キスって、なぁに? ~7~
それから一週間。
月に一度のメンテナンスに付き添いで来ていたハルトは、研究所内のカフェテリアで優雅にコーヒーなんぞを飲んでいた。
こくんと一口、美味しいコーヒーを味わうハルトの前に、白衣姿で腕組みした父が立つ。
「ハルト、ユウリに「キス」教えました?」
いきなり直球の質問に、ハルトは飲んでいたコーヒーを「ブホッ」っと、盛大に吹き出してしまう。
ゲェッホ、ゲッホと咳き込むハルトの耳に、父の小さなため息が聞こえる。
あれはな、偶然や! それも、ユウリがぶつかってきたんやで! 俺が教えたわけやないわ!
と、叫びたいのに咳が止まらない。
ハルトの前に座った父が、ちょっと思案気な表情で口をひらく。
「ユウリには恋愛の機能なんてつけてなかったんですけど、ハルト、いります?」
いるもなにも、そんなん俺が選ぶことちゃうやろ! っていうか、恋愛?
これも、声にならない。
「ま、もう、その必要もないみたいですけどね」
ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をするハルトの前で、父はくつくつと笑っている。
「まさかハルトとユウリが「恋」するなんて、思ってもみませんでしたよ」
「はぁ?」
やっと出せた声は、言葉にならない。
でも、息が乱れたままでも、父が妙なことを言っているのはわかる。
何せ相手は、どんなに精巧に作られていても機械で有ることにかわりない。その上、今はまだセクスレス状態だと言うけれど、最初の設定の一人称が「俺」の時点で男の子を念頭につくられたのではないかとハルトは思っていた。ユウリは飛びぬけて綺麗ではあったけれど、切れ長の涼しげな瞳は意外に凛々しくて女には見えない。
その機械相手に「恋」とはどういう意味だ? セクスレスのヒューマノイドと、恋愛? 何をどうして? 混乱するハルトを他所に、父はなんだか嬉しそうだ。
「まぁどっちにしろ、ユウリはハルトに預けたものだから、大事にしてくださいね」
大事にして、結婚にでもこぎつけるか? ……んな、あほな……。
「次のメンテナンスが楽しみだなぁ」
ハルトの混乱をほったらかしにして、父はまるでスキップするみたいな軽い足取りでカフェテリアから出て行ってしまった。
そんなわけで、順調に育っていたはずのヒューマノイドにこの先何を教えればいいのか思案も底をついて、ハルトは心底悩んでいた。
だってハルトもお年頃。その手の好奇心は人並みに持ち合わせている。その証拠……、と言えるかどうかはさておき、今やふたりにとって「キス」は日常になってしまっていた。
おはようの「キス」。おやすみなさいの「キス」。いってらっしゃいの「キス」。すきあらば「キス」したくなる自分を「アホか」なんて心でぼやくけれど、ユウリの唇は甘くてやわらかくて、ついついしたくなってしまうハルトだった。
なのに、相手は機械なのだ。それも見た目はばっちり、男だ。こんな、想定外だらけの恋愛、誰が望む?
はぁっと盛大にため息しながら顔を上げれば、視線の先にはきらきらと笑うユウリがいる。機械のくせにちょっと照れたような表情を見せたりするから、もうほんとうに、どうしたらいいのかわからない。
これはもう、まるで「初恋」、……なんて思ってしまって、なおさら落ち込むハルトだった。




