新しいスイッチ ~1~
夏休みも半分ほど過ぎて、そろそろ休み明けのテストの準備でも始めなければと思う、今日この頃。トオルが鼻歌交じりにハルトのマンションの鍵を開ける。
いつもならまっすぐに書庫室に向かうのに、自分の悪巧みの結果が楽しみで、そーっとリビングのガラス張りのドアまで行って、ちろちろと中を覗き見たりしていた。
すると、トオルに気づいたユウリがぱたぱたとかけてくる。
「トオル! おはよぉ!」
満面の笑顔のユウリがパンとガラス戸を開けて、ドンと首元に抱きついてくる。
今まで、こんなふうに迎えられたことが無いトオルがビックリするのも束の間、次の瞬間、
―― えっ……?
ふわっと、トオルの唇に、ユウリの唇が、触れた。
―― えーっ!
それはほんの一瞬の出来事で、トオルは大きく目を瞠ったまま固まってしまう。ユウリは何事もなかったかのように背を向けて、とことことリビングに戻っていく。
ユウリの、突拍子もない行動には慣れているつもりだった。けれど、これはもう、なにがどうしてこうなったのかトオルには見当もつかない。そして、そのことを考える以前に、その向こうでトオルを見るハルトの視線が怖すぎた。
「おっ、おはよう……」
おそるおそる口を開けば、さっと視線をそらして「はよ」と短い返事が返ってくる。無視されないだけよかったと思えればいいのだけれど、ハルトの声はとてつもなく低く、絶対零度の冷たさで……。
あんまりな状況に、トオルは読みたかった本を一冊手に、そそくさとマンションを後にした。
一方、ハルトはというと、トオルが出て行ったと同時に書庫室に閉じこもっていた。
そして、中から鍵をかけて誰も入って来られないようにしてから、防音設備万端の書庫室で思いっきり切れていた。
バンバンと机を叩きカウチを蹴飛ばし、それでも吐き出せないイライラを、大きなクッションに拳を叩きつけることでなんとか抑え込んだ。
今、目の前で起こった出来事に、感情がついていかなかった。
そう、「キス」はただの挨拶だ。そう教えたのは自分だ。でも、挨拶は挨拶でも、特別な挨拶だから、他の人とはやっちゃダメだってあんなに言ったのに。なんでユウリはトオルに「キス」したんだろう。さっぱりわからない。その上、約束を破ったくせに、謝るどころか振り返りもしないで、涼しい顔をしてベランダに出て行ったユウリに強烈な怒りがこみ上げた。
もちろんその「キス」に、恋愛感情なんて絡んでないことは百も承知している。けれど、それでも、思い返すと胸の奥底がじりじりと焦げ付くように痛んで、どうにもこうにも冷静ではいられないハルトだった。
そのころ、ユウリはというと……、
ひとりぽつんとベランダに立ちすくみ、俯いて自分の唇を撫でていた。その表情はなんとも寂しげで、いまにも泣きだしそうに見える。けれど次の瞬間、指先をぎゅっと握りこんで、何かを決意したような視線を空に向ける。
ユウリが何を考え、そして決めたのか、それは誰にもわからなかった。




