トオルの受難 ~5~
「人間の赤ちゃんてな、お母さんのお腹ん中で、ずっと水につかってるんよ」
「知っとる! 羊水って言うんやろ?」
「正解。そっ、だから人間は、水ん中で育つんよ」
きときとと磨かれる瞳が、陽光に透けてきらきらと翠に煌めく。
それは本当に綺麗で、ユウリが明らかに人ではないものだと見せつけるような美しさだった。けれど、
「やからな、人間はな、水がたくさんの風景は、それだけで懐かしいような気持ちになるんよ。きっと、生まれる前のこと思い出すんやろ」
トオルはユウリに、多分ユウリが喜ぶだろう一言を告げる。
「ユウリが、海を懐かしいって思うのは、そういうことなんやないの?」
すると、トオルの思惑とは裏腹に、ユウリは急に覚束ないような表情になって、
「……でも俺、ママさん、おらんし、……腹ん中から出てきたわけやないで」
寂しそうに言うから、
「でも、海見ると、懐かしい思うんやろ?」
「うん」
「やったらそれは、「生れる」って感覚が、機械も人間も同じってことなんやないの?」
と、まだ少し心配そうなユウリに笑ってつけたした。
「そういうことに、なんのかなぁ?」
うかがうように問いかけるユウリに、トオルが深く頷く。
「うん。きっとそうだよ」
そこで初めてユウリが、安心したようにほんわりと笑った。
「ま、この写真の中に行くのは難儀かもやけど、なにも此処行かんでも、綺麗な海は日本にもいっぱいあるよ」
「ほんま?」
「うん。今度ハルトに言ってみ。きっと連れてってくれるよ」
なんの気なしに言ったトオルに、ユウリはちょっと心配そうな顔をする。
「なん? まだ機嫌直っとらんの?」
「そういうんやなくて……」
また少し迷うような素振りのあとじーっと、それはそれは真剣な表情でトオルを見る。
「あんなぁ、「キス」って言う挨拶、トオル知っとる?」
「はぁっ?」
あまりの唐突さに、トオルが絶句する。
「トオルは、「キス」、誰かとしてるん?」
けれど、たどたどしく問いかけるユウリはなんだか心細げで、茶化すことも出来なくて真面目に問い返す。
「なんで、そんなこと聞くん?」
目の前に膝をついて座るユウリが、視線を泳がせながら応える。
「あんな、なんか変なんよ。トオル、ロボットのことくわしいんやろ?」
「いや、そんなくわしいわけや、ないけど」
自信無さげに言うトオルに、ユウリがぐいっと身を乗り出してくる。
「あんな、「キス」って、なんか変やないか?」
「変って……、どんなふうに?」
「挨拶なん、あれ? どっか壊れるんちゃうの?」
「は?」
「最初はな、俺も「キス」好きやってんけど……、最近、ハルトがおかしいねん」
おかしい? ハルトが?
「ちょんって、さわるだけやなくて、なんや? ぎゅーってしてくんねん」
ぎゅーっ? ハルトが?
「俺、そうされると、なんか、かーって頭とか身体とか熱くなるん。熱くなってな、ぼーっとなるん。やから、俺、ショートしてまうんやないかって、怖くなるんよ」
ちゃんと聞いてやろうと身構えたものの、トオルは頭の中がぐるんぐるんしてくる。




