仏の顔も三度
ある寺が街の都市開発の条例により引っ越すことになった。その寺には15mもあろうかと言う大きな仏像とそれを覆うように大仏殿が建てられていた。寺の引越しは寺が昔から保有していた山の中腹の見通しの良い場所に建立される事になった。
数ヶ月と言う長い期間をを経て、敷地内の堂塔や僧坊、社務所などが次々と解体され、山に運搬され、再建立された。最後に敷地内に残ったものは大仏と台座だけとなった。
いよいよ大仏の引越しが始まった。天気はうす曇ではあったが、搬送にはうってつけの天候だった。推定200tもなろう大仏に最新のクレーン車が6台が用意され、慎重に吊り上げ用のワイヤーが掛けられた。大仏の数十メートル手前にはNASAのスペースシャトルを乗せる台車を彷彿とさせるような特製の搬送車両が用意され待機していた。
「よし、ゆっくり上げてくれ。毎秒3センチだ。」。6台のクレーンを同時に指揮する現場監督が無線で全員に指示を送った。
大仏は座禅を組んだその格好のまま少しずつ宙に浮いていった。僧侶達は搬送の無事を願い少し離れた場所から経文を唱えていた。
「はい、止め。」。クレーン車が一斉に止まった。
大仏は30分ほどかけ5mの高さまで持ち上げられた。後は平行に移動し、搬送車両に載せるだけだった。
「では、平行移動に移る。毎秒30cm。始めて。」。クレーン車は大仏を吊り上げたまま、搬送車両に向かってゆっくりと進んでいった。
その時だった。突然突風が吹き荒れ、寺の周辺を直撃した。仏像が2回、3回と大きく揺れ、前面を吊り上げていたクレーン車がバランスを崩し、横倒しになった。大仏も横倒しになったクレーン車同様に前面から倒れ落ちた。
「しまった!ワイヤーを緩めて!」。現場監督と僧侶達は慌てて大仏に近寄り、ひびや割れがないかどうかのチェックに走った。幸い大仏が倒れた場所は柔らかい土の上だったので、最悪の事態は避けられた。クレーンも横倒しになっただけで、怪我人もなく、予備のクレーン車で元の位置に立ち上げられた。
「申し訳ありません。こんな良い天気の日に突風が吹くなんて・・・」。現場監督は心配そうに見つめている僧侶達に向かって謝った。
「いえ、これもまた仏様から頂いた試練でしょう。」。僧侶達は作業の無事を祈っていっそう大きな声で経文を唱え始めた。
「では、この位置から吊り直しだ。まず倒れた大仏を起こす。前の3台は緩めて。後ろの3台は引いて。」。大仏はゆっくりと立ち戻った。
「じゃ、吊り上げを再開する。先程と同じ毎秒3センチだ。始めて。」。土の上に座った仏像がまたゆっくりと吊り上げられていった。
50cm程吊り上った所で2回目の事件が起きた。先程倒れたクレーン車のワイヤーが突然鈍い音を立てて切れてしまった。倒れた時の衝撃か何かで滑車付近のワイヤーに傷が入っていたようだ。大仏は座禅を組んだそのままの姿で垂直に尻餅をつくように落下した。
「申し訳ございません。もう、何と言って良いのやら・・・」。現場監督はまた僧侶達に謝った。
「いえいえ、これもまた仏様から頂いた試練でしょう。どうぞ作業を続けて下さい。」。僧侶達は作業の無事を祈って更に大きな声で経文を唱え始めた。
「頼むぞ!仏の顔も三度だ。次はないぞ!慎重に頼むぞ。」。現場監督とクレーン車の作業員はワイヤーや滑車の点検を丁寧に済ませ、異常が無い事を確認し、作業を再開した。
「よし、ゆっくり上げてくれ。先程と同じく毎秒3センチだ。」。6台のクレーンを同時に指揮する現場監督が無線で全員に指示を送った。大仏は座禅を組んだその格好のまま少しずつ宙に浮き、30分ほどかけ5mの高さまで持ち上げられた。
「はい、止め。次は平行移動に移る。毎秒30cm。始めて。」。クレーン車は大仏を吊り上げたまま、再度搬送車両に向かってゆっくりと進んでいった。
その時だった。後ろのクレーン車が大仏の重みに耐え切れず、前に倒れた。大仏は5mの高さから落下し、仰向けに倒れた。
「痛いのう・・・」。どこからともなく声が聞こえてきた。その声の主は大仏と気付くのにそう時間は掛からなかった。作業員や僧侶達は驚きのあまり声も出ずに仏像を見つめていた。
突然大仏が動き始めた。立ち上がり、打ち付けた後頭部や額、尻などをを撫でながら痛そうに顔を歪め作業員と僧侶達に話し始めた。
「3回目じゃ。もうよい。これ以上は痛くてたまらん。歩いていくぞ。」。大仏は自らが座っていた台座を背中に抱え、一歩ずつ大きな足音を立てながら大仏殿のある新しい場所へと歩いていった。