トオルの受難 ~6~
ユウリが「キス」なんて言葉を出してきたことが衝撃なら、そんなことが出来る相手は一人しかいなくて、ちっちゃいころからよく知っているハルトが、まさか男の子相手にそんなことしてるなんて夢にも思わなくて、
―― ハルト、……そっちの趣味やったんか……。
と、なんだか呆然としながらも、いちおう確認する。
「相手は、ハル……」
「あたりまえやん!」
トオルの言葉尻をかき消して、ユウリが応える。
―― なにが「当たり前」なんやろう……?
「やって「キス」って、「うーんと親しい人」とする特別なあいさつなんやろ? 俺、他の人としたらあかん言われてんねん」
―― 他の人とは……、ふーん、あっそ。
なんとなく、だんだんに、トオルはしらーっとした気分になってくる。
「やから、俺が「キス」するんは、ハルトだけやもん。トオルとも、パパさんともしたらあかんねんで」
そんなことを自慢げに言われても、トオルは脱力するしかなかった。
これはもしかして、「犬も食わないなんとやら」になるのかなと思い、「いやいや、ユウリはセクスレスなんやから、そういう気持ちにはならへんやろ」なんて打ち消し、でも、この二人の会話にいつも微妙に「惚気」を感じてしまうのはいつものことで……。
今やトオルの頭の中は、ぐちゃぐちゃだった。
「ほならええやないか。なにも困ることあらへんやろ?」
なので、適当に流してしまおうとしたのだけれどユウリは浮かない顔をする。
「……良く、あらへんもん」
「なんで」
「やって、壊れる気ぃ、するもん……」
「あぁ……」
そう言えば、ユウリは最初にそう言ったっけなと思い返す。
「俺、ショートしそうや言うてるんに、ハルト、笑うんやで」
ユウリは泣きそうになって言うのだけれど、トオルの頭のなかには、ユウリにそう言われた時のハルトの表情がはっきりと思い浮かんでしまう。頭のなかのハルトは、見ているこっちが恥ずかしくなるくらいにやけている。
自分のキスで、相手に「ショートしてまう」なんて言われたら、これがにやけずにいられるかってなもんで……。
「やから、もしかして、ハルトは俺のこと、壊してしまいたいんかなぁなんて、思ってまうんよ」
言いながら、しゅんと肩を落とすユウリは、多分本気で困っているのだろう。
けれどトオルは、頭のなかのハルトのにやけ顔のせいで、どうにも考えがまとまらない。なので、ごまかしついでにユウリの頭をぽんぽんと撫でる。
「ユウリ、それはあらへんよ。ユウリが壊れたら、一番哀しむのはハルトやよ」
「ほんまに?」
「うん。それに、ハルトもきっと、ユウリにキスするときは胸が痛なる思うよ」
「ハルトが?」
「うん」
「えぇーっ、うっそやーん。ハルト、いーっつも澄ましてるで!」
それは「照れ隠し」というものだろう。な~んて思ってしまって、トオルがくすっと笑う。すると、
「……なんで、笑うん……?」
ユウリの下唇がむーっと出てきて、これはいけないとトオルが「コホン」とひとつ咳払いをする。
「ユウリ、キスはな、誰にでも出来ること、ちゃうんよ」
「うん、それは知っとる。「特別」って意味やろ?」
「そう。やからな、ハルトが「キス」してくる時点で、ユウリのことを壊したいなんて、思っとらんってことになるんよ」
「そうなん?」
「そうやよ」
「……そうなんかなぁ……」
まだ信じきれないようすで小首を傾げるユウリに、トオルは「ピンッ!」と、とても楽しい悪戯が閃いてしまう。




