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一話 不思議な少女

 王都から外れた森の奥で、アッシュは猿轡をされた女を見つけた。

 不思議ないで立ちをしていた。

 雪のように白い布地に、首元に赤いスカーフのような物を巻きつけて、蝶結び。庶民の服装にしては派手だが、良いところのお嬢様にしては質素な服装をしている……それなのに、紺色のスカートの裾が膝を隠すことができないほどに短く、張りのある腿が露出していた。

 

 王都に長く住んでいるが、女は皆、「はしたない」という理由で素足を隠す。

 スカートを破かれたのか? それにしては、裾が綺麗に整っている。

 自ら進んで、裾を短くしたのか?

 戦いに即した服装とは思えない故、なおさら首を傾げずにはいられなかった。

 改めて周囲の状況を確認する。

 

 王都から少し離れた、森の奥。少女は、手足を縛られながら必死に呻いている。周りには、口から泡を吹きながら痙攣する黒装束の男達がいた。服装の痛み、体臭がする。

 盗賊だ。

 状況からして、女は近辺の町から、連れ攫われてきたのだろう。

 

 安心しろ、すぐに助けてやる。

 怖がらせないようにそっと、手を伸ばしながら、女の猿轡を外した。

「後ろ! 危ない!」

 透き通った声で叫ばれ、慌てて後ろを振り向いた。

 そこには、短刀をこちらに付きたてる、盗賊の姿があった。

 

 ……まだ立てる奴がいたか、大人しく倒れていればよかった物を。

 川の流れに身を任せるように、身を翻した。盗賊に突きつけられた刃はわずかに体をかすり、脇を抜けていく。その勢いにバランスを失った盗賊の体は前のめりになって転倒した……が、まるで何事もなかったかのようにケロリとした表情で立ちあがった。

 すると、それを合図にしたかのように地べたを舐めていた、総勢七名の盗賊達が一斉に立ちあがった。


 骨の二、三本折って動けなくしてやったのにも関わらずだ。

 この盗賊ども一体どうなってやがる。

「その回復の速さ。や、やっぱり……あんた達、『PC』だったのね!?」

 足元にいた女が、体をばたつかせながら叫んだ。

 ピーシー? ピーシーとは何だ?

 心の中で自問するのをよそに、盗賊達がヘラヘラと笑いだした。

「やっぱり、この世界はいいなぁ。『現実』と違って、大怪我をしても、すぐに留めを刺されさえしなければすぐに回復する。それでも、足りなければ『コマンド』から、『アイテム』を選択すればすぐに回復する。『現実』と違って、法律を守る必要もない。盗んでも力づくで奪っても、『現実』で裁かれることはない。女を売りものにしても、それは変わらない」


 クスクスと笑う盗賊達の態度に、足元で転がる女は歯ぎしりをした。


「ねぇ、私を助けてくれるなら拘束を解いて! そうすれば、一緒に戦ってあげるから」

「バカも休み休み言え、いかにも貧弱なお前が加わっても足手まといなだけだ」

「そんなこと言ってる場合!? あんたみたいな『NPC』じゃ殺されるわよ!?」

「エヌピーシーだか、ピーシーだか、よくわからないが、安心しろ。あんなザコどもには殺されない」

「話しを聞いて、あいつらは、あんたが思っている以上にやばいのよ!」


 とりあえず、知らんぷりをした。どう見ても戦闘向きじゃない女に一緒に戦ってもらう? 冗談じゃない。これでも、巷じゃ腕利きで通っているんだ。

 沽券に関わる。


「女の言う事は気にするな、全員まとめてかかってこい!」

 盗賊達は顔を見わせると、不敵な笑みを浮かべて、一斉に手を天に翳した。

 瞬間、男達の手に、光が形成され、武器の形に変化した。それだけじゃない。突然、盗賊達の体が光に包まれ、気が付いたときには、鋼の鎧を纏っていたのだ。

「今度は防御力重視でいく。さっきのようには行かないぞ、覚悟しろ!」

 その言葉を合図に、盗賊達が一斉に跳びかかってきた。

 まずは剣を振り下ろす男。動きが襲いから半身になるだけで軽々交わし、アッパーカットをお見舞いする。気を失った。

 この調子なら、次も楽勝だろう。

 

 ところがそれは全くの期待はずれだった。

 さっきと同じように、もう一人の盗賊も剣を振り下ろした。それを同じように軽々と交わして、その盗賊の顔に一発お見舞いしてやろうと思った。そのときだった。

「チェンジ!」

 掛け声とともに、その盗賊の武器が剣から槍に変わったのである。

 その突然の光景に、驚愕した。途端に、盗賊は容赦なく、槍をこちらに突き出してきた。

 ありえないほどの武器切り替えの速さに、とっさに身を捩ることしかできなかった。槍が体を掠り、ギリギリを通過する。

 反応できなければ、殺されているところだった。

 

 確かに女の言う通りかもしれない、この盗賊達は今まで敵対してきた者達にはない強さを感じる。突然、剣を形成したり、一瞬にして鎧が装着されたり、普段、めったにお目にかかれない術ばかりだ。

 だけど、それを自分達だけの専売特許だと思い込んでいる。

 それが落とし穴だ。


 アッシュは、魔力と意識を集中させると、右手に光の弾が形成され、それが一つの武器の形になる。

『魔剣』……斬れば斬る程、その切味、威力が増し強くなることから、巷ではそう呼ばれている。刀身は血のように赤く、敵を見つけると、脈動する。まるで生き物を扱っているようで、いつ暴走するかもわからないから、普段は魔法で封印している。


 アッシュはとっさに、剣を構えて、槍を構える盗賊に突き刺した。体から鮮血が吹き出し。悲鳴をあげるまでもなく、盗賊は倒れた。

 仲間達が、ざわつくのがわかる。

 こいつらは、強い装備や、一瞬で装備を変更する『コマンド』という術を持っているが、まるで戦い慣れてない。すぐに怖気付く。

 『コマンド』さえ使わせなければそれほど強い相手じゃない。

 躊躇せず、盗賊の仲間達に切りこんだ。剣を振り下ろす前に、勢いで脅し、竦んだところで切りつける。

 そのたびに、『魔剣』は盗賊達の血を吸って、より鋭い切れ味に進化した。

『魔剣』が人間の血を求めている。

 気が付いた頃には、鋼の鎧を纏った、最後の盗賊を串刺しにしていた。


「ウソだろ……なんだよ、それ『魔剣』? そんなアイテム聞いたこともねえぞ……グフ!?」

 盗賊は激しく吐血した。なぜ、と不思議そうな表情と、恐怖が入り混じった表情だった。

「なん……で、本当に、痛い……んだ」

 そんなわけのわからない、台詞を最後に、盗賊達は死んだ。


 やがて、彼らの体は光の粒子となって中へと舞い上がる。神様がお迎えにあがったのだ。

 どういう現象かは詳しくわからないが、人は死ぬと光の粒になって、天へと召される。

 だから、この光を見たときは天へ登るまで最後まで、見送ること。

 幼い頃、家族からはそう教わった。

 ……それよりも、女だ。

 アッシュは、『魔剣』の刃で女の子の手脚を縛るロープを切り落とす。


 自由になった女の子はスカートを風ではためかせながら、気持ちよさそうに伸びをした。そのときの、目を細める仕草の美しかった。

「ん、どうしたの?」

 女の子に声をかけられて、ようやく自分が惚けていたことに気付いた。

 気恥ずかしくなって視線を逸らすと女の子に顔を覗きこまれた。

「ふぅん……なんか、可愛い顔してるじゃん! さすがだわぁ。異世界。皆イケメンばっかり! そりゃぁ、こんなところに長くいたら、現実に出られなくもなるわ」

「さっきから、お前も、盗賊達も何の話をしてるんだ」

「え? あぁ、うん、こっちの話」


 照れ臭そうに笑う彼女を、木々の隙間から差し込む陽の光が照らした。大きな木や、倒木のさらに向こう側から魔物の鳴き声が聞こえた。

 さっきまでは、あまり意識していなかったが良く見ると、美人な女の子だった。

 目は大きいし、唇はふっくらとしている。その上、肌がきめ細かいし。

 男を誘惑するかのように肌を露出させている。


「それで、お前は何者だ? ピーシーとかエヌピーシとか、よくわからん言語を喋っていたが、異国の人間か?」

「え? あ、あぁ。まぁ、そんな感じ。私はカオルっていうの。あなたは?」

「アッシュだ。王都で、傭兵をしている」

「王都!? あんた王都に住んでるの!?」

「もうかれこれ、三年、それ以上過ごしている?」


 途端に目を輝かせるカオルに、両肩を掴まれて揺すられた。


「あのね! 私ね、王都を目指しているの! 開始地点が、草原の近くで、迷っちゃったんだけど、イケメンのお兄さんが親切に声をかけてくれたの、でも――」

「騙されて、ああやって、誘拐されたわけか」

 コクコクとカオルは頷いた。

 バカな奴だと思った。だいたい、カイシチテンってなんだ?

「お前がどんな、国住んでいたのかわからないが、世界は独り旅をする女だからといって、優しくしてもらえる程あまくない。誰が騙しにきても……おかしく、な……い、んだ」

「ど、どうしたの?」

「な、んでも、ない」


 突然、体を痺れるような感覚が襲った。その感覚が体全体へ急激に回っていき、それは焼けるような熱さに変わり、思わずその場に倒れそうになった。

 それを心配したカオルが、とっさに体を支えてくれた。


「やだ、凄い汗じゃない!?」

「……毒に、やら、れたかもしれない」

「えぇ!?」


 ……たぶん、さっき槍を持った盗賊と戦ったときだ。剣から、槍へすぐに武器を切り替えられて、対応ができなかったときに、掠った傷から、毒が入ったんだ。しかもかなりの猛毒だ。このままじゃ、どうにかする前に死ぬかもしれない。


「カオル、オレを……置いて、さっさと王都に行け」

「何言ってるのよ、しっかりして! あんた王都に住んでるんでしょ、一緒に帰るよ!」

 ……この状況じゃ無理だろう。

 彼女にそう言いたかったが、口を動かす余力も残っていなかった。体が火照るように厚い。意識が沈んでいくような感覚に襲われる。

 呻き声をあげた。その度に、カオルはうろたえていた。


「待っててね、すぐに直してあげるから」

 

 そんなの、ムリだろうに。彼女はうろたえ続けていた。

 バカだな、と思う反面、その見捨てない優しさが嬉しかった。この世界じゃ、よほど仲のいい人間じゃなきゃこういう場面は見捨てる。

 そういえば、三年前も王都へ一緒に旅をした女も、優しかった。病や、魔物に襲われて死にかかったとき、必死で看病してくれた。

 そいつは、王都に辿りつく前に亡くなった。

 そんなことを考えていたとき、カオルが何かを思いついたように手をポンと打った。


「そうだ、こういときこそ『コマンド』よ。確か、キャンペーンで初期装備に薬草意外のアイテムがあったはず……あぁ、あった! 待っててね、アッシュすぐに良くなるから」

 カオルが掌を天へ向けた瞬間。そこにフラスコ瓶に入った液体が現れた。

 まるで、手品のようだった。

「さぁ、これを全部飲めばすぐ良くなるわよ」


 そう言って、彼女がフラスコ瓶を傾けた。

 それに合わせて、飲もうとしたのだが、思うように口が開かなく、零れてしまう。


「ちゃんと飲んで、すぐに良くなるから」

 そんなことわかっている。だが、体が痺れて動かしずらいんだ。

「……もう、仕方ないなぁ。ちょっと我慢しなさいよね」

 カオルが急に頬を赤らめながら、ソワソワと周囲を見渡し。フラスコビンの毒消しを口に含んだ。

 彼女に強引に口を開かれ唇を重ねられた。

 口移しだった。

 それも一度じゃなく、五度、唇が重なった。

 薬を全部飲み終わって、数秒後、全身の焼けるような熱さが嘘のように消えてしまった。

 あまりの、回復の速さに、思わず起き上がってしまい……また、彼女と唇が重なった。

 額を思いきり叩かれた。


「すまない。あまりの回復の速さに驚いて、取り乱していた」

「こういう事故のときはもっと、頬を赤らめて、挙動不審になるものよ」

 カオルは頬を剥れさせる仕草をしながらこちらの様子を伺うと、すぐに笑顔に変わった。その笑顔が、木々の隙間から差し込む光に照らされて眩しかった。

 もしかしたら、カオルは女神か何かなのではないかと思わされた。

「じゃぁ、よくなったんだから私を王都まで送りなさい!」


 ……前言撤回、こいつはものすごく品のない女だ。


「私、どうしても王都へ行かなくちゃいけないの。王都に行って、ユリっていう大事な友達に合わなくちゃいけないの! だから……」

 急に目に涙をためるものだから、怒るに怒れなかった。

 友達に合わなければいけない、もしかしたら友達の身に何かがあったのかもしれない。じゃなければ女で一人旅なんて早々しない。

「わかった。助けてもらった礼もある。王都まで案内しよう」


「わぁ、ありがとう! 女の涙!」

 そんなことを人前でケロっとした表情で言う事ができるのが、カオルという女だった。

 

 そんな性格の女だから、王都までの旅路を退屈することなく、過ごすことができた。


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