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しゃべるペンギンと本の降る森

 今の状況を端的に言えば、絶体絶命だ。

 上空から見下ろせば、一目了然のことだろう。

 僕は集団に囲まれていた。

 怯え蹲る少女を庇い立つ僕の周りには、武器を持ち、一様に同じ青い格好をした集団が、円を描くようにぐるりと取り囲んでいた。そして、今さらに、追い詰めるようにじりじりと僕たちににじりより、円を小さくしていく。

 草原を犬に吠えられ追い詰められた子羊二匹と行ったところだ。

 空気が乾く炎天下の中、もう汗はだらだらと溢れ出し、緊張感も伴い喉も渇きからからだ。

「何故? そんな奴を助けようとする?」

 そんな最中、集団の中で一際図体の大きい金髪で短髪の男が口を開いた。

 一見して、その男、寡黙で厳つく、近寄り難さを感じる。

 さて、その問いに僕は戸惑っていた。問いそのものではなく男がそう問うた事に。

 何故そう思ったのかって?

 ここまで、執拗に追いかけてきた人間がする質問ではない。その答えを聞いたところで今迫るその足を止めるとも思えない。今となってはこの問いは遅すぎる。

 そう、逡巡していると金髪の男に対し、隣に立つ小柄な男が、間髪入れずに言葉を投げかけていた。

「おいおい正気か? 何を話しかけてるよ。言葉が通じる相手か? お前の眼はとじているのか? それとも何か? 動物愛護に目覚めちゃったか?」

 言葉と同様に、その男、髪にもねっとりと整髪油を塗りたくり、一見しただけだが、ねちねちと嫌らしい男に思える。

「頭は正常だ。眼も開いている。動物にも愛と呼べるほどの感情は持ちあわせていない」

「まともに答えるなよ、まともに……これだから軍人貴族は……」

「声を掛けてはいけなかったのか?」

「あん? もういいよいいよ、勝手にしろよ」

「了承した」

「少女を守り、敵を倒す、それの何が悪い?」

 …………。

 僕が質問に答えたというのに、うんともすんとも言わず、皆一様に目を点にしてこちらを見てくるだけ。

 その反応に呆れて溜息しかでない。

「……今、声を出したのお前か?」

 ギトギトの整髪油をつけた男が何度も瞬きを繰り返しながら、となりの金髪男に声をかける。

 それに対し、金髪男は冷静だった。

「私ではない。間違いではなければ、目の前のあの黒い物体が口を開き、喉を震わせていた」

「そうそう、僕だよ。僕。まったく人間はいつも同じ反応で……見飽きてるから話を先に」

「やっぱりそうだよな。俺の聞き間違いじゃないよな。常識的に動物って言葉話さないよな?」

「私の知識では大抵の動物は言葉を話さない」

「大抵ってことは話す奴もいるのか?」

「えっと? あの? お二人さん? 僕は? 僕は?」

「聞いたことがあります!」

 快活に言葉を発したのは二人の後ろに追随していた青年。

「うおっ! 驚いた! この馬鹿がいきなり大声出すんじゃねえ!」

「いっ痛う……。申し訳ありません」

「で、何を聞いたことがあるんだ? 謝ってないでさっさと言え」

「あ、はい。ええっと、父から聞いた話なのですが空に住まう竜は言葉を扱うと聞いたことが」

「竜だと!?」

「「「「「竜!?」」」」」

 ギトギト頭が驚いた声を発したかと思うと、それを聞いた周りの人間たちまで驚いた声を出していた。その中にはこちらを見て体を震わし怯え、後ずさる者までいた。

 もう、僕は囲まれているのに蚊帳の外だ。今のうちに彼女を連れて逃げてしまおうか……。

「竜は言葉を扱うのは私も聞き及んでいる」

「やはり、そうなのか……。確かに言われてみれば、黒い肌に大きな口、二枚の羽根を持ち、足の先には鋭い爪、やや小柄ではあるものの……伝説に語り継がれる姿と同じ!?」

「竜の子と考えれば、合点もいくな」

「やはり……」

 そういいながら、ギトギト頭は唾を飲み込んでいた。

 それを機に人間たちに不穏な空気が流れ始める。

 緊張と不安、そして恐怖が人間たちを包み込み動揺が広がりを見せる。

 中には足を震わす者、怯えた目をこちらに向ける者、腰を抜かす者までいた。

 勝手に、怖がってくれるのはありがたいのだが、何とも居心地が悪い。申し訳なささえ感じてしまう。

 何故なら僕は、

「……ペンギンなんだが」

 頬を伝う汗を羽根で拭いながら僕はそう言った。恥ずかしさであまり声は出ていなかったが。

「ぺ? ん? 何だって?」

「ど、どうでもいいでしょ? 僕が何者かなんて! そんなことより、僕は一つ聞きたいんだ。君たちこんなことまでして僕たちをどうするつもりなの?」

 そう言うと、何を言ってるんだと言いたげに、ギトギトの髪の男がいぶかしんだ顔を向けてきた。

 かと思えば、

「ん? あはっ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ──」

 唐突に笑いだしていた。それは、相手を不快にさせる歪で気色悪い笑い方だった。

「わかってる事を聞くなよ。もちろん、思うままに甚振って調教して売り飛ばすさ。お前らいい値で売れるぜ」

 笑いながらそういい終えると、舌なめずりを見せつけた。わざとらしく、大袈裟に、こちらにわかるように。この男、相手を挑発し、不愉快にさせることに長けているようだ。

 悪寒で額の傷がわずかだが疼いた気がした。

 そして、ギトギト頭の男は、また、気持ち悪い笑い声を上げだす。

 その行動は仲間までも不愉快にさせるようで。

「失礼!」

 金髪の男の拳がギトギト頭の脳天に殴り降ろされていた。

 ギトギト髪の男は勢いよく、顔面を草花さく地面に埋め込ます。

「今のは、彼、個人の戯言。聞く耳持たずとも結構。我々、本来の目的はこの森に二度と立ち寄らないようにしていただくだけだ」

 この森とは、彼の背に広がる森のことだろう。先ほどまであの中を必死に逃げてきた訳だが。

「その過程で少々、体に痛みと心に恐怖を植え付けさせてもらうつもりではいる」

 まったくもって、冷静な言い回しでひどい事をいう。

「結局、彼女を傷つけることに変わりなしね。あんな質問するから、てっきり君は迷っているのかと思ってたんだけどな」

「迷い……違う、驕り故」

「そう言葉にするという事は、今は僕を認めてくれていると?」

「そう受け止めて貰っても構わない」

「へえー、大体の人間は動物の事を敵対視するか恐怖するか侮蔑するかだけなんだけど、同等と扱って貰えるとはね。君は稀少だよ」

 僕は翼に持っていた杖を気分よくくるっと一回転させて、その穂先で金髪の男を指し示す。

「こちらも、動物に褒められるとは希少な経験だ」

 金髪の男を僕の行動に答えるように薄く笑みを浮かべた。

 だが、突如、目頭を押さえ、俯く。

「それ故に悲しい。この後の結末を考えてしまうと……どうだね? ペンギン殿? このまま主だけでもこの場を去って貰えないか?」

「それはわかっていて、言っているのかい?」

 会話を続けながら、周りの様子を伺うと、他の者たちは僕たちの言動に戸惑い身動きを取れずにいた。いや、もしくは、この成り行きに身を任せてしまっているのかもしれない。

「主こそ、その蹲る少女が何者かわかって助けているのか?」

「わかっていなかったら何だって言うの? 人間社会ではそんなことで女の子を助けないの?」

「わからずに助けているのか……。その少女はこの森にとって危険な!?」

「ハックシュン!!」

 それは唐突だった。

 後ろで少女がくしゃみをしたと思ったら、火花が辺り構わず飛び散った。

 いや、違う。これは花火だ。

 大きく花開いた向日葵ほどの大きさの花火が、色鮮やかに辺り一面に咲き乱れていた。

 そして、周囲を取り囲んでいる人間たちは花火の火の粉が降りかかり、てんやわんやしていた。

「花火少女……」

 僕は蹲り鼻水をすする少女を見つめ、呟いた。

 話に聞いたことがある。ある土地特有の病気とも成長過程時に起こる体質変化だとも言われ、青年期の間の少女にのみ発現するらしい。そんな彼女たちのことを人間たちは花火少女と呼称していた。

「驚いた」

 こんな美しい光景を生み出すことができるなんて。

「ハックション!!」

 少女が再びくしゃみをすると、また花火が僕の周りを光源豊かに彩る。

 こういう時は確か……。

「玉屋! だったかな?」

 いつしか読んだ本にそう書かれていたはずだ。

「……あなたは嫌がらないの?」

 そんな少女の声に振り向くと、潤んだ瞳を僕に向けていた。

「嫌がる? こんな美しい光景を嫌がる訳ないじゃないか」

 てっきり、少女は喜んで笑ってくれるものかと思ったが、何とも複雑な顔をしている。

 これは困惑の表情なのだろうか?

 そんな疑問を頭に浮かべると、水を差すように男の喚き声が耳に届いてくる。

「あぢーーーーーーーーーーーあぢーーーーーーーーーーーーあぢんぐわああああああ」

 首を回すと、地面に埋まっていた顔を引きぬいて、ギトギト髪の男がギトギトの髪を燃やして慌てふためいていた。どうやら、整髪油がよく燃えているようだ。

「水、水、水をよこせ! おら!」

 ギトギト髪の男は側にいた男の腰から水筒を無理やり奪い取ると、中身を頭にぶちまける。

 すると、さらに頭が燃え盛る。

「ふわあああああああああああ」

 どうやら、水筒の中身はワインだったようだ。水筒からでた液体は赤色をしていた。

 さらに慌てふためくギトギト髪の男だったが、背にいた青年に水筒から水をかけられ、やっと燃え盛る頭を鎮火していた。

 ギトギトの髪はチリチリになり、そこから情けなく水が滴り落ちる。

 チリチリ頭の男は、俯き、両手拳を握りしめ、全身をプルプルと震わしている。

「……こ……ろせ……殺せ……」

 そして、何かを呟いたかと思うと突如、大声をあげた。

「殺せえええええええ!!」

 その声は、花火の所為で右往左往していた周囲の者たちに意図せず檄を飛ばすこととなった。

 取り囲んでいた者たちがこちらに向かって、一挙に押し寄せてくる。

 怒りもむき出しだ。

 どうやら、チリチリ頭以外にも花火の貰い火を受け取った者が大勢いたようだ。

 しかし、沈着に分析している場合でもない。

 さて、どうするか?

「止まれ!」

 とりあえず、叫んでみる。

「くっ!?」

 すると、いやはや、本当に足を止めた。

 羽に持つ杖をチリチリ頭に突きだし、警告してみたのが案外、脅威に感じていただいたようだ。

「無知で何より」

 それに、悪寒とは別に額の傷がはっきりと疼く。空気も先ほどよりもだいぶ乾いてきている。そろそろか。

 僕は周りの者たちが足をとめている間に杖の先端を天目指し高く上げる。

 冷静さを取り戻す前のわずかなこの間が頼りだ。

 柄の部分の飾りを強く押し込み、かちりと音をたたせる。杖の中で金具と金具が噛み終わさる音だ。

 すると、杖が一段伸びて、さらに先端から風船がぷくーっと膨らみ始める。

 その光景を目の当たりにする周囲の者たちは次々変化する現状に対処しきれない様で目を白黒させるばかりだ。

 その間に風船はどんどんと膨らみ少女一人、ペンギン一匹など優に覆い隠すほどに大きくなっていた。

「ここまではいいんだけど……あとは神のみぞ知るか……って訳にもいかないか」

 周りを見れば、さすがに冷静さを取り戻し、こちらに眼光鋭く視線を向けてくる者もいる何時こちらに飛びかかってきてもおかしくない。じっと、していては恰好の餌食だと気づかれる。

「ふむ。踊ってみとくか」

 幾分かましと両羽で杖の柄を持って腰を左右に振ってみる。

「……可愛い」

 背中から、ときめいた声が聞こえた気がした。気恥ずかしい。

 すると、どんっと地面を打ち付ける音。

 音のした地面に視線を向けると一つの本が、草花の中に転がっていた。

 そしてまた、どんっと音が耳に届く。

 今度は確りと目の当たりにする。本が僕と人間達の間に落ちてきた光景を。

 そしてまた、今度は真上に落ちてきたのか、ぽんっと膨らんだ風船に当たり跳ねた感触が羽に伝わる。

「なんだ?」

 金髪の男が眉根を寄せながら呟き、空を見上げる。

 すると、その横で一緒になって、チリチリ頭の男も気の抜けた顔を空に向けていた。

 そして、その間抜け顔に本が落ち、めりこんだ。

「あがっ!?」

 それに次いで次々と本が空から降り注ぐ。

「ふう、豪書にご注意を」

 本は一気に降り注ぎ、滝のように大地を打ち鳴らした。

 それはもちろん大地だけにあらず、そこに立つ人間も同じ。

 瞬く間に大量に降り注いだ本は、例外なく周囲の全ての人間たちを押しつぶしていった。

「どうにかなったか……大丈夫かい?」

 僕は安堵とともに蹲る少女に声をかけた。

 本は降り止み、先ほどまでと同じ快晴。ギラギラと日差しが地上を照らす。

「あっ、はい」

 顔をあげた少女の顔は疲れ切っていて、目は虚ろであった。度重なる出来事に相当参っている様子だ。

 そんな少女に、羽を差し伸べる。

「今のうちに逃げよう」

「うん」

 少女は頷き、僕の羽を掴み立ち上がる。

 その間に、杖の飾りを引き戻し、風船を杖の中に収納し、元の状態へと戻す。

「気をつけて」

「ありがとう」

 見上げる少女の顔に微かだが笑みが零れる。気持ちに余裕が生まれたみたいで安心する。

 僕は少女の腕を引っ張りながら、本と人の山に足を取られぬよう慎重に歩を進める。少女も覚束ない足取りではあったがしっかりとついてくる。

 さわやかな風が吹き、少女の長く赤い髪をふわりと揺らした。

 綺麗で、痛い。

 顔が痛い。

 積る本に足が縺れて倒れ、顔を地面に打ち付けていた。鼻から血も垂れている。

 そして、少女と繋いだ手を離してしまっていた。

「きゃあっ!?」

 少女の悲鳴。

 聞こえたと思った瞬間、足首に強い痛みが走る。握り潰されそうな鈍い痛み。

 痛さに顔を振り、視線の先にいたのは金髪の男だった。本の山から上体だけを這い出させ腕を僕の足首に伸ばしている。

 ここまで、本の中を進んできたのか!? なんという執念。

「勝ち逃げ、させない」

 そう呟きざま、凄い力で僕の体を引き寄せたかと思えば、一息に短剣を振りかざしていた。

 死ぬ。

 わずかな間に頭に浮かべることができたのは、その二文字だけだった。

 その間に体は硬直し、全身から汗が噴き出る。黒い顔は強張り、青ざめているに違いない。

 もう僕に抵抗する暇はなく、血飛沫が瞳を覆った。

 金髪の短剣を持った右手から噴き出た血飛沫が。

 訳も分からぬまま、今度は、「チェッスト!」と、甲高い声が耳を震わして、頭上をピンクの水玉が通り過ぎる。

 そう思ったら、

「がはっ……」

 男の苦しげな呻き声が耳に届いてきた。

「……キング君なにやってるのよ。まったく」

 その声に、僕はやっと我に帰り、周りの状況を把握していく。

 そして、上体を起こして小さくぼやいた。

「……種族名で呼ばないで欲しいんだけどな」

 気づけば、金髪の男は昏倒していた。右手にはインクペンが突き刺さり、頬は赤く腫れあがっていた。

「そんなことは置いといて、ねえ? キング君? これは派手にやり過ぎじゃないの?」

 どうやら、僕を助けてくれたのは本の山に立つ女性のようだ。ということは、さっき見たピンクの水玉は……。

 おっと、思い出すのはこれくらいにと、そう心の中で呟きながら頭を振る。

「仕事はこなしたんだ。このぐらいのことは許して欲しいんだけどな。ねえ?」

「え? えっと……え?」

 困ったように口をぽかんと開けたまま、少女は愛らしい大きな瞳を何度も開いて閉じる。

 可愛らしい白い花柄のワンピースの前に両手を祈るように組んで、しどろもどろだ。

「お嬢さん。私達の仕事はこの森、いえ、森の中にある図書館の治安維持なのよ」

 僕を助けた女性は一房に結んだ肩ほどまでの長さの黒髪を微風で揺らし、銀縁眼鏡を光らせながら、少女に親切に説明をする。

「そういうこと。話からして彼らは慈善のつもりで、君を追い回してたみたいだけど、行き過ぎだったね」

 僕は、ふうっと、安堵の一息をついて立ち上がり、体についた埃を払う。

「でも、君が無事で何より、またいつでも、いまからでも図書館においでね」

「ええ、私たちはいつでも、本を読みたいと望む者なら誰であっても歓迎いたします」

 黒髪の女性は少女の隣まで歩むと、微笑みかけ、深くお辞儀をした。白いワイシャツに黒のフレアスカートを着たその清楚な姿、そして凛としたその行動は洗練された美しさがあった。

「さあ、帰りましょう」


       ◆ ◆ ◆


 杖を枕にして、僕は青い屋根の上に寝そべる。

 涼しい山風を全身で感じながら、シャボンの泡に包まれる本が地上に降るのを横目で見ながら、空に浮かぶ白い雲を何気なく眺めていた。

 だが、それも飽き、硬くなっていた筋肉を解すように首を回し、眼下に広がる森をなんとなく眺めてみた。

 すると、シャボンの泡に包まれた本がまた一つ空から降ってくる。

 木々の葉に触れてはふわっと跳ねて、時々、仲間のシャボン玉とぶつかってふわっと跳ね返り、また葉に触れて跳ねと、さながら自然のピンボールだ。

 優しく降る本は見ていて心が安らぐ。

 いつからか、暇な時間、ここ森の図書館の屋根の上で日光浴をするのが日課になっていた。

 森の図書館。

 そのままの名称であり、森の中にある図書館だから、その名をつけられている。

 山の中腹に建てられたこの図書館は、白塗のレンガ造で屋根は青い。だが、一部は蔦に覆われ、黒ずみも見えるなど古さが目立つ。そして、特徴的なのは壁に埋まった大樹。視線を向ければ青々とした葉を雄大に広げ、屋根の半分に影を落としている。

 大木が先に生え盛り育まれていたのか、それとも図書館が古くから廃ることなく建ち続けているかは定かではない。

 蔵書数は現在三十五万ほどで今でも、空から不定期に本が降ることでその数は増している。

 ここでは、森に本が降るのも珍しくもなく、その現象に寄り添うように図書館があるのもなんら不思議がるものはいない。

 また、先日のように本だけが降ってくることは稀で、普段はシャボンの泡に包まれてふわふわと落ちてくる。その本を集めては蔵書している。

「キング君……。なにをサボっているんですか? 暇な時間なんて貴方にはありませんよ?」

 それと、もう一つ。大きな特徴としては、この図書館は紙の子と呼ばれる人種が管理、運営を行っている。

 急に現れて、僕に影を落とす彼女、アリスもまたその一人だ。

 今日も今日とて白いワイシャツに黒のフレアスカートの彼女は銀縁眼鏡の奥の切れ長の瞳をさらに鋭くしてこっちを睨みつけてきていた。

 今日は水玉ではなく、縞か……。

「今日もカリカリと煩いよ。こんないい天気なんだから、今日ぐらい労働なんて忘れたらどう? あと、僕の名前はクロリアスヴァイツァ」

「大体いつもこんな天気よ、キング君。サボる理由にならないのよ」

 それにしても、何度彼女を見ても不思議な構造というか体型だ。

 紙一枚のようなペラペラなその体。胸と背中の間が一センチメートルあるかどうか。一見すれば紙に書いた人の絵が動いているように見える。

 そう頭では認識しているはずであるのに、側面、頭上、等々、別角度で視認するとその面に対しての彼女の姿を知覚してしまう。

 二つの絵を重ねて見ているような不可思議なずれ、ブレがある。だが、違和感を全く感じることはない。どうやら自然に脳内で変換されているのかもしれない。

「ほら、立ちなさい! 明日一日ごはん抜きにするわよ? 明日は確か久しぶりの魚料理だったわよね?」

「くっ! 雇われの身の辛いところを……。優しくない主人だよねほんとんに。よっこらしょっとっ」

 そう言って、立ち上がると躓いてしまった。そして、屋根からずり落ちる。

「ちょっと、何をやっているの!」

 焦る僕の目の前にすかさず手が差しのべられる。

 もう、咄嗟でその手を掴んだ。

「危なかった……ありがとう」

「もう、余計な仕事増やさないでよね」

 屋根先を掴んでいた彼女に腕を引っ張られ、一緒になって立ち上がる。

「悪かったよ。って、あれ? いつも持ってる本は?」

「ああー、落ちたわよ。あとで取りに行くから気にしなくていいわ。それに、貴方の杖も反対側に落ちたわよ」

「え? え? ……本当だ、無くなってる」

 衝撃と悲しみで項垂れてしまう。周囲を何度も見たが愛用の杖は姿形もなかった。

 そんな、僕の隣の彼女は哀れな姿に呆れているよう。

「……アリス、なんでそんなあっけらかんとしてられるの? あの本も大事なものでしょ?」

「無くなったら、無くなったで、それが運命でしょ?」

「アリス……君、冷たいね」

「そうね。そうかも知れないわね」

「ん? 行くの?」

 既にアリスはしゃがみ、慎重に屋根を滑るようにして下りていた。その先には、梯子があり下には小さな空間の屋上がある。そこからさらに下に、梯子を下りれば給水塔や換気設備がある。それと、館内に入れる扉だ。

「言ったでしょ。のんびりしている時間なんてないの」

「言ったかな?」

 そういえば、今日は感謝祭をするとかなんとか言っていたような気もしないでもない。

「いいから、貴方も早く警邏に戻りなさいよね。私が本を拾った後に見かけなかったら、今度こそご飯抜きだからね」

「わかったよ」

 アリスは俺の返事を聞くとさっさと屋根を下りていった。そして、すぐさま扉がギギーっと開き閉じる嫌な音が聞こえてきた。

「ん? 待ってよ。僕より先にアリスが本を取りに行ったら、杖を拾いに行く僕はどうやって先に警邏に戻ればいいんだ……急ごう」

 僕も滑るようさっさと屋根と梯子を二つ降りて、梯子の隣にある扉を勢いよく開けて図書館へと入っていった。


       ◆ ◆ ◆


 警邏の仕事は単調だ。

 館内を決められたルートを歩き、危険がないか、安全確認を行いながら見回りをする。それを幾度も繰り返す。

 先日のようなことがない限り、退屈の一言だ。

 館内中どこに行こうとも、誰も彼も静かに読書を楽しんでいる。子供もまでもだ。

 ハプニングが起きて欲しいとは思っていない。ただ、退屈なんだ。

 最初は真新しさもあった。

 多種多様の人間たちを見ることができたからだ。

 この図書館のある山の麓には湖が広がり、湖畔にはサニヨンと名称される街がある。その街には夏には避暑地として、冬にはウインタースポーツのメッカとして多くの観光客が訪れる。

 その土地柄のため、この図書館にも多くの人間たちが訪れる。それも、観光地のため遠方から多種多様の人種が空から降ってきた本を読みに来るのだ。動物である僕にとってはそんな多くの人間を目の当たりにでき感動を覚えた。

 今日とて人は沢山いる。特別なぐらいだ。

 子供も大人も、室内でサングラスをかけた男性から全身白尽くめの格好をした人間、黒い肌に青い肌、花火を発生させる少女も、頭に衛星アンテナを生やした少年も、耳の長い人間も角を生やした人間も実に沢山いる。

 しかしながら、慣れてしまえば人が多かろうが少なかろうが、動かぬ人間達の静寂とした風景だ。感動した絵画であっても毎日見続ければ飽きもくる。

 ただ、この退屈、嫌いではない。

 時間を無駄に貪るこの感じは人間臭く良いじゃないか。

 野生の中、動物の本文を全うし続けていたなら生存競争、子孫繁栄だけに時間を費やしこんな馬鹿げて愛おしい時間の使い方はできずに、知らずにいただろう。

「喧嘩、売ってる?」

 少し前のことだ。アリスにこの事を包み隠さず口にしたら、

「人間だって、生きるために毎日、毎日、一生懸命よ!」

 そう、怒鳴られ頭を叩かれた。

 こうして、過去の思い出に浸るのも退屈な時間を紛らわすいい方法の一つ。

 ともあれ、退屈を味わいながら短い脚を動かしルートを周回していたのだが、その何度目か、「ほら、笑ってみようか」と、声をかけられる。

 顔を上げると口髭を生やし、髪がくしゃくしゃの初老の男性がにんまりと笑みを作っていた。

「あっ、館長どうも」

 両手で口角をあげて、笑みを作っていたのはこの図書館の館長であり紙の子だ。

「いやあ、こんにちは。じゃなくてだね。にーっと、笑って笑って」

「……嫌です」

 この人は、僕が動物でペンギンであることを分かっていない。以前には、おやつにと鶏肉の照り焼きをお皿に盛ってきた。

「ほら、にーっと」

 それに何より、ペンギンである僕は笑顔を作る表情筋が発達していないし、嘴でどうしろというのだ。

「無理です」

「いいから、いいから、にーっとね」

「できないですって」

「ほらっほらっ」

「そもそも人間とは仕様が違うんですよ」

「にーっと、にーっと」

「あのですね……」

「こうだよ、こう。頬をあげてにーっと」

「……ですから……嫌……」

「ほおら、笑ってっ」

「……その……あの……」

 話も聞かず、しつこい。これは僕が笑みを作るまで言い続けるぞ。

 一時の辛抱かと諦めるしかないか。

「にいいいいいいいいいいいいいいいいいい」

 やれる限り、笑みになるように、使えるいや、使えない表情筋でさえも駆使してみる。おまけに杖の柄を片方の頬に当て口角を無理やり上げても見た。

 きっと、ぎこちない顔になっていることだろう。

「そうそう、いいじゃない? できるならこれからもやっていこうか」

 しかしながら、館長は満足してくれたようだ。

 まあ、余計なひと言がついてきたんだけど。

「笑顔をつくれたなら、次はお客さんを満足させてあげようか?」

「はい?」

「カバのぬいぐるみに乗ってもらうよ」

「はい?」

 会った時から思っていたが、この館長、他人の気持ちを全く考えない。

「どうして僕が?」

「張り切っていこうか」

 そう言って、館長は僕の背中を叩いた。

 いや、最近になってようやくわかったが、他人の気持ちを分かって敢えて、他人が迷惑しているのを楽しんでいる節がある。

「……苦手だなこの人」


       ◆ ◆ ◆


 僕が初めて、美しいという感覚を持ったのは何時だっただろうか?

 メスを好きになった時か、壮大な山を仰いだ時か、可憐な花をみつけた時か、人間の心の機微に触れた時か。

 昔のことで忘れてしまった。

「手を振って!」

 遠くの木陰で、女の子がこっちに向かって叫んでいる。

 大きなカバのぬいぐるみに乗った僕は、仕方なしに手、羽を振り返す。

 そんな今にも日差しの中へと飛び出してしまいそうな女の子の手を、女性が懸命に掴んで引っ張っていた。おそらく女の子の母親だろう。

 人間は僕を可愛いと言う。

 同族でもないものに対し、美意識を持っている。

 今も、何人もの人間がこちらに向かって、手を振り、黄色い歓声を上げている。

 本当に、人の美的感覚には感心させられる。なにせ、豊かだ。

 今、耳に届くラッパの合奏にも美しさを感じ、図書館前の広場では、アリスが振舞うアップルパイを美味しいと喜び合い、不思議な絵本から溢れ出る動く絵に子供も大人もはしゃいでいる。

 動物なら、精々、威勢の姿に対し、性的興奮を覚える直接的で端的な美を感じるぐらいか。もしくは、子供に対して父母性か。どちらにしろ、生存本能に準じていてわかりやすく端的だ。

「クロ殿、食べ物を咥えながら、手を振るのは些か行儀が悪いですな」

 僕の直ぐそばに立つ紙の子の男がそんな事を言って、白い目でこちらを見つめる。

「もあー、ももまっむるまいもいむむてめ(いやー、このアップルパイ美味しくてね)」

「食べながら、話すのは尚、行儀が悪いです」

 話し方は丁寧だが、だいぶ機嫌が悪そうだ。目もそうだが手に持っている槍がプルプル震えている。

「うっううん。ごめん、ごめん」

「そろそろ、始めますよ」

 体格の大きいその男はそう言うと槍を構える。それに添うように僕を囲む様にいたほか三名の紙の子の男達も槍を構えた。

 多くの紙の子たちはどこから湧いてくるのか? と、図書館に居候し始めた頃は疑問に思っていたのだが、しばらくして、図書館に住まうものは少数で本来は、近くのコミュニティーで衣食住を皆が共にしていることに気づいた。

「おい、どうした?」

「あ! はいはい。カバッちょ! がばっと口開けようか」

 すると、乗っていたぬいぐるみのカバが頭を仰ぎ大口を開け、てくれない。

「尻だ」

 男が助言をくれた。

「カバちゃん開けておくれよ」

 持っていた杖で尻を何度か叩いてようやっとカバが口を開けてくれる。ちなみにこのカバ、ぬいぐるみだが生き物のように動く。

「さあ、始めようか」

 男はそう言って、槍を空に向かって突いた。そこにはシャボンの泡に包まれた本があり、そして、その泡が割れ、中から本が落ちる。

 僕たちのすぐ真上には、木々に繋がれた大網が張られ、その中には天から降ってきたシャボンに包まれた沢山の本がかかっていた。

 そのシャボンを突き割り、本を落とす。すると、大口開いたカバが落ちてきた本をその口でキャッチする。そうして、口一っぱいになるまで割ってはキャッチし、割ってはキャッチを繰り返す。

「ほい、ほい、ほいっと」

 俺も杖でシャボンを割っていく。

 これは本の収穫だ。

 こうやって、森の彼方此方で網を張り巡らし、図書館に蔵書する本を集めている訳だ。今回は特別、図書館近くで行っているようだが。要は見世物という訳だな。

 人の眼は気になるが、だがしかし──。

「──案外、楽しい」

 この、泡を割る感触が意外に心地よく癖になる。隣の男達は無表情に黙々と泡を突いているが。

「楽しくないの?」

「…………」

 無言だ。

「つまらないんだ……」

 そう。てっきりそう思ったのだが。

 わずかな間をおいて、男が無表情のまま此方を向いたかと思うと、口の端をあげニヤリと笑みを零した。

 僕は思わず目を見開いてしまっていた。

「美学!」

「何が美学よ!」

 頭をヘラで叩かれた。

「アリスさん!?」

「ごめんね。みんな。こいつ借りてくわよ」

「痛つう……」

「ほら、ちょっと来て」

 突然、現れたかと思ったら羽を引っ張られ、無理やりカバから引きずり落とされる。

「な、何なんだよ!? いったい!?」

「いいから、着いてきなさい」

「おい、おい、ちょっとっ!?」

 羽を掴まれたまま、抵抗もできず、僕は引きずられるように連れ去られていた。

「ああ、せっかく面白くなってきたところだったのに……」

 後ろ髪を引かれ首を回すと、男達が茫然と突っ立って、僕たちを見送っていた。

 さて、なすがままに連れて来られると、人が集まっており、騒がしかった。

「ちょっと、皆さんごめんなさい。通して」

 その人垣を無理やりこじ開けてアリスと共に中へと入っていく。

 すると、そこには食べ物を貪るクジラがいた。

 風船クジラだ。

 体はまんまるの空を飛ぶクジラだ。目の前のクジラは人間三、四人分ほどの大きさと僕からしたら大きいのだが、風船クジラとしてはまだ子供だろう。

 そんな知識が無くとも、目の前でやたらめったら、食べ物を貪り食べる様を見れば子供であるかは一目了然ではあるが。

「やめさせて」

「無茶いうな」

「同じ動物同士でしょ、どうにかなるわ」

 テーブルを壊して、乗っていたであろうアップルパイ等、お菓子を食べ散らかしている目の前のクジラを止めて欲しいみたいだが。無理やり連れて来られて、身勝手この上ない。

「ほら、早く」

 そう言って、ポンと、背中を叩かれ、僕は否応なく押し出されてしまう。掃除機のように食べ物を吸いこむクジラの前へと。

「クワックゥクゥクゥ、クワックゥクゥ……」

 仕方なく、僕は止めろと鳴いてみる。

「止まらないわよ」

「そりゃね。そうだよ」

 人間と犬が会話できないように、ペンギンとクジラだって会話はできない。

「首一つ動かなかったわよ」

「あ、ああ……。とりあえず、こっちに興味を持ってもらうか」

 さて、どうしようかと、興味を持たせるものはないかと、辺りを見回してみる。

 すると、人山の少年に目が止まる。その少年が持っているものは使えそうだ。

 そうのだが、先ほどから、背中越しから不愉快な声が耳障りだ。

「で、アリス何を笑ってる」

「だって、鳥がとり、あえずって、くくっくくっくくくくくっくく──」

「……帰っていいか?」

「何言ってるの? やって……くくっくくくくっ──」

 一瞬、怖い顔になったかと思えば、また口を押さえて我慢するように笑い始めた。

 僕はアリスの豹変に目を白黒させながらも静かに少年の元に行き彼が持っていたもの、ラッパを借りた。

 そして、大きく息を吸い込みマウスピースに口をつけ、

「ふうううううううううううーーーーーーーー」

 と、思いっきり吹き込んだ。のだが、吹けなかった。

 吹ける訳がなかった。音などなる訳がない。

 そもそも口をつけることなどできず嘴で挟むのがやっとだった。

「おーい、少年ちょっとちょっと」

 仕方なく、先ほどラッパを借りた少年を手招きして、吹いてもらうことにする。

「お願いします」

「任せて、任せて」

 少年は意気揚々とラッパを吹き鳴らしてくれる。

 軽やかで明るくいい音色だ。ふと、僕の頭の中で元気一杯、草原を駆けまわる仔馬が目に浮かぶ。

 これなら、こっちに目を向けてくれるはず。

 なんて、思っていたら、クジラが頭をあげてこちらを向いた。

「お、クジラく……ん……」

 こちらを向いた。一瞬だけ。

 本当に一瞬で、一鳴きもせず、再び馬鹿食いし始める。

「もう、力づくでいいよね?」

 イラっとくる。

 絶対に今、一時こちらを見たとき薄ら笑っていた。

 頭を叩いてやろう。

「ダメに決まってるでしょ」

 頭を思いっきり叩くために飛び上がろうとしたのだが、すかさずアリスが止めに入ってくる。

「なんだよ。仕方ないだろ」

「体は大きくてもまだ、子供なのよ。無理やり止めるなんて可哀想でしょ」

「いや、こいつ明らかに俺たちを馬鹿にしてるぞ。そんな生易しいこと言ってたら、喰い尽されるぞ」

「それは困るけど……駄目よ駄目、やさしく、やさしくして」

「やさしくなんかしたら、つけ上がるだけだろ、ほら?」

 クジラはいつの間にか、テーブル一杯に乗っていた食べ物を残らず平らげ、そして、人垣を飛び越え、二つ目のテーブルに伸しかかろうと宙に浮かんでいた。

「「きゃあっ」」

 テーブルの近くにいたであろう何人かの女性たちの小さな悲鳴が聞こえてきた。

「これでも、やさしく?」

「……そう、これでもやさしく」

「わかったよ、雇い主さん」

 そう不満げな言葉をぶつけた僕の顔は、かなり不貞腐れていたかもしれない。

 再び人垣をかき分けクジラの元へと駆け寄り、僕は背中に飛び乗った。

 まずはスキンシップから。

「おーい、クジ!?」

 思いっきり振り落とされた。高く高く宙に舞っていた。

 べチャッっとお腹から地面に落ちて、酷い衝撃を全身に受ける。

「これでも……やさしく?」

 ちょうどアリスの目の前に落ちていた。

「え、ええ。これでも、やさしくよ」

 頭上から聞こえるアリスの声は酷く苦虫を噛み締めたように苦々しい。

 僕は無言で立ちあがり、もう一度、クジラの元に。

 そして、宙を舞った。

「……ほんとにやさしく?」

「う、うん」

 歯切れの悪い返事だ。

 一つ決心するように僕は大きく息を吸い込んで──。

「お!?」

 ──また、舞った。

 いつしか、群衆から「おーーまた、飛んだ」っと、感嘆の声まで上がっていた。

「…………ア、アリス、試しに一回、アリスがやってみない?」

「う、うん。いいわよ、一回ぐらいならやってあげる」

 頭上の声は、ひどく申し訳なさそうな声だった。

 そして、紙の子のアリスはクジラへと近づき、スキンシップのつもりだろうお腹へと手を伸ばす。

「クジラちゃ!?」

「あっ……」

 アリスはクジラの大きな口から勢いよく息を吹きかけられたかと思えば、空にヒラヒラと舞っていた。

「南無」

 地面に倒れながら、以前読んだ本の文章の一部、故人を尊ぶ言葉が自然と口から零れていた。

「さてと」と、僕はとりあえず、立ち上がる。

「ん?」

 そんな最中、何か声が聞こえた気がした。

「ェェェェェェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエ──」

 空から聞こえた気がする。

 振り仰ぐと、小さな黒い点が。それは見る見る大きく形を成していき、

「──エエエエエエエエストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 そして、クジラの頭を叩き潰した。

 アリスの見事なひざ蹴りであった。クジラはものの見事に白目を剥いて昏倒していた。

 そんな地面にめり込んだクジラの横に見事に着地したアリスは、

「てへっ、やっちゃった」

 舌を出して、眼鏡の淵を光らせて、今まで見せたこともないお茶目な照れ笑いを見せていた。


       ◆ ◆ ◆


 時間は少し進み。

「意外ともふもふして柔らかい肌質をしているんだね」

 木陰で僕がクジラに本を読み聞かせていると、館長が声をかけてきた。

 館長は寝そべるクジラの頭を優しく撫でながら、言葉を続ける。

「もっと、張りがあってツルツルしているかと思ったよ」

 クジラはくすぐったいのか頭を振って「クォックォッ」と、むず痒そうに鳴いていた。何とも大人しく可愛らしい態度をとるものだ。

「で、また何か御用で?」

 クジラの隣で一緒になって寝そべっていた僕は頭をあげて、怪訝な顔を向ける。

「そんな顔をしなくてもいいじゃないか。ただ、この子が気になってね」

「クジラはそんなに珍しいですか?」

「はっはっはっはっ、クジラも君も人間からしたら珍しいさ。人間に危害を加えない動物なんだ」

「心外ですね。動物だって、人間と同じで争いを好まない奴は大勢います」

「失礼した。何分、疎くてね」

「ここの人間たちはみんなそうですね」

「嫌かね」

「ここに住みついてる僕に聞きますか?」

「ふふ、それもそうだね。ん? ああ、違う違う。寂しくしてないかと心配になってきたんだよ私は」

 館長はクジラの頭を再び撫でる。子供をあやす様に。すると、迷子のクジラもまたむず痒そうに鳴いていた。

「……なんだ。もう、館長がくるまで早く読め、続き、続きって急かされて困ってたところでしたよ」

 本当に困ったもんだ。何度も同じ本を読まされて。

 本に体を触れ合えば本の内容なら話が通じるなんて本がどうしてあるのか。

 どうして僕がクジラの籠りなんて押し付けられなきゃならんのか。子供なんてものは人間もクジラもわがままで疲れる。可愛いなんて思うのは最初の一分だけだ。こいつに関しては数秒も思わなかったが。

「そうかね、そうかね。元気なことはいいこと、いいことだね……あの子の時は大変だったからね」

「お? 急な展開」

「クロリアス君が来るずっと前、アリスちゃんが子供の頃、彼女の両親は亡くなっているんだよ」

 不可解なあの顔はそういうことか。このクジラが迷子だとわかった時のあの悲しそうな顔は。

 そして、今、仕事を全部他の者に任せて、必死になって調べものをしているのは。

「アリスちゃんの父君は、前任の館長でね、私も良くしてもらったものだよ。口数少ない人でしたが皆に優しくとてもいい方だった」

「へぇー、そんな話初めて聞きましたよ。それで?」

「ん? それだけだが? これ以上は私が話すことではないでしょう」

「肩透かしこの上ないな」

「ふふっ、機会があればアリスちゃんに聞いてごらんなさい。きっと、話してくれますから、それでは」

 館長はそう言って、クジラをもう一度撫でた後に、含む様な笑顔で僕に会釈するとそのまま図書館の方へと歩いて行ってしまった。

 やっぱり、あの人は苦手だ。

「何が苦手?」

「うお!?」

「クォッ!?」

「あははは。君たち面白い顔だ」

「なんだ……驚いた。お前か」

「お前じゃないよ。ミルキーって名前があるよ。ぷんぷん」

 僕の目の前に突然現れ、擬音を口に出して怒りを表現する神出鬼没な不可思議少女は今日も元気溌剌なご様子だ。

「まあ、いいや、いいや、はいお届けもの」

「ああ、ありがとう」

 つい、僕はミルキーから差し出された小包やら手紙の束を立ちあがって受け取ってしまう。

「って、違う! いつも言ってるだろ。届け物は受付だ」

「ええー、いいじゃん。だって、僕はクロちゃんとお話したいんだもん」

「お願いみたいな仕草で目をうるうるさせて見られても、納得しないよ。あと、空から急に現れるのもやめような。心臓に悪い」

「ええー、ダメだよ。だって、これは私のチャーミングポイントだもん」

 そう言って、宙に浮いたままスピンしてみせかと思えば、自慢するように背中を見せつけてきた。その背中には白くて奇麗な二枚の大きな羽が堂々と花開いていた。

「知らないよそんなこと」

「いけずだなークロちゃんは。っで、その子は誰? なんか僕見て怯えてるけど」

 手を振るミルキーの視線の先を追うと、いつの間にやら僕の背中に隠れて、体をびくびくと震わすクジラがいた。

「どうした?」

「くぉ……」

 瞳まで濡らし、うるうると今にも涙をこぼしてしまいそうだ。

「本当に、どうした?」

「くぉっくぉっくうぉ、くくうぉ、くぅお、くぅくぅくぉっ、 くぉっ、クォックォッ! くぉーー」

 怯えながらも、できる限りの声を出して、僕に伝えようとする。

「うん、うん、なるほど」

 凄く一所懸命なのはよくわかった。

「だが、全くわからん」

 しかし、彼女は違かった。

「ふわああああああああああ、可愛そううううううううう」

 動物ではない人間のミルキーは同情し涙を流し、クジラを思い切り抱きしめていた。

 クジラは驚いたのか痛いのか、怖いのか、苦しそうに暴れ回る。

「大丈夫、だい、じょうぶ。ぼくはそんな酷いことはしないから安心して、僕の胸で泣いていいんだよ」

 そう言って、涙を流しながら聖母のようにやさしく微笑んで、さらに強く抱きしめ、いや、締め上げていた。

 このまま、黙っていると今日、クジラがまた一つトラウマを抱え込むことになりそうだ。

「その辺にしようか、こいつも十分わかったはずだから。ミルキーが恐ろしい、じゃなくて優しい人だってことは」

「そうかな?」

「クォッ! クォッ!」

 言葉が通じているのか、ミルキーの問いにクジラは必死に頷いていた。

「ほんと! よかった!」

 ミルキーはクジラから離れ頭を撫でる。

「それにしても、僕でもわからないのによく言葉がわかったもんだ」

「ん? 全然。全くわからん」

 ミルキーは笑っていた。それはもう平然としたものだった。

「じゃあ、なんで?」

「雰囲気? インスピレーション? 第六感? 何でもいいじゃん。って、あ!」

「今度はなんだよ? 次から次と……」

「何でもいいじゃんで思い出したよ。何でもなさそうなことを先ほど目撃したのでありますよお代官様」

「誰? お代官様って?」

「聞きたい? 聞きたい?」

「聞きたくないって言っても話すよね?」

「もう、そう言ういい方しないでよね。ぷんぷん! 話すけどね。実はね、さっき」

 ミルキーはそう言いながら、にやりと右の唇の口角を上げる。

「見ちゃったのですよ。逢引きを。それもアリスちゃんの……ねえ、気にならない?」

「気にならないと言うと嘘になっちゃうな」

 僕もこの時、人の顔をしていたら、口角が上がっていたかもしれない。

「たぶん……、まだ一緒にいるかもしれないから見に行かない?」

「お主も悪よの」

「じゃあ、早速!」

 そうミルキーが言った途端、僕の体は宙に浮いていた。早々に僕の体を抱き上げて自慢の翼を羽ばたかせていた。本も杖も荷物も置いて。

 翼の羽ばたきは風を起こし、華やかに咲いていたツツジの花々を空へと舞い上がらせていた。

 そして、きっと、その花々が踊りつかれて地面で休むよりも早く。僕たちはアリスを見つけていた。

「うふふ、見てるだけで妬けちゃいそう」

 川辺に二人。

 紙の子である男が岩の上に座り、そこに付き添うようにアリスは男の背を見つめるように立っていた。

「でも、この距離だとさすがに声は聞こえないね。ちょっと、離れて降りて、近づいてみようか?」

「……そうだな」

「クォウ!」

 クジラも分かってか分からずか返事をしていた。

 一旦、離れた場所に降りると僕たちは息を潜め、ばれない様にゆっくりと匍匐前進をしながら草木をかき分けて着実に近づいた。

 そして、川辺りと森の境目、一歩でも出れば姿が見えてしまう限界の位置に身を伏せ、息を殺し、動かぬようにして、すぐ目の前にいるアリスと男の密会を僕たちは覗き始めていた。

 この距離だと、二人の会話がはっきり届いてくる。

「冷たくて気持ちいいぞ、アリスも入れって」

「いいわ、用がないなら帰りますけど」

 先ほどまで岩に座っていた男は、ズボンを膝までまくり川に浸かって、はにかんでアリスに手招きしていた。アリスはといえば乗り気ではない様子だ。

「あらーー怒られたーー」

 男は素気ない態度にも尻込み一つせず、あっけらかんとした態度。それもそうだろう。男とアリスは幼馴染み。よく、二人で親しげに会話をしているところを目撃している。こんな態度も慣れ親しんだものなのだろう。

 そういえば、名前はピオキオだったな。

「悪かったよ、言うよ、言うよ。わざわざこんなところにきていただきましたから」

「早くして下さい」

 急かされるも、ピオキオは動じず。一度、大きく深呼吸。そして、咳ばらいを一つ行って、真剣な顔をアリスに向けた。

「えっと、実は、オレ、きみ、きみ」

 先ほどとは打って変って見るからに緊張して言葉もたどたどしい。今まではそれを隠して明るく振る舞っていたのか。

 いや、しかし、どうしてだか、こっちまで羽から汗が滲み出てくる。

「君のことが……きみの、きみの、黄身より白身派なんだ!」

「私はスクランブルエッグが好きです、帰ります」

 僕たちみんな揃って、地面に顔を突っ伏していた。

「待って、待って」

 ばしゃばしゃと水面を揺らし、慌てて、ピオキオは川を駆け出る。

「待ってくれ」

 そして、立ち去ろうとするアリスの肩を掴み、強引に振り向かせると、

「オレは、オレは」

 両肩を手で押さえながら、

「OL姿の女が好きだ!」

 と、のたまっていた。

「……は? 何を口走って……オーエル? ってなんなんですか?」

「OLってのは君みたいな姿の子のことさ! 本に書いてあった。特にタイツにそそられます。あっ、眼鏡も嫌いじゃないです」

 アリスの影からわずかに見えるピオキオの顔はすごく真面目で凛々しかった。

「ひっ!? こ、この変態!」

 アリスはピオキオの体を撥ね退けて、両手で体を隠すように自分を抱きしめていた。

「か、かえります!」

 そう言って、アリスが振り向いたその顔はおぞましいものでも見たかのように険しく不快そうな顔をしていた。

「あ……違っ、待って!?」

 ピオキオは慌てて手を突き出し、声を張り上げる。

「今のは本当だけっ、いや、そうじゃなくてっ! 君が、君が好きなんだ!」

 その言葉に、アリスはあんなに早かった歩を止めていた。

 何気なく顔を覗きみるとその表情は無表情で無感情。

 静謐に振り返り、

「失礼します」

と、赤の他人に挨拶するような至極、丁寧なお辞儀を返していた。

だが、そんな、アリスを逃がすまいとピオキオは再び振り返るよりも前に駆け寄り、アリスの両肩を掴む。

「本気なんだ」

 静かだが熱の籠った言葉だった。

 数秒、その場に二人は立ち止まる。もしかしたら見つめ合っているのかもしれない。

「本気と書いてマジだ」

「……意味がわかりません」

「本に書いてあった……だけど、この愛は本物だ。君がすきだ」

 ボン!

 アリスの頭から湯気が噴き出ていた。きっと、顔は真っ赤に染まっているだろう。

「ええっと、し、失礼します。へ、返事は後日」

 アリスはしどろもどろ。

 関節がなくなったかのようにカチコチに堅く。そもそも関節があるのか怪しいのだけれども、手足を右、左、同じに動かしてこの場を去ろうとする。

「待って!」

「ま、まだなにか?」

 声が上擦っていた。

 アリスは立ち止まるも、ピオキオを見ることはしない。

「嬉しかったか?」

 ピオキオは可笑しな質問をしていた。

「そんなこと、聞きますか? 馬鹿ですか?」

「いや、嬉しかったらいいなって。今日この日が不幸を思うだけじゃなくなるから」

「馬鹿」

 そのはにかんだ言い方は、なんだか嬉しそうだった。

 そして、今度こそアリスは立ち去っていった。

「……冗談半分で覗いてたけど凄いもの見ちゃったね」

「……あ、ああー」

「くぅお?」

 どうしてだろうか僕はアリスの姿が見えなくなるまでずっとアリスの背から目を離せなかった。

 そして、どうしてだろうか、急に胸のおくで黒いぞわぞわとした、得体のしれない何かがうごめいているような気がした。


       ◆ ◆ ◆


 森の図書館から離れ、山の麓、茜色の屋根が並ぶサニヨンの街。

 その茜より赤く染まる空を滑空するカワセミが一匹、羽休めにと五階建てホテルのバルコニーの柵を目指す。

 そのホテルはこの一角では一際高い建物で、柵に降り立ち、窓から室内を覗けば、いつものように高価な家具が集められていた。などと、カワセミにそんな人間の価値観など分かるよしもなく、興味を惹かれるのは動く人間。床に正座して座る二人と対面に椅子に座るもう一人。

「改めてお聞きしますが、確認はできたのですか?」

 椅子に座る男の冷淡な声が開いた窓の隙間から漏れ聞こえる。その男は女性のように髪が長く端正な顔立ち身体つきはやや華奢で、一輪の蘭のよう。男でありながら、しなやかな可憐さがあった。

「それは、はい。小動物が一匹おりました」

 床に座る坊主頭の男が声を震わしながら答える。縋るような上目使いに半笑いの口元がネチネチとした印象を与えてくる。

「その小動物、我々の言葉を話し、道具まで扱っておりました」

「情けない姿を晒したようですね」

 冷たい視線を浴び、座る二人の男の背が跳ね上がる。全身がびくつき恐怖に怯えている。

「そ、それは!」

 その声は上擦り、裏返っていた。

「それは……不運にも空から大量の本が降ってきまして……」

 長髪の男の顔を見られないのだろう。頭を垂れて声も弱々しい。

「何やら、親鳥にでも着いていくように無様に誘導されたようですね」

「いや……それは……その……追い詰めるつもりで……」

「情報の正誤の判断の命令が調子づいた挙句に醜態をさらす始末ですか」

「ぐっ……」

 うめき声だけで、もう言葉は出ていなかった。

「ここに拳銃が2つあります。拾いなさい」

 脇のテーブルの上に載っていた二丁の拳銃を床へと投げ捨てる。

「互いに打ち合い生き残ったほうにもう一度機会を与えましょう、ちなみに拒否権はありません」

 立ち上がると背中から二丁の拳銃を両手で取り出し、銃口を二人の頭にそれぞれ向ける。

「制限時間は十秒、九、八、七──」

 ネチネチしていた男は慌てて近くに転がった拳銃を拾い上げ、もう一方の金髪の男は慌てず動作遅く拳銃を手にしようとする。

「──六、五、四、三──」

 ネチネチした男はすかさず、銃口を金髪の男へと向ける。金髪の男は、未だ拳銃に手を伸ばしているところだった。

「わ、悪いな。まだ生きていたいんだ」

 ネチネチしていた男は躊躇なく引き金を引いた。

 金髪の男は体躯とは裏腹に手に取った後の動作は早かった。しかし、それでも、遅い。銃口を向けるのがやっとだ。

「──二、一──」

 そうやっとだ。銃口を長髪の男に向けるのが。

 金髪男の反逆心に滾る視線が長髪の男へと向けられる。

 そして、少なくとも引き金を引く時間は残されていた。

「──零」

 だが、誰も床に伏せることはなかった。

「……空砲?」

 それがネチネチした男の最後の言葉だった。

 銃声が響き、男の額から血飛沫が飛び散り、力なく崩れる。そして、倒れた男の傍から見る見る床を赤く染めていく。

「無防備に危険なものを渡すわけがないでしょうに」

「貴様! 貴様という奴は!」

 金髪の男が初めて口を開いた。

「おっと、動かないでください。貴方まで撃ちたくない」

 金髪の男が長髪の男を突き刺す視線には、血の涙を流すのではと感じるほどの強烈な殺気が宿っていた。

「いい目だ。その反抗的な目。心地いい」

「くっ……」

「着いてきなさい。貴方にはまだ生きる価値がある。さあ、一緒に燃やしましょう。気に入らなかったのです。何が法外地帯。戦争に参加もせずに悠々と生活し、天津さえ動物と生活などと……」

 長髪の男は優雅に振る舞いながら躊躇なく金髪の男に背を向けて歩きだしていた。

「しかし、これで隅に溜まった埃も奇麗に拭えます」

 ドアの傍の花瓶台を人差し指でなぞり、埃を集めながら、唇を三日月のごとく歪め嬉しそうにそう言い終えると、指先に溜まった埃をフッと息を吹きかけ散らした。

「さあ、まずは小動物を潰しましょうか」


       ◆ ◆ ◆


「見つけたわ!」

 そう大声だして、居候している部屋に飛び込んできたのは、雀の鳴き声が聞こえ始めた早朝のことだった。

 今も目に浮かぶ、慌てるように飛び込んできたアリスの顔が昨日から寝てないことなどわからないぐらい達成感ある満面の笑顔だったことを。

 実に嬉しそうだった。

 不機嫌に眠気眼を擦すっていた僕もつられ、喜んでしまうぐらいに。

 しかし、今思えば、こんなことになるのをわかっていれば、笑みなど一切浮かべず一目散に逃げ出していたはずだ。

 なぜなら、こんな高い壁を登れる筈がない。

 この山の頂を風船くじらの群れが立ち寄ると、そこにいけば両親くじらに会わせることができると、だから連れて行ってあげましょうと、矢継ぎ早に言われ、その勢いに流され何故、頷いてしまったのか。

 体が重苦しい。息も絶え絶えで、声も出したくない。

 こんな状況でこれを登るのか。

 目の前に横たわるこの巨大な船を。

 僕は山を登ってきたはずだ。登ってきた、はずだよね?

「ねえ、これって船だよね?」

「たぶんそうだと思う。こんな大きいの見たことないから定かではないけど、砲台があるのをみると戦争かなにかで使われたのかもしれないわね」

 そう、眼鏡を外し素顔のアリスは言葉を返してくる。

 目の前にしているのは、おそらく船の甲板の前方部分だろう。横目には拉げたブリッジも見てとれ、後方部分の丸みもわかる。

「そうかもしれないね。それに、だいぶ古びてる。でも、なんでこんな山に? それも、これ突き刺さってないか?」

 目の当たりにしている前方部分、艦首が地面に抉り込んでいた。

「見るからに突き刺さってから、埋もれた感じね。まるで、空から落ちてきたみたい……って、もうそんな状況確認はいいのよ、いいから、登るわよ!」

 やっぱり登るのか、掴めるようなところもないというのに。

「さあ、いくわよ!」

 桃色の登山服を着込んだアリスが隣で決心したように声を張り上げ、リュックを背負い直す。

 その声に、僕は大きな溜息をつくしかなかった。

 女、子供を置いて逃げるなんて男のすることじゃないか。人の美学って辛いな。

「何か言った?」

「いや、さあ、行こうか!」

「へえー、意外とやる気なのね。でも、さすがにその姿じゃ無理でしょ。そもそも、どうしてその体で山登りなんてしているのよ?」

「いや、ええと、あれはここぞって時のものだからな。異常に体力を消耗するから、使うべき時があるんだよ。それに、こいつがいる」

「クゥオ?」

 僕は隣でぷかぷか浮かぶ風船クジラの横っ腹をぽんと叩く。

「クゥーちゃんはこの船の上までは飛べないわよ」

「クゥオ?」

「え、ええ?」

「風船クジラの子供は大人と違って、高くも長くも飛べないのよ。高い高度まで飛ぶ上がるのも、長時間飛び続けるのも大きな体が必要なの。成長するまでは親の背中に乗って移動するのよ、クゥーちゃん達は」

「……役立たず」

 僕は口を尖らせる。ああ、既に口は尖っていました。

「ほら、ぐずぐずしてる暇ないんだから」

 そうイライラした口調のアリスは、首から掛けていた懐中時計を僕に向けてくる。時計の針は十三時十一分を指していた。

「なあ、ずっと思ってたんだけど、その時計変えないのか?」

「変えないわよ」

「なんで? この前も修理してたよね? 僕がきてから何度目なの?」

「いいでしょ。私の自由よ」

「不便だと思うけどね」

「時間の概念を知ったばかりの鳥さんにはいわれたくないわよ」

「そうですか。それで、さっきから何、リュックを漁ってるの?」

 いつの間にか、リュックを地面に下ろし口を開け中身を取り出していた。先ほどまで、船を見上げて逡巡していたというのに。

「ねえ、本当に何してるのかな?」

「嫌みな言い方ね。わかっているなら諦めて、これきなさい」

 アリスがリュックから取り出していたのは、緑色した人間の男性用登山服。それと丁寧にも男性用下着まで。

「疲れるんだよねほんとに……」

 そう溜息交じりの呟きを洩らすと背負ったリュックを地面に置いて、杖で地面を突いた。

 すると、杖全体がピカッと輝き、僕の全身を光に包む。

 そして、僕は人の姿になった。青年の男性の姿にだ。

「くっはあっ、しんどいよ……」

 人の姿になった僕は膝に手を付いて、肩を揺らす。ちなみに杖を光らせずとも人にはなれる。これは、演出である。

「ばっ、ばかっ!? 隠れてしなさいよ! デリカシーってものを覚えなさい!」

 両目を手で覆う、アリスは顔を真っ赤にしていた。

「ああ、そうか。裸の羞恥心というのはいまいちわからないんだよね」

 僕は着替えを抱えるといそいそと岩陰にかくれ、早々に着替えを済ました。そして、手足の感触やら、頭に生えた髪の毛を触ったりと人になったことを再確認し実感しながらアリスの元へ戻る。

 しかし、いつも気になる。この頭頂部から前髪に飛び出した黄色の髪の毛の束。ペンギンの時の名残りみたいなものだろうけど、少々、鬱陶しい。どうやら、幾つかの書物の中ではアホ毛と言われているようだが。

 そんな事を思いながら、戻ってみると、アリスはぐるぐると長いロープを肩に担いでいた。

 そして、クジラのクゥにジェスチャーで何かを伝えようとしている。

 この姿になると、アリスは意外と小さいので何だか微笑ましい。たしか、身長は僕の肩ほどだったはずだ。

「で、何する気だ?」

「クゥちゃん、ふぅーーよ、ふぅーー。ふぅーーって私を空に飛ばすのよ」

「無茶な……」

 まさか、最初に会った時に思い切り息を吹きかけられて上空に飛ばされたあれをやる気か。慎重にみえて大胆な奴だ。

「無理だから、やめときなって」

「大丈夫よ。ねぇ、クゥちゃんふぅーーってやるのよ。思いっきりやっていいからね」

 おそらく、口から空に向かって手を上げるジェスチャーが通じたのか、クゥは困ったような、心配そうな瞳をアリスと僕に向けてくる。大きな瞳はもう、うるうると涙であふれている。

「大丈夫だから、クゥちゃん。私がカウントするから零って言ったら、思いっきり息を吹くのよ」

 僕はもう、思いのままにやらせてやりなという思いを込めて、埃でも払うように手を振るジェスチャーをクゥに向けて見せた。

「行くわよ! クゥちゃん! 十、九、八、七、六、五、四、三、二っ!?」

「ブゥゥゥゥゥッゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーー」

 アリスは零を言う前に、空を舞っていた。

 空を飛ぶアリスは、幸か不幸か甲板の柵に向かって奇麗な放物線を描く。横倒れになった甲板の側面、あそこに手をかけることができればおそらくは……そう思っている間にはもうアリスは鉄柵に手をかけ──。

「あっ……」

 自分でも間抜けな一言だったと思う。

 鉄柵に手をかけようとしたアリスは見事に甲板を滑るように転がっていた。

 それは見事に壮大に。

 そう思っていたら、途中で甲板の空いた穴に手をかけ、止まったかと思うと、何やら大声あげて甲板を駆けあがっていく。

「ほら! 大丈夫だったでしょ!」

 そして、鉄柵を掴み、船を無理やり登り詰めると、肩を揺らしながら大声を上げていた。

「転がってたよね! 転がってたよね!」

「え? 何? 聞こえない!」

 そう言いながら、ロープを鉄柵に括りつけて下へと垂らす。

「転がってたよね!」

 そう何度も言っても、アリスは聞く耳を持たなかった。

「……転がってたよね!」

 僕は垂らされたロープにアリスのリュックと序でに杖を結びつけ、それを、アリスが引っ張り上げ、次いでクゥを背負いロープでぐるぐるに固定し、自分のリュックを肩にかけ再び垂らされたロープを自身で登っていった。

「うおっ、登ったああああ!」

 僕はあまりの辛さに登り切って、崩れそうもないとこまで歩くとクゥも背負ったままにすぐに地面に寝そべってしまった。もう、汗だくで服が張り付き、体の到る所の筋肉は軋み悲鳴を上げている。

「もう、何やってるのよ。時間ないってさっきから言って……」

「少しぐらい休まして……って、どうした?」

 寝そべったまま、見上げるとアリスが胸から取り出していた懐中時計をじっと見つめたまま止まっていた。

「・・・動かない」

 どうやら、懐中時計が壊れたみたいだ。

「あ~あ、また壊れたんだ。あんな転がってれば、そうなるよ。もう、この機会にあきらめて買い替えたら?」

「ううん、帰ったら直すわ」

「こだわるね」

「別にこだわっているわけじゃないわよ。両親の形見だからってわけでもないわ」

「いや、どう考えてもこだわってるよね?」

「こだわってないわよ」

「だったら、買い替え──」

「うっさい! こだわってない!」

 いきなり、アリスは怒鳴ったかと思うと、さっさと先に歩いて行ってしまった。

「え? ……急に? なんで?」

 人の心は特に女心は難解だ。

 そして、僕とクゥは置いてきぼりだ。

 その後、足元がふら付き倒れそうになるアリスに手を差し伸べようとしても、冷たい笑顔を向けられ制止させられ、寒さに震わす体を気遣っても返事は帰ってこず、お腹も減り弁当を食べるにしても、少し距離を離して座る始末。

 仕舞にはこっちも怒りを覚え、つい怒鳴ってしまっていた。

「いいかげんにしろよ。せっかくの鮭握りが不味くなる!」

 地面に腰を下ろし、握り飯を頬張っていた僕は、ドンと勢いよく地面を叩いて、怒りに任せてご飯粒を飛ばしながら声を張り上げていた。

「……いない」

 離れて大岩に背中を預けていたアリスの姿はどこにもなかった。あったのは、背負っていたリュックと、すぐ戻ると簡素なメモが岩に貼り付けてあるだけだった。

「ちっ!」

 怒りと恥ずかしさで思わず舌うちが漏れる。

「トイレか……」

 そして、意地悪心から、いない女性に対して悪態を晒してしまう始末。

 それにしても、トイレか。そう考えると自分もなんだか……。

「クゥ、ここで待ってろ。俺も行ってくる。動くなよ絶対」

「クゥオ?」

 理解しているかどうかわからないまま、目をまんまるにしているクゥを置いて僕は茂った森の奥へ。

 そこで、可笑しなものを見てしまった。目を疑うほどに。

 最初は草陰の奥に動くものを見つけ、怪物でも出たかと思って出るものも引っ込んでしまったがよくよく見ると人の手が見え隠れし、歌まで聞こえてくる。

 何なのかと、草葉から顔を出してみると、

「何をしてるんだ?」

 アリスが踊っていた。

「何をしているんだ、本当に?」

 アリスが歌を口ずさみながら踊っていた。すごく奇妙な踊りだ。紙の子だからか、余計に不思議に思える。民族舞踊というものだろうか?

「なんで!? これはっ、違っ!? ドトット、トット、ドトット、ドット」

「ごめん。なんか、ごめん」

 アリスの顔はすごく真っ赤になっていてトマトみたいだ。酷く申し訳ない気分にさらされる。

「違っ!? これは、体が勝手にっ、ブドトット、マパット、パラットパラット、ポポドット」

「体が勝手ってそんなわけ」

「いやっ、本当に!」

「ごめんなさい。見なかったことにしますね。早く戻ってきてください」

 そう、一礼して去ろうとしたのだが、なぜか足は正反対に草垣をこえて、

「あれ?」

 両手が波打つように動きだす。

 そして、腰まで動いて、

「あれれ? あれれ?」

 僕まで踊り出していた。

「なんだこれ? 面白い! ドトット、トット、ドトット、ドット」

「面白くなんかない止めて! パラットパラット、ポポドット」

 そうアリスが心からの叫んでも、体も口も勝手に動いて、奇妙な踊りを踊ってしまう。

 いつしか、ダラダラと汗も流れ、手足も重りでもくっ付けたみたいに重くだるくなっていた。何分いや、何時間経ってしまったか。

 アリスの顔を見れば、照れ顔は等に消え、やつれ苦悶の表情だ。おそらく、僕もあんな顔をしているのかもしれない。

「もう止まって……パララドット、パララドット、ドトット、トット、ドトット、ドット

「あははっ、本当にいつまでやるんだろうね。プット、プット、アウトプット、インプット、トトット、ドトット」

「お願い……だから……」

 その願いが通じたのか、その呟きの数秒後、踊りはやっと止まった。

 途端、二人ともお構いなしに地面に寝転んでしまっていた。

「なんだったの……」

「アハハハハハハハハハ」

「なに笑ってんのよ……」

「いや、なんとなくね。って、そういや、あれ?  怒ってなかったけ?」

「う、うるさい! もう、クゥちゃん待ってるからいくわよ!」

「はい、はい」

 僕は苦笑して立ち上がる。

「おい、どうした?」

 一緒に立ちあがろうとしていたのに、アリスは上体を起こしたまま止まっていた。

「あれ? あれ?」

 一生懸命、両手で地面を押して、自分の体を持ち上げようと何度もしているのだが、一つも持ちあがっていない。そうもがく姿は何だか可愛らしい。

「……腰抜けて立てなくなっちゃった」

 アリスは僕を見上げて、眉を八の字にする。

「確か腰ってのは、ビックリして抜けるものじゃなかったけ?」

「もう、先行っててよ」

「……ほら、立ちなよ」

 そう言って、僕は手を差し伸べる。でも、何だか照れくさくて鼻頭を指で掻いてしまう。

「……ありがと」

 その照れが映ったのか、アリスも顔を背けて伸ばした手を掴んでいた。

 そして、持ち上げ、立ち上がらせるその時だった。空気を震わすような轟音が山に響き渡ったのは。

 その轟音は全身をも痺れさせる。

「きゃあっ!?」

 アリスはたちあがりきれず、悲鳴を上げて、倒れるように胸に飛び込んでくる。

「おいおい、怖いのか? このぐらい」

 肩をすくめて茶化すように声をかける。少し驚いて両手は宙ぶらりんではあったが。しかし、紙の子であっても体は柔らかく温かかった。

 っと、また轟音。

 ゴロゴロと耳を貫いてくる。

 その雷鳴は、近くはないが決して遠くもなかった。

「おいおい、そんなに強く……」

 腹にまでずしんと響く雷鳴が聞こえたかと思えば、アリスは、ギュッと体に抱きついて強く締め付けてきていた。体の感触が余計に強く感じてしまう。体温までも分かってしまう。

 だが、そんな事を感じている余裕は無さそうだ。

「本当にこわいのか?」

 アリスをよく見れば、全身を震わして兎のように怯えている。

「凌げる場所に移動しよう動けるか」

 返事はただ、小さく胸の中で頷くだけだった。

「わかった。行こう。ん?」

 了解して頷いたはずなのに、アリスは抱きついたまま離れない。

「……ごめん……はずれ……ない」

 その声は途切れ途切れで、酷く弱弱しい。

 どうやら、極度の緊張からか膠着して背中まで回している手が離れないでいるみたいだ。

「仕方ないな」

 僕はアリスの両耳を押さえることにする。これで少しは音が聞こえないはずだ。

 すると、しばらくした後、ゆっくりとだが腕を下ろし、体を離すことができていた。

 両耳を押さえる顔を覗き込んでみれば、わずかだが生気が戻り、瞳にも少しながら力が戻っているように思える。

 少しだが安心する。

「急いで戻ろう」

「……うん」

 寄り添うように肩に手をかけ、クゥの元へと歩を進め、そして、また雷が落ちる。

 眩しいほどの白色の一線が眼前を走ったと思えば、全身には切り裂くような雷鳴を浴びせられ、気づけば、目の前の大木は真っ二つに割れ、炎を上げ倒れていく。

 そして、アリスは意識を失った。


       ◆ ◆ ◆


 暖かな光景に、笑みがこぼれ涙が頬を伝う。

 母が揺り椅子に座り、膝かけを膝にのせて、静かに編み物をし、父はソファーに腰掛け本を読む。その膝に幼い私は頭を乗せて、父の声を瞼を閉じて聞いている。

 部屋の中心にはウッドテーブルがあり、そこに置かれたランプは赤々と暖かく光り私たちを包む。

 窓には白いカーテン、壁は土色、大きな本棚に私用の小さな本棚、森で摘んできた黄色い花束は部屋の隅の花瓶に飾られて、いつも楽しかったあの時のリビング。

 これは夢。

 だって、父と幼い私がいるソファーの背に今の私がいるんだもの。

 瞬きをすると景色が変わった。

 目の前には幼い私の背中。

 図書館で幼い私は受け付けに頬杖ついて座って、退屈そうに周りを眺めている。

 館内は盛況で多くの人が本に夢中。そんな中、父は懐中時計を何度も見てはせかせかと仕事をこなし、母は親子連れのお客様を案内して、いつも見ていた背中。

 突然、白い光が閃く。それは、白い雷。

 まぶしさに思わず瞬いて。

 お腹に圧し掛かるような轟音が襲ってきて。

 瞼を開ければ、景色は引き裂かれ燃えてなくなり。

 気づいたときには、暗い森の中に私一人。

 幼くなった私は泣きじゃくり、お父さん、お母さんと何度も何度も叫び歩いていた。

 ずっとずっと、幾宛もなく、ただただ歩き続ける。歩いても、歩いても、真っ暗で誰もいなくて、雷が何度も何度も鳴って、怖くて心細くて……。

 私は前を見るのも嫌になって、すごく怖くなって、すごく苦しくなって、蹲って、泣いて、泣いて、泣いて……このまま、消えてなくなっちゃう。

 そう思ったのに、いつの間にか右手があったかいって気づいて、ぽかぽかしてランプみたいに淡く光っていて、それがなんだか嬉しくて……。


       ◆ ◆ ◆


 太股の上に置かれたアリスの顔を見下ろすと瞼を開けていた。

「起きたか、良かった」

 そう言いながら、そっと繋がれていた手を離す。

「うん」

「悪いな、時間あったから勝手に読ましてもらってたよ、こいつもわからないくせにせがんでさ」

 僕は壁に背中をもたれ、足を投げ出し、アリスが寝ている間、ずっと本を読み続けていた。アリスがいつも肌身離さず持ちあいている本を。

 クゥは先ほどまで楽しそうに聞いていたのだが、今では僕の腕に体重を預けて、小さな吐息をたててすやすやと眠っている。

 アリスは猫なで声で返事をする。

「ううん、いいよ」

 まだいつものような明るい笑顔は見れず、僅かに口角を上げるだけの、儚げな笑み。

「それよりあとちょっとでしょ。最後まで読んでよ。私も聞きたい」

「何度も読んでるじゃないの?」

「軽口はいいから、こういう時は黙って、お願いきいてよ」

「わかったよ」

 それから、僕は眠る前の子供に読み聞かせるように優しく言葉を綴っていった。

「……こうして、世界を救ったお姫様と彼女を守り続けた騎士の二人は、連れ添い馬に乗ってお城に帰って行きました」

 そして、巻末を閉じると、アリスの頬に涙が伝っていた。

「ダメね、捨てよう捨てようと思っても、思い出にすがっちゃう……」

「俺はいつも、背負ってるように見えてたけどな」

 そう言ったら、アリスは驚いた顔をしていた。

「……本当にその姿だとペンギンだってこと忘れるわ」

 そう軽く笑うと、「よっ」と言って、アリスは上体を起こす。

「どのくらい寝てたの? そもそもここどこ? すごい暗いし、なんか、やわらかい?」

 地面に置かれたランプがなければ、本も読めずになにも見渡せないだろう。

 まったく、アリスは用意周到だ。それも、ただのランプではなく火を使わず空気に触れると光る赤い盆栽を利用したランプだった。

「とはいえ、時計がないから、どのくらいかはわからないね。まあ、でも、とっくに日は暮れてるかな」

 僕の言葉にアリスは唖然とし、悲しい顔を見せる。

「え? そんな寝てたの……うそ……。ああ……クゥちゃんに悪いことしちゃたよね……ごめん」

「無理もないよ。朝まで調べて仮眠を一時間しかしてないんじゃ。こんなに寝てもおかしくないもん」

「そうだけど……でも、気絶なんてしなければ……」

 後悔の念に苛まれるように深いため息と共に顔を膝に埋めていた。

 そんなアリスを横目に僕は平然と立ち上がって、大きく両腕を上げて伸びをしていた。次いで、体を解すために軽い体操もする。だって、もう慰めの言葉はいらない。

「ごめん、体……辛かったよね」

 膝から、ほんの少し顔を上げて振り返るアリスの顔は泣きべそかいた子供みたいだ。その顔に少々罪悪感に苛まれる。

「仕方ないな、行こうか?」

「え? 何言ってるの? 暗い山道は危険なのよ? まさか今から歩く気?」

 その反応に内心で小さな優越感。

「いいから、いいから。クゥ? クゥ?」

 僕はクゥの体を揺すり、寝ているクゥを起こそうとする。

「くぅお?」

「ほら、寝ぼけてないで」

 頬を何度か軽く叩いて目を覚まさせる。

 そして、

「あっち、あっち、出るぞ、出・る・ぞ」

 暗闇の先を何度か指差し、両手をはさみにでもしたかのように上下のジェスチャーを見せつける。

 すると、

「くぅお! くぅお!」

 クゥはわかったというように鳴いてみせた。

「なにしてるの?」

 ちらっと、アリスの顔をみると口を窄めて困惑顔だ。

 その間に、クゥは物凄く息を吸い込んで体を大きく脹らませ、

「くぅっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 耳を塞ぎたくなるほどに大きな鳴き声をあげた。

 すると、僕が先ほど指差した暗闇が、横に一線ゆっくりと淡く明るくなる。そう見えた途端だった。

 背中を押された。

 それは突風。

 突然の追い風に僕たちは踏ん張り一つ取れない。

 抵抗できず、容赦なく僕たちの体もランプも杖もリュックも突風に乗っかって明るくなった方へ。

 ごおおおおおおおおおおおおと大きな汽笛みたいな音と共に明かりの外へと放り出されていた。

 地面を何度も転がって、やっとのことで止まると、地面に寝そべる僕の目に満天の星空が飛び込んでくる。

 その横では、

「何!? 何!? 何なのよ!」

 アリスは慌てて立ちあがって、周囲をきょろきょろ。今のは驚くのも無理はないと思うけど、と思いながらもそんな姿に僕は含み笑いを浮かべる。なぜなら──。

「ねえ、アリス。もう、心配も、謝ることもないよ」

「え?」

「だって、クゥはもう両親に会えたんだから」

「……キング?」

「「「グゥボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」」」

 僕たちの周りには風船クジラの群れが僕たちを歓迎するように鳴きあっていた。

 開け放たれた山頂に四方八方空にまでクジラ達が僕たちを囲む。

 そして、まるで合唱でもするように大人クジラは鳴き続け、そして、子クジラは踊るように楽しげに何度も跳ねれば、周りの転がっていた岩岩が色とりどりに点滅しだして、とうとう僕たちの体まで勝手に踊り出していた。

 これはもう舞踏会。

 空も大地も人も動物も輝き踊る、天上のダンスパーティー。

 僕とアリスはもう大声出して涙出るほど笑い合うしかなかった。


       ◆ ◆ ◆


 クゥの母親である風船クジラの背中にのって下山し、クゥと笑顔で別れた僕たちは帰路についていた。

 高揚感を感じているのか心は温かであった。

 隣を歩くリュックを背負ったアリスも同じような気持ちなのか、どこか呆けたような顔をして心ここにあらずという面持ちだ。足取りもふわふわと軽やかで飛んでいってしまいそう。

「本当によかったわね」

「ああ、そうだね」

「みんなにも早く報告したいな」

「焦らなくても、あの生け垣を越えればすぐだから」

「そうね……走りましょう!」

 そう大きな声を上げたかと思ったら、杖を持たない僕の手を強引に握り、引っ張るように駆け出す。

「え? おいっ!? やめてって」

 そう言いながらも、悪い気はしなかった。

 二人で森を駆け抜け、鼻の先に見えていた身長ほどの生け垣と生け垣の間をすぐに通り抜けると、何もなかった。

「ただい……ま……」

 元気に挨拶をしようとしていたはずのアリスの声は尻すぼみに小さくなっていく。

 目の前には紙の子達のコミュニティーが広がっていたはず。それなのにそこには何もない。建物だって人だっていない。

 もうそこには、何かがあったという痕跡すら一つも残っていなかった。

「どうなって?」

 訳が分からない。理解ができない。陳腐な言葉しか吐き出せない。

「みんな……」

 ぼそっとアリスはか細い声を発したかと思えば、夢遊病患者のようにふらふらと草しか生えてない空き地を歩いていく。

 一人、一人、友人、親戚、仲間たちの名前を叫びながら、そこに在ったはずの家々を一つ一つ訪ねるようにして、冷たい風が吹き抜ける原っぱを歩いていく。

 そんな彼女を僕は見つめ続けることしかできなかった。

 何をしていいのか、どうすればいいのか、思考すらできないでいる。

 そして、とうとう、アリスは疲れ果て、腰砕けになるように力無く野原の真ん中に座り込んでしまった、

 そうしてやっと、僕はアリスに駆け寄ることができていた。何かをしなくても彼女の傍にいなくてはとやっと気づけたから。

「大丈夫か?」

 なるべく優しい声音で声をかけながら、僕は立ったまま躊躇いつつもアリスの震える肩に手をおく。

 するとアリスはその手をぎゅっと握って、僕を見上げた。

 瞳からは涙が零れ落ちていた。縋るようなその瞳は何とも弱々しく、思わず杖から手を離し、膝をつき抱きしめてしまう。

 アリスは何も言わず頭を僕の胸に預けてくる。

 彼女はきっと僕の知らない何かに気づいている。だから、こんなにも悲しみに打ち震えているんだ。

 たぶん、もう、ここにいた人たちは戻ってこない。彼女はそう思っている。

 彼女が胸の中で嗚咽し、泣けば泣くほどその辛さが心へ沁み込んでくる。

 辛い……。

 抱きしめることしかできない自分の不甲斐無さを呪いたい。

 いや、そんな自分を責める余裕があるのなら、今は彼女を慰めることだけに努めよう。

 そう客観的に自分を見つめられるぐらいになってようやっと気づく。

「……図書館はどうなってるんだろう?」

 瞬間、アリスはガバッと顔を上げ一目こちらを見たかと思えば、そのハッと気付いたような顔をすぐに背け、走るように立ち上がったかと思えば、制止する隙もなく生け垣を突き破って、走り去ってしまった。

「……はっ!」

 何を呆気にとられて……。

 僕も急いで立ち上がり、図書館へ続く道に躍り出て、全力で後を追う。

 森の中は、異常なほどに静まりかえり、僕の足音と、荒い息遣いしか聞こえない。

 足を思いの限り動かし、息苦しくても、必死に追いかける。

 無心になって、走る。

 それなのに。夜更けの冷たくなった空気が頬にやけに突き刺さってくるのが気になってしかたがなかった。

 図書館はあった。

 窓から橙色の明かりも漏れている。

 僕はわずかながら安堵し、自然と足を止めて息を整えていた。

 しかし、ここまで必死に走ってきた僕の体は熱湯に浸かっているかのように暑く外気の冷たさも意に介さないまでになっていた。だが、そうまでしても、結局はアリスに追いつくことはない。

 おそらく、もう館内にいるに違いない。

 そう思うと、息を整え終える間もなく、僕は足を踏み出し、正面扉に手をかける。心臓の鼓動が激しい。運動によるものだけではない。いつからか、焦りが湧いては止めどなく、激しい鼓動音が鳴りやまない。

「全部お前がやったのか!?」

 扉を開けると、叫び声が耳を貫いてきた。

 それは、初めて聞くアリスの怒り狂った叫び声だった。

「何故こんな事を!? 私たちが何をしたというの!? 答えろ! 答えろ! 答えろってば!」

 館内の中央でアリスは誰かの胸倉を両手で掴みテーブルへと押し倒していた。その足元には、椅子がいくつも転がっている。

「消した君の両親との約束の時間はとうにすぎている」

 最初その声は人の声とは思えなかった。

 その声は淡々とし欲情のない声。濁ったような低温のその声は胸倉を掴みあげられている者の声だろう。その声の持ち主は全身白尽くめの格好をしている。

「儚き願い、掌に降った雪粒よ」

「……今……なんて?」

「消えゆく言葉は、わずかでも幸せな時を過ごす間を与えて欲しいと呟いていた」

「……何を言って?」

 困惑の声を上げるアリス。

 そんなアリスに白尽くめは容赦しない。

 胸倉を掴んでいた両手を容易く引き剥がし、テーブルから起き上ると、両腕を掴んでアリスを吊すように軽々と持ち上げていた。

「いたい!?」

 悲痛の声が耳に届く。

「なにしてる!?」

 俺は思わず、声を荒げ、床を蹴る。

「十分な期間は与えた。たとえそれが無になるとしても」

 白尽くめは気持ち悪いほど感情の籠らない声を発すると掴んでいたアリスの両腕を簡単に離し、

「帰れ、元の場所へ」

 鋭い右手の掌低をアリスの左胸に浴びせていた。アリスは呻き声も上げられず、人形のように軽々と飛ばされ、別のテーブルに背中を打ち付けていた。

「かはっ……」

 怒りで頭が弾ける。

「お前!」

 僕は白尽くめとアリスを囲んでいたテーブルを踏み台に、飛びこみ、握った拳を白の仮面を被った白尽くめの顔面めがけて打ち込む。

 だが、意図も容易く止められ、挙句、握り拳を掴まれ床へと叩きつけられる。

「ぐううう」

 腸が潰され、激痛と吐き気が襲う。

「ふふっ、可愛そうに」

 笑っているのに笑っていない平静な声が頭上に注ぐ。

 そして、弱弱しく僕を呼ぶ声が耳に届いた。

「……キング……うんん、クロ」

 起き上がる動作すら邪魔とすぐに首だけ動かす。するとほんの少し離れ、倒れたままのアリスが手を僕に向かって伸ばしていた。

 僕はその手を掴むように手を伸ばす。だが、アリスの体は青白く光り、次の瞬間、粟粒が弾けるようにアリスは消えてなくなった。

「はっ?」

 僕は訳も分からず立ち上がる。

 そして、一歩足を踏み出し、また、一歩、一歩、一歩。

 足が鎖に繋がれたように重い。

 一歩、一歩。

 一歩……アリスが……いた。

 いた。

 いるじゃなく、いた……。

 僕は、アリスがいた場所に膝から崩れ落ちていた。そこにはなにも残っていない。髪の毛一本残っていない。

 床に一滴、小さな染みができた。

 その染みが広がり、心にも怒りが広がる。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 僕は獣の遠吠えのように叫び散らしていた。

 そして、堰を切ったように力任せに振り返りながら立ち上がり、勢いにまかせ白尽くめに飛びかかる。

 感情がぐちゃぐちゃで何が何だかわからない。

 だが、そんな僕を白尽くめは物でも扱うようにあしらう。

 僕は顔面を片手でキャッチボールでもするように容易く掴まれ、止められ、

「あがっ!?」

 握り潰される。

 頭蓋骨が砕ける!? 

 この男の力は通常の人間の力を遥かに超えて、片手で人一人持ち上げるなんて異常だ。

 でも、殺す。

 歯を食いしばり、口の中に血の味を広げ、やっと睨みつけることしかできなくても、殺す。視線で射殺してやる。

 だが、そんな僕など意にも介さず、白尽くめはおもむろに左手を僕の左胸に向かって突き出していた。

 そう指の隙間から微かに見えていた筈なのに、気づけば広い図書館の天井を僕は見ていた。

「何をぼさっとしている! 起きろ!」

 仰向けに倒れていた僕はその声に反応してすかさず上体を起こし、声のした方に顔を向ければ、金髪の男がいた。あの時の花火少女を襲っていた男だ。

 倒したテーブルを背にし、手には銃を持って座っている。あのとき会った時とは違い青い上着を脱いでいる。

「手には触れられてないようだな」

 金髪の男は時折、テーブルから顔を出し、警戒を強めている。おそらく視線の先には白尽くめの男。

 そうか、僕は白尽くめから引き剥がされ、襟首を捕まれたまま床を引きずられたのか。

 しかし、なぜコイツが? いや、

「一体、何がどうなって!?」

 立て続けに起こるあまりの出来事に、気持ちを吐き出さずにはいられない。

「誰かに聞きたいのはこちらだ。あいつの所為で部隊は全滅、いや、消滅か……。ちっ、その口振りだと新たな情報は得られそうもないか」

 やけに金髪の男は饒舌だ。あの時のこの男はもっと無口な男だったはず。緊張と焦りからそうさせているのか。

「それでどうする?」

 唐突な質問だ。主語すらない。混乱している者に聞くセリフでもない。

 だが、その質問が僕の頭の中も心も一つの事へと収束させてくれる。

 握り拳を床に叩きつけた。

「気の済むまでなぐる。いや、殺す。それで、その後に洗いざらい吐いて貰う」

 そう、憤怒の炎は勢いを増すばかりで、心が握り潰されるように痛み続けている。

「いい答えだ。民間人にしてはいい度胸だ」

「で、策は? 何もなくこんなところに来たわけじゃないんでしょ?」

「ふっ、図書館を破壊する」

「え? いやっ、それはっ」

「つべこべ言える状況か」

 そう言う男のこちらに向けた視線は冷たい。

「……わかった」

「すでに爆弾は仕掛けてある。あの中央柱から右に三番目と四番目の間、あそこに誘導して、下敷きにする。あの上は、資料室で多くの書物がある。武器は?」

 僕は首を振る。

 すると、金髪男は肩にかけたホルスターからもう一つ拳銃を取り出し渡してくる。

「撃ち方は分かるか? 簡単だ。そのセーフティを下ろせば、あとはトリガーを引くだけで弾は出る。それだけだ。俺が先に行くから、走りだしたら、構わずあいつにぶち込んでやれ」

 そう言って、もう一度、テーブルから顔を出し、白尽くめを確認し、立ち上がろうとしたのだが、

「っと、手には注意しろ、触れられると消されるからな」

 こっちを指さしてニヤリと口角を上げた。余裕の笑みか、はたまた、自分を鼓舞するための作り笑いか。

 触れられると消される。その言葉に僕は逡巡する。

 手……あの時、僕は触れられていたんじゃ……。

「何の相談だ?」

 唐突の声。

 前触れなく目の前に突然現れる白尽くめ。

 そして、周りの景色が一変した。

 あるのはもう森と草と大樹。

 図書館は一瞬にして光り、粟粒になり消えて無くなっていた。

「くそが!」

 金髪の男はすかさず手に持っていた拳銃を乱射する。

 だが、一つも当たらない。

 白尽くめは揺ら揺らとかわしながら退いて距離をとる。それは、幽霊のような奇妙な動き。

 それでも金髪の男は攻撃を緩めない。今度は銃を投げ捨て、白尽くめに向かって突っ込んだと思えば、拳足を用いた打撃の連打、連打、連打。

 だが、それも全て空を切るだけ。

 そして、たった一蹴り。顎を蹴りあげられる。それだけで、怒涛の攻撃は止められる。棒立ちにされ足がふら付く金髪の男。容赦なくさらに胸にえぐるような一蹴りが放たれた。

「あぐがっ!」

 ボールを投げるように金髪の男は森へ吹き飛ぶ。背中越しから木々が折れる音が何度も響いてきていた。

「はっ!」

 そこで、やっと状況を理解し、僕も慌て拳銃を構え、引き金をひく。

 その動作の間にはもう懐に潜り込まれていた。右手の掌低が僕の左胸をかち上げる。

「かっはっ……」

 宙に打ち上げられた僕は、背中から地面に落ちた。

 時が止まったようだった。

「ぐ! かはっ!?」

 苦しさから肺にたまったすべての空気を吐き出してしまう。

 そして、痛みに悶え、眉間にしわを寄せる。

 だが、痛がってる余裕はない。

 違和感に気づき苦しさに閉じていた瞳を開くと、ぼくを跨る白尽くめ。

「こっちもだめだったか、なら両手は?」

「あがっ!」

 独り言を呟いてる隙にと僕が背中を目掛け蹴り上げようとした時には、腹を踏み潰される。

「いや、両手は無理か。この手が大きすぎる。ふっ、これは……」

 苦しさに耐え僕は足を持ち上げようともがくも、ぴくりとも動かない。白尽くめは僕など無視し、星星が瞬く空をじっと見上げている。

「……キミは優しすぎ……! そうか! なら、キミの使徒に選ばせるのはどうだい? それなら文句ないだろう」

 そう言い終えた途端、見上げていた首を操り人形が糸を切られたようにガクンと落とし、白尽くめが僕を仮面越しから、見つめてくる。

 気味悪さに悪寒が全身を走り抜ける。

 そして、おもむろに仮面をはずした。

「……何が……」

 仮面を外し出てきたのは、アリスの顔。能面のような無表情のアリスの顔。

 だが、発する声はいつも何度も聞いていたアリスの声。

 それは心を震わし涙させた。

「ねえ、クロ! お願い助けて! だから、だから、世界を、裏切れ」

見に来てくれた方、ありがとうございます。

今回の作品は、マンガでいう読みきりというか長編を書く前のお試しのつもりで書きました。まあ、冒頭部分と言ったところでしょうか。

とはいえ、一応、話としてはここで一区切りという形にはしましたが。

この先に期待できる、読みたいと思えるものになっていれば幸いなんですが。


叱咤激励なんでも結構です。感想お待ちしております。感想を書いてくれるほどのものになっているか不安ではありますけど。

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