第1話:聖女追放、そして僕も一緒に──王都・大聖堂 断罪の間──
「聖女エリス=ルーナ。本日をもってその聖女位を剥奪し、王国から追放する」
大理石の玉座から放たれたその言葉が、冷たい刃のように響いた。
彼女は何も言わなかった。床に跪き、静かにうつむいている。
けれど僕にはわかっていた。
その肩がわずかに震えていることも、唇を噛みしめて涙をこらえていることも。
「聖女としての能力を有していながら、戦闘補助魔法も使えぬとは……もはや役立たずに等しい」
周囲の貴族たちが嘲るように囁く。
「癒ししかできない聖女など、民衆の慰め者にでもしておけ」
ざわめく中、僕は口を開いた。
「だったら、僕も行きます」
「……何?」
「僕、魔法学者見習いのカイン=アレストは、聖女エリスの力を“無駄”だとは思いません。むしろ、誰よりも必要とされる力です。……彼女を追放するなら、僕も共に行動します」
大広間が静まり返る。
王はわずかに眉をひそめたが、すぐに無関心そうに言い放った。
「……勝手にするがいい。お前も共に、永久追放とする」
「ありがとうございます」
頭を下げた僕の横で、彼女が小さく囁いた。
「……バカ、だよ……カイン」
「ええ、バカですよ。エリスの力を“本物”だと思ってる、大バカです」
──こうして僕は、彼女と共に、王都を追い出された。
だけど僕には確信があった。
彼女の“回復”は、ただの癒しじゃない。
だってあの日、死んだはずの僕の手が――
彼女の魔法で“もとに戻っていた”からだ。
(これは……回復なんかじゃない。あれは……時間が巻き戻ったとしか思えない)
──彼女は気づいていない。
自分の持つ力が、この世界の理すら覆すものだということに。
僕は誓う。この力の真実を明らかにして、彼女を守る。
たとえそのために、王国も、歴史も、時間すらも敵に回すことになっても。
これは、“世界で一番優しい聖女”の、
そしてそれを誰よりも信じたバカな僕の、
もう一つの時間の物語だ。