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聖女様、それ“回復魔法”じゃなくて“時間逆行”ですよ!?  作者: 朝陽 澄
第二部 聖女と時の残響編
12/15

第2話:消された未来の名

──“聖女エリス=ルーナ”。


 

その名前を、私は初めて耳にした。

だが、不思議なことに。

その響きは、どこか懐かしくて、涙が出そうになるほど胸に刺さった。


 


「……その名前……知らない、はずなのに」


「だが君は、反応した。これは偶然じゃない」


 


ヴァル――《時の残響》と名乗った青年は、手にしていた記録装置を起動した。

浮かび上がるのは、今からちょうど十年前――王国全土を巻き込んだ“疫病大崩壊”の記録だった。


 


「本来なら、王都は滅んでいたはずだった」


「え……?」


「疫病は第七防衛線を突破し、中央まで到達。死者は数万を超えるはずだった。

だが、現実には“記録上は”――感染者数は百未満。死亡者は“ゼロ”。」


 


「そんなの……記録のミスじゃ……」


 


「ミスなら、まだマシだったろうな。だが、ここを見ろ」


 


ヴァルが記録の一部を指差す。

そこには、妙な空白があった。


通常、治癒術が施された際には術者の名と術式が刻まれる。

だが、その期間中──**数日の記録が“丸ごと空白”**になっていた。


 


「癒された記録はある。だが、癒した者の名前が、どこにも存在しない」


 


「……まさか、それって……」


 


「そう。聖女エリス=ルーナ。

彼女が、世界の“未来”を巻き戻した。たったひとりで、滅亡の未来をなかったことにして」


 


私は息を呑む。


記録の空白。

記録にない名前。

記憶にないはずの映像。


 


だけど私は──確かに、あの光景を“見た”。

癒しの中で、崩れゆく王都を、泣きながら光を放つ“誰か”を。


 


「彼女の存在は、記録からも歴史からも、完全に“抹消”された。

君があの名に反応したということは……君の癒しの力が、

“この世界に上書きされる前の未来”に繋がっている証拠だ」


 


「……なぜ? どうしてそんな人が、いなかったことにされるの?」


 


ヴァルは静かに目を伏せる。


「“それが、望まれたから”だ。

彼女自身が、“自分を神格から外し、ただの人間として忘れられる”ことを望んだ。

……その上で、彼女を記録から抹消したのは――この国の意思。いや、もっと上かもしれない」


 


私は目の前が真っ白になった気がした。


 


誰かを救って、世界を救って、そのうえで忘れられることを“望む”なんて。


どうしてそんな――あまりに、あまりに悲しい願いを。


 


 


──数日後。研究都市オルデリア、中央記録図書館。


 


私は、許可を取って、王国の記録部へと足を運んでいた。


「……“聖女”という称号の履歴、直近十年分を確認したいんですが」


記録官は目を細めた。


「現在“聖女”とされているのは、貴女……リュミエル様、ただお一人です。過去の称号保有者は存在しません」


「――え?」


「王国において“聖女”の称号が正式に制定されたのは、ちょうど八年前。

それ以前に称号として用いられた記録は、存在しません」


 


存在しない?


でも、私の癒しの中には、確かにいた。

白い外套の女性。世界を光で包んだ、涙をこぼす、あの人が。


 


彼女がいなければ、私の力は存在しないはずだ。

私が癒しの力を得たのは、“七年前”。

それより前に、必ず、誰かが“先駆者”として存在していたはずなのに。


 


「……記録には、残っていないのね」


「ええ、公式には」


 


言葉の裏に含みを感じた。


 


その記録官は、ふと視線を周囲に走らせると、小さく口を開いた。


 


「……貴女の術式は、私も拝見しました。

まるで、“世界の傷そのもの”をなかったことにするような、恐ろしい力です」


「……私も、そう思います」


「ですが、同じような力を使った人間を、私は一度だけ見たことがあるのです」


 


その言葉に、私は身を乗り出す。


 


「どこで?」


「十年前。王都で。

ただの噂だと思っていました。“死者を蘇らせる白い聖女”がいたと。

今となっては、何一つ記録に残っていませんが……あのとき見た白い光は、間違いなく……」


 


「その人の名前は、わかりますか?」


「――記録には、ありません」


 


「……でも、貴女の目には、映っていたんですね」


「はい。そして、あなたの癒しに、同じものを見たのです」


 


その瞬間、私の胸の奥が、強く脈打った。


 

記録が消えても、記憶が消えても。

それでも、彼女は――誰かの中に、“残っている”。


 

だから私が、それをたどる。

私の癒しが、過去を繋ぐ“鍵”ならば。


 

この“癒し”は、きっと私だけのものじゃない。


 

「……教えて、聖女エリス=ルーナ。

貴女は、いったい……何をこの世界から消したの?」


 

(第2部 第2話 了)

次回予告(読者向け)

“癒し”に宿る過去の記憶。

抹消された存在と、隠された世界改変の痕跡。

次回、第3話「綻びの記録」。

失われた過去に、リュミエルは“名前のない日”を見つける。

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