新しいスイッチ ~5~
誰もいない処置室で、ハルトは眠り続けるユウリをじっと見つめていた。
ユウリと初めて「キス」した時、それはもちろんドキドキして、これから先どうしたらいいんだろうと本気で悩んだ。けれど今は、その時とはちょっと違っている。
今、ふたりにとって「キス」は、特別なものではなくなっていた。
もちろん、ちょんと触れるだけの、挨拶の域を出ないかる~いキスだ。でもそれが、ハルトの心にふわふわと降り積もって、時々思いっきり抱きしめたくなってしまう。実際何度か、抱きしめてしまったことも、あったけれど……。
でも、だからと言って、ユウリとこれから恋人同士になりたいのかと問われたら素直に「うん」とは言えない。仮に、セクスレスのユウリが女性になったとしても、この気持ちは変わらないような気がする。
自分はいったい、ユウリに何を求めているんだろう?
そこまで考えて、ふぅっと息を吐きだしたとき、ベッドに横たわったユウリの瞼がぴくりと動いた。
「ユウリ」
呼びかけると、静かに瞼が開く。磨かれた翠玉の瞳が、ハルトを見つめる。
一時前の無機質な鏡とは全く違う、深く澄んだ瞳がハルトをとらえ、じんわりと滲んでいく。
「……ハルト」
「……うん」
応えると、ユウリの顔がくしゃりとゆがむ。
「ハルト、……ごめんなぁ」
ズキンと、ハルトの胸が痛む。今にも泣きそうなユウリの手を握って、その場に膝をついてユウリの瞳を見つめる。
「なんで、謝るん?」
「やって、俺……、目、さめてもうたやん?」
すっとそらされる瞳が、涙で潤んでいる。
「ハルトは、俺のこと、もう「いらん」言うたんに、俺……」
「ユウリ」
ユウリの言葉をさえぎって静かに呼びかけると、濡れた瞳がハルトを映す。
「ごめん。俺が悪かった。言い過ぎた」
こくんと、ユウリの喉がなる。
「人はな、思ってもいないことを口にすることもあるんよ。本気やなくても、頭にきて、言ったらあかんことまで、言ってしまうことがあんねん。それを、俺はユウリに教えとかんかった。ごめんな」
全ての言葉を直接受け容れることしかできないユウリに、言うべき言葉ではなかった。
「……ごめんな。「行ってまえ」なんて嘘や。ただ、なんかむかついてたんよ」
「なんに?」
「……おまえが、トオルとキスなんかするからや」
すると「ぁっ」と小さく声をあげて、ユウリがすっと視線を逸らした。悪いことをした自覚はあるのかと、そっと問いかけてみる。
「なんで、あんなこと、したん?」
ハルトの優しい声音にちろりと視線を向けて、ユウリが話しだす。
「……怖くなったんよ。ハルトが……」
「は?」
それは本当に、想像もしていない言葉だった。




