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聖女様、それ“回復魔法”じゃなくて“時間逆行”ですよ!?  作者: 朝陽 澄
第二部 聖女と時の残響編
13/15

第3話:綻びの記録

*この物語は、かつて世界を巻き戻した“聖女”がいなくなった後の物語です。


癒すたび、誰かの涙が心をかすめる。

名前も知らないその人が、私の力の起源かもしれないとしたら。


――私は今、記録に残らなかった“誰か”の痕跡をたどろうとしている。*


──それは、“記録に存在しない日”。


歴史とは、刻まれた記録の連なりだ。

──それは、“記録に存在しない日”。


 


歴史とは、刻まれた記録の連なりだ。

だから私は、癒しの力が“その記録に干渉している”と知ってから、恐ろしかった。


けれど、それ以上に――どうしようもなく、確かめたかった。


 


その人のことを。

名前も知らない、でも“懐かしい”あの人のことを。


 


 


──中央記録省・禁閲資料庫


 


「許可番号T-4177。特別閲覧資格“治癒起源調査枠”。リュミエル・エラン。入庫許可、発行します」


 


機械的な音声とともに、分厚い扉が開いた。

冷たい石造りの室内には、古い巻物や水晶記録、手書きの原典文書が並んでいる。


私の目的は、その奥――“術式前歴”の中でも、破損・不明・検閲済と記された【灰色の箱】。


 


誰も触れようとしないその箱には、国が公的に記録することを拒否した“異常な事例”が収められていた。


 


私は箱を開ける。

中には、水晶片と数枚の走り書きがあった。


 


《第██期 聖堂外 周辺異常記録》

《当日、王都全域で大規模な光干渉反応を検出》

《原因不明。死者記録が自動消去。存在事実消失。》

《記録官2名、記憶障害》

《“回復魔法による復活現象”の証言。該当術者:不明》


 


私は震える指先で、その断片を拾う。


死者記録が、消された?


誰かが、癒したのではない。

死という記録自体を“なかったこと”にした。


 


それが、あの“白い聖女”の力だったの?


いや――もっと正確に言えば、“世界の時間そのものを逆流させる力”。


 


私が患者を癒すときに見る“過去の光景”。

それは、癒された肉体の時間だけでなく――世界の記憶まで巻き戻していたというの?


 


「それじゃあ……」


私は、小さく息を呑む。


「私が癒すたびに見ていた“あの人”……彼女は、ただの幻なんかじゃない。

**時間に焼き付いた“記録の残響”**だったんだ」


 


そして私は思い出す。

癒しの中で見た、ある光景。


 


灰色の石畳。

崩れた聖堂。

その中央で、名前を叫びながら駆け寄る“誰か”。


 


その“誰か”の姿だけは、いまだにぼやけて見えない。

けれど、私は感じていた。


彼女は、誰かを守ろうとしていた。

泣きながら、微笑んでいた。

そして――自分を、“記録から消すこと”を選んだ。


 


「……でも、あなたは今も残ってる」


私は、水晶記録を手のひらで握り締める。


「あなたの選んだ未来の続きが……今の私なんだよね」


 


 


──その夜。研究棟・私室


 


記録調査を終え、私は部屋に戻っていた。


誰もいない室内。

けれど、私は眠れなかった。


 


あの記録に書かれていたのは、ありえない話ばかり。

けれど、癒しを通してその痕跡を見てきた私には、もう否定できなかった。


 


あの“聖女”は、確かにいた。

彼女は、この世界を巻き戻して、未来を守った。


 


ならば――なぜ、誰もその名前を口にしない?

なぜ、その力が“なかったこと”にされているの?


 


その問いが、喉の奥に引っかかったまま、私は机に伏せて目を閉じた。


 


──そのときだった。


 


“君は、気づき始めたか”


 


耳元で、誰かの声がした。


私は跳ね起きる。


部屋に誰もいない。


けれど、確かに聞こえたのだ。

その声は、低く、静かで――どこか、懐かしかった。


 


「……誰?」


 


“もう一度、世界は選ばれようとしている”

“次は、君の番だ”


 


静かに、空間が揺らぐ。

私は、癒しの力を無意識に発動させる。


すると、壁に浮かぶ影の中に、一瞬だけ“名前”が浮かんだ。


 


──《カイン》


 


「……誰、それ……?」


 


でも、その瞬間、私は涙を流していた。

その名前に、心が強く反応していた。


“カイン”。

聞いたことのないはずの名前。

けれど――私は知っている。


この世界に消された“何か”と、深く結びついたその名を。


(第2部 第3話 了)

次回予告

彼の名を呼ぶとき、世界は微かに揺らぐ。

それは、かつて消された記録の主――聖女の隣にいた“少年”の名。

次回、第4話「記録にない隣人」。

癒しの中に浮かぶ、もう一人の影。その真実が少しずつ姿を現す。

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