10.光の向こうへ
まぶたの裏に、柔らかな光がさした。
ゆっくりと目を開けると、見慣れた木の天井が揺れた。
朝の光が差し込んで、部屋が淡く染まっている。
(……いま…の…夢……?)
胸の奥がじんわりと熱い。
涙のあとが頬に残っていた。
私は、小さな両手を胸の前で合わせた。
「……かみさま……」
さっきまで夢の中で会っていた娘の面影が、まだ胸の奥に温度を残している。
「……会わせてくれて……ありがとう……」
声が震える。
「……あやまらせてくれて……ありがとう……」
夢の中で抱きしめた、あの細い肩。
震えていた小さな手。
涙で濡れた瞳。
全部が、胸の奥にやさしく刺さっている。
「……どうか……あの子が……しあわせで……ありますように……」
言葉が静かに溶けていく。
「……わたしのことなんて……おぼえてなくていいから……どうか……自由に……」
最後の祈りを呟いた瞬間だった。
胸の奥にある「前世の記憶」が、ふっと風に吹かれた蝋燭の炎みたいに揺らいだ。
(……あれ……?)
手を伸ばして掴もうとすると、すり抜けてしまう。
名前。
声。
玄関の雨。
泣きはらした顔。
ひとつ、またひとつ…
光の粒になって、指の間からこぼれ落ちていくように消えていく。
(……あれ…?)
さっきまで鮮明だった娘の顔さえ、輪郭が曖昧に溶けていく。
必死で思い出そうとするけれど、それはもう“この世界のニア”には持ちきれない重さだった。
(……なんで……泣いて……?)
頬を伝った涙の理由も、もうわからなかった。
胸の奥が寂しいような、でも不思議と安らかな気持ち。
やがて、すべてが静かに溶けていった。
——スゥッ……
前世の記憶は、まるで最初から存在しなかったみたいに消えた。
⸻
「ニア?起きたの?」
ドアの向こうからエリナの声がした。
その声があまりに温かくて、胸が一気に満たされる。
「……エリナ!」
私はパッと笑って、ベッドから飛び降りた。
足が床についた瞬間、理由のわからない嬉しさがこみ上げる。
エリナが腕を広げてくれた。
「おはよう、ニア。今日もいい天気ね」
「うんっ!!」
エリナの胸に飛び込む。
ふわりと抱きしめられる。
(……あったかい……)
そこへライルも顔を出した。
「お、ニア。今日も元気だな」
「ライルー!!」
走って抱きつくと、ライルが笑って抱き上げてくれた。
ほんの少し前まで、胸の奥に刺さっていた“何か”は、もう跡形もない。
今の私の世界は、手を伸ばせば届く温もりと、
名前を呼べば返ってくる笑顔だけ。
「えへへ……ニア、しあわせ……!」
自分でも驚くほど自然に、その言葉がこぼれた。
エリナとライルは顔を見合わせ、優しく微笑んだ。
「私たちも幸せよ、ニア」
「今日もいっぱい遊ぼうな」
私は二人の手を両方つかんだ。
その瞬間、胸の奥にあった小さな痛みは完全に消え、代わりにまっさらで、やわらかい未来だけが広がっていた。
(……なにか……たいせつなことが……あった気がするけど……)
…思い出せないや、でも大丈夫。
今、私は愛されている。
この世界で、ちゃんと生きている。
それだけで十分だった。
「いこっ!!」
私は笑って、エリナとライルの胸に飛び込むように抱きついた。
あたたかな光の中で、新しい朝が静かに始まった。
ニアとしての、本当の人生がここから始まっていく。
最後まで読んでくれてありがとうございました!




