第2話:回復魔法で蘇った命──王都郊外・辺境街道沿いの森──
「……もう、大丈夫。動いても平気だよ」
エリスの優しい声と共に、老婆の体が淡く光に包まれた。
村の老婆――マリ婆さんは、毒蛇に噛まれて瀕死だった。
普通なら助かるはずのない傷。だがその体は、まるで最初から怪我などなかったかのように、完全に治っていた。
「う、嘘だろ……さっきまで痙攣してたのに……」
「毒も、傷も全部……消えてる?」
集まった村人たちは、驚愕の目で聖女エリスを見つめている。
けれど、当の本人は、ひどく申し訳なさそうに頭を下げていた。
「……すみません。私の“癒し”は……他の人より、少し強いだけなんです」
そう言って微笑む彼女の顔は、どこか影を落としていた。
だが、僕は見逃さなかった。
回復魔法が発動した瞬間、マリ婆さんの腕の傷が閉じたのではない。
**傷を負う前の状態に“戻っていた”**のだ。
皮膚の裂け目、血管の切断、血液の毒――それらが「治った」のではない。
**“なかったことになった”**ように、痕跡すら消えていた。
その異常さに、村人たちはまだ気づいていない。
彼らは「聖女の力はすごいな」と言うだけで、それが世界の理から逸脱していることを理解していない。
だが、僕だけは確信した。
これは“回復”なんかじゃない。時間操作……いや、もっと恐ろしい力だ。
その証拠に、エリスは回復を使うたびに──
「……うぅ……ごめん、カイン……ちょっと、頭が……」
彼女は、苦しそうにこめかみを押さえ、座り込む。
「また……記憶が飛びそうな感覚……何か、大事なことを……忘れてる気がするの……」
これだ。
この力は使うたびに、“誰かを救うたびに”、エリス自身を削っていく。
「無理に魔法を使わなくていい。これ以上、君が壊れていくのを見たくない」
僕はそう言って、彼女の手を握る。
それは、彼女にとって何の意味もない言葉かもしれない。
次に回復魔法を使えば、今の会話すら、彼女の中から消えてしまうかもしれない。
でも、それでも僕は言いたかった。
「君の力は、誰よりも優しくて、誰よりも危険なんだ」
──この世界がその意味に気づく前に。
僕が先に、彼女を守らなきゃいけない。
そう決意した瞬間だった。
村の外れから、魔物の悲鳴と絶叫が聞こえた。
「た、た、大変だ! 黒鋼狼だ! しかも群れで……!」
村人の叫びに、僕は立ち上がった。
聖女の力を、“回復”として使わせてはならない。
彼女に頼らず、まずは僕自身が、この村を救ってみせる。
(そうでなければ……また、彼女が自分を削ってしまう)
彼女の命を救うために。
僕は、ただの見習い魔法学者だけど、戦うことを選んだ。
──物語はまだ、始まったばかりだ。