新しいスイッチ ~4~
いつもなら、のんびりとコーヒーでも飲みながら、ユウリのメンテナンスを待つ父の研究所で、ハルトは膝の上で手を組んだまま動けずにいた。ドアの音がするたびに飛び上がることにも疲れて、いまはもうぐったりと座り込んでいる。
「ハルト」
時間の感覚すらなくなってしまった頃、父がハルトを呼んだ。
昏い瞳で見上げるハルトに、父は安堵を促すように笑って見せる。その笑顔に、じわーっと目頭が熱くなる。
「……まさか、あんなんなるなんて、思っとらんかったんよ」
いっぱいの後悔が滲む声音に、父はハルトの隣に腰掛ける。
「なぁ、ユウリ、大丈夫なんか?」
まだ不安で、怖かった。でも、父の表情に少しだけ安心して、一番大切なことを確認する。
「大丈夫ですよ。データも飛んでないし、今までの経験値もちゃんと残っていますよ」
その言葉に心底脱力するハルトに父は優しく笑って、元気づけるようにポンポンと肩を叩く。そして、「私もビックリしたんですよ」と話し始める。
「前回のメンテナンスで、問題点はひとつもなかったのに、なんで? ってね」
「悪かった。俺が、変なこと言うたからやろ?」
「ユウリくんのデータを見たら、ハルトの「行ってしまえ」という言葉に反応したみたいなんですけど、そんな制御機能に心当たりはなくて、なんでこの言葉でそうなったのか調べてみたんですよ」
ハルトの心臓がズキンと痛む。一番最後に見せられた捨て猫の瞳が、あざやかによみがえる。
「そうしたらね、どうやら成長段階で、ユウリくん自身がそうなることを望んだみたいなんですよねぇ」
「望んだ?」
「そう。ユウリくんにとって、ハルトは全世界なんですよ。子供にとっての親みたいにね」
訝しげに父を見上げるハルトに、優しく笑って続ける。
「だから、ハルトの「行ってしまえ」という一言が本気だと判断して、ユウリくんは自分を止めてしまったんですよ」
「そんな……、ユウリは、俺だけのもんやないやろ……」
言いながら、自分のものだと言ってしまいたい自分が、ハルトの中には確かにいる。
それでも、どんなに精巧に出来ていても、ユウリは機械なのだ。それも開発用の試作品だ。この先、どうとでも変わっていける未来の中に、ユウリはいる。
「その辺りの自覚が、まだハルトには足りないんですね。あんなに、好かれているのに」
「そんなん、思えるわけないやん。あいつは、俺のこと、ただのパートナーとしか思っとらんよ」
なにせトオルに「キス」をしかけるくらいなんだから……。
思い出して、ちょっとへこむ。そりゃトオルのほうが優しいし、頭も良いし、心だって狭くないし……。
そんなふうに、いじいじと落ち込みはじめたハルトに父が言う。
「だったら、ちゃんと本人に確認しなさい」
それが出来れば苦労しない。だってハルトは、自分の気持ちすら決めきれずにいる。この「恋」に似た気持ちがなんなのか、わからずにいる。
「とにかく、ユウリくんはもう大丈夫だから、目が覚めたら声かけて、ほっとさせてあげてくださいね。それから、念のため、もう一度メンテナンスしますから、今日は此処に泊まるようにって、そう伝えておいてください」
そう言って、父は自分の研究室に戻っていった。




