新しいスイッチ ~3~
もともと昨日の「とんでもキス事件」のせいで虫の居所が悪いハルトは、一瞬前の罪悪感もどこへやら、ユウリをすっぱりと無視して洗濯の続きに取り掛かる。ぽつんと放置されたユウリが「……もぉええ」と呟いて、ベランダから離れていく。ハルトは苛ついたまま洗濯物を干し続け、全ての洗濯物を干し終わってから部屋に入った。
すると、ユウリがいつものように部屋の角っこで小さくなっている。
「……ユウリ、それも洗わなあかんのやろ? はよう着替え」
パジャマのままでいるユウリは、ピクリとも動かない。
「なぁ、聞いとる?」
それでもユウリは膝を抱えたまま、ハルトを見ようともしない。
その態度に、ハルトの何かが、心の中の何かが、プチッと音を立てて切れてしまった。
「なんやねん! その態度は!」
ユウリに対して、そんなふうに声を荒げたのは初めてだった。
もともと、腹が立っても直接相手にぶつけることには躊躇してしまうハルトだった。だから昨日も、トオルにはもちろんユウリにでさえも、ひとっ言も文句も不満も言っていない。面と向かって言ってしまえば、その相手との関係が終わってしまう可能性だってある。その覚悟を持てないハルトは、他人と口論が出来ずにいた。
なのに今日は、ユウリに苛立って苛立って、どうしようもなかった。
「おまえ、そんな我儘言うんやったら、俺には面倒みきれん! トオルのとこでも、どこへでも、好きなとこに行ってまえ!」
「トオルのとこ」というのは、完璧に当てこすりだった。けれどユウリはその当てこすりに、ビクッと身体を硬直させた。そして、まるでコマ送りの動画のようなゆるやかさで、ハルトを見つめた。その瞳は、今まさに棄てられようとする仔猫の瞳、そのものだった。
ハルトの心臓が、じくっと痛む。
と同時に、ユウリの薄いピンクの唇が、小さく震えて……、
「……ハ、……ル……」
カクン……と、床に倒れこんでしまった。まるで、マリオネットの糸が切れてしまったように。
「……ユウリ?」
目を開けたまま、ピクリとも動かなくなったユウリに背筋が凍る。
慌てて駆け寄り、抱きあげたユウリの身体は冷たい。もちろん、機械が冷たいのは当然だけれど、ユウリを冷たいと感じたのはそれが初めてだった。
「なんでっ?」
ぽっかりと空いたままの瞳に、ハルトが映っている。けれどそれは人形のそれで、くるくると変わる表情があったことさえ、まるで幻だったんだと言わんばかりのそっけなさで。
「ユウリッ!」
叫んでも、ユウリの瞳に光が宿ることはなかった。
ヒューマノイドの命を握るのは、人間。
パートナーに「いらない」と言われたら、ヒューマノイドに生きる権利はなくなってしまう。




