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終末よ、生きる望みの喜びよ  作者: デブリの遺灰
The 1st End
9/43

09 談論


 立ち話も何なので、古都音の部屋に入った。

 室内は相変わらずの散らかり様で、知らない人が見れば男の部屋だと思いそうなくらい洒落っ気がない。テレビの他にパソコンのモニターが三台あったり、テレビスタンドにゲーム機が何台も並んでいる光景から女の気配はなかなか感じられない。デスクの上のみならず床にも物が散乱しているから尚更だ。

 古都音はゲーミングチェアの上で胡座を掻いたので、俺はその辺に転がっている本や携帯ゲーム機や菓子の箱などを踏まないように気を付けて歩き、小さめのこたつテーブル前にある座椅子に腰を下ろす。真夏だろうとこたつ布団があるけど、ヒーターの電源は入っていないし、冷房がかなり効いているから暑くはない。でもこたつの中にまで何か物が入っていて、足を伸ばせない。


「単純に運が悪かったね、暴走するやべー奴がすぐ近くにいて」


 古都音は同情的な嘆息を零すと、腕組みして眉根を寄せた。小中学生ほどの見た目にそぐわず、その仕草は大人びたもので、電話越しならともかくこうして直接相対していると、たまに妙なおかしさを感じてしまうときがある。


「だな。今回のは巡り合わせの問題と思うしかないわ」

「うちも近所でやべー奴が出るかもしれないし、ちゃんと警戒しないとね。まあ警戒したところで、ぼくみたいなクソザコナメクジは小学生相手にも負ける自信あるけどさ……」

「そうだな」


 古都音は基本的に引きこもっているとはいえ、近隣住民ならその姿を見掛けたことはあるはずだ。見るからに非力そうだし、ロリコン垂涎の金髪碧眼美少女な見た目ともなれば、性癖を拗らせた暴漢や同年代と勘違いしている男子中学生がまず真っ先に狙う類いの人間といえる。


「そうだな、じゃないやろ! ここは『俺が守ってやるから安心しろ』って言うとこやぞ!」

「いや、お前んちに来た時点でそのつもりって分かるだろ」

「それでも言葉にしろ! か弱い乙女が弱音吐いてるんだぞっ、オメーは本当に乙女心ってやつが分かってないなっ!」


 古都音は呆れた素振りで溜息を吐くと、気を取り直すように表情を改めた。


「当面はやべー奴を警戒しつつ新聞をチェックって感じでいこう。新聞社が集団消失について何も触れてなかったっていうのが気掛かりなんよね。だから暴走した奴の思考も分からなくはないというか、宇宙人説を信じてしまうのも無理はない状況になっちゃってるように感じるよ」

「何で新聞社は集団消失のこと何も書かなかったんだと思う?」

「単純に考えれば、それが本当に起きたからだってことになるよね。社会が混乱しないように、宇宙人説が真実だと告げるような報道なんてできないわけだし」

「でもテレビではやってるよな」

「そうなんよね。ハッカー説が正しいなら、偽ニュースを流してるんだって思えるんだけど、この状況下でハッカーによる改竄不可能な情報媒体が肝心なニュースに触れてないのはなぁ……もちろん記事が夕刊に間に合わなかったって可能性もゼロじゃないんだけど……」


 古都音は如何にも腑に落ちないといったしかめ面をしている。


「調べてみたんだけどさ、新聞って早版と遅版があるらしいんよ。朝刊は十四版くらいあって、夕刊は四版くらいあるみたいで、配達エリアごとで何版になるか違うみたい。で、夕刊の締め切りはだいたい十一時から十三時までだから、九時に起きた事件なら、事実確認に一時間掛かったとしても、十一時までにはとりあえず記事にできるはずなんよ。遅版にもなれば、もっとちゃんとした記事にだってできるはずなんだ」

「ネットではどこも夕刊に集団消失のことは触れてなかったってあったな」

「うん。全国紙どころか地方紙も集団消失のことには一切触れてないんだ。まあネットの情報が正しければの話なんだけどさ」


 新聞だけなら未だしも、新聞社が運営するニュースサイトでもとなると、不自然と言わざるを得ない。


「もし本当に集団消失が起きて、新聞社がそこに触れないなら、テレビだって触れないのが自然だよね。でも、そうはなってない。集団消失なんて起きてないにしても、そうならちゃんと新聞で記事にして、テレビの報道は偽映像だって明言すべきだよね」

「政府の混乱にメディアも引き摺られてるって可能性は?」

「その可能性もありそうだけど……実際どうなのかなぁ。さすがに政府やメディアがそこまで無能だとは思えないし、一般ピーポーには知り得ない何かがあったりするのかもしれないし、何とも言えないなぁ」


 部屋の主はそう溜息交じりに言いながらゲーミングチェアの背もたれに身体を預け、ぼんやりとした眼差しで天井を見上げている。


「ま、今考えても答えは出なさそうだな」

「うん。どうにも矛盾しちゃってて、よく分からない状況になってるからね」


 古都音は胡座を掻いたままデスクを手で押して、ゲーミングチェアを自ら回転させ始めた。ゆっくりとその場でくるくる回りながら、気怠げな呟きで言葉を続けていく。


「しかも宇宙人が本当にいるなら何でもありだから、余計にね。新聞のこと考えると、宇宙人が人類殺し合わせるために偽ニュース番組流してるって線もあり得るわけだし、もう訳分からないよ」


 宇宙人が本当にいようがいまいが、現状で深く考える意味は薄い。周囲で殺人や強姦などの犯罪が起きたとき、自衛のために戦う覚悟さえ持てていれば、今はそれで十分だろう。

 どのみち、俺にとって世が混沌とする理由はさほど重要じゃない。


「訳分からんといえば、マンションのインターホン鳴らなくなってて、エントランスのドアも開かなくなってたんだけど、それも通信障害の影響ってことだよな?」

「あー、だろうねー。一応の説明というか仮説いる?」


 あまり興味なさげな様子ながらも説明してくれる気はあるようだ。俺は「あるなら頼む」と頷いた。


「ちゃんとしたマンションだと、オートロックとかインターホンのシステムって、管理会社だか警備会社だかに繋がってるわけじゃん? マンション内で独立したネットワークになってないなら、影響受けても不思議じゃないよね」


 あのマンションは火災や地震などの災害が起きたとき、リビングの壁にあるインターホン端末にその情報が表示されるようになっている。特に地震の場合は気象庁の緊急地震速報を取得して表示してくれるから、外部のネットワークには間違いなく接続されているはずだ。


「逆に言うと、停電してもないのに、うちのインターホンみたいなネット接続されてないシンプルなやつまで使えなくなってたら、宇宙人の仕業だって思えるんだけどね」

「信号も止まってるのと動いてるのがあったんだけど、あれもオンラインかオフラインの違いってことでいいんだよな?」

「うん。ママンが仕事行くとき車だからそっちは調べておいたんだけど、信号は交通管制センターに接続されてるタイプとされてないタイプがあって、止まってる信号は接続されてるタイプだろうね」


 交通管制センターに接続されているタイプは交通量の多い交差点の信号に多そうだ。渋滞防止のために、交通状況や時間帯に応じて、信号が切り替わる時間を調整しているのだろう。


「止まってるとこ、ポリスメンが交通整理やってた?」

「ああ、どこもちゃんとやってたな」

「そっかそっか、地元警察が無能じゃなさそうで何よりだよ。ママン明日も仕事行く気だから、ちょっと心配だったんよね」


 今の段階では仕事を休もうとする社会人は少数派だろう。俺も今が夏休みでなければ、そしてマンションで何事も起きていなければ、普段通り大学に行く気でいたと思う。

 社会秩序はそう易々と崩壊したりはしないはずで、人々は何かしらの確証を得ない限り、習慣化した営みを続けるだろう。今の時点では疑惑止まりだから、明日も仕事に行こうとする人を暢気だとは思わないし、むしろ社会人として当然の行動だと思う。


「そもそもさ、ネットに繋がってるシステムがバグるなら、電力会社もダメになって今も停電してないとおかしくないか?」

「停電させたらハッキングできなくなっちゃうじゃん。ぼくたち一般ピーポーはもうネット使えないけど、情報操作で大衆を誘導する以外にも、電子機器を遠隔操作したり監視カメラ映像を盗み見たり、ハッカーには色々できることあるかんね。犯人がハッカーやAIだったら、自分の耳目や手足を潰すような真似はしないでしょ、常識的に考えて」

「まあ、そりゃハッカー説が正しいなら納得ではあるけどな。じゃあ今の状況はハッカー説の信憑性を高めてるってことに……なるのか?」

「微妙なところだね、宇宙人なら何でもありなんだもん。でも、確かに言えることは、今の時点ではまだ宇宙人の仕業と断定できる絶対的な超常現象は起きてないってことだよ」

「例の集団消失は?」

「あれは都民ならともかく、ぼくたち地方民からすれば真偽が曖昧じゃん。夜空に浮かぶ月が割れるとか、頭上に巨大な宇宙船が現れるとか、誰もが一目で分かるようなことじゃないと、宇宙人の仕業だと断言はできないよ」


 俺が思わず「なるほど」と頷いていると、古都音はゲーミングチェアの回転を止めて、「そいえば」と思い出したように言った。


「交通整理やってたポリスメンって無線使ってた?」

「どうだろ……特に意識して見てなかったな」

「まあ、色々あった後で気にしてる余裕なんてなかったよね。でも、無線使えるかどうかって結構大事なとこなんやで。分かるやろ?」

「あー、何となくは分かる」

「無線通信がどの程度妨害されているかで、宇宙人説の信憑性を推し量れるかもしれないよね」


 古都音はデスクの上に置いてあったスマホを手に取ると、こちらに掲げて見せてきた。


「例えばスマホの通信。これは基地局を介して行われるわけだから、基地局をしてハッキングしてシステムをダウンさせるなりすれば、スマホによる通信は遮断することができる。あるいは全てのスマホをウイルスに感染させて通信機能をダウンさせてもいい。けど、無線機による通信は違う。無線機同士が直接行う通信はハッキングでは妨害できないし、無線機はウイルスにも感染しない」

「でも、妨害電波とか飛ばして妨害することはできるんだよな?」

「できるけど、世界規模で全ての周波数帯を潰すようなジャミングを展開するのは、宇宙人でもなければまず不可能だよ。だから、あらゆる無線通信が使用できなくされているなら、宇宙人の仕業だと思えるんだけど、生憎とそうはなってない」


 俺は無線通信に関する知識なんて一般常識程度しか知らないから、「そうなのか」などと適当な相槌を打つくらいしかできなかった。


「さっきスマホでテレビ見れるか試してみたら見れたから、テレビの地上波は機能してるんよ。まあ、これは例の人類バトロワ宣言の布告のためだと考えれば、推し量る材料にはなり得ないんだけどさ。Wi-Fiは機器同士が直接繋がるワイヤレスモニタが使えたし、Bluetoothヘッドホンも使えたから、超強力な妨害電波で無差別に全ての無線通信を妨害してるって線はないっぽいね」

「なら警察とかの無線は使えてるってことなのか?」

「分からない。電離層の反射を利用しない短距離通信なら使えるってことなのかもしれない。けど、電離層を乱すにしたって太陽フレアとか高高度核爆発とかが必要になるだろうし……正直よく分からん」

「結構大事なとこなんじゃなかったのかよ」

「うん、大事なとこなんだけどね……その辺の専門的なことは素人が軽く調べただけじゃよく分からんかった」


 古都音が軽く調べて分からなかったなら、何も調べてない俺に分かる道理はない。つまりこの件に関しても、今は考えるだけ無駄だろう……とは思うんだけど、中途半端に話を終わらせるのも収まりが悪いし、もう少し続けるか。


「でもさ、警察が無線使ってれば、所詮はその程度の通信障害ってことだろうから、ハッカー説の信憑性が高まるってことにはなるよな?」

「そうなんだけど、テレビの宣言が引っ掛かるんよね。『電子機器を用いた情報通信の妨害を開始する』って言い回しだと、スマホでこうやって……」


 細っこい手がスマホを弄ると、スマホ背面のLEDライトがチカチカと点滅した。


「光の点滅でモールス信号送るのだって、電子機器を用いた情報通信と言えるよね。でも、妨害されてない。つまり、宇宙人の言う『電子機器を用いた情報通信』の定義がよく分からない状態になってるんだ。それに宇宙人なら、無線通信に割り込んで通信相手に成りすますことで妨害するって手法もあり得そうだよね。だから無線が使えるからって、それで全てがハッカーの仕業と断定することまではできないんよね」

「なら無線が使えようが使えまいが、結局分からんってことか」

「いや、アッキーの言うとおりハッカー説の信憑性が高まるってことには一応なると思うよ。ぼくが言いたいのは、だからってそれで宇宙人説を完全に否定できるわけじゃないってことなんよ。どれだけハッカー説が濃厚になっても、宇宙人の仕業である可能性は僅かでも残り続けることになるから、宇宙人説の信者の暴走は少なくとも十日間は止まらないと思う」

「ま、この状況で宇宙人説を信じて暴走する連中なら、信じられる余地があるうちは止まらないわな。例の十日で十人殺せば保護する云々ってのがどうなるのかが、集団消失に次ぐ重要な判断材料になるって感じか」

「うん。でも、ぼくたちが実際に十人殺して試すのは危険すぎるし無理ゲーだから、やっぱり確証までは得られないんだけどね。それでも世間の反応は窺えるから、ひとまずは大人しく引きこもってるのが一番だと思う。狂った思考の信者も厄介だけど、社会の混乱に便乗する暴徒も大概だからね。むしろ狂信者より強盗や強姦魔の方が怖いよ」


 古都音はそう言い終わると同時にゲーミングチェアから腰を上げ、すぐ隣のベッドに飛び込んで寝転んだ。


「ところで、まだ布団干してないんよね。アッキー泊まるの明日からの予定だったし、布団って重いじゃん? 明日も晴れっぽいから、自分で干してもらおうと思って」


 茉百合さんなら今日のうちに干しておくはずだけど、確か昨日電話したとき古都音は茉百合さんと買い物に行くと言っていた。昨日が休日だったなら今日は出勤しただろうだし、古都音が布団を干すという重労働をするはずがないから、納得の展開ではある。


「そうか。べつに俺は一階のソファでも何でもいいけど、葵ちゃんの分の寝床ってあるか?」

「あの子はなんか精神的にアレだろうから、ママンと一緒に寝かせればいいよ。ママンのベッドダブルだし、未亡人の看護師として遺族の相手は慣れてるだろうし」

「まあ、それが無難か」

「で、あっくんの寝るとこだけど、ここね」


 そう言って古都音が指差した場所はベッド脇の床だった。


「ふ、布団はちょっとカビ臭いかもだけどっ、あたしと同じ部屋で寝させてあげるんだから一晩くらいは我慢しなさいよね!」

「いや、布団はともかく、同じ部屋はまずいだろ」

「なんで? アッキーべつに襲わんじゃん。ていうか、ぼく渾身のツンデレムーブをスルーしないでよ」

「そのムーブ唐突すぎて反応に困るんだよ。あと、襲う襲わないって問題じゃなくて、お前も一応女なんだから、同じ部屋は葵ちゃんの手前よろしくないって話だ。もうお互い子供じゃないんだぞ」


 不安定な精神状態にある今の葵ちゃんに、変な誤解を与えるような真似は避けたかった。


「でもやべー奴が忍び込んできたらどうすんだ。世間体とか気にしてる場合じゃないんやで?」

「侵入者に備えるなら一階の方がいいだろ」

「ぼくをピンポイントで狙った変態がそこの窓から入ってくるかもしれんやろがい!」

「じゃあお前が布団持って一階来い。俺はソファで寝るから」

「あのJKぼくにとっては今日が初見の他人なんやぞ!? そんなのがいつ現れるか分からんとこで、このぼくが安眠できると思うんか!?」


 まあ、できないだろうなぁ。

 葵ちゃんがいなければ、一緒の部屋どころか同じ布団で寝るくらい俺も気にしないから、古都音には悪いと思ってる。こいつも不安だから隣で寝てくれと言ってきてるわけだしな。


「ここはぼくんちやぞ。郷に入っては郷に従うのが筋ってもんやろ」

「……それを言うか」

「あたぼーよ。貴様はゲスト、わしはホストやぞ。どっちの立場が上か分かってんやろな、おぉん?」


 古都音はベッドから降り立ち、座椅子に座る俺の真横でヤンキー座りして、首を傾げるように捻って斜め下からガンを飛ばしてくる。しかし、迫力は全くないどころか、パンツ丸出しなこともあって滑稽さしかないから、それはべつにいい。問題はこいつの言い分も一理あるって点だ。

 当初は古都音の頼みで桐本家に泊まるという話だったけど、マンションでの一件を経たことで、今はむしろ俺の方からお願いして泊めてもらいたい状況になっている。それでも古都音にとっては俺という用心棒にいてほしいことは確かだろうから、せいぜい立場は対等のはずだ。

 であれば、ここは茉百合さんに――いや、あの人は逆に勧めてくるか。


「……分かった。でも念のため、そこのドアは半分開けておくからな」

「クーラーの効き悪くなるけど、ぼくも鬼じゃない。妥協しちゃる。でも、べつにやましいことするわけじゃないんだし、JKに対する体面なんて気にす――え、まさかあっくん、あのJKのことマジでラブなの? だから誤解されないように細心の注意払ってんの?」

「なわけねーだろ。葵ちゃんレイプされそうになったんだぞ? 側にいるのが軽薄な男だと思わせちゃうと、不安にさせちゃうだろ。これ以上あの子を追い詰めたくないだけだ」


 嘘は言っていない。少なからず気遣う気持ちもあることは確かだ。葵ちゃんの精神が安定してくれないと、仲間としての活躍に期待できなくなるし、逆に足手纏いになりかねない。それに精神に問題ありと警察に判断されると、彼女の証言に疑問が生じることにもなりかねない。


「その優しさをぼくにも向けてくれてええんやで?」

「気が向いたらな。それより、お前こたつに何入れてる? さっきから足伸ばせなくて邪魔なんだけど」


 こたつの中を覗き込んでみると、ボストンバッグが入っていた。


「あ、それ現ナマな」

「結構重いんだけど、幾ら入ってんの?」

「五千万。昨日買い物行ったとき、銀行に死蔵させてたやつほとんど引き出してきたんよ。銀行もどうなるか分からんし、念のためね」


 古都音は何でもないことのように、あっけらかんと言っている。

 どうやらこいつの金銭感覚はまだ直っていないようだ。


「ていうか、そう、昼に電話した後さ、思い切って株価とか見てみたんよ。超やべーな、ストップ安の銘柄続出やぞっ」

「まあ、ネットのニュースでも株価大暴落とかあったから、それはいいんだけど、それよりお前トラウマは? チャート見ると吐くんじゃなかったのか?」

「いやいや、分かってないねアッキー。普段イキってる株ニート共の阿鼻叫喚でメシウマするためなら話は別ってもんやろ。今のぼくは完全に他人事として奴らの絶望を高みの見物できんだかんね、うぇっへっへっへっ」


 金髪女はその容姿の端麗さからはおよそ考えがたいほどの下卑た顔で、両目から涙まで流して笑っている。かと思えば、飛び跳ねるように立ち上がって得意気に胸を張り、震える両手を腰に当てて叫んだ。


「これが禍転じて福と為すってやつやな! ぼくの絶望も無駄じゃなかったんや!」

「その福のために何億が消えたんだっけか」

「……あっくんや、それは言わない約束でしょ?」


 まあ、そうなんだけど、強がってるお前が痛々しくて見るに堪えなくてな……。

 一転して大人しくなった古都音はベッドに飛び込んで布団にくるまってしまった。

 俺は軽く溜息を吐きながら腰を上げ、とりあえず自分の布団を用意すべく動き出した。


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