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終末よ、生きる望みの喜びよ  作者: デブリの遺灰
The 3rd Beginning
38/43

38 仲間


 優子ちゃんの死で得られた教訓があるとすれば、それは仲間の関係性の重要さだ。

 仲間が互いをどう思っているのか。

 それは決して軽視すべきではない。

 俺は優子ちゃんが心結に対して抱く感情を甘く見ていた。おそらくあの子は、なぜ家族が殺されて自分も酷い目に遭ったのか、納得できるだけの理由を求めていた。その一方で、心が潰れてしまわないように、直視しがたい現実から目を背けられるだけの逃避先も必要としていた。

 だから、心結を憎悪した。心結のせいで最悪の惨事が起きたと考えれば、その元凶を恨み憎むことで悲しみから目を逸らすことができる。当初は殺してやりたいほど憎くは思っても、実際に殺そうとまでは考えなかったはずだ。

 しかし、勘違いとはいえ、心結が俺に色目を使って媚びている様子は到底看過できなかったのだろう。何しろ俺は優子ちゃんにとって、今のところ唯一の庇護者だった。実際に自分を助けてくれて、これからも守ってくれると信じられる代えがたい存在だった。当然、そんな相手には自分に多くの関心を払ってほしいと思うはずだ。

 ただでさえ心結は俺の妹という立場で、似たような立場の優子ちゃんには競合相手に思えただろうに、その相手が卑劣な手段で自分から庇護者を奪おうとした。それはもはや感情だけの問題ではなく、生命の危機に直結する問題でもあったはずだ。

 だから殺そうとした。

 それは憎悪という感情の爆発であり、生存戦略という理性の暴走だったのだろう。情と利が一致したことで、少女のタガが外れたのだ。

 実際に事が起きるまで、俺はそれに気付けなかった。

 取り返しの付かない致命的なミスだ。

 失敗した以上は反省し、そこから学ばなければならない。もう二度と同じミスを繰り返さないように、どうすべきか対策を練らないといけない。でなければ、何のために優子ちゃんが死んだのか分からなくなる。もはや仲間内で刃傷沙汰になるような揉めごとは許されない。

 しかし、俺は仲間内で刃傷沙汰になりそうなことをしようとしている。

 古都音と結ばれようとしている。

 葵ちゃんは明言こそしていないけど、たぶん俺が好きだ。最悪を想定して、そう仮定する。

 礼奈は俺が好きだと明言している。実に厄介なことだ。

 心結は妹という立場があるから、上手くフォローすれば問題にはならないだろう。とはいえ油断は禁物だ。

 もし俺が古都音と結ばれたことを三人が知ったら、彼女らはどう思うだろうか。当然、古都音に嫉妬するだろう。それは感情的な面に限らず、実利的な面においてもだ。

 今のところ仲間の中で男は俺だけで、俺が最も戦闘力が高い。それは自惚れでも何でもなく、厳然たる客観的事実だ。その俺の関心の多くが今後は古都音一人に向くことになると、仲間に思わせてしまう。つまり古都音以外の三人に、自分は守ってもらえなくなるのではないかという不安と恐怖を抱かせてしまう。

 すると、どうなるか。

 最悪、古都音が仲間に殺される。優子ちゃんのように積極的に排除に動こうとしなくても、敵との戦いになった際、わざと古都音を見捨てるように動くかもしれない。

 つまり、俺は仲間を信じられなくなる。

 背中を預けられない仲間など、下手な敵より厄介な存在だ。

 そうなると最も簡単な解決策は、仲間と別れることだ。葵ちゃんと礼奈と心結を見捨てて、古都音と二人だけになる。これなら同じミスを犯す余地はなくなる。

 しかし、それは危険な博打でもある。

 最悪を想定して、十人殺さなければ生き残れないデスゲームの開催が真実と仮定すると、今後は殺し合いを生き抜くために戦う必要がある。それには協力できる仲間の存在が不可欠だ。俺と古都音の二人では、三人以上の敵に襲われた際、圧倒的に不利な戦いを強いられる。それに古都音はクロスボウを持たせても戦力になるか怪しい。実質、俺一人で古都音を守りながら戦うことになる。それはそれで面白そうだけど、古都音を危険に晒してまでやってみたいとは思えないし、さすがに無謀と言わざるを得ない。

 それに日常が戻ってくる場合には、みんなに俺の殺人の正当性を証言してもらう必要がある。もし見捨てたことを根に持たれたら、三人が結託して俺を陥れようとするかもしれない。俺が刑務所に入るようなことになれば、古都音を一人にしてしまう。それは受け入れがたい未来だ。

 とはいえ、そもそも俺は心結を見捨てられない。優子ちゃんが亡くなった今、あの子の分まで心結を守ってやるのが、爺様たちに対するせめてもの手向けだ。そうでなくとも心結を見捨てたくないと思ってしまっているし、古都音も心結を見捨てる俺には幻滅するだろう。

 つまり、仲間と別れることはできない。

 絶対に不可能ではないけど、可能な限り避けるべきだ。

 となれば、仲間の理解を得るか、古都音と結ばれることを諦めるかの二者択一となる。前者は難易度が未知数で失敗時のリスクが高すぎる。後者は古都音の信頼を失うことになる。それでは守れるものも守れなくなる。不信感の芽生えた関係でデスゲームを勝ち抜けるとは到底思えないし、日常が戻ってくるとしても俺の生きる意味が大きく損なわれることになる。いずれにせよ、そんな事態は回避せねばならない。

 だからこそ、俺は古都音を失望させないために、十日の夜を期日とした。

 この非日常が今後どうなっていくのか。それはデスゲームの開催からちょうど十日間が経過する八月十一日の九時に、何かしらの判断材料を得られる可能性が高い。それで日常が戻る兆しを見出せるにせよ、治安がより悪化するとしか思えなくなるにせよ、どちらにしても古都音が最も信頼するのは俺だ。そして俺はその信頼を裏切るつもりは毛頭ない。

 もし仮に、日常が戻る兆しを見出せたら古都音と結ばれる選択をして、治安がより悪化するとしか思えなくなったら古都音を説得して我慢を強いる。そんな腹積もりで十一日の九時を迎えようとした場合、古都音は間違いなく俺の打算的で日和った思考を見抜いて失望するはずだ。あいつの頭脳と俺に対する理解度を甘く見ることはできない。

 無論、古都音とて状況は理解しているはずで、俺がこうして苦悩することにも考えが及んでいるだろう。それでも尚、どうなろうと古都音を愛するという理屈抜きの誠意を求めている。少なくとも俺にはそう感じられる。

 だからもはや実質的な選択肢は一つだけだ。

 しかし、どうすれば仲間の理解を得られるのか、これがさっぱり分からない。一晩考えてみたけど、考えれば考えるほど分からない。そもそも恋愛感情を抱く女の心理というものは、男に推し量れるものなのか?


「いただきます」


 苦悩しているうちに夜が明けて、みんなが起きてきて朝食となった。ダイニングテーブルは四人掛けだから、俺は適当な椅子を持ってきて、それに座った。女性陣が向かい合うように席に着いているのを眺められる位置だ。

 心結と古都音の顔色は思ったほど悪くはないけど、決して良くもない。葵ちゃんもそこはかとなく不安が見え隠れしている。礼奈だけは変わらぬクールさで淀みなく箸を動かしている。

 その動きがふと止まり、美女の視線がこちらを向いた。


「暁貴さん、先日の海に行くという話ですが」

「ああ……それな」


 海の話をしたのは、攫った赤子を連れて結城家に戻る途中でのことだった。あれは四日のことで、今日は八日だ。この四日間、色々と想定外のことがありすぎたせいで、すっかり忘れていた。

 という内心が表に出ないように、殊更に思案げな顔で相槌を打っておいた。


「皆さんは今、とても海に行ける心境ではないと思いますから、海に行かないことに不満はありませんが、念のため水着だけは買っておいた方がいいのではないでしょうか?」

「……念のため?」

「川の水の利用するときのためです」


 どういうことかと思いかけたけど、すぐに理解が及んだ。

 古都音はともかく心結と葵ちゃんの表情を見て説明不足を悟ったのか、礼奈は原稿でも読むように続けた。


「今のところ電気ガス水道といったインフラは使用できていますが、今後の情勢次第ではどうなるか分かりません。もし宇宙人による生存競争の真実味が増すようなことが起きた場合、それでも断水しない可能性はありますが、水道水をそのまま使用することには躊躇いを覚えるはずです」

「まあ、そうだな。もし毒でも混ぜられてたらと思うとな」


 今はまだ水道水の危険性をそれほど意識せずに済んでいる。

 何しろ日本の水道水の安全性は世界でもトップレベルだ。日本の水道局ではそれだけ厳格な安全基準が設けられ、それを厳守する体制下で水道が維持管理されている。つまり水道事業に従事する人々の職業倫理の高さも世界トップレベルということだ。

 俺たち日本人の水道水に対する信頼は厚く、現在の状況でも水道水をそのまま飲用することに躊躇いを感じる者はほとんどいないだろう。しかし、水道局の職員たちすら宇宙人主催のデスゲームが真実だと考えそうなほど状況が悪化した場合、そのとき断水していなくても水道水は使わないのが無難となる。無色無臭で触れるだけでも危険な毒だってあるだろうからな。

 ただ、今朝もまだ変わりないテレビの放送によると『自らの手で殺害する限り手段は問わない』とあり、そのルールの適応範囲は曖昧だ。しかも一日に一殺しかカウントされないから、水道水での毒殺は有効な手段とは言い難い。

 だからこそ今の段階では俺も普通に水道水を飲んでいる。


「断水するか否かにかかわらず、水道水が使用できない状況は死活問題となります。先日、暁貴さんは携帯型の浄水器を購入していましたし、キャンピングカーもありますから、比較的綺麗な水の多い山間部にでも行けば、当面の生活には困らないでしょう」


 おそらく戦いが本格化するのは、日常生活に欠かせないインフラが全滅し、飲食物の不足が顕在化してからだ。大半の日本国民は今はまだ理性的だけど、肉体的にも精神的にも余裕がなくなり、飲食物の奪い合いが始まれば、その延長上で殺し合いが始まることになるだろう。


「その場合、川を基点に行動することになるので、洗濯したり、水浴びしたりする際、水着があれば何かと便利だと思います」

「なるほど」


 とはいえ、必須というわけでもない。

 それに川というなら水着より釣具の方が……いや、食料は人から奪った方がいいか。飢え死にしないためという名目があった方が動きやすい。そして水着姿の美女や美少女は誘蛾灯となる。人を積極的に襲うことには俺もまだ躊躇いと罪悪感を禁じ得ないけど、降りかかる火の粉を払うためなら否応はない。むしろ楽しめるだろう。


「よし、今日は午後に水着を買いに行こう」


 古都音との関係について仲間の理解をどう得るのか。

 その問題解決の糸口を探るためにも、礼奈の提案に乗ることにした。


「みんな、今はあまり動く気になれないと思うけど、いいか?」

「あの、べつに水着はなくてもいいんじゃ……?」


 葵ちゃんが控えめに異論を唱えると、すかさず礼奈が反応する。


「確かになくても困るほどではないでしょう。しかし、あれば便利です。水着だけに限らず、今後治安が更に悪化して欲しいものが手に入れられない状況になったとき、後悔することになるかもしれません。今のうちにできるだけ備えておくべきだとは思いませんか?」

「えっと……そう、ですね、はい」


 美女の淡々とした話し振りにはいつにも増して得も言われぬ迫力があり、少女は気圧されたように頷いている。

 古都音はその遣り取りに目をすがめて、これ見よがしに溜息を吐いた。


「ぼくは反対だよ。今は大人しくしてた方がいい。水着があれば便利な場面なんて限定的すぎるし、水着は下着で代用できる。わざわざ買いに行くほどの物じゃないよ」

「そうですか。心結さんはどうですか?」

「……あたしも、いらないと思う」


 礼奈以外の三人は、不必要だという考え以上に、今は水着を買いに行くような気になれないから反対しているのだろう。現に俺も気乗りはしない。結城家の面々や滝兄妹が亡くなって間もないのに、暢気に水着など買いに行く気力は湧いてこない。

 けど、あれば便利なのは確かだし、とりあえず何か行動を起こせば妙案が閃きそうな気がする。このまま家に籠もっていても煮詰まって時間切れになるだけだ。それに何より、これは渡りに船だった。


「それでは暁貴さん、二人で買いに行きましょうか」

「え、二人でか……うーん……」


 古都音たちを置いて行くのは不安だ。

 ここは心結の家だから、近所の人はこの家にグラドル級の美少女が住んでいることを知っている。桐本家が襲撃された件を考えれば、俺が不在の間に何事か起きるリスクは軽視すべきではない。とはいえ、日の高いうちはそう心配することもないとは思う。


「……いや、やはり全員で行こう。今は別行動を取る危険は避けるべきだ。古都音と心結と葵ちゃんは気が進まないだろうから、無理して買う必要はない。悪いけど少し付き合ってくれないか?」

「あっくん、本気?」

「ああ」


 正気を疑うような目で見られたけど、これは古都音のための行動だから、俺は堂々と頷いた。実際、古都音とのことがなければ、俺が礼奈の案に乗ることはなかったと断言できる。


「それに十日の夜までに自宅に取りに行きたかったものもあるしな。どのみち外出はしないといけなかったから、そのついでだ」

「そう……なんだ? なら、まあ……仕方ないね」

 

 古都音は思案げに目を伏せて、小首を捻りながらも渋々といった様子で了承の意を示した。


「心結と葵ちゃんもいいか?」

「……はい」


 葵ちゃんに続いて、心結も頷いてくれた。三対二の状況では反対しても無駄だと思ったのか、あるいは置いて行かれると思ったのかもしれない。


「じゃあ、午後三時に出発だ」


 俺は中断していた食事を再開し、一番に食べ終えると、さっさとシャワーを浴びて寝床に入った。

 昨日は寝不足だったから、今日くらいは十分な睡眠を取っておきたい。




 ■   ■   ■




 セットしていた目覚ましで十四時四十五分に起床し、十分で準備を済ませた。礼奈がおにぎりを二個用意してくれていたので、朝食はそれで済ませた。


「心結、今後は常にこれを携帯しておけ。家の中でも外でもだ」

「……うん」


 出発する前に、心結に俺の使っていたナイフを渡した。何も言わず素直に受け取ったから、必要性は十分に理解しているのだろう。

 俺は武内が持っていたナイフを代わりに使っていく。心結に渡したものより少し大振りだから、こちらの方が殺傷力は高そうだ。スマホの動画にも映っていた安藤を殺したナイフで、もしかしたら父さんたちの命も奪った代物かもしれないけど、真相は不明だし所詮は道具だ。便利に使えればそれでいい。

 約束の十五時ちょうどに出発した。幸い、しっかりと眠れたので体調は良好だ。

 まずは自宅に向かうことにしてSUVを走らせる。

 街の様子に大きな変化はなく、信号が消えている交差点では相変わらず交通整理が行われていた。本格的に治安が悪化していけば、交差点の真ん中に立つという危険な役目をこなす人はいなくなるだろうから、それが一つの目安になりそうだ。

 交通事故らしき現場を二件見掛けたものの、何事もなく自宅マンションに着いた。駐車場の俺に割り当てられたスペースには礼奈のセダンを駐めてあるから、適当に空いているところに駐めた。どうせ十分もしないうちに戻ってくるから問題ないだろう。


「ひとっ走りしてすぐ戻ってくるから、みんなは車内で待っててくれ。念のため礼奈は運転席にいてくれ」

「お兄さん、わたしも取りに行きたいものがあるので、一緒に行きたいんですけど……」


 葵ちゃんはちらちらと心結を心配そうに見ながら言った。


「そっか、なら全員で行くか」


 本当はぞろぞろと女を引き連れて行きたくはない。マンションの住人の中には、俺がどの部屋の住人なのか知っている奴もいるはずだ。俺の部屋に見目麗しい女が四人もいると認識されれば、侵入されて保管してある飲食物を奪われてしまいかねない。

 心配だからと古都音だけ連れていけば妙な角が立ちそうだったから、一人で走って行くつもりだったけど、こうなったら全員で行動した方がまだマシだ。

 幸い、警戒は無駄に終わり、誰とも遭遇することなく目的の七○五号まで来ることができた。途中で死体や血痕や争った形跡なども見当たらなかったから、このマンションは表向きまだ平和なのだろう。実際は少なくとも三体の死体が転がってるわけだけど。


「――ん?」 


 解錠して玄関を開けようとしたところ、少ししか開かなかった。ドアガードがされている。思わず腰元のナイフの柄に手が伸びたけど、これ見よがしな位置に見覚えのある靴が置かれているのが見えて、すぐに手を離した。


「あっくん、どうしたの? まさか侵入者?」

「いや……知り合いが来てるみたいだ」

「知り合い?」


 怪訝そうな古都音にどう答えたものかと頭を悩ませていると、軽快な足音が微かに響いてきて、ドアの隙間の向こうに予想通りの相手が現れた。


「あ、やっぱり先輩だ。今開けるね」


 一度ドアが閉じられ、すぐに開いた。と同時に少女が飛び出てきて、制止する間もなく抱き付かれた。


「もー、心配したんだから……無事で安心したよ」

「ああ、それは悪かったから、とりあえず離れてくれ」

「んー、十一日ぶりの匂いを満喫してから……」


 気のせいか、背後からの視線が痛い。

 華奢な肩を掴んで引き剥がそうとするも、細腕はがっちりと背中に回され、顔は胸板にぴったりとくっついて離れない。それどころかマーキングする猫のように顔を擦りつけてくる。


「暁貴さん、そちらの方は?」


 背後からの声で、胸元から顔が離れて俺の肩越しに声の主を見遣る。背中に回されていた両腕の力が緩んだので、その隙に拘束から逃れた。


「あー…………うん、なるほど」


 何か納得したように頷く少女はともかくとして、俺は問いに答えるべく背後を振り返った。礼奈は常にも増してクールな面持ちをしており、古都音はぽかんと口を半開きにして硬直し、葵ちゃんと心結は揃って戸惑いの色を浮かべている。


「みんな、こいつは俺が通ってた高校の後輩で、まゆずみ瑠海だ」

「どうも、はじめまして。黛瑠海です」


 瑠海は俺の隣に並ぶと、いつものように覇気のない声で言いながら、目蓋の半分落ちた眠たげな目付きで四人の顔を見回している。

 かと思えば、俺の腕を抱いて密着してきた。


「先輩の彼女やらせてもらってます、よろしくね」


 あまりに予想外な言葉に意表を突かれ、咄嗟の反応に窮した。

 しかし、古都音が目玉の飛び出るような乙女にあるまじき凄い顔で俺たちを見ていることに気付き、すぐに抱かれた腕を振りほどく。


「おいっ、いきなり何言ってんだ!?」

「あれ? 彼女の振りしてほしいって言ってなかった?」

「……いや、それは宇宙人なんていない場合に頼むって話だっただろ」

「そうだっけ? ごめんね」


 笑みを浮かべる姿に謝意はあまり感じられない。

 それはいいとしても、少し違和感を覚えた。こいつはやる気のないいい加減そうな言動こそするけど、根は生真面目と言っていいほど真面目な性格だから、記憶違いやうっかりミスはまずしないはずだ。


「あ、今のは冗談です」


 瑠海は四人からの強い眼差しを気にした風もなく、気怠げに笑っている。


「まあ、立ち話もなんだし、とりあえず中にどうぞ」


 まるで家主のように言うと、立ち尽くす俺たちに構わず踵を返して、一人そそくさと廊下の奥へ歩いていく。

 俺はそっと溜息を一つ零してから、四人に中に入るよう促した。確かにあいつの言うとおり、誰に見られるか分からない共用廊下で立ち話はまずい。

 ただ、立ち話云々以前に、既にこの状況そのものがまずい気がする。

 瑠海が無事だったのは素直に嬉しいし安心もしたけど、今このタイミングで合流することになるのは間が悪すぎると言わざるを得ず、この後のことを考えると思わず頭を抱えたくなった。


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