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第四章-新たな秘宝そして決別-

 デリィに飛ばされてやってきたのは、見たところ黄色い色で埋め尽くされた場所だった。黄色い砂が山を成し、遠くの方まで連なっている。

 砂漠。と呼ばれる場所だと気が付いたのは、太陽の熱で溶かされそうになった時だった。


「あっつぅい!」


「ここどこ~?」


 シャツの襟を手で持ちながらパタパタと動かしながらソラとシドが口々にぶうたれる。ガーツは双子の様子を気にしながらも、辺りをゆっくりと見回した。


「砂漠。って奴だな。多分この近くに七星秘宝、もしくは七星秘宝を持った奴がいるにちがいない。デリィは感じてここに来たはずだからな」


 しかし、人影など見当たらない。仕方なく砂山の影に暑さを凌ぐ為に四人は移動した。


「デリィ、もうちょっと人がいる場所に出してくれないか?」


 ルーナが熱さを吐き出すように深く呼吸をしながら、白龍に話しかける。デリィは彼女の言葉に首を傾げるも、すぐさま小さな耳をぴくりと動かして靴を二回鳴らす。

 瞬間的に四人の視界が変化する。目の前には大きな建物、周りには人、驚いて四人から後ずさっている人。驚いてる表情から、摩訶不思議な顔をしている者、あげくひそひそと何やら相談している者までもがルーナ達を見ていた。

 デリィは、街の真ん中に移動したのである。

 人々の目に晒されて、どうすることもできずに仁王立ちしている四人の周りを、でリィが小さな羽根をばたつかせて飛び回る。全員の頭の中が真っ白で、すぐに判断できないようだ。


「もし、旅の方」


 右往左往しているルーナ達に低くしわがれた声がかけられた。全員がそちらの方を向く。そこには杖をついて小さく小刻みにぷるぷると震えている老人が一人立っていた。彼はゆっくりと四人に近づいてくる。


「わしはこの村の村長でございます。突如現れたと聞きましてな、もしかしてこの村を救ってくれる救世主ではありませんか?」


「救世主?」


 身体は震えている割に声はしっかりとしており、よく聞き取ることができた。

 ガーツが目を輝かせている双子の前に出て牽制し、村長と名乗る男に問い返した。双子はガーツの服を掴んで興味津々に老人の方を見ているが、牽制されたせいで口は出さない。


「実はこの村はオアシスという砂漠にある水場の近くに立てたられた街でして、その水が生活の根源でした」


 救世主の問いに答えているのかそうではないのか、村長は滑らかな口調で話しだした。

 ガーツは直感的に嫌な感じを覚え、眉根を寄せる。こんな話の始め方など、厄介ごとに決まっている。長年の一人旅でそう直感したガーツがルーナ達に相談しようと振り向くが、ルーナは既に老人を見つめうんうんっと頷きながら聞く体勢を整えていた。


「しかし、しかしです! 数ヶ月前から水は枯れ、砂の中に埋もれてしまうようになってしまったのです!」


「ほお、それは何故だ?」


 やはり調子に乗って話し出す村長に、ルーナは頷きながら促してしまう。


「砂の中の巨大ミミズ、サンドワームという魔物が水を止めてしまったようなのです。お願いします、どうかお助け下さい、救世主様」


 断る隙を与えない程捲くし立てられて、しかも、村長の付き人らしき女性がこちらへどうぞ。と案内するように促してきた。結局戸惑いながらもルーナが案内に着いて行くことで、必然的に他の三人と一匹も着いて行くことになった。

 案内されてついたのは、四角い石造りの一際大きい建物だった。中に入ると、質素だが整えられ、絨毯が敷き詰められた部屋へと通される。花瓶やら絵画やらが置いてあり、少し高級感が醸し出されている。

 中央に位置する細長いテーブルへと四人は一列になって座らされた。


「しばらくお待ち下さい」


 案内をしてくれた女性が深々と頭を下げる、部屋を出て行き扉が閉められる。ガーツは隣に座ったルーナへとテーブルに肘を付ながら話しかけた。


「なぁ、絶対厄介ごとだぜ。これ」


「困ってるのだから、仕方ないだろう? 助けてやるな。とでも言うのか?」


 困ったように眉尻を下げながらも、ルーナはきっぱりと言い放った。ガーツはぐっと押し黙り、反対方向を向いて頬を掻く。


「わぁ、じゃあボク達救世主になるんだね!」


「かっくいいなぁ、ヒーローじゃん!」


 そして、反対側に座っていた子ども二人にガーツは逃げ道を塞がれたのだった。乗り気の三人、そして、それの雰囲気に釣られて嬉しそうに鳴く白いドラゴンが一匹。例えガーツが反対したところで、どうしようもないだろう。


「こちらへどうぞ」


 頭を抱えているガーツを他所に、開いていた扉が開き、先程案内してくれた女性の声が室内に響く。そして、別の誰かがその扉から入ってきたのだ。


「なぁに、このメンツ? 乳臭いガキ二人に、男とも女ともつかないのが一人、マシな男が一人。あたし、聞いてないわよ、他のメンツがいるなんてっ」


 扉から入ってきたのは女性だ。女性だとすぐにわかったのは、彼女の服装にある。豊満な胸の谷間を惜しげもなく見せ、引き締まった太股も露にしている。腕には透明な生地の布を身につけてはいるものの、全体的は薄着のようで、派手な装飾がなされている。ルーナは彼女の服装が、宮廷で見た踊り子の物によく似ていると思った。特に折り目を入れ段階的に片方へと長くなっているスカートは印象的だ。


「すいません、副長からお話がありますから、お待ち下さい」


「ったく、やってられないわねっ」


 服にばかり目が行ってしまいがちだが、案内役の人との会話に、全員の視線が彼女の顔へと移動した。

 彼女の髪は赤くとても長かった。それよりも強く人を惹き付けるのは少しきつめの釣り上がった目だ。決して怖さだけではない、綺麗な顔によく似合う目を持っていた。中の色は綺麗な紫色で、澄んでいる。


「何見てんのよ、あんた達」


 腕を胸の下で組み、でかい態度で彼女はルーナ達を順々に目で追った。思わず姿勢を正すルーナ。


「い、いや。入ってきたからつい」


「ついですって? だいたいあんた達何者なのよ、いきなり私の獲物盗ろうとして」


 しどろもどろに答えるルーナの元に女性はつかつかとヒールの音をさせて近づくと、テーブルを掌で叩く。大きな音がして、びくりとルーナは肩を竦めさせた。

 テーブルに手を乗せたまま威圧するように彼女はルーナを上から覗き込み、そのせいでルーナの目の前では彼女の豊満な胸が揺れていた。思わず眉をハの字に曲げて、ルーナは顔を横へとずらす。


「獲物って? サンドワームって奴のことか?」


「はぁ? 違うわよ、この仕事の報酬……って、あんた達、何も知らないでこの仕事引き受けたんじゃないでしょうね!?」


 すっかり萎縮してしまい返答しないルーナに変わって、頬杖をついたガーツが彼女に問いかけた。

 すると、今度はキツイ目でガーツを睨み付けて、叫びに近い声を上げる。キーンっと耳の奥が彼女の声のせいで耳鳴りを起こす。頭を軽く振ってから、ガーツは口端を上げて彼女に笑って見せた。


「へぇ、この仕事報酬あんのか、じゃあ俄然やる気が出てきたなぁ?」


「こら、ガーツっ」


「やぁっぱり知らないのね! 降りなさい、あんた達なんかにあれを、七星秘宝ファントム・オペラをあげるわけないでしょ!」


 彼女の一言で、時が止まった。ガーツも、ガーツの行動をたしなめていたルーナも、興味を失って遊び始めていた双子とドラゴンも、彼女に視線を向けたまま固まっている。


「ふん、驚くのも無理はないわ。なんて言っても有名な秘宝なんですから、でもあれはあんた達が使えるような代物じゃ……って、人の話聞きなさいよ、あんた達!」


 彼女の説明ぶった口調を聞いているうちに正気に戻ったルーナ達は、彼女を無視して全員で身体を寄せ合ってこそこそと話し合いをしていたため、女性は赤い髪を逆立てて怒鳴る。

 ルーナとガーツは肩をすくめてそれ以上何も言わず、ソラとシドに関してはじとーっとした目で彼女を見ていた。


「おばさん、あんまり怒ると」


「皺増えるよ?」


 ソラがガーツと同じような表情をしながら呟き、笑顔でその言葉の後をシドがつぐ。


「ぬぁんですってぇえええ!」


 案の定、彼女は怒り狂ったように、声を荒げた。しかし、ソラとシドに襲い掛かる前に、閉まっていた扉が音を立てて開いた。

 今までの流れをぶち破った音に、その場の全員がそちらを見た。扉を開けたのは、資料をたくさん持った男だった。すらりと伸びた身長に、ターバンのようなものを頭に巻き、ゆったりとした布製の服を身に着けている。


「お待たせしました。どうかなさいましたか?」


 淡々とした口調で言いながら頭を下げ、微妙な雰囲気を持つ部屋の様子に男は一人だけ立っている女性に声を掛けた。


「なんでもないわ、さっさと話進めてちょうだい」


 しかし、それ以上争う必要性もない。と思ったのか、情勢は一度鼻を鳴らしただけで、ルーナの前の空いている席へと移動した。そして、資料を持つ彼に視線を投げる。

 男は深々と頭を下げると、席が空いている一番奥のシドの前に資料を置いて、その横のソラの前に立った。


「皆さん、集まって下さりありがとうございます。この度はえー……」


「長い話はいいわ、依頼内容と報酬を教えなさいよ」


 資料を見ながら、ハンカチで汗を拭きつつ説明する男に、ルーナの前に座った女性は脚組をしながら冷たい口調で急かした。頭を下げつつ、男は資料をぱらぱらと捲っていく。


「えぇとですね、依頼内容は枯れてしまったオアシス付近に出現すると思われる巨大ミミズといわれるサンドワームの退治になります。姿を見た者が数名いるので、あの伝説の魔物に間違いないかと……」


「で、報酬は?」


 どんどんしどろもどろになる男に、今度はガーツが促しにかかった。どうやら報酬が気になるらしい様子にルーナは目を細めてガーツを窘める。しかし、ガーツは肩を竦めるに留めるのだった。


「報酬はですね、この村にはそれほどお金や資源などはありませんので、大変言い辛いのですが、物支給となります、はい」


「それって、この村に伝わる、七星秘宝ファントム・オペラっていうのでもいいのかしら? 持ってるわよね、村長さんが」


 頭を何度も下げる男に対して、腕も組み、胸を反らしながら女は傲慢に問いかける。最後の方は猫撫で声で、ルーナはぞわりと立った鳥肌をばれないように服の上から掻き毟った。


「あ、あのぉ、それは村長に聞いてみないことには……」


「そう、だったらあたしは降りるわ。どこから来たかもわからない救世主さんに、後は頼み込むことね」


 ふうっとわざとらしく息を吐いて、女は上に軽く片手を上げてやれやれと首を横に振る。男の顔がサッと青くなった。


「そ、そんな。待って下さいよ、カシュアっ」


「いーや、私を踏みとどまらせたいなら、さっさと村長呼んできなさいよ、あんたのおじい様でしょ?」


 どうやら二人は顔馴染みのようで、カシュアと呼ばれた彼女の態度はとてもでかい。顔はそっぽに向けて手を振りながら彼の言葉を拒否している。


「俺も、七星秘宝って言うのに興味あるな。もし、俺達が引き受けるなら、それ貰いたいね」


 慌てている男にさらにガーツが口端をあげてにやにやしながらはっぱをかける。男は驚いて頭を下げ、いそいそと部屋を出て行った。きっと村長を呼んでくるのだろうと誰もがそう理解する。


「ちょぉっとぉ、どういうつもり? あんた達がどうしてそれを欲しがるわけ?」


「それは――っ」


「秘宝だからに決まってんだろ? ひょんなお宝かもしれねぇじゃねーか」


 目を細めて、彼女はルーナを睨みつける。事情を説明しようと、ルーナが口を開きかけるが、ガーツの腕が目の前に来て止められた。そして、ガーツは彼女に挑発するように本当の理由を隠して挑発する。


「ふぅん? あんた達、変なパーティだけど、秘宝探し回ってるわけ?」


「違うよー、ボクたむぐぐ」


 女が一人一人に視線を巡らしながらする問いかけに、シドが口を挟もうとするも、それをソラが口を押さえて止めた。ソラの方が状況を理解しているようだ。

 ヒーローは内密にやらないととか、シドに説教しているのが聞こえたが、ガーツはそれを無視した。


「まぁ、そんなところ」


「ふーん……強いんだ?」


 女は手を組んでテーブルに肘をつきながらその組んだ手に顎を乗せ、少し前屈みになりながらガーツに流し目をする。

 ルーナの頬が引きつったのをソラは見た。しかし、ガーツは目の前の相手と牽制中のために気づいていない。


「当たり前だろ? 小さいけどドラゴン従えてるんだぜ?」


 宙を浮かんでいたデリィの頭をガシっと掴んで、ガーツは女性に突きつけるように白いドラゴンを向けた。

 彼女は目を瞬いてから、ガーツの腕の中でじたばたともがいているデリィをまじまじと凝視する。そしてにっと口端を上げた。


「へぇ、なかなか。あんただけは気に入りそうよ。他は覗いて」


「そりゃどうも」


 紫の瞳と黒の瞳が交錯する。ガーツがデリィを離すと、怒っているのか、それとも横でぴりぴりとしながら腕を指で叩いてるルーナに影響されたのか、デリィはガーツの手にがぶと噛みついた。

 痛みにガーツはデリィをテーブルの下へと引き摺って降ろし、鞭で縛り上げる。

 女性はガーツの様子を見届けると、ふんっと鼻を鳴らして笑いながらルーナを見た。挑発されていると感じたルーナは目を細めて彼女を睨みつけ返す。


「お待たせしました」


 ピリピリした雰囲気の中、再び扉が開いた。

 先程の男と一緒に、救世主とか言っていた老人がぷるぷるしながら姿を現した。そして、ゆっくりと亀の歩みのごとく一歩一歩進んでくる。


「村長が、本当にサンドワームを倒してくれるなら、こちら、七星秘宝が一つファントム・オペラを差し上げても良いとおっしゃってます」


 一歩一歩杖をついて歩いている老人の横をすっと移動して、男は新たに持ってきた顔くらいの大きさの箱を部屋にいる全員に見せた。

 透明なガラスケースの中に入っていたのは、赤く白い刺繍が入った綺麗な柄のマントだ。折りたたんで入っているため、大きさまではわからないが、布ということはマントに他ならないだろう。昔話で出てくるマントといえば、 五つ目の星が変化したなんでも跳ね返しそうなマントだ。

 これが本物だとすれば、このマントは何かしらの効果を持っているに違いない。ただ、昔話と同じ効果とは限らない。デリィの靴は空を飛ぶ靴と言われているが、実際は空間を飛ぶ道具だ。効果のほどは、使ってみないとそれこそわからないのである。


「いわ、それなら私が引き受けてあげる。得体の知れない人達よりよっぽど信頼できるでしょ?」


 実物を見せられてご満悦の様子で、女は椅子に寄りかかって胸を反らしながら言い切る。ちらりとルーナに視線を投げたのは、挑発以外の何物でもないだろう。


「カシュア、お前一人でできるとは思えん。救世主殿、どうかよろしくお願いしますじゃ」


 しかし、震えている村長の物言いは意外とはっきりしたものだった。それまでご機嫌に笑っていたカシュアという女性は身を起こし、眉を額に寄せながら鋭い目で村長を睨みつける。


「別にあんたに信用してもらわなくてもいいわ。どっちにしろそのサンドなんとかって奴を倒した奴がその依頼達成ってこと。あんな奴等より先にあたしが倒せば文句ないわよねっ!」


 またもやテーブルを叩き立ち上がった女性が一気に捲くし立てあげる。その形相は凄まじい物だ。嫌悪感が露になっている。そして、ふんっと鼻を鳴らしたかと思うと腕組をし、女性は表情を余裕のあるものへと変化させた。


「どっちが先に倒せるから勝負ね。ま、あんた達が場所に付く頃には勝負なんか終わってるも同然。せいぜいそこの老いぼれから話を聞くことね!」


 彼女はなぜかルーナに視線を合わせると、ルーナに指を突きつけて言い放ち、くるりと背を向ける。そして、早々に歩き出して扉まで移動した。


「お兄様、おじい様、後悔させてあげるわっ」


 顔だけを少し向けると、彼女はにっと笑って老人と男に挑発するような台詞を吐き、ゆっくりと扉を閉めたのである。

 思わず閉まった扉を全員が呆然と見ていたため、彼女が去った後には静寂が残った。


「えー、孫のカシュアが失礼しました。救世主様、救世主様もこちらの品をご所望だとお聞きしましたが……」


「あ、あぁ。私達はその秘宝を探しているものでな。よければ譲って頂きたいんだ」


 一番初めに静寂を破ったのは村長だった。緊張していた雰囲気が胡散して、張っていた肩を降ろしたルーナがその質問に答える。ガーツもそれに頷いてみせた。


「そうですか、わかりました。では、ぜひともオアシスのサンドワームを倒して下さい。そうしましたら報酬で差し上げますから」


 村長は言い切ると震わせた体を折り曲げて会釈し、孫である男に何やら伝えると、ゆっくりとその場を出て行ったのである。それを見送ってから、今までシドと小さな声で話していたソラが男の方を見て口を開いた。


「ねぇねぇ、オアシスってどこにあるの? オレ達、ここの地理わっかんないからさー」


「あとあとぉ、サンドワームって何? 巨大ミミズ?」


 さらにシドが質問の追撃を行う。男は箱に入ったマントをテーブルの上に置くと、それまで放置していた資料を漁り始める。


「オアシスは、この村を出てから北に数キロの場所にあります。今は周りの木々は枯れ、泉だった場所はぽっかりとした穴が開いているはずです」


 男は目的の物を探し当てたようで、大きめな紙を四人の前へと広げた。テーブルの上に広がったのは、ここら辺りの地図で、ほとんどが砂で街が点々とある感じなのがよく分かる。

 指で指し示された箇所には、マバ。と記されており、男はここが今いる村だと告げた。そして、そこから北、ルーナの方に指を移動させると、木と泉の絵が書かれオアシス。と記された場所にぶち当たる。


「ここになります。よければ地図は持っていってもらって結構ですので……」


「ふーん、そこまで遠くなさそうだな」


 ガーツが地図を確認している間に、男はまた資料をあさり始めた。そして、今度は古ぼけた紙の束を取り出す。

 紐でまとめられた紙は、一見すると薄い普通の本だ。しかし、色あせた題名をよく見ると、伝記。と記されているのがわかった。


「サンドワームの記述はこちらになります。昔の話になりますが、この地方には小さな砂ミミズという砂の中に生息するミミズがいるんです」


 古びた本をめくり、男は最初のページを地図の上に置いてルーナ達に見せた。そこには、うにょうにょとくねった長細い物体が描かれている。大きさは人間の指の大きさくらいだ。色は白黒のためにわからない。


「これです。これが普通の砂ミミズの大きさでして、サンドワームというのは、これの百倍の大きさがある。と言われております」


「言われてるって?」


「サンドワームというのは古来よりここらいったいの守り神とされているのです。サンドワームがいるところには必ず水が吹き出て、オアシスができると言います。しかし、今回の場合はサンドワームが目撃されているものの、逆にオアシスは枯れ……サンドワームのせいだ。という意見の方が強くなってしまったのです」


 ガーツの促しに、男は肩を落としながら説明をしながら古い本のページをめくり、サンドワームと書かれた絵を見せる。正面には幾重にもひだがあり、それら全てに尖った牙が生えている絵や、人と比べた大きさ等が示されていた。


「特に目撃証言が多発した頃、オアシスの水がなくなりました。関連があると見て間違いないと思います」


 言い切ると、男は本を端に退かして再び地図を全員の視界に晒しだした。そして、資料に挟まっていたペンを片手に、地図へと小さな丸を書いていく。


「目撃された場所は主に、ここと、ここ。そしてここでの目撃が一番多いですね」


 最後にオアシスと書かれた部分の真ん中に二重の丸を書いた。小さな丸は、オアシスを囲むように描かれ、サンドワームと呼ばれる何かがそこに住んでいることを示している。


「他に何か質問はありますか?」


「ねぇねぇ、倒し方ってないのぉ? 弱点とかさー」


 男が顔を上げて一人一人を見回すと、シドがはいはーいと手を上げながら質問を口にした。男は苦笑をして首の後ろを掻く。


「残念ながら、守り神と呼ばれる程のモンスターです。倒した話は聞かないのでちょっとわからないですね」


「ちぇー、超難しいじゃん」


 返答に唇を尖らせたのはソラだった。ガーツも肩を竦めてルーナを見る。決断を任せる。という視線の合図だ。

 ルーナは資料を片し始めている男へと顔を向けた。


「わかった。できるだけのことはやってみよう。地図と、その本を貸してくれないか?」


 こうして、四人と一匹は砂漠に住むと言われるサンドワームを倒すことを承諾し、地図と本を手に入れた。

 見送られるままに屋敷を出ると、ルーナがため息を吐いた。


「疲れる。なんだあの取引は……」


「お前が勝手に話し聞いて進めたんだろー、引き受けたもんはしっかりやれよ」


 頭を振っているルーナに、ガーツは頭の後ろで手を組みながら、ぶっきらぼうに言い放った。顔はによによと歪んでいる。


「困っていそうだったから……だな」


「あぁいうのはな、村の中以外の奴が居れば誰だっていいんだよ。お願いして引き受けてもらって、あわよくば助かればいい。って考えなんだっつーの。見ただろ? あっちの精鋭女一人だぜ? しかも、多分踊り子」


 言いよどむルーナに追い討ちをかけるように、ガーツは言葉を浴びせる。しかも、肩を竦めてやれやれと首を横に振り、馬鹿にしているのは明らかだ。


「でもさー、ルーねぇのおかげで七星秘宝見つかったじゃん!」


「ソラ、お前はどっちの味方なんだよ」


 ルーナに対して助け舟を出したソラにガーツは鼻頭をぐりぐりと指で押して諌めた。嫌がるようにソラは顔を横に振って、ガーツの手から逃れる。


「ルーねぇの味方に決まってじゃんっ」


「お前っ……だいたいなぁ、あれが本物かどうかもわからねぇのに、躍起になる方がどうかしてんだ。倒し方も弱点もわからねぇのを倒しに行くなら、盗んだ方が数倍楽だってー」


「ガーツ!」


 ソラの返答に頬を引きつらせながらもペラペラと危ないことを言い出すガーツに、今度はルーナが食って掛かった。うぅっと低く唸って威嚇している。

 ガーツは肩を竦めると、それ以上何も言わずに歩き出す。


「ガーツにいもルーねぇも、どうしたんだろうねー。やたらと相手に突っかかってるよ、ソラ」


「ばぁか、お年頃って奴だよ」


 黙ってガーツの後につくルーナ達の背中を見ながら、シドとソラはこそこそと話し、話し合いで二人のちぐはぐな言い合いに納得した。デリィはそんな双子の顔を交互に見たのである。


「ソラ、シド、行くぞ。お前達が実践で修行するんだぞ」


「うぃーっす、師匠ー」


「らっじゃー、師匠!」


 いつまでもこそこそしてその場から離れない二人に、ガーツが声を掛けるとソラとシドは口々に返事をしてデリィと共に二人の背中を追ったのだった。




 村の出口から歩いて数十分。方向感覚がわからなくなりそうな砂地を歩き、村が豆粒程度になったところで、目的の場所に到着した。

 村の副長が言っていた通り、オアシス跡は大きな窪地になっている。だが、周りにはまだ低い木が残されていた。大きな木は葉がついておらず、大木だけが聳え立っている。


「あーら、遅かったのね。待ちくたびれちゃったわ」


 オアシスを観察していると、ルーナの後ろから嫌味な声が飛んでくる。目を細めて、後ろの相手をルーナは見た。

 案の定、長い赤髪をなびかせて、仁王立ちしている女性の紫色の瞳と目があった。先程、村長の家ででかい態度を取っていた女性だ。


「誰も待ってくれ。とは一言も言ってないだろ? さっきは聞かなかったが、貴様一体何者だ?」


「それはこっちの台詞ね。あんた達こそ何者なのよ? 人の噂によると、突然街の中央に姿を現したとかなんとか。マジシャンや大道芸の人達なのかしら?」


 ルーナの返答には答えず、質問を質問で返してくる女性は、近づいてくると身を屈めて下からルーナの顔を覗き込む。女二人の間にバチバチと火花が散った。


「うわぁ、こえー。女の戦いだぜ、シド」


「だねー、でもルーねぇの負けだよね。こっちのねーちゃんのがおっぱい大きくて色っぽいよ~」


 子どもの率直な意見は実に声が大きくまる聞こえだ。赤髪の女性は腕組をして勝ち誇り、ルーナはショックを受けて胸元を隠している。


「胸の大きさなど関係ないだろっ」


「あーら、やっぱり貴方女だったので。胸がなくてどっちかわからなかったわぁ?」


 子どもに言い返すルーナだったが、目の前の相手はさらに嫌味ったらしくとどめを刺しにきた。どうにもショックが拭えないルーナは押し黙ってくっと喉を鳴らすしかない。


「どうでもいいが、あんたがここにいるってことは――」


「どうでもいいだと!?」


「ガーツにいは胸ない方が好みなのかなぁ?」


「メモっておけよ、シド」


「喧しいっ!」


 話を進めようと声を掛けたガーツだったが、ルーナ、シド、ソラに何故か邪魔される。ソラとシドの頭を掴んでガツンとぶつけ合わせると、こほんっと咳をして全員を見回す。彼の表情が真剣だったため、騒いでいた全員がその場で口を噤む。


「お前等少しは落ち着いて話したらどうだ? いつなんどき敵が現れるともわからない場所で喧嘩してっと、いざっていう時に足引っ張られるんだからなっ」


 いらいらとした口調で、ガーツは指で腿を叩きながら愚痴愚痴と言い出す。先程騒いでしまった手前、全員大人しく彼の言い分を聞きはしている。が、難しい顔をしているのが数名いるため、理解しているかはわからない。


「とにかく、あんたがここに居るってことは、ここがサンドワームが出るポイント、オアシスってことだな?」


「そうよ。ここでの目撃が多いって聞くわ。ちょうど、この窪みの深い部分に奴は顔を覗かせることが多いらしいの」


 とりあえず話を進めようと、結局正面から睨み合うのは止めたものの、横目で睨み合ううちの一人、赤髪の女性にガーツは話を振った。女性はガーツの問いにはあっさりと答えてくれる。


「それで、貴様はいったい何者なんだ?」


「あらぁ? 人に聞く前に自分が名乗るべきじゃないのぉ?」


 間延びして馬鹿にしたような口調で、あげくの果て鼻を鳴らして女性はルーナの質問を一蹴する。あまりの態度の違いにルーナは歯軋りをして今にも襲い掛かりそうな勢いだ。

 ガーツはつかつかと二人に近寄って間に入ると、女性に向かって手を差し出した。


「俺はガーツ。七星秘宝が一つ、ライカンス・ウィップを操るものだ」


 あっさりと自己紹介をするガーツの手を女性が掴もうとした瞬間、ルーナは彼の耳を思いっきり引っ張った。痛さに顔が歪む様子が見て取れたが無視だ。

 ルーナはガーツの耳を引っつかんだまま顔を寄せる。


「貴様、どういうつもりだっ。こんな身も知らぬ相手に七星秘宝のことまで名乗る意味はあるのかっ?」


 女性をちらりと見ながら、こそこそと聞こえない音量でガーツを問いただす。ガーツは耳を掴むルーナの手を払うとはぁっと大きく息を吐き、彼女の方に顔を向けた。黒い瞳がルーナを凝視する。


「あのなぁ、もし村長の七星秘宝が本物だとして、誰がそれを使うんだ? 星によってだいたい使用者は引き付けられるもんなんだよ。そうすると、どう考えてもこの女が、七星秘宝の所有者になる確率は高いだろ?」


「なっ」


「わかったら離せよ」


 無意識に逃さまいとしていたらしく、ルーナはガーツの腕を掴んでいた。

 説明全てに納得したわけではないが、自分よりも七星秘宝のことに詳しいガーツからそう言われると、ルーナはぐうの音も出ない。しぶしぶ押し黙って、事の成り行きを見守るより他なかった。


「で、こっちはレジャー・シャープの所有者でルー、そっちのガキ二人はソラとシドって言ってレブラ・ポーンの所有者だ」


「ふーん、みーんな七星秘宝の所有者。ってことね」


「あぁ、この白いドラゴンも持ってるからな」


 女性は品定めをするように目を細めて一人一人を頭から足の先まで視察する。そして、ふっと笑みを零すと、ガーツに対して手を差し出した。


「あたしはカシュア。本物の七星秘宝、ファントム・オペラの所有者よ」


 よろしく。とガーツとカシュアは手を握って挨拶をする。ソラとシドが、七星秘宝を持つというカシュアの言葉に、彼女へと近寄っていく。


「本物ってー?」


「あれ偽者なのか、ねぇちゃん」


 左半分がほぼないスカートをくいくいっと引っ張って、二人の子どもは彼女にアピールしながら問いかけた。

 カシュアはにっと笑って、そのスカート指差す。


「本物はこっち。あんた達が触ってる綺麗な布よ。あれはね、代々語り継がれているだけの真っ赤な偽物。レプリカでもなんでもないの」


 わぁ、とか、すげぇ! とか、ソラとシドは声を上げて自分達の触れていたスカートをマジマジと見ている。

 双子をよそに、ルーナは一人、警戒したように彼女へと視線を投げた。


「なら、どうしてその偽物を欲しがるんだ?」


「貴方には関係ないでしょう? それより、そろそろあいつが現れる時間よ。覚悟はいい?」


 しかし、やはり彼女はルーナの問いにはいっさい答えない。鼻を鳴らして拒絶される。そして、話しを区切って視線を窪みへと移動させる。

 彼女が言う通り、そこには何かが居た。全員が感知できるほど、しっかりとした影がくぼ地の中で動いているのだ。


「あいつはね、太陽がちょうど真上に登る頃、姿を現すの。まるで太陽を追いかけるように出てくるけど、動くものに気づくとそっちを襲ってくるから気をつけて」


 じりじりと照りつける太陽の中、カシュアは真ん中に浮かぶ太い影に集中しながら情報を提供する。ガーツもルーナも腰から各々の獲物を手に持つ。

 しかし、双子は興味津々で、すたこらと歩いて窪みの縁まで行き、すれすれのところで中を覗き込みに行く。人の話をまったく聞かない様子にカシュアが舌打ちをした。


「あんた達、早くもど――っ」


 戻れ! っと叫ぶはずだったカシュアの口が、開いたままの状態で固まる。目が丸くなって、ソラとシドを覆う影へと移動した。

 目の前に現れた影をなんと説明していいか、ルーナにはわからなかった。窪みは深さがだいぶあり、こんなにも早くその巨大な長いそれがここまで伸びてくるとは思わなかった。しかし、その砂よりもピンクがかったそれはルーナ達の、ソラとシドのすぐ目の前に伸びてきていた。

 丸みを帯びた部分が花が開くように数個にぱっと別れる。あっという間だった。形はあの古い書物に載っている物と同じで牙が生え、奥が空洞になっている。

 そして、悲鳴をあげる前に、ソラとシドの真上からその空洞が落下する。すぐに走り出したのはガーツだった。ルーナとカシュアがガーツの動きにはっとする。しかし、すでに遅かった。ガーツが双子に到着すると、同時に彼らは肉塊の中に捉えられ、姿が見えなくなってしまったのだ。

 太い肉の塊が後ろへと引き上げてく。上がったそれの口の中へは既に奥へと飲み込まれていく三人の姿があった。


「ガーツ!」


 叫んだのはカシュアだった。腰元に巻いていた布を取り外し、中へ中へと飲み込まれていく間もこちらを見ていたガーツへと、その布を投げたのだ。七星秘宝が一つ、ファントム・オペラはまるで意思があるかのように円を描いて大きな口へと飲み込まれて行く。

 牙がずらりと並んだ口はマントを飲み込むと口を閉じた。そして、物凄い勢いで後ろへと、砂の中へと交代して消えていく。


「ガーツ、ソラ、シド!」


 呆然とカシュアとガーツの遣り取りを見ていたルーナの震え固まっていた身体が、ようやく動き出して、砂に消えかけているそれを追いかけようとした。しかし、腕を誰かにつかまれて引き戻されてしまう。


「何をするんだっ!」


 腕を掴んだ女性、カシュアにルーナは振り向いて食って掛かった。眉を寄せて目を細めて威嚇しているルーナに対して、カシュアは冷静に彼女を見ている。


「今向かったところであんたも一緒に腹の中に入るだけだわ。ここはね、蟻地獄と一緒なのよ。下まで行けば見えない敵に食べられる……それでもあんたは助けられるっていうの?」


「行ってみなきゃわからないだろ!?」


「わかるわよっ! 腹の中じゃ身動きが取れないのよ? 圧迫してくる壁に武器なんか使えない、そんな状態でどうやって助けるっていうのよ!?」


「……でも、じゃあ、どうすれば……」


 言い返したが、カシュアの勢いの方にルーナは押されてしまった。その紫の目は尋常ない程燃え、真実味を帯びていた。まるで、彼女が体験した話だと錯覚するくらいに。


「毎日あれはあぁやって登ってくるわ。どうしてかはしらないけど……助けるならその時が勝負」


 カシュアはもうルーナを見ていなかった。砂地に消えたそれを見るように遠くを見つめている。


「それまで無事だろうか……」


「大丈夫よ、ファントム・オペラがあれば、どんなものでもガードできるわ。あたし達は、明日のこの時間にここに来ればいいの。貴方の宿はそうね、あたしの部屋の一角を貸してあげるわ。作戦を立てましょう」


 不安げに彼女の視線を追ったルーナに、カシュアは振り向いてにっこりと笑う。さっきまでの嫌味さはどこかへ吹き飛んだように優しく、爽やかな声がルーナの耳に届いた。

 驚きに目を瞬いて答えを保留しながら見つめるルーナにカシュアはにっと意地の悪い笑みを一瞬浮かべた。ぞわりと立った鳥肌に、ルーナの眉間に皺が寄る。


「いいじゃない、七星秘宝のこと教えてよ、ルーナ王女」


 カシュアの声は甘ったるいものに変わっていた。肩を叩かれ、すれ違いざまに囁かれた言葉に、ルーナの背筋が伸びる。カシュアは変わった様子もなく、元来た道を歩き出す。

 ルーナも、砂浜の窪みを一瞥すると彼女の後を追った。信用するべきか否か、彼女が何なのか、知っておきたい気持ちが強かった。





 カシュアの家に着く頃には日はとっぷりと暮れていた。と、言うのも、食料品や、もしガーツ達を助けられた時に応急手当ができるような薬や包帯、水などを買い込んでいたからだ。

 壁際に追いやった思ったよりも多い量の荷物を見て、ルーナはげんなりする。持って行くのは自分ひとりなのだから。

 カシュアの家は、村長とは別に街外れの建物の二階。小さな小部屋だった。小さいと言っても、何故かベッドは二つあるし、テーブルも設置されている。後は小さなキッチンが端についている部屋だ。

 扉よりも奥の方に、ルーナは案内され、引き摺ってきたみんなの荷物プラス買いこんだ荷物で、ほぼベッドを降りると足場がない。


「さて、と。ルーナ王女、なんで子どもやらを引き連れて、旅してんのよ?」


「……それより、なぜ私が王女だと……?」


「質問を質問で返すのね、あんたって」


 腕組をしてふんっと鼻を鳴らすカシュアに、ルーナの頬が引きつった。

 ルーナの表情にカシュアはにっと笑ってから肩を揺らすほど笑う。それが、さらにルーナの気に障ったのだが、話し出そうとする雰囲気に、あえてそこは口を閉じた。


「しかも、世間知らず。あんたのことなんて、すぐ噂として広がるわ。王女ルーナは、恋人ラッシュの後を告ぎ、男一人と子ども二人、そして白き龍を従えて混沌となる世の中を救うためにお忍びで旅してる。って。ね。」


「……そんなにすぐに情報が飛び交うのだな。私は王女を捨てたつもりなんだが」


 ルーナがパサリと被っていたフードを取ると、灯りで金色の髪が輝く。思わずカシュアは息を飲んだが、彼女の言葉にくすりと笑い、なんでもない風を装った。


「捨てるねー。無理じゃないの? あんたは結局どこ言っても世間知らずのお姫様。誰がどう見てもその髪と眼は、貴方以外いないわ」


 笑っていた声が徐々に真剣みを帯びてきて、ルーナはカシュアを見た。反対のベッドに膝を抱えるように座りながら、自分の髪を手櫛で梳かしている。ルーナの方は見ていない。


「私は……王女ではなく、英雄になりたいんだ」


 カシュアに言ったわけではないのかもしれない。ルーナの声は呟きのような静かな声で、言い切るような言葉だった。それでも二人しかいない狭い空間には十分カシュアに届く大きさで、ぴくりと彼女の肩が反応する。

 ふんっと鼻を鳴らす音に、まだカシュアが発言してもいないのに、ルーナは嫌な雰囲気を感じ取り、額に皺を寄せた。


「それで、従者集めてるってわけね? 七星秘宝を持ってれば、昔話でいくらで丸め込めるもんねぇ?」


 思ったとおり、彼女は何かを勘違いしたらしく、嫌みったらしく見下したような目でルーナを見てくる。

 何故か彼女は自分を嫌っている。ルーナにもいい加減その実感が沸いてきた。


「……違う。と言っても信じてくれないか?」


 ルーナは苦笑して問いかけた。なにせ自分を嫌っている相手である。必死に否定しても受け入れてくれないことさえあるだろう。とルーナは思ったのだ。


「あら、別に信じなくはないけどー。ちゃんと話してくれるならね」


 しかし、考えていたよりもあっさりとカシュアは笑って促してくれた。ベッドに横になってルーナの方へと肘をついた両手に乗せた顔を向け、ころりと首を傾げる。

 警戒しすぎていたようだ。っとルーナも肩の力を抜き、笑みを零れさせた。


「じゃあ……」


 そして、ルーナはカシュアに話して聞かせた。ガーツとの出会い、ソラとシドとの出会い、そしてドラゴンとの出会いと、七星秘宝の力について、カシュアはうんうんっと頷いて話の流れを促してくれ、特に皮肉も途中で含まれることはなかった。

 ただ単に彼女は本当のことが知りたかっただけで、いきなり外から来た人を警戒していただけじゃないのか。とルーナが思い直す程だった。


「ふぅん、じゃあ、七星秘宝は互いに引き合う性質を持ってるのかしら?」


「え?」


 話を終えて、不思議そうにぽつりと疑問を零すカシュア。ルーナは目を瞬いている。今まで考えたこともなかった。という顔だ。


「やーねー、いくら探したって、そんなすぐに見つかったり出会ったりできるわけないじゃない。お尋ね者や、捜索者だって、見つからない時もあるわ。それなのにあんたは旅に出てから四つもの七星秘宝に出会っているのよ? 不思議に思わないの?」


「……星が導いてくれてるのか。早く月を助けなくてはならないからな、嬉しい限りだ」


 それも星や月の加護に違いないと頬を緩めるルーナにカシュアは不満そうに唇を尖らせた。釣りあがった目元や言動に惑わされていたが、彼女もまだ十分若いのだろうと表情を見てルーナは思った。


「なぁ、今度はカシュア、お前の話をしてくれないか? ガーツやソラ、シドがなんで無事でいられるとあの時わかったんだ?」


 先程もまでわきあいあいと楽しく話していたのに、ルーナの質問にカシュアは口を閉じた。視線を下へと反らす。どうも、言いたくないようだ。


「カシュア?」


「……ファントム・オペラがあった場所、検討つくかしら?」


 それでも名前を呼んでみると、カシュアは顔を落としたまま、無機質な声で質問を返してくる。何か、関係があるのかと、額に皺を寄せて、ルーナは首を横に振った。


「いいや」


「ファントム・オペラはね、あの巨大ミミズの中にあったのよ。小さな女の子と、一緒に……ね」


 カシュアが顔を上げた。濃い紫色の瞳の奥が揺らぎ、一心にルーナを捕らえている。カシュアの真剣さは、声も重く、特に突き刺さるような視線が相手を蹴落として、話へと引き込んでいく。


「あたしがあれと出会ったのは、一年くらい前よ。まだ、暴れてなんかいなかった……人を襲う物じゃなかった」


「それは、どういう……?」


 カシュアが息を飲んだのがわかった。台詞が止まり、重い雰囲気が辺りを支配する。村長は数ヶ月前にオアシスの水がなくなった。と言っていた。ルーナは、カシュアの話はそれに関係するような気がした。

 だから、ゆっくりと息を吐いて、こちらも真剣だと伝えるためにルーナは表情を引き締める。

 真剣な表情のルーナにカシュアは眉尻を下げ、仕方なく口を開いた。


「太陽に上って行く行動はしていたわ。湖の中からね。けど、人を襲うようになったのは、数ヶ月前、あたしがとある剣士と一緒にそいつを退治しにでかけたの。理由は単に強そうだったから、力試しをしたかったのよ」


 理由を聞いて、ルーナの胸がどきりと鳴った。聞いたことのあるような理由に、内容。もしかしたら自分は、この話を知っているかもしれない。そう思った。あの人から……。

 彼は確かこう言っていた。街で出会った魔導師と一緒に、神と噂される魔物を退治にでかけたのだと。


「あたしは、魔導師と呼ばれる部類に属する踊り子よ。と、言っても貴方の方では馴染みはないかもしれないわね、北東の方の文化だから。その時は、あたし、北東の魔女と呼ばれる人達に魔術を教えてもらって完璧だと思ってた。」


 そうだ、北東、雪が降り、とても寒く山々がひしめく場所だ。そこには特別な力を持った人がいるのだとラッシュが楽しそうに話していたのを、ルーナは思い出す。ヴィーダの魔法とはまた別の物で、魔術は魔物を召還したりする力が主だ。


「まぁ、その人もね、強さを求めていたから意気投合して、北東からここまで一緒に帰ってきたの」


「北東から……」


 ルーナの胸がちくりと痛んだ。針か何かで刺されたような痛さだ。ここまで話されたら、ルーナは確信するしかなかった。カシュアはわざと彼の名前を言わないのだろうが、一緒にここに来た。という剣士はラッシュのことだろう。聞いた話とほんど一致している。

 しかし、カシュアはルーナの繰り返した言葉を促しととったようで、なおも話を進めてきた。


「それから、あたし達はさっそくオアシスへと向かったわ。剣士が持つ剣で、あっさりとあれは切れた。割れた中から出てきたのは、銀色に輝く布に覆われたものと、無数の骨だったわ。」


 そうだ、そして、銀色に輝く布の中には……。カシュアの声と、ラッシュの声が重なって聞こえるような錯覚をルーナは覚えた。しかし、なぜか話を止めることはできなかった。

 その続きは知っている。けれど、聞きたかったのかもしれない。ルーナは、カシュアの口から目が離せなくなっていた。


「けど、割れたそれがくっついて再び襲ってきたの。何度も何度も切ったし、あたしはサラマンドラという炎の魔物を呼んで燃やしたわ。けど、それはいくらやっても復活するの。あたし達の体力も限界に達して、仕方なく出てきた銀色に輝く固まりを二人で持ち帰ったわ」


 カシュアは、視線の合わないルーナへと顔を覗き込んで紫色の瞳をかち合わせた。視界に入ってきた色にぴくりと体を跳ねさせてルーナが反応する。


「その様子だと、解ってるみたいね。そうよ、銀色の布っていうのは、ファントム・オペラだし、剣士というのは貴方がよく知ってる、英雄ラッシュのこと。じゃあ、ファントム・オペラから出てきた少女の話も聞いてるわね?」


 淡々とした声に変わったカシュアの言葉に、ルーナは力なくかくりと頷いた。

 銀色の布から出てきた少女は、無傷のままだった。けれど、銀色の布から出てきた少女は、時の支配から逃れられずに……徐々に老いて、骨になった。たった数分のうちに彼女に時は戻っていったのだ。


「ラッシュさんは言ったわ。星の力を上手くコントロールできれば老いることを食い止めることができる。って。包まっていた時は星の力で満たされていたから、食い止められていたけど、外に触れてコントロールできなくなったんじゃないか。って。なんでもお師匠さんがそういう人だったとか」


 ヴィーダ師匠のことを言っているのだと、ルーナにはすぐにわかった。彼女は嘘を言っていない。だから、今の状況で確実なことが一つ言える。

 ルーナは、苛立つ自分を押さえ込もうと、現状の方へと意識を向けた。


「だから、何時間でもガーツ達はファントム・オペラに包まれてさえいれば生きていられるってことだな?」


「そういうことよ。意外に冷静ね、貴方」


 気に食わない。っと言われたようだった。鼻で笑われ、冷たい視線を感じ、ルーナの胃に重たいものがずしっと何かあるみたいな感覚に陥る。

 なんとか気丈に自分を保って、ルーナはカシュアに視線を返す。


「……私をからかっているのか?」


「そういうことじゃないわよ。びっくりしただけ……でも、その後のことは、知らないでしょう?」


 低く、すごむ様な声色にカシュアは肩を竦めて頭を横に振った。少し気まずそうに眉尻を下げたものの、改めてルーナの金色の瞳を凝視し、話の続きを繰り出してくる。

 ルーナは平常心を保とうとしているはずなのに、声は不機嫌なものになるのを止められず、首を横に振りながら端的に答えた。


「……知らないな」


「帰ったからね、貴方の元に」


「…………」


 カシュアの言葉に今まで重たく胃に居続けた何かが、急に軽減する。ふっと表情が緩んで肩眉が上がった。

 にっとカシュアが笑みを浮かべてみせる。それを見て、彼女には全て見通されていたような気がした。ルーナは苦笑う。

 カシュアは前のめりになって、ルーナに釘付けになっていた身体を少し起こし、そっと口を開く。


「その後よ、何故かオアシスの水が枯れ、あれが近くにいる人を襲い始めたのは。でも一人襲うと数週間は、人を襲わない。だから、あたしは思ったわ、その昔、きっとここの人達はあれに生贄を与えていたんだって」


「確証があるわけじゃないんだろう?」


「あったわ。昔話として語り継がれているのよ――」


 そう言って、カシュアは昔話を語ってくれた。

 ファントム・オペラを身に着けた少女が、あの魔物と戦い、ボロボロになるまで昼夜戦い続けた。けれど、力適わず、少女は最後の力を振り絞り、自らが食われる際に、せめてあれが二度と人を襲わないようにと内側から魔法をかけたのだ。そして、二度と人を襲わなくなった魔物は、少女と共に祭り上げられた。

 だから、あれはこの村の人々にとって神とあがめられる魔物になっているのだと言う。


「……あたしとラッシュさんが、それを取ってしまったのよ。消化されないファントム・オペラはずっと腹の中に居たから役割を果たしていた」


 頭が垂れて、言葉が止まった。それなのに。っと切羽詰ったような、押しつぶしたような声がカシュアから漏れる。

 ルーナは無言のままカシュアを見つめていた。ふっと息を吐いてカシュアは同じ言葉を繰り返す。


「それなのに……あの日、まるで引き寄せられるように出会ってしまった。あたしはあの日から、ファントム・オペラの所有者になったの。だから、絶対にあたしがあいつを倒すって決めてる」


 カっと釣り上がった眉、意思の強そうな紫色の瞳が上がった。ルーナの顔を凝視する。


「邪魔は、誰にもさせない。例え、ラッシュさんの意思を告ぐ、貴方だからって、あたしの邪魔はさせないわっ!」


 この時、はっきりとカシュアの敵意がルーナに届く。紫色の瞳がまるで燃えるように深い色を醸し出し、金色のルーナの瞳を見つめてくる。

 なぜ、カシュアが自分に対して敵対心を持っていたのか、この時、ルーナはようやっと気付いたのだ。


「……なら、私は貴様のサポートに回ろう。私はあいつらを助け出せて、貴様が共に私の敵と戦ってくれるというなら、それでいい」


「助け出すのは約束するわ。けど、後半は……戦ってから考えさせてちょうだい。ルーナ王女」


 視線を逸らして、カシュアはルーナに背を向けた。そして、そのまま布団にもぐりこんでしまう。ルーナは、わかった。っと彼女の背中に伝えてから、そっと電気を消した。

 刻々と静まり返った暗闇が、過ぎ去って行く。






 太陽が真上に昇った頃、オアシスがあった場所に影が二つ存在していた。フードを被ったルーナと、露出の高い服を身に着けているカシュアだ。


「それで、助けるまでは私が主でいいんだな?」


「えぇ、大丈夫よ。それまでに私は召還するための気を溜めるわ」


 目で合図しながら、これからの作戦を口にする。カシュアが頷いたのを見て、ルーナは腰に差した剣を抜き取る。

 細く長いそれを空に掲げると、太陽の光を辺りに反射させて眩しく輝いた。そして、カシュアが時間だと小さく呟いて合図をすると、昨日同様、窪んだ底から、得体の知れないそれが顔を出した。

 すぐにその大きな魔物がルーナの剣の光に気がつく。一瞬にして大きな身体を砂から這いださせて、ルーナの目の前へと迫ってきた。


「気が立ってるわ! またファントム・オペラを取られると思ってるっ」


 カシュアの警戒する声を耳で捕らえながら、ルーナは砂を蹴って後退する。地面よりも柔らかい砂に脚を取られるものの、剣に引っ張られるように、巨大なミミズらしきものと距離をとった。

 ルーナの心情は静かだった。波が立たない海のような静寂。ただ、剣に意識を集中させ、目を敵から離さない。脚は砂を蹴って、長い胴体の横へと回り込んだ。

 何処かに居るはずだ。彼らが。


「他の七星秘宝、我が剣レジャー・シャープに応えよっ!」


 口から言葉が滑り落ちる。まるで、自分が言った台詞ではないかのように、低く、響くような声が空気を振動させた。

 声に反応し、目の前の巨大な身体が波打って、移動してこようとするのがわかる。しかし、それよりもルーナの目には、強く強く光を発する何かが映っていた。巨大な桃色の身体の一部が、太陽よりも輝く金色の光で満たされている。


「そこだっ!」


 確信した。と、同時に重い砂を蹴り、剣に上へと激しく引っ張られる。だから、ルーナの体は思ったり高く宙に浮いた。

 自分の身長を優に超える高さ、一瞬足元の感覚に物怖気しそうになるルーナだったが、剣から伝わってくる支配的な圧力に飲まれた。ただ、目の前のそれを斬る。その強固な意志だけが頭を支配したのだ。

 ルーナには自分の腕がどう動いたのか、わからなかった。ただ、斬るために動かしたことだけが、後に感覚として残っただけだ。地面に着地すると、ルーナはすぐさま後ろを振り返った。

 金色に光る輝きが、細切れに切られた肉片の間から覗き、下へと落ちる。金色の輝きが薄れて、徐々にそれが銀色の塊だということがわかった。


「ルーナ!」


 体内から零れ落ちたそれに目を奪われていて、ルーナは周りの状況に気がつけなかった。カシュアの叫び声で、ようやっと斬った物の頭の部分の行動に気付いた。大きな口を開け、ルーナへと襲い掛かろうとしていたのだ。

 身体を斬ったところでダメージはまったくない。というほどの動きで、呆然としていたルーナへ迫る。しかし、彼女の視界の横では白く小さな物体が動いていた。


「きゅーい!」


「デリィ!」


 今まで何処へ行っていたのか、小さなドラゴンが、巨大なミミズに羽をバタつかせて近寄って来ている。なんとか攻撃しようと、爪で巨体を蹴っているのだが、感覚もないのか、まったくデリィの方をミミズは向かない。

 そして、巨大なミミズがルーナを飲み込もうと砂漠にダイブした。その時、ルーナの腕が物凄い勢いで引かれた。

 砂が飛び散り、ルーナの視界は少しずつ砂の嵐から遠ざかっていく。

 しかし、砂の中に沈む巨大な生き物が起こす風に、デリィは耐え切れなくなり、あっけなくどこか遠くへ飛ばされていった。叫び声が徐々に小さくなっていくのを、ルーナはぽかんと見送ってしまう。どう見ても一回目の二の舞になっているようで、飛んでいくデリィの目には涙が浮かんでいた。


「ぼーっとしてるんじゃないわよっ!」


 カシュアの叱咤に、ルーナははっとする。よく見ると、腕を掴まれて、ルーナはカシュアに引きづられていた。カシュアが乗っているのは、黒い塊。身体はそんなに大きくはないが、脚が早い。そして、銀色の瞳がぎょろりとルーナを見てきた。

 どうやら、獣。毛並みはしっとりとした、猫のような動物に見える。


「す、すまない。斬ったまでは良かったんだが……」


 カシュアの腕を狩り、逃げるように走る獣の背中へ上ると、ルーナは後ろを一瞥した。砂の中から顔を出した巨大な魔物が追いかけてくる。

 獣はカシュアの手さばきで、あちらこちらへと曲がりながら走る。途端、急停止をする。予想谷しない行動にルーナは勢いのまま、背中から放り出された。砂の上を転がる。


「ファントム・オペラからあいつ等を助け出しなさいっ! あたしは、一人であいつを倒すわ!」


 なんとか止まって砂まみれの身体を起こすと、鋭い眼光のカシュアと目が合った。一気に捲くし立てて、カシュアは乗っている獣を方向転換させてミミズを引きつける。すぐにルーナから遠ざかって行った。

 言われた言葉を頭で数回繰り返し、ルーナは辺りを見回す。ルーナが居た場所は、先程あの巨体を切った場所だった。その証拠に、近くに銀色の塊が転がっている。

 すぐさまルーナはファントム・オペラに駆け寄った。そして、ぎゅっと一箇所を掴むとぐいっと力を込めて引く。布は力で引かれたというよりは自分で開花するように開け、中にいる人物達が姿を現した。

 全員目は開いておらず、ファントム・オペラの上にぐたりと身を横たえている。


「ガーツ、ソラ、シド!」


 ルーナは彼らの名前を呼んで、一人ひとり肩を掴んで揺さぶった。

 初めに薄っすらと目を開けたのはガーツだった。黒い瞳がルーナの金色の瞳を見つめ返す。身体がだるいのか、頭を押さえながらガーツはゆっくりと身を起こした。


「……――ぁ」


 何か言おうとしるのだが、声が出ない様子にルーナは慌てて自分の肩から提げていたバックの中へ手を突っ込む。そして、ボトルに入った水を、彼に差し出した。受け取るとガーツは水に口をつける。ごぽおぽと水が減る音がした。


「はぁ……ったく、来るのおせぇんだよっ!」


「う、うるさいっ。干からびてないんだから良いだろ!? それより、ソラとシドにも水をやってくれっ」


 ガラガラとした声だったが、やっと出た声でガーツはルーナに感情をぶつけた。それに対して、ルーナも言い返し、未だ目を開けない双子に貴重な水を飲ませるようにガーツに言い放つ。

 そして、鞄をガーツの元に置くと、ルーナは砂漠を見回した。


「もし足りないようなら、オアシス付近にあるソラとシドの鞄からいろいろ取り出してくれ。私はカシュアの手伝いをしてくるっ」


 戦っている場所はすぐにわかった。四人からだいぶ離れた場所だ。カシュアは今度は大きな黄色い土の塊のような物に乗って、巨大なピンク色のミミズと戦っている。拳をたたきつけて粉砕しても、ミミズはすぐにもとの形に戻り、カシュアへと迫っていく。

 ルーナは剣を持ったまま駆けた。しかし、不安は頭の中を駆け巡っていた。カシュアは言っていた、ラッシュと共に戦ったが、勝てなかった。っと。

 今、同じ魔法、同じ武器で戦って、果たして勝てるのか? その不安が胃にずーんと重い重石を背負わせてくる。

 視界に入ってくる情報は、やはり巨大な石の人が巨大なミミズを粉砕するも再生する。その繰り返しでしかなかった。剣で斬った時もそうだった。斬れはする。でも、ダメージには繋がらない。

 どうしたら目の前の敵を倒せるのか、走りながらそればかりルーナは考えていた。

 再生能力の高い魔物。昔の文献でトロルという人型の大きな魔物がその力を秘めていたという。倒す方法は、再生能力よりも先に全てを破壊すること。焼き尽くしたり、破裂させたり、全てを粉々に粉砕する。もしくは、特殊な能力で再生能力を司る部位に逆のことをさせるように暗示をかける。すると全てが腐り落ちて消えてしまうはずだ。しかし、ルーナには全てを破壊する力も、特殊な能力も備わっていない。

 そうこうしているうちに戦っている場所に到着してしまった。考えなど、まとまっていない。額から汗が流れ落ちる。手の先が冷たくなったが、ぎゅっと剣の柄を握り締めて、ルーナはピンク色の巨体に斬りかかる。


「ちっ、カシュア! 勝つ方法は!?」


 斬れはする。しかし、やはり再生する目の前の桃色の巨体にルーナは思わず舌打ちをした。そして、襲いくる尻尾を避けながら、石の巨人の下へと移動し上を見上げてカシュアに叫ぶ。


「言ったでしょ? 昔話でも封印することだけが唯一の方法だって! それ以外の方法なんて知らないわよ、でも、倒したいのっ! 邪魔しないでっ!」


 石の巨人の足が動いて、ルーナを踏み潰そうとする。瞠目しながらも、ルーナは剣に引っ張られてその攻撃を避けた。砂飛沫が飛ぶ。

 剣はだいぶカシュアから離れさせたかったようで、手の届く距離よりも遠くにルーナの身体は移動していた。そこから見える全体像は、がむしゃらにただ攻撃するカシュアの姿と、何度も再生を繰り返す敵で、勝敗は明らかに見えた。


「ルーねぇっ! 大丈夫~?」


「でっかい奴だなー、あれ!」


 元気な声が後ろから飛んで来て、ルーナはそちらを振り返る。するとくりっとした青い目が四つ。ソラとシドが立っていた。

 二人はルーナの存在を確認するように手にぺたりと触れ、少し遠くでの戦いを目を瞬きながら傍観している。

 悠長な二人にルーナの焦っていた心が徐々に溶かされて行く。張った肩を降ろし、ルーナも再び戦いを見た。何か倒すヒントがあるはずだ。


「なぁなぁ、そういえば食べられた時、痛くなかったよなー?」


「ねー、牙に刺された! って思ったのに、なんか柔らかいふにゃっとした感覚で、びっくりしたよね~」


 双子が和気藹々と話している会話が引っかかった。見かけだけの牙。その言葉と同時にルーナの頭に浮かんだ言葉は擬態。木の葉に化けた虫のことを思い出したのだ。

 もしかしたら、あれはサンドワームなどではなく、何かが化けた物なのではないのだろうか。


「ソラ、シド。ガーツはどうした?」


「ガーツにい? ガーツにいなら、もうすぐ来ると思うよ~」


 一つの結論に達すると、ルーナはいてもたってもいられなかった。近くであれを見たい。それには、ガーツの協力が不可欠だった。だから、ガーツのことをソラとシドに聞いたのだ。

 答えたのはシドで、自分達が来た方向を指差す。


「なんだよ……」


 もう既に近くまで来ていたガーツが、シドに指を差されて不機嫌そうに眉根を寄せている。しかし、ルーナの真剣な表情が視界に入ると、表情を引き締めて顎をしゃくり、彼女の話を促した。


「ガーツ、あいつの身体を間近で見てみたいんだ。今、カシュアが戦ってるが、勝つ見込みがない。私が剣であの巨体から一部を削ぐ。それをお前の鞭で遠くに確保して欲しい」


「はいはい、人使いが荒い奴だな。少しは休ませろよ……お前もついでに引き寄せてやるから安心しろ」


 文句を言いつつも後ろ頭を掻いて、ガーツは鞭を軽く握ってみせる。不思議そうに目を瞬いたものの、そぎ落とした肉を見る時間を作ってくれる。と言っていることに気がつき、ルーナの表情が緩んだ。


「ソラ、シド。ルーがあいつに向かって行くうちにできるだけ遠くに行くぞ?」


「あいあいさー!」


「りょーかーい!」


 ガーツは、ルーナに目配せをすると、子ども二人を引き連れて、戦いとは反対方向へ走った。

 それを見届けると、ルーナは戦いのほうへと走り出す。身を屈めて、敵の視界に入らないように。でも、素早く脚を動かして巨体へと迫る。敵は、カシュアと戦っていて気がついていない。

 そうルーナは思った。しかし、迫った身体から視線を感じる気がした。目があるわけではない。けれど、確実にそれは見えないはずのルーナの存在を認識している。ルーナの肌が、剣が、認識されていることに反応している。

 ぞわりと立った鳥肌に、ルーナは前ではなく、横に地面を蹴っていた。重い砂に一度足が埋まるものの、ルーナはその場を離れた。

 次の瞬間、身体の脇から新たな口が現れ、ルーナが居た空間を飲み込むのを、横目で捉えた。二つの口、頭が二つあるミミズなど、見たことがない。変化した身体に驚いてルーナの身体が一瞬止まる。

 けれど、剣は違った。ルーナの腕を引っ張って、その口目掛けて振り下ろされる。血しぶきは上がらない。さっきからそうだ、何か透明な液体が小さく飛ぶ程度。

 腹の部分に何かが巻きつけられてぐっと後ろに引かれる。一緒に斬られた口も本体から遠ざかって行く。幸い、本体はカシュアに苦戦しているようで、それ以上追っては来なかった。

 しかし、ルーナの腕にふにゃりとした何か柔らかいぬめったような感触が張り付き、鳥肌が立つ。感触の後にピリっとした腫れる様な痛みを覚える。

 ルーナが腕を見ると、口だったはずの物体が身体の肉塊の一つとなってルーナの腕を張ってくる。徐々に痛みが増してきた。


「くっ……ガーツ、こいつまだ生きているぞ!?」


 痛みに顔を歪みながら、ルーナは自分を引き寄せてるであろう相手に叫び、現状を伝える。次の瞬間、塊がルーナから離れた。ルーナは長袖を身に着けていた腕が、露になっていることに気付く。まるで、服が溶かされたようにアレが乗っていた部分がなくなっているのだ。現れた腕は赤く色が浮かんでいるが、血はでていない。

 程なくして、足が地面につき身体を引っ張られる感覚がなくなった。


「ソラ。笛で動きを止めておいてくれ」


 ガーツの声が間近で聞こえ、すぐに笛の綺麗な音色が耳につく。ルーナは顔を上げてガーツが声を発した方を見た。

 ソラが笛を吹き、ピンク色の物体の動きを止めていた。動こうにも動けないらしい様子にガーツとルーナは近寄ってまじまじとそれを観察する。


「……塊にしか見えないな」


「けど、動くんだよな」


 ルーナの答えにガーツも頷き、不思議そうに首を捻る。すると、シドが二人の服を引っ張った。


「ねぇねぇ、ソラが思ったり苦しいって。こいつ、一体じゃないって言うんだ。だから、僕もソラ手伝うね~?」


 シドにはソラが口で伝えなくても笛の音でわかるらしく、彼の言葉を代弁した。そして、すぐさま自分のレブラ・ポーンを口に当てて音色を奏ではじめる。


「一体じゃ、ない? 数体いるっていうのか?」


「まさか……」


 シドの言葉を繰り返す、ガーツの台詞に、ルーナはやはり擬態。という言葉を思い出した。今度のは木の葉等に化ける虫ではない。数体で、他の生き物に見せる生物の擬態だ。もし、この塊が一つではなく、複数の生き物だと言うなら、先程の横からの攻撃も納得できる。

 ルーナは呟くと徐にそれへと手を伸ばす。表面をゆっくりと撫でた。ぬるっとした感触。けれど、見た目よりもぼこぼことしたおうとつが指の腹に伝わってくる。へこみに指を収め、小さな膨らんでいる部分を指で掴む。

 あっさりと、それは塊から離れた。

 細長く、でも小さいそれは、どう見ても普通のミミズのサイズで、手に取ったルーナも、それを見ていたガーツも目を見開いた。


「え、砂ミミズっ。じゃねぇか? これ……」


 村長のところで見せられた資料と同じ形の物体に、ガーツがぽつりとその名称を零す。確か、サンドワームと呼ばれるものの百分の一程度だと、聞いた覚えがルーナにもある。


「……これは、サンドワームとかいう魔物ではなく、ただの砂ミミズの集まり。と、いうことか?」


 出た結論をルーナが口にする。ガーツももう一度確かめるべく、自身がその桃色の物体に手を伸ばし、先程ルーナがしたように一匹の砂ミミズを摘み取る。


「そう、みたいだな。再生してるわけじゃなく、斬っても、叩いても、次から次へとこの砂の中に住む砂ミミズが湧いて補佐する仕組み。って感じになるな」


 頭の中で砂ミミズが蠢き形を整えていく様を想像して、ルーナはぞっとした。動きもそうだが、カシュアが戦っている敵の本当の恐ろしさを知ったからだ。


「それじゃあ、この砂漠に住む砂ミミズを、一匹残らず駆除しなければいけないということか?」


「本気で倒すなら、それしか方法はねぇだろうな」


 サッと顔が青くなって、ルーナの表情に絶望の二文字が深く刻まれる。ガーツも難しい顔をして、じっと砂ミミズを見つめている。

 徐にガーツは手に持っていたミミズをプツリと潰す。すると、砂ミミズは弾ける様に透明な液体を出し、それに飲まれる様に解けていった。

 ルーナは、目を瞬いて、自分が持っている砂ミミズを真似して潰してみた。すると、桃色の物体は綺麗になくなって、透明な液体だけが残る。

 手を鼻に近づけて嗅いでみても、何も匂わない。思い切って少し舐めてみる。


「これは……水?」


「知らないのか? 砂ミミズは、水を吸収して蓄える機能を持っていて、摂取しすぎると破裂し、水に戻るんだ。この砂漠地方では重要な水補給源だぞ」


 旅をしていた分、知識の豊富なガーツが笑って説明してくれる。ルーナはぱっと顔を上げて、目を見開いたまま、もう一つ質問を投げかけた。


「……なぁ、ガーツ。再生しないようにするにはどうしたらいいと思う?」


「そうだな。周りから固めちまう。ってーのはどうだ? 出れも入れもしない」


 ガーツがにっと口端を上げ、答えを出した。道が示されたような気がして、ルーナもガーツ同様、口端を上げて笑う。





 一方、カシュアはまだ砂ミミズが化けた巨大ミミズの本体と戦うのに苦戦していた。何度叩き潰そうが、再生し、飲み込もうと襲ってくる。次第に額からは汗が滲み、焦りと苛立ちが募る。

 前と同じだ。炎も風も、物理的な攻撃も何も聞かない。全てが前と同じ。その気持ちがカシュアの胸をちりちりと焦がしている。


「カシュア!」


 名前を呼ばれて錯覚した。あの時に戻ったような感覚、呼び方、声。英雄と呼ばれた男が、いるのかと思った。けれど、目の前には銀色の布が現れる。

 カシュアは今、ゴーレムという石の巨人の肩に乗っているはずだが、銀色のそれはゆっくりとカシュアの肩にかけられた。よく見ると、鞭が器用に動いているのが目に入り、それの持ち主を辿ってみつける。

 そっくりの顔だが、表情はまったく違う人物がそこには居た。何か、カシュアに合図を送っているようだ。

 あの日が戻って来たような気がして、同時にカシュアは今ならあの時に時間を巻き戻せる気がした。オアシスがあった、前の景色に。

 下がり気味だった眉を気力で引き上げ、肩にかかった布を手に持つ。


「いいわ、手伝うの許可してあげるっ! 貴方達の策に乗ってあげるわ!」


 固執していた気持ちよりも、目の前の風景を取り戻したい。その気持ちがカシュアを震えた立たせた。この人達となら。それは、もしかしたら、触れた七星秘宝、ファントム・オペラから流れてきたものかもしれない。

 ミミズがカシュアの方に向かってくる。彼女は横へと跳んだ。ミミズが、同じ大きさの岩の巨人を重量で押し倒した。今まで蓄積されたダメージと衝撃で、石にヒビが入る。崩れ去る石の巨人から、方向を変え、砂の上に降り立ったカシュアへとミミズは再び移動を始める。

 砂の上でカシュアは仁王立ちをし、それを待ち構えた。ぶつかるスレスレのところでカシュアは銀色に輝くマント、ファントム・オペラを翻した。

 それまでただ一直線に突き進んでいたミミズがマントに導かれるように宙に浮く。カシュアが引くようにマントを再び翻すと、ミミズはその巨体に重力が効かないかのように空を飛んだ。飛ばされたのだ。

 飛ばされた先には、大きな丸いシャボン玉のような色鮮やかな球が浮かんでいた。ソラが奏でるレブラ・ポーンが作り出したくっつく性質を持つ物だ。巨大なミミズよりも大きなシャボン玉の中に、ミミズがダイブする。

 パン! っと球が弾けた。ミミズはそのまま下へと落下する。その勢いのまま砂の上を滑った。と、いうのもシドが奏でて出した黄色い液体が、砂の上に流れ出て、まるでオイルのような役割を果たし、ミミズを目的の場所まで運んでいるのだ。

 ミミズは身動きが取れないまま、運ばれ、大きな窪みへと滑り落とされる。しかし、砂の中に埋もれることも、入ることもできなかった。なぜなら、既にオアシスはソラのくっつく力で、砂同士がくっついていたからだ。

 ルーナ、ガーツ、ソラ、シド。そしてカシュアの全員がオアシスの淵へと駆け寄る。


「カシュア、ここに残ってる水がある。あいつらは砂ミミズの集合体。この意味がわかるな?」


 ルーナは、ソラとシド用の大きな鞄から、大きめの水筒を取り出し、カシュアへと差し出す。カシュアは受け取るとじっと水筒を見つめた。


「砂ミミズの集合体……ってことは、この水筒の中身であれ等は水を取りすぎて弾ける。そして増えた水でまた弾ける。その繰り返し……」


「そうだ、カシュア。お前がトドメをさせ」


 呟きを吐くカシュアに、ルーナは彼女の肩を叩いて促した。

 真剣な表情で窪みの中で蠢くミミズを凝視するカシュアの顔が一瞬強く歪んだ。大きく水筒を振りかぶる。

 瞬間、水が水筒から零れ落ちた。大きな水の塊は、遠くになるにつれて小さくなる。巨大なミミズにはまるで小さな一滴が落ちた。ように見えた。

 しかし、水がミミズに触れた瞬間、パっと触れた箇所が弾けた。透明な液体が飛び散る。かと思えばどんどん飛散してミミズのあちこちから水の爆発が起こる。

 あっと言う間だった。はじけては飛び散りを繰り返し、固められている砂によって水が守られ溜まって行く。それが、元のオアシスだったかのように、ミミズから溢れ出た水は透き通ってそこに鎮座していた。


「……数年戻ったような気がするわ」


 カシュアが太陽に煌く水面を見つめながら零した。その光景は昔見たものと同じで、懐かしさを感じたからだ。


「これがオアシス……本当は水の神だったのかもしれないな」


 窪みに溜まった水を、ルーナは屈み込んで手で掬いあげた。キラキラと光る水が気持ちよく指を通る。

 そんなルーナの言葉にカシュアは彼女を驚いたように見つめた。


「どこからか、水を運んできてくれていたんだろ? 水の中から顔を出す。彼らにとっては自殺行為だ。それなのに毎日顔を出して太陽に上る。今と違って動いけるから全て水に溶け込むわけじゃないのかもしれない。けれど、オアシスの水は自然と増えるはずだ」


 ルーナは口元を綻ばせて笑い、フードが取れてよく見える顔でカシュアに笑いかけた。カシュアは瞠目したまま立ちすくんでいる。


「命を繋ぐ水を持ってきてくれるまさしく守り神……だったのかもしれないな」


 ルーナは立ち上がって空を見上げ、独り言のように呟いた。だから、カシュアの顔がその言葉で酷く悔しそうに歪んだのを知らない。

 カシュアは視線を寄越さないルーナにふんっと強く鼻を鳴らして主張した。


「正体は砂ミミズだったんでしょ? それならどうせまたやってくるわ。たくさんいるもの。それより、報酬は私が貰ってもいいかしら?」


 今までの表情とは打って変わって、会った当初の勝気な表情を浮かべ、胸を反らしながらカシュアはさも当然。というように話を降ってくる。

 水遊びを始めたソラとシド、そしていつの間にか戻って一緒に遊んでいるデリィを横目で確認していたルーナは、慌てて彼女に視線を戻すと頷いた。


「あぁ、私達が欲しかったのは本物の七星秘宝。それと七星秘宝の使い手だ。だから、カシュア。貴様が一緒に来てくれれば問題はない」


「……ルーナ王女、それは考えとく。って言った……わよね?」


 ふっと顔を落としてカシュアは笑う。そして緊迫した、まるで牽制されるように鋭い瞳がルーナを射抜いた。


「残念、あたしはね、あんたみたいな人大っ嫌い。一緒になんて行かないわ」


 予想外の言葉と、威圧的な口調にルーナは息が止まって動けず、じっと彼女を凝視することしかできなかった。頭が絡まって混乱しているのだ。

 カシュアは口許に笑みを浮かべながら、すっと長くて先程の戦いで傷がついている足を歩ませる。ルーナの隣で見守っていたガーツの傍まで行くと、肩に手を掛けて顔を寄せ、しな垂れかかった。


「ねぇ、いつまでも一人の男に縛られてる女より、あたしと一緒に行かない? 見たところ、あんまり仲良くないんでしょ?」


 ルーナの体がピクリと跳ねる。ここに来る前の出来事を思い出し、さっと表情を青ざめさせ、ルーナは恐々とガーツを見た。

 ぎこちなく顔だけ振り向かせるルーナに対して、ガーツは頬を引きつらせながらカシュアを見ている。


「どうせ、ラッシュさんと間違うんでしょ?その人。だってあの人しか頭にないもんね?こっちの辛さもわからない女なんかと別れて、あたしと行かない?」


 さらに追い討ちとばかりにカシュアは言い放って、顔をそれ以上動かせないでいるルーナににやっと口端を上げて笑って見せる。

 図星をつかれてカっとなり、ルーナは体を反転させてカシュアを目を細くして睨み付けた。それから、ガーツへと視線を向ける。


「ガーツ……そいつと、行くのか?」


 問いかけに対して、ガーツは困ったように片眉を下げて首元を掻く。そんな彼に、カシュアは顔を寄せ、耳打ちをした。そして、見せ付けるようにガーツの腕に絡まって豊満な胸を押し付ける。

 ガーツの表情が変わった。額に皺が寄ったのだ。しかし、腕の方に目が言ってるルーナは気が付いていない。


「……あぁ、悪いな。ルー、こ――」


「勝手にしろ! どうせ、胸に目が眩んだんだろ!」


「なっ、なんでそうなるっ!」


 話の途中で、ルーナの口は勝手に動き出していた。ガーツが何を言おうとしたのかはわからない。けど、胃の辺りがむかっと気持ち悪くなって、吐き出してしまいたかったのだ。

 口は止まらない。言いたいわけではないのに、二人を見ていると胃の奥が重く、痛かった。ルーナの唇がわなわなと震える。


「どもってるのが良い証拠だっ。私も仲間を集めて勝手にする。私のことが嫌になってるんだろっ! この前だって、とても怒ったじゃないかっ!」


「それはお前がっ」


 謝らせてもくれなかった。その思いがルーナの目から雫となって零れ落ちる。


「あーあ、なーかしたなかしたー」


「ガーツにぃがルーねぇをなーかしたー」


 叫び声に近い声で、大人がなにやら揉めていることに気が付いたソラとシドが、水遊びを止めてルーナの後ろに引っ付き、ガーツを指差しながら音程をつけて彼を責める。

 うっとガーツは息を詰まらせてそれ以上何も言えなくなっていた。


「あら、泣き落とし?」


 嫌味ったらしい言葉にルーナは溢れる涙を拭ってカシュアを睨み付けた。


「もう知らん。勝手にしろ、その女と仲良くな。ガーツ。」


「ふん、貴方に言われなくても、あたし達仲良くするわよ。ねぇ、一つ言わせてもらっていい?」


 ガーツに言ったつもりだったが、カシュアが応え、紫色の瞳を細めながらルーナを見た。ルーナは、正直聞きたくなかったが、カシュアは口を開いたまま続けたので耳を傾ける。


「あんたが英雄? 笑わせないで。ただ単にずっとラッシュさんを追い続けてるだけなくせに。それで誰かを守れると、思ってるの? あたし、貴方のそういう所が一番大っ嫌いよ。英雄を語らないで、ラッシュさんのお姫様」


 ずんっと胸に何かが突き刺さった。痛みと重さに頭がくらりとする。そんなルーナを置いて、カシュアはそこら辺をパタパタと飛んで様子を伺っていたデリィの頭を掴む。

 驚いてパタパタと暴れるデリィの足を掴むと、無理やり二回靴を打ち鳴らした。


「それじゃあ、王女様。ごきげんよう?」


 エルメス・タップが反応して、声だけを残し、カシュア、ガーツ、デリィの三人がその場から姿を消した。

 けれど、ルーナは追うことをしなかった。


「ガーツの馬鹿野郎ーっ!」


 ただ、大声で叫んだのである。暴言を。

 こうして、残ったのはルーナとソラとシド。七星秘宝の力は二つに分断されてしまったのである。



第四章-新たな秘宝そして決別- 完


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