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トオルの受難 ~4~

「なぁ、なぁ、トオル?」

 ハルトが月一回の登校日で出かけた後、いつものように蔵書部屋にいたトオルのところにユウリがひょっこりと顔をだす。機嫌が直ったらしいなと思いながらも、蒸し返すようなことをしないトオルが「なに?」といつもどおりに返事をする。


 この部屋にいるトオルに、「何を読んだら、(かしこ)くなれるん?」なんて話しかけてきたユウリは、今も新しい本を選ぶときには必ずトオルに聞いてくる。今日もそうかな? なんて思っていた。すると、

「なぁ、トオル。ここって、近いん? こっからすぐ行けるん?」

 ユウリが、両手で抱えてきた大きな写真集を、ガバッとトオルの目の前に広げた。


 本の中には見開きで、ハワイの写真が載っていた。海にせり出すバルコニーからでも撮ったのか、見下ろす海の向こう側にあるダイヤモンドヘッドが、まるで海に浮かんでいるような写真だった。

 真っ青な空の下、海はターコイズ、アイスブルー、そして紺碧へと、美しいグラデーションを描きながら遠くダイヤモンドヘッドへと続いている。


「めっちゃ綺麗やと思わん? こんなん、ほんまにあるん? これ、絵とちゃうん?」

 写真を見つめたまま、はしゃいだように言うユウリの淡い碧の瞳を、透き通った青が染める。


「この場所は、飛行機に乗らなあかん場所やけど、海なら近くにあるよ」

「海? これ、海なん?」

「うん。海、知っとるん?」

「知っとるよ。俺らが暮らす地球は、ほとんどが海なんやろ? パパさんにもらった教科書に載っとったもん。やけど、これとはまるっきり違っとったよ。これ、ほんまに海なん?」


 確かに、教科書に載っているような味もそっけもない写真とは比べ物にならないだろう。


「写真集は綺麗がお仕事やからなぁ。まぁ、でも、綺麗なところだよ」

「いいなぁ。……行ってみたいなぁ」


 なんとなく寂しそうに呟くユウリに、飛行機は無理だろうなと、ふと思う。まんま機械のユウリが、金属探知機に引っ掛からないわけがないことを、多分ユウリ自身もわかっているんだろう。


「海、好きなん?」

「うん。俺、ほんまの海は見たことないんやけど、時々テレビとかに映るやん? 綺麗やなぁ、思う」

 写真を見つめて、憧れるように話すユウリが考え込むしぐさをする。


「あとな、なんや、ようわからんのやけど、……なんか、懐かしい気がすんねん」

「……へぇ」

「あんな、俺、「懐かしい」ってほんまはようわからんのやけど、ハルトが教えてくれてん」

「ハルトが?」

「うん。なんかな、俺、海見ると、「綺麗やなぁ」って思うと同時に、なんとなく胸のあたりがむずむずして、寂しいみたいな気持になるんよ。ハルトにそう言ったら「それは懐かしいって気持ちに似とるよ」って」


 そこまで聞いてトオルは、ハルトの父は随分と繊細にユウリを創ったんだなと感心していた。常々(つねづね)すごい人だとは思っていたけれど、なおさら尊敬してしまう。

 さすがに、機械に既視感(きしかん)などと言うものはないだろうけれど、もしも「海」をそんな風に思えるのであれば、それは人間により近いということになるような気がしていた。


「じゃぁ、ユウリに一個、良い話、したるよ」

 トオルの一言にパッと写真から顔をあげて、ユウリが「なん?」と瞳を輝かせる。好奇心いっぱいに瞳を瞠るユウリに向かって、トオルが話しだす。

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