キスって、なぁに? ~5~
「おまえ、本、いっぱい読んだ、ゆうたよな」
「うん」
「どんなん、読んだん?」
ハルトの問いに、ユウリはうーんと考え込む。
「あんなぁ、「いまさら聞けない常識」とかっていうのとか、あとな「綺麗な日本語の使い方」とか。トオルに選んでもらってん。そうや、あと、ハルトの教科書とかも読んだよ。でも、ちんぷんかんぷんでわからへんから、パパさんにそう言ったら、小学校から中学校までの教科書くれてん。やから今は、それ読んどるとこや」
「小説、とかは、読んどらんの?」
「小説?」
「うん。物語っていうんかな。漫画とか」
「あぁ、テレビドラマみたいな嘘っこのやつな。それはまだ読んどらんよ。やって俺、はよう賢くなりたいんやもん。嘘っこのなんて、読む暇あらへんよ」
これではっきりした。
ユウリが言う「テレビドラマ」は「朝の連続テレビ小説」のことだった。
ユウリがこのマンションに慣れ始めたころに始まったそれを、ユウリは楽しんで観ていた。けれど、ハルトが「これ、全部、嘘なんやで」なんて意地悪言ったものだから、今はもう見ていないらしい。それに、なにせ普通の生活が覚束ないユウリだったから、テレビはもう少し常識を教えてからと思っていた。そしてハルトもユウリの世話……、というか、子育てよろしくじっくりとドラマを見ている時間なんてなかった。勉強だってあるし。
だから、小説も読んでないユウリは「キス」どころか「恋愛」すら知らないんだと思いいたる。
そう分かった瞬間、ハルトはなんだか気が遠くなってしまった。
なのでもう、「キス」の本当の意味は教えないでおこうと思う。だって、「キス」を教えるなら「恋愛」も抱き合わせのように教えなきゃいけない。ハルトは自分に「恋愛」を上手に説明出来るとは思えなかった。
「おまえの唇、ばっちいなんて、思っとらんよ」
ぽつんと呟けば、納得いかない表情のユウリが、じーっとハルトを見上げてくる。
「ただな、今のは「キス」いうてな、特別なあいさつやったから、ちょっとビックリしただけや」
そうそう、外国では「キス」は日常の挨拶や。まちがっとらん。
なんて、心で言い訳する。
「キ、ス?」
「うん」
「あいさつ?」
「うん。そうや」
「口、ぶつけるんが?」
「いや、ぶつけるんじゃなくて、そっと触る感じかな?」
そっと触る、なんて……、なんだかいやらしくないか?
「……さわる? 口で、口を?」
「そう、でもこれは特別なん。うーんと親しい人とするもんやから、俺以外にやっちゃあかんねんで」
言えば言うほど罪悪感みたいなものが、ちりちりとうずきだす。
だって、「キス」の本当の意味をぼかして自分にだけは「OK!」なんて言っている時点で、やっちゃいけないことをしている感、満載なのだ。
「えっ、じゃぁじゃぁ、パパさんやトオルとは? やったらあかんの?」
「あっかんに決まっとるやないかっ! そんなんしたら、俺がこの家出てったるわ!」
あまりの剣幕に、ユウリの肩がびくんと竦む。
「訊いてみただけやん。そんな、怒ることなん?」
あっ、そうだった。ユウリは「キス」の意味を知らなかったんだと、いかった肩を引き下ろし、冷静に、冷静にと自分に言い聞かす。




