、何とも言えない背徳感を味わえて楽しいかも。
料理中の小町は集中しているので俺達のことは気にもかけていないようだが。
お、エミリアと千里も満足げな表情で帰ってきた。
小町も夕食が完成した模様。
それじゃあみんなでいただきましょう。
夕食後に翌日の旅程を全員に説明し、順番に風呂を済ませたら今日はそのまま皆で就寝。
今回は前回と違って、誰も遠足前夜のように眠れなくなるようなことはなかったみたいだ。
翌朝は全員がきっちり五時に起床。
小町にお願いして朝食はおにぎりにしてもらい、車内で食べることにする。
「それでは皆さん準備できましたか」
「いつでもいいですわ」
「おにぎりを持ったの」
「今日も楽しみだねえ」
「早く出発しようよ!」
はい、良いお返事です。
それでは出発。
ということで、日曜日の本日は、いつもの「ど田舎のショッピングモール」から、さらに車で一時間先の「普通のショッピングモール」に向かった。
このモールには、ど田舎の方にはない「家電量販店」「家具量販店」「大手書店」がテナントに入居しているのだ。
車の中では、皆でおにぎりを食べながら、相変わらずプリントアウトしたウェブチラシで四人仲良くわいわいとやっている。
そんな中でも、そっと運転席の左におにぎりと温かいお茶を置いてくれる、アリスの心遣いがうれしいぜ。
しかし四時間はさすがに長い。
だからといって途中で休憩しようにも、二時間以上は自動販売機すらない。
なので田舎のショッピングモールまでは休憩なしで行くのがいつものことだった。
しかし今日はそこからさらに一時間走らなければならない。
いつの間にか後部シートは静かになっており、アリス、小町、エミリアはそれぞれうたた寝を始めている。
唯一千里だけが、いつの間にか助手席に座って、一緒に前を見ている。
「ゲンボクちゃんにばかり運転させてごめんね、ボクも免許があればいいのだけれど」
「気にするな」
気を使わせて悪いな千里。
でもな、今日の目的地はショッピングモールだけじゃないから、楽しみにしていてくれ。
「でさ、ゲンボクちゃんは何でボクを、この車を選んだの? あ、お茶を飲むかい?」
千里はしきりに俺に話しかけ、飲み物の段取りなどをしてくれる。
多分俺の眠気を紛らわすためにだろう。
こういうところで運転経験者は違うなあと思う。
いや、後ろでうたた寝モードの三人がどうのという訳じゃないけれど。
「アリスはボクに、しばらくゲンボクちゃんをお願いしますねって言っていたよ」
そっか。
アリスはアリスで色々と皆に気を使っているのかもしれない。
そうこうするうちに、皆には内緒にしていた目的地の一つに到着した。
それは「運転免許センター」だ。
車の走行音が微妙に変わったのに気付いたのか、まずはアリスが目覚めた。
「あ、ごめんなさい。寝てしまいましたわ」
「もう少し寝ていていいぞ」
次にエミリアも目を覚ました。
「おや、到着かい?」
「ショッピングモールはまだだ、ここでは千里と野暮用を済ませてくる」
するとアリスは慌てて身なりを整えた。
「私も行きますわ」
一方のエミリアはのんびりしたもの。
「陽気もいいし、あたしゃ小町とここで留守番をしているよ」
俺が千里を運転免許センターに連れてきたのは、一発で普通免許を取得させるための下準備を行うためなんだ。
普通は自動車学校に通って、仮免学科実技と本免実技をクリアして免許センターでは学科だけにする。
でもこの方法だと、千里を最低でも二週間以上自動車学校に通わせなければならない。
それは費用的にも時間的にも無理。
だから俺は千里の「学科も実技も問題なし」という言葉に賭けることにした。
ネットで調べると免許取得は最低三日、通常は四日かかることまではわかった。
それでも自動車学校に行くよりはコストも時間もかからない。
一方でネットで調べられる範囲では、各運転免許センターのローカルルールがわからなかった。
だから今日は直接資料を取りに来たわけだ。
運転免許センターの入り口には、色々な案内やチラシが飾られている。
「ゲンボクちゃん、仮免と本免は平日八時半から九時までの受付だって!」
「マジか」
それだと遅くとも村を朝四時には出発しないと間に合わない。
でも仕方がない。
必要書類や印紙購入窓口もわかったから、当日に慌てることはないだろう。
「それじゃあ隣で証明写真を撮って戻ろう」
「ボクの?」
千里以外に誰がいるんだよ。
「そうだ、書類申請に必要だからな」
「私もお願いしてもよろしいでしょうか?」
アリスも証明写真が欲しいの?
まあいいか。
無事資料を集めた俺達はエミリアと小町が待つ車に戻る。
証明写真を嬉しそうに見せびらかしている千里に、小町とエミリアはちょっとご立腹。
「知っているかい千里、写真は撮るたびに魂が吸い取られるんだよ。これでお前の寿命はあたし達の中で一番短くなったね」
悔しいからって、薄笑いを浮かべながら嘘をつくなよエミリア。
千里も真に受けて半泣きになってんじゃないよ。
「小町も写真が欲しいの」
「あらあら、困りましたわゲンボクちゃん」
アリス、お前は困っていないだろ?
ショッピングモールに着いたら皆でプリクラを撮るとしよう。
運転免許センターからショッピングモールは目と鼻の先にある。
さすがは普通のショッピングモール。
駐車場も混雑している。
「荷物を千里の本体にも積み込むことを考えますと、目立たないところに駐車した方がいいですね」
「そうだなアリス」
それでは二階駐車場の入り口から反対方向とか、防火設備の裏とか、一般利用者が嫌いそうなところに停めるとしよう。
時計はジャスト十時。
今日は自分たちの買い物だけなので焦る必要はない。
とはいっても、先に千里の本体から荷物を積みたいので、それなりに買い物の順番は決めなければならないな。
それではこうするとしよう。。
まずは引っ越し先のリフォームで必要なものを買うことにする。
「床の面積と窓枠のサイズは測ってきたからね、壁紙も思い切って張り替えちまおうよ。後は皮革用とかガラス用とかの専用洗剤がいくつか必要だね」
頼りになるぜエミリア。
「そうしたら次はカーペットとカーテンですわね。寝室は畳のままでもよろしいのでしょうか?」
それらの選択はアリスに任せた。
「荷物部屋のカーペットは?」
おう、それも選ばなければな小町。
「ボクはどうしよう」
千里、お前は俺と一緒に荷物運びだ。
まず俺達が訪れたのは「お値段以上」の大型家具量販店。
あれ、計画といきなり順番が違うぞ。
「エミリア、ホームセンターより先にこっちでいいのか?」
「何を取り付けるかによって道具も変わってくるからね」
さいですか、ホント頼りになります。
こうしてカーペット、カーテン、壁紙は四人が揉めることもなく順調に決定した。
特にカーペットはそれぞれが自分の「荷物室」に好きなカーペットを敷きましょうというアリスの提案に他の全員が引っかかった。
ちなみに荷物室は「個室」と呼んではいけないとなぜか四人で取り決めをしているようだ。
そうして小町、エミリア、千里の三人がが三畳のカーペットの前でうなっている間に、アリスがささっと壁紙とリビングダイニングのカーペットを決めてきたんだ。
さすがだアリス。
これを一旦清算してから車に運ぶ。
うへえ、カードの使用可能残高がみるみる減っていくぜ。
「それじゃ本体に戻るね」
ぽんっ
千里と分身が消えると同時に、本体の車が現れた。で、内部シートを跳ね上げたり、たたんだりしてスペースを作る。
運転席と助手席も荷物を置いちまえ。
お、まだまだ余裕があるな。
それじゃ千里、いいぞ。
ぽんっ
それじゃあ次は小町のコンロと台所用品、エミリアの清掃用具と洗剤だな。
これらもホームセンターで順調に購入できた。しかもまだまだ余裕があることがわかったので、お布団セットも圧縮パックになっているのを追加で五組購入。
さらにはテーブルも。
当初はテーブルと椅子にしようとしていたのだが、ちょうど秋冬物が出ているとあって、大きな『こたつ』がセールになっていたんだ。それは各辺に二人ずつ並べるサイズの正方形のもの。特大布団とカバーも付いている。
「ゲンボクちゃん、これにしましょうよ!」
「おこたはうれしいの」
「こたつはうれしいねえ」
「ボクもこれがいい!」
満場一致だな。俺もこれがいい。
ということで、これで大きな物の買い物は終わり。
うは、順調だぜ。
ここまでで一時間半、時計の針は十一時半。
そしたら早めに昼食にして、午後は自由に買い物とするかね。
「いいのゲンボクちゃん!」
小遣いは給料から引くけどなアリス。
「お菓子買っていいの?」
まあ大丈夫だろう。
「追加の下着を買ってもいいってことかい?」
ほかにも買いたくなるものがあると思うぞエミリア。
「ボクは何を買おっかな」
お前はとりあえず俺と一緒に本屋だ千里。
この時点で俺は、この日の午後がえらいことになるとは予想もしていなかったんだ。




