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三話 『ユキ』

「待てええおんどりゃあああああ」

 街の路地裏にて、背後の壁越しから怒号が鳴り響くと同時に、鋼鉄の鎧を纏った王都の兵士達が呼吸を乱しながら十字路に合流した。一方から、6人、もう一方から二人の計八人。一人、二人くらいまでなら、なんとかなるがさすがに八人となると、多勢に無勢というものだ。


 ゲイルは物陰に身を隠しながら息を潜めた。

 息遣いが聞こえないようにと口元を抑えながら、兵士達の声や足音に耳を澄ませた。

「ゲイルはどうした?」

「さっき発見したのですが、見なれない魔術を使われ、見失いました」

「何をやっている! 奴に城に忍び込まれて、何度目だと思っているんだ」

『三度目です!』

「それなのに、逃げられやがって! プライドというものがないのか!?」


 兵士達が一列横隊で直立する。


「……召使いの、レインちゃん、天然でいつも」

 兵士達がざわめいた。

「図書室司書のソフィアちゃん。いつもボロボロになったときは励ましてくれた」

 さらにざわめきは、大きくなる。

「そして……オレ達のアイドル、踊り手のレナたやぁああん」

 リーダー格らしき、兵士の叫びに全兵士が沈黙した。

「わかるだろ? あの野郎、城に尽して休む暇もない我々の癒しを、アイドルを、もしかしたら、生涯の伴侶になるかもしれぬ娘を――」

『オレの嫁だ!』


 声が重なった瞬間、全員が互いをにらみ合い始じめた。


「とにかく、我々の大事な物を根こそぎ盗んで行きやがったんだああああ」

「お言葉ですが、隊長……レインちゃんも、ソフィア様も、レナさんもみんな城にいます。我々は、奴の魔の手から彼女達を守ったのではないでしょうか」

 一人の兵士の提案に大半の兵士が賛同の拍手をした……が、隊長は違うらしい。


「ばっかもおおん、守れたわけがないだろうがああああああ!」

「で、では、何を奪われたというのでしょうか」

 全員が、再びざわめいた。

「……彼女達の心だあああああああ!」

『うわああああああああああ』

 皆が皆、聴かぬ、言わぬ、としていたかのように、その場に崩れ落ちた。中には嗚咽する兵士まで現れたのだから始末が悪い。


「さぁ、我が同志達に問う。お前達は、このままでいいのか!?」

『イヤです!』

「なら、これからやることはわかっているな?」

『オレ達のアイドル達と口づけをしたゲイルの野郎の唇を奪う!』

「よし、わかったら、行け、あの女ったらしを生け捕りにしろ! 後はたっぷりかわいがってやればいい……城の牢獄でな」

『うおおおおおおおお!』


 雄叫びをあげながら、兵士達が散った。その中で、隊長だけが一人その場に残っている。

 なんだよ、早く行けよ、お前も。

「ゲイル! このあたりに潜んでいるなら覚えておけ! 次に会ったら、その尻に、ぶちこんでやる、天国への道を楽しみにしておけ!」

 フハハハと高笑いしながら、隊長がこの場から去った。

 全身に走る悪寒に身を震わせながら、ゲイルは隠れていた物陰から顔を出す。


「……ったく、王女様とかお姫様とかに手を出してないんだから、いいじゃねぇか。ていうか、完全に私情であいつら、オレを取り締まるつもりじゃねぇか」

 ……てっきり、『あの娘』を連れ出したことで捕まると思ったのに。


 ゲイルは、メインストリートから漏れる光を指標にして、小さな路地を進む。夜の時間になると、ほとんどの人が、メインストリートの光へ向かって歩き出す。それが、まるでランプに群がる虫のように見えるからこの街の夜は嫌いだ。だから、夜、買い物をするとき以外はメインストリートから、外れた通りを歩くことにしている。この薄暗い通りにはこの世界の真実めいたものが視える気がするからだ。少し歩けば、お金が無くて途方に暮れている男がいる。もう少し、メインストリートから遠ざかれば、男女が暗闇の中で、愛を囁き合っている。だけど、そんな愛上だけがこの暗闇に隠されているわけではない。



 例えば、このままメインストリートにそって歩くと、コ字型の建物があり、その立て物の裏を回ると、人気の少ない店がある。

 通称『ペットショップ』

 そこには、布一枚を纏った人間が檻に収容され売られている。簡単に言えば、人身売買が行われている。売られている人間は、基本的に身よりのない人間だ。

 幼い頃、その店で晒し物にされていたから分かる。

 人間を買うのは、ほぼ、ろくでもない奴らと考えて良い。特に、女を玩具にしたいような奴らがよく買い物をしていた。


 隣にいた、女も逃げられないように、手足に枷をつけさせられて、厭らしい目つきをした男に買われた。

 最初はこんな檻のようなところに入れられているよりはずっとましだと思った。

 でも、一週間後に同じ男が、また女を買いにきたとき、外の世界はもっと地獄であることを知った。

 その男は「たった一週間で、女が壊れた」と言って、店員に文句を言っていた。

 そうして、新しい女がとっかえひっかえ、店に来る。

 その度に、売られる人間は怯える日々を過ごすことになった。

 そしてついに、ゲイルの番が着た。

 いつも買い物にくる男が、厭らしい目つきでこちらを見つめていた。


「女じゃ、だめだ、男にしよう」

 そうして、連れて行かれそうになったそのときだった。

「私がその男の三倍の値段で買おう」

 艶のある女性の声がした。店員や、客の男は怯えるようにその女性を見つめていた。

 その女性が、店にいた子ども達の四文の一を里親として、買い取ってくれた。

 ゲイルはその女性の『弟子』として働かせてもらうことになり、現在まで自由に生きている。


 そして、一週間前、そんな我が家にもう一人女の子が引きとられたのだった。

 

                  ☆


 自宅は、メインストリートから、少し離れた屋敷にある。

 昔、この地域の権力者であった、貴族の家を『師匠』が譲り受けたらしい。


『おかえりなさい!』


 家の扉を開けた瞬間、ナイトドレスに身を包んだ女の子達にもみくちゃにされた。

『ペットショップ』で売られていた女の子達だ。彼女達も、『師匠』に買い取られた女の子達で、仕事の手伝いをしている。

 そして何よりも可愛いし、皆スタイルもいい。

 こうして、夜家から帰ってくると、家にいる誰かしらが無邪気な笑顔で出迎えて、ハグしたり、頬にキスしたりしてくれる。


 そんな彼女達に喜んでもらいたいから、なおさら、彼女達のことを観察する。

「髪、良い具合に伸びたね、大人っぽくなった!」「おぉ、髪飾り、似合ってる!」

 そんな感じで褒めたり、ときどき、いたずらすると、彼女達も頬を赤らめたりしながら喜んでくれる。

 そんな交流を繰り返して行くうちに、女の子慣れ、するようになった。気持ちがわかるという程、熟練はしていないけれど。


 自分にできる限り、小さなことでも喜んでもらえるように接するようになった。

 だけど、そこまでできるようになっても、うまく喜ばせられない女の子がいる。

「……とこで、『彼女』は?」

 尋ねると、女の子達も心なしか、顔を俯かせた。

 もしかしたら、少しだけ、女の子へのスキルが上昇したのだろうか。なんとなく、彼女達の気持ちが分かったような気がした。

 大きな円卓には、たくさんの料理と重ねられた小皿がある。その脇には、一つだけ小皿に料理が持ちつけられて置いてあった。


「オレ、ちょっと、行ってみる」

 皆に眼差しを向けられながら、料理が盛り付けられた小皿を取った。向かう場所は屋敷の二階、真ん中の部屋。

 気持ちを落ちつけるために、深呼吸を繰り返した後、扉を軽くノックした。

 返事はない。それが『彼女』のいつもの反応だった。だからこそ、彼女の『返事』を察して、扉のノブに手をかけた。開いた。鍵はかかっていない。


 だから、そのまま部屋に入った。中は真っ暗で、窓の向こうのメインストリートの明かりが、差しこむだけだった。その光が薄いスポットライトのように、『彼女』を照らしていた。

 純白のワンピースから伸びる細い手脚に、髪を切られたのか。髪は首にかかる程度しかなく、遠目からみると、男性にも視える。


「……ユキ、ご飯、持って来たよ、食べられる?」

 名前を呼ぶと『彼女』、ユキは一瞬肩をピクっと飛び上がらせ、ワンピースの裾を抑えながらゆっくりと顔をあげた。

 透き通るような綺麗な黒い瞳が、メインストリートの光で、キラキラと輝いている。彼女の頬を、撫でるようシミが線を描いていた。


「どうして、勝手に入ってきたの?」

 上擦らせながら尋ねるユキの声は、耳をくすぐるような艶のある声だった。容姿は、地味だけど、この声の心地よさは、今まで出会った女性の中でもずば抜けていた。

 運んだ料理を部屋の机の上に添える。

 本の一瞬だけど、彼女は料理に視線を向けて、喉をコクンとならせた。今日は、何も食べてないでずっと、ベッドの上で俯いていたに違いない。


「ユキが部屋の鍵をかけてなかったからだよ」

「鍵かけなかったら、勝手に入るの?」

「鍵をかけないのは、一人が寂しいからだろ?」

「めんどくさい、だけだよ」


 ユキが、髪をいじりながら、窓の向こうのメインストリートを見つめるようにして、視線を逸らした。

 めんどくさがり? ユキはそんな女の子ではない。人前に立てば、身だしなみを気にするし、男が入れば恥じらいもする。

 彼女は状況に混乱しているんだ。無理もない話しだ。

 両親がいるにも関わらず、強引に拉致監禁されて、身売りされたのだから。

 彼女自身が詳しく話したわけではないが、師匠がそう教えてくれた。

 それが原因で、心を閉ざしてしまったそうだ。


 ……どうにか、彼女を喜ばせてあげたい。

 いつもなら女の子を笑顔にすることができるのに、ユキはなかなか笑ってくれない。

 それが悔しかったし、でもそれが一つの目標にもなっていた。


 ……こうなったら、何が何でも喜ばせてやる。

「なぁ、ユキ、明日は一緒にメインストリートを見て周らない?」

 途端に彼女は身をキュっと縮ませた。

「安心しろよ、ユキはもう自由に生きていいんだよ。まぁ、多少は働くけどさ! もっと気楽に生きていいんだぜ?」

「気楽ってどうすればいいの?」

「気楽は気楽っさ。悩んだり、苦しくなったりしなければいいんだよ」

「少し前、友達に同じことを言われたことがある」

「だろだったら――」

「でも、それは、気楽に生きれる程、たくさんの人が見てくれるからよ。もちろん、努力もしているかもしれないけど……でも、どう努力しても、ダメなことってあるよ」


 彼女はふと我に返って、気まずそうにこちらに視線を向けた。

「ごめんなさい。私、どうすればいいか分からなくて」

 ユキは部屋の女の子達でも、使わないような小さな気遣いを繰り返しているのがわかった。でも、それが彼女の悪いところでもある。


 度が過ぎた気遣いは、相手を傷つける。それ以上に自分を傷つけることがある。

 ゲイルは里親の師匠と、家族になった女の子達と過ごして行くなかでそれを教わった。

 気遣い方を間違えると、自分の存在そのものが迷惑に思えてくるんだ。

 ……だから、彼女を変えてあげなくちゃいけない。

「ユキはもっと、図々しくなればいいと思うよ」

「え?」

「ユキはユキ自身の良さを前々わかっていない。だからそうやってうじうじ悩んでるんだ」

「うじうじしててごめんなさい、でも、自分の良さって、どうすればわかるの?」

「師匠が言ってたよ『自分の価値は大事にしてくれる仲間が決める』」

「……それなら、私には価値なんてないよ。仲間なんて、いないもん。皆、友達に持っていかれたんだもん」

「だから、オレが付けてやるって言ってるんだ! オレがユキを大事にする。オレがユキがどれだけ価値のある存在か、分からせてやる!」


 彼女は息を呑んだようにこちらを見つめていた。

 どうしてだろう。その驚いたような、表情がとても印象に残った。

 今までの女の子が見せたことの無いような表情だった。


 心臓が、ドクドクと音を立てているのがわかる。

 なんでだろう、いつも女の子とイチャイチャしているとこんな感じになるのに。

 今日はいつもより、緊張してる。頬が熱い。

 ……勢いで、理性が飛びそうだ。

 気持ちを落ちつけるために、ゲイルは息を深く吐いた。


「……と、とにかく、明日はメインストリートを何が何でも一緒に歩くからな。飯くって、体力つけろよ!」

 吐き捨てるように言って、部屋を出た。扉を閉める一瞬、彼女が笑っていたような気がしたけれど、確認する余裕も無く、女の子達が待つ一回へ逃げた。


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