第3話:見習い魔法学者、魔物の群れに立つ
黒鋼狼――それは、王国でも上位の危険種に分類される魔物だ。
鋼鉄のような黒い体毛に覆われ、並の剣や魔法では傷一つつかない。
俊敏で、集団行動をとり、獲物を確実に仕留める狩人。
そんな魔物が、五体も、辺境のこの村に現れた。
「逃げて! 家に隠れて! 絶対に外に出ちゃダメ!」
村人たちは怯え、家々に逃げ込んでいく。
だが、僕とエリスは、森の入り口――魔物たちが姿を現した場所に立ち尽くしていた。
「カイン、やっぱり私が……!」
「だめだ。君の力は使わせない。……僕に任せて」
エリスが回復魔法を使えば、確実に勝てる。
死んだ者すら蘇る。怪我なんてなかったことになる。
だけどそのたびに、彼女は記憶を失っていく。
僕の名前も、僕との出会いも、やがて消えてしまう。
そんなの、絶対に嫌だ。
(なら……頭を使え。僕は戦士じゃない。魔法学者だ)
黒鋼狼の特性。弱点。群れの行動パターン。
学者としての知識を、総動員して分析する。
「……そうだ。鳴き声のタイミングがずれてる。あれは“群れ”じゃない、群れに擬態した別個体だ……!」
僕は懐から取り出したのは、自作の小型魔術具。
これは魔力を一点集中させて、任意の物体を過熱する実験用の簡易具だ。
これを……黒鋼狼の毛皮の隙間、鼻孔近くの皮膚に――!
「……喰らえ、マナ焦点焼!」
シュッ――という鋭い音と共に、魔法光が一直線に走り、黒鋼狼の顔面に突き刺さった。
次の瞬間、奴は目を押さえてのたうちまわる。
他の魔物たちも、一匹がやられたことで混乱し、統率を失って散り散りになる。
「い、いける……! このまま分断して各個撃破すれば……!」
だがその時だった。
森の陰からもう一体、こちらの死角を突いて飛びかかってきた影があった。
「カイン、危ないっ!!」
バギィィィィッ!!
鋭い爪が、僕の腹を斜めに裂いた。
血が飛び散り、視界が赤に染まる。
地面に叩きつけられ、呼吸が止まった。
思考が、途切れる。
(やっぱり……僕には、荷が重すぎたのか……)
だが、意識が落ちる寸前――
耳に、彼女の声が聞こえた。
「……お願い……時間よ、巻き戻れ――!」
世界が、白く光った。
「カイン……? どうしたの、そんな顔して」
目を開けると、そこにはエリスがいた。
何の傷もない僕を、心配そうに覗き込んでいる。
「え……? 君、今、何て……」
「え? 私、何か言ったっけ?」
その笑顔に、僕は絶句した。
やっぱりそうだ。
彼女の“回復”は、対象の時間を巻き戻す力だ。
今の一撃で、僕は確かに死にかけた。それを“なかったこと”にしたのだ。
代償に、エリスは──また何かを失った。
「……俺の名前、覚えてる?」
「なにそれ、変なこと聞くね? カイン、でしょ?」
「……そっか。よかった」
今はまだ、覚えていてくれている。
でもこの先、何度も繰り返せば、きっと……。
(そんなの、絶対にさせない)
僕は静かに拳を握る。
もう、彼女にこの力を使わせないと誓った。
彼女を“救って”ばかりの世界なんて、間違ってる。
だから僕は、彼女を守るために――
世界そのものを、変えてみせる。
──彼女が、“回復魔法しか使えない”と信じられているうちに。