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聖女様、それ“回復魔法”じゃなくて“時間逆行”ですよ!?  作者: 朝陽 澄
第二部 聖女と時の残響編
14/15

第4話:記録にない隣人

──夢を見た。


 


私の手が、確かに誰かを癒していた。

でもその人の顔は、霞んで見えなかった。


けれど、何かだけははっきりしていた。

私はその人を……“とても、とても大切に思っていた”。


 


 


──王都・記録術式研究棟/地下フロア


 


「で? 君は“カイン”という名前を聞いた瞬間、涙が出たと?」


 


重たい書類をめくりながら、青年研究員が眉をひそめる。

彼の名は――カナエ・ジン。

王国記録省に籍を置く術式学者で、私の“監視兼協力者”だった。


 


「……笑いたいなら笑っていいよ。でも、あの瞬間、胸が締めつけられたの。

 見たこともない名前なのに、泣きたくなるくらい懐かしかった」


 


「笑わないさ。むしろ、“正しい反応”だ」


 


「え?」


 


カナエは無造作に書類の束をこちらに滑らせた。

そこには、“記録破損事例”の一覧と、注釈の付いたデータが並んでいた。


 


「この中に、『カイン』という名前が何度も登場する。

 ただし、どの記録も“本文部分が破損”してる。

 まるで、誰かが意図的に“彼という存在だけ”を消したように、だ」


 


「そんなこと……できるの?」


 


「君なら、できるかもしれない。少なくとも、君の“前任者”は」


 


カナエはモニターを操作し、映像を投影する。


砂嵐のようなノイズの向こう。

光の中に立つ、白い外套の少女。

誰かに手を伸ばして、何かを言っている。


 


「この記録は9年前の王都・聖堂前広場。

 この“消えかけの映像”が、唯一残された“エリス=ルーナ”のラストログだ」


 


 


──その名前が出たとき、私は呼吸が止まりそうになった。


 


「……知ってる。たぶん、知ってる。

 でも、思い出せない。どうして……?」


 


「君の力、癒しの“時間逆行”は、記憶にも干渉しているはずだ。

 もしかしたら――君は、過去に“聖女エリス”と関わっていた可能性がある」


 


「でも、私は王都に来たのは今年が初めてで――」


 


「“記録上は”な」


 


その言葉に、私は背筋が凍る。


 


「リュミエル。

 君の存在記録には、【生誕地:不明】【初期魔力値:測定不能】【既知血縁:なし】とある。

 それは、“生まれが不確か”というだけでは済まない」


 


「まさか……私も、改変された?」


 


「あるいは、“元の世界線”の君が、今ここにいるだけ、かもしれないな」


 


私は、何も言い返せなかった。

胸の奥に、確かにあるのだ。

“誰かと一緒に生きていた”記憶の感触が。


けれど、それは名前も顔もない。

ただ、手の温もりと、優しい声の記憶だけが残っていた。


 


「君の力が、“何かを癒したとき”にこぼれる記録の残響……

 それを解析すれば、過去の世界線の断片を再構築できるかもしれない」


 


「つまり、癒しを“もう一度”繰り返せば……?」


 


「カインという存在が、本当にいたのかどうか、君自身が証明できる」


 


そう言ったカナエの目は、研究者のそれだった。

でも私は、もっと違う理由で、確かめたかった。


 


私が今、生きている意味。

私の“癒し”が、誰かの悲しみの上に立っているのだとしたら。


 


なら私は、その人のことを――もう一度、知りたい。


 


 


──その夜。静かな街の裏通り。


 


リュミエルはふと、足を止める。


癒しの力が、どこからともなく疼き出す。


 


「……誰か、泣いてる?」


 


近くの建物で起きた事故の現場に駆けつけ、彼女は無意識に手をかざす。


そして――


 


視界が、静かに反転する。


 


そこには、血に染まった石畳と、崩れた建物。


瓦礫の下に閉じ込められた人々と、涙を流しながら何かを叫ぶ少年の姿。


 


その少年の口が、かすかに動く。


 


『……エリス……忘れないで……』


 


その名を聞いた瞬間、リュミエルの胸に熱いものが走る。


 


「私……知ってる……この声……この人……!」


 


そして、少年の顔がはっきりと映る。


 


茶色の髪。真っ直ぐな瞳。

懸命に何かを伝えようとしていたその少年は――


 


「……カイン……!」


 


リュミエルが、初めて名前を“自分の意思で”呼んだ瞬間。

周囲の光が、静かに弾けた。


 


“記録が、揺らいだ”。


 


今、彼女の記憶と、この世界の時間が、静かに繋がり始めたのだ。


(第2部第4話  了)

次回予告(第5話「時間を越えて、また君に」)

名を呼んだ瞬間、記録が揺らぎ、世界が涙をこぼす。

これは、記憶を失った聖女が、もう一度“君”に会いにいく物語。

第2部、完結へ──

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