それは空から降ってきた
それは暦の上では秋といえど、まだまだ夏の日差しが残る暑い日のこと。
彼はいつものように村役場での勤務を終え、徒歩で帰途に就いていた。
「あっついなあ」
余りの西日に彼は思わず天を仰いでしまう。
そのとき彼の目に飛び込んだもの。
それはキラキラと金色に輝く、指先ほどの球体。
それは一瞬のことであったのだろう。が、彼には球体の軌跡が、まるで連続写真のようにスローモーに見えた。
まるで球体が彼に『避けろ』と指示を出しているかのように。
それに従うように、彼は頭上に向かって落下してきた球体を、身をひねるようにして、間一髪避けた。
が、球体は焼けたアスファルトに乾いた音を残すと、そのまま跳ねかえった。
予想外の軌跡を残して。
彼の股間を目指して……。
「うお!」
どれほどの時がたったのであろうか。彼は頬を焼くアスファルトの熱により、意識を取り戻した。
空がまだ夕の日差しを残し、彼の身体をじりじりと焼いているところを見ると、それほど時間がたったのではないのであろう。
「なんだったんだ?」
彼は先程起きた出来事を思い出し、思わず股間をまさぐった。
ズボンに穴は開いていない。大事なものもしっかりついている。
「ん?」
しかし彼は指先に違和感を覚えた。
「一つ、二つ……。あれ?」
彼の指先には、『三つ目の睾丸』の感触が確かに残っていた。
◇
なんだったんだあれは? そしてなんだこれは?
ちょっと何が起こったのか、俺には理解できない。
確か突然頭の中に『我を避けよ!』と響いた後、自分でも信じられない反応速度で空から降ってきた金色に輝く球体を避けたはずだった。
が、その後に『しまった!』という声が響いたと思ったら、俺は股間にこの世のものとは思えない衝撃を受けたんだ。
が、ズボンは無事。血が流れた様子もないし、衝撃で大事な『ちんこ』が使用不可になったわけでもない。
ただ、『きんたま』が一個増えただけ。何だかよくわからないな。
とりあえずここで何ができるってわけでもないし。帰るか。そうそう、アリスちゃんを待たせちゃいけないしな。
待っててねアリスちゃーん!
帰宅後、俺は簡単に夕食を済ませ、毎日のお楽しみタイムを迎える。
それは『アリスちゃん』との逢瀬。
「お待たせ、アリスちゃん。今日も可愛いよ」
照れるような俺の言葉にアリスちゃんは、くりっとした茶色の瞳を輝かせ、無言の笑顔で答えてくれる。ああ、流れるような黒髪も、透き通るような白い肌も、両手にちょうどいいおっぱいもたまんねえ。
もう我慢できねえぜ。アリスちゃーん!
どどーん!
そして迎える賢者タイム。
「さて、洗うか」
いつもの俺なら、ここでアリスちゃんの大事なところを取り外し、無駄死にした戦友どもを冷静に洗い流しに行くのが日課。
そう、アリスちゃんは世界に誇る日本技術の粋をつくして生み出された、
『大人の夜のお人形さん』
しかし今、俺の前では信じられないことが起きていた。
「ご主人様、お情けを賜り、うれしゅうございます」
俺の前でアリスちゃんはそう俺に礼を言うと、俺の首に両手を巻き、俺にキスをしてきたんだ。
俺のアリスちゃん、何で動いているの? ねえ、舌が気持ちいいんだけれど。
「ご主人様、今日はもうお休みになられたらいかがですか? 明日色々とご説明いたしますから」
そう耳元で囁きながら、アリスちゃんは俺を布団に引き込んだんだ。
どどーん! どどーん!
二回戦からノータイムで三回戦に突入。俺の完封負け。こういうのを『搾り取られる』というのだろう。
その夜、俺は初めてアリスちゃんと、賢者モードのまま眠りについたんだ。
「ご主人様」
ん?
「ご主人様、おはようございます」
んん?
あれ、何だっけ?
目を開けると、そこには白のブラウスに紺のレディーススーツをまとった女性が、正座をして俺の枕元に座っている。スカートからのぞく膝と太もも。見えそで見えないその奥は男性あこがれの秘境。
だが、昨夜三回戦をノータイムでこなしたからか、俺は妙に冷静だった。
「失礼ですがどちらさまですか?」
「アリスですわ。ご主人様」
は?
俺の横ではアリスちゃんが、相変わらず美しい笑顔でニコニコしながらレディーススーツ姿で正座している。
アリスちゃんは、そのスーツをどうしたのかな?
「これはご主人様が生み出された私専用の衣装ですわ。ご主人様、これってお嫌いですか?」
お好きです。
「ところでご主人様、私はお腹がすきました」
あれま、アリスちゃんもご飯を食べるの?
「何をおっしゃっているのですかご主人様、私も三食いただきますよ」
あ、そうなの? それじゃ試しに何か作ってよ。
なに? その屈託のない笑顔は?
「私、ご飯は作れないんです」
え? 何で?
「元が大人のお人形さんですから」
そうなんだ。それじゃ仕方ないね。それじゃ卵掛けご飯でいい?
「お味噌汁も欲しいです、ご主人様」
あっそう。
目の前にはアリスちゃん。でも、昨日までの動かないアリスちゃんではなく、美味しそうにご飯をほおばり、ふうふうとお味噌汁を飲むアリスちゃん。
もしかして俺、狂ったか?
「あ、そうでした。『マスター』からの遺言をご主人様にお伝えしなければなりませんでした」
『マスター』って?
「ご主人様の股間で、ご主人様と一体化した『異星の方』ですわ」
……。
ちょっとよくわからないんですけれど。
アリスちゃんの話は俺にとって人生を根本から覆すものだった。
まず、俺の体内に入り込んだ、『第三のキンタマ』は、外宇宙から飛来した知的生命体だということ。
で、何故か俺との生存競争に敗れて、俺に意識を吸収されてしまったらしい。俺には意識を吸収したつもりはないけれどさ。
そこで、最後の意思を、昨日の俺の一発目に託したんだそうだ。だからアリスちゃんには知的生命体の記憶が残っているらしい。
そして本題。なぜアリスちゃんが生命を持ったのか。
それは俺の二つのキンタマから発せられる戦友どもが、第三のキンタマから発せられる胞子と融合して、『胞子力』に変質するからなんだそうだ。
『胞子力』が放つ『胞子力エネルギー』は、無生物の穴を通じてそれらの『付喪』と反応し、次元変換を発生させる。この際に無生物の『付喪』は瞬間的に俺のイメージを具現化した姿と衣装を与えられ、この世に生を受けるそうだ。ちなみに本体は『仮世』と呼ばれる別次元に保存されるとのこと。
ってことは、アリスちゃんの本体も保存されているのかな。
「はいご主人様。こんな感じですわ」
ぽてっ
うわあ、アリスちゃんが元の大人のお人形さんに戻ってしまった。衣類はいつものメイド服だよ。
って、元に戻す方法を聞いてねえよ! どうすんだよアリスちゃーん!
ぽてっ
「はい、お呼びですかご主人様?」
やれやれとばかりに立ち上がるスーツ姿のアリスちゃん。
よかった……。戻ってきてくれて。
この燃え上がる劣情に身を委ね、今日はこのまま本日の一回戦目に突入してしまおうか。
「私はよろしいですけれど、お時間は大丈夫ですか?」
ん? うわ、もうこんな時間か!
それじゃ俺は役場に行ってくるから、アリスちゃんは留守番していてね。
「嫌です。それだとお昼ご飯を食べられなくて、私は飢え死にしてしまいます」
じゃあどうするの?
「一緒に行きますご主人様」
あっそう。
なんか、急に現実に引き戻されちゃったな。俺。