第4話:“無能”だったはずの少年、王国に睨まれる
──王都・魔法通信塔 第六塔室──
「……また黒鋼狼の群れが、辺境で殲滅された?」
魔導水晶に映し出された報告に、魔法研究所長セディア=ルーベルは目を細めた。
「しかも、“聖女エリス”と“カイン=アレスト”の名が現地で確認されたとのことです」
「……ふむ。あの二人は確か、処分済みのはずだが?」
「“処分”ではなく、“追放”です。まだ正式な令状も出ていません」
報告者が頭を下げる。
セディアは魔導水晶の映像を拡大し、村に残された魔力痕跡を読み取る。
回復魔法の余波──だが、尋常じゃないほど“深く巻き戻った”痕跡がそこにあった。
「……時間操作。まさか、聖女がそんな……」
彼女は小さく舌打ちし、机を叩いた。
「放置しておけば、王の逆鱗に触れる。……すぐに追跡班を送れ」
「では、討伐命令を?」
「……否。連れ戻す。“使い方”さえ間違えなければ、あの力は神にも匹敵する」
──一方その頃、辺境の村。
僕とエリスは、森の小屋に一晩泊めてもらっていた。
村人たちは、黒鋼狼を追い払った僕に対して、多少は感謝の色を見せてくれている。
でも、本当に感謝されるべきは彼女の方だ。
僕は軽傷だったとはいえ、一度“死んでいた”のだから。
「エリス。……昨日のこと、覚えてる?」
「昨日?」
彼女は首を傾げた。
「うーん……確か、カインが戦って、狼を撃退して……でも、その後が……ちょっと、ぼんやりしてるかも」
「僕が、どんな傷を負っていたかは?」
「……あれ? ……え? カインって、怪我したっけ……?」
――やはり。
彼女の中から、“僕が傷を負った事実”が消えている。
つまりそれは、「その瞬間に戻った」ということ。
彼女の回復魔法が、僕の時間を巻き戻した証拠だ。
(このままだと……エリスの中の“現実”は、すり減っていく)
彼女の記憶の“地盤”が崩れはじめている。
このまま使い続ければ、きっと、自分の名前すら忘れてしまう。
その時、村の外から慌ただしい足音が響いた。
「か、カインさん、エリスさん! 王都からの騎士団が……! “あなた方を保護する”と……!」
「保護、だと?」
やっぱり来たか。
王都は、彼女の“力の正体”に気づき始めた。
そして今度は、前のように追放などしない。今度は……“利用”するつもりだ。
エリスは少し不安げに僕の方を見る。
「カイン、どうしよう……私、また何かしちゃった……?」
「君は悪くない。全部、王都の勝手な都合だ」
だからこそ、ここで捕まるわけにはいかない。
彼女を、再び“道具”にされる前に。
僕は手を握り、彼女に告げた。
「逃げるよ、エリス。今度は、僕が“全部の時間”から君を守る」
「……うん、わかった」
僕らは走り出した。
彼女の力を、本当に“癒し”として守るために。
──今度こそ、世界が間違っているなら、世界の方を変えてやる。