33 心情
古都音と礼奈に状況を説明し、SUVに積んである物資を幾らかキャンピングカーに移していると、葵ちゃんがやって来た。父さんの頼みを引き受ける旨に加えて、先ほど滝のおじさんと話し合った内容も併せて伝えておいた。
その後、父さんやおじさんと共に、道場に布団を運び込むのを手伝った。二人とも何食わぬ顔で、しかし必要なこと以外は話さず、感情的な素振りも見せず、淡々と動いていた。どうせ無駄になるけど、欺瞞工作ということで俺や古都音たちの分まで運んだ。
「では少し行ってくる。零時までには戻る」
二十一時を回って間もなく、父さんが病院の様子を見に行くことになった。爺様も父さんも午前中に一度職場に行っていたそうだけど、もう半日ほど人任せにしている。ここらでまた顔を出して状況を把握し、必要な指示を出しておきたいらしい。
「暁貴、何かあれば頼むぞ」
玄関の前で見送りに立つ爺様やおじさんたちの面前で、父さんは俺の二の腕あたりを力強く叩き、出発していった。
これでおじさんにとっては好都合なことに、これから二時間は父さんが不在になる。
父さんも思い切ったことをするもんだと思ったけど、これはこれで理に適ってはいそうだ。何せ俺が心結を連れ出し、おじさんが赤子を確保しようとすれば、父さんとしては全力で阻まざるを得ない。もし手加減などすれば、おじさんに不審感を与えかねない。かといって、敵が夜襲を掛けてくるかもしれない状況下で身内で争い怪我をするなど、利敵行為もいいところだ。
自分がいない方が自分の思惑通りに事が運ぶと、冷静に判断したのだろう。おじさんのみならず、父さんも相応に覚悟を決めて現状に臨んでいるようだ。それに何より、俺のことを信じてくれているらしい。
「暁貴」
二十二時に葵ちゃんが心結を連れてガレージに来るという話なので、それまでに軽くシャワーを浴びておきたいなと思っていると、爺様に声を掛けられた。
「お前の得物だ。持っておけ」
刀を差し出された。柄も鞘も白を基調とした拵えの一振りだ。打刀としては一般的な長さに見える。受け取ってみるとずしりと重く、頼もしさと同時に危うさも感じた。
「扱い方は覚えているな」
「まあ、基本的なことは……」
「後で軽く素振りしておけ」
自分がそれを見てやると言わないあたり、爺様にも俺がこの後出発することはちゃんと伝わっているらしい。
俺が「はい」と頷くと、爺様は先ほどから自身の斜め後ろにいる婆様の背を押し、俺の前に立たせた。
「……暁貴さん」
婆様はこれまでにない複雑な面持ちで見つめてきた。
今まで孫だと思ってきた奴が実は孫ではなかったと知れば、心中複雑になって当然だ。特に俺は初孫だったから、思うところは多々あるだろう。
少々居心地の悪さを感じていると、婆様がおもむろに歩み寄り、優しく抱きしめてきた。
「誰が何と言おうと、あなたはわたくしの孫ですからね」
「……はい。ありがとうございます、お婆様」
刀を手にしているので、片手で抱き返しておいた。
その後、キャンピングカーに刀を置いて、着替えを手に母屋の廊下を歩いていると、背後から軽快な足音が響いてきた。
「あきにぃ!」
「優子ちゃん――っと、どうかした?」
振り返ると、駆け足の勢いのまま抱き付いてきて、少し驚いた。
とりあえずこれは抱き返すべきなのか逡巡していると、少しだけ身体が離れて少女が見上げてきた。こうして間近から見ると、やはり兄と似ている。目元は妹の方が勝気な感じにぱっちりしてて可愛らしいけど。
「お父さんから話聞いたよ。りゅーにぃのこと、お願いね」
「ああ。優子ちゃんも気を付けるんだよ」
小声で言われたので同様に返すと、優子ちゃんは「うん」と小さく頷いた後、再び密着してきた。背中に回された両腕がぎゅっと力強く抱きしめてくる。
「あきにぃ……血の繋がりなんて気にしなくていいからね。大事なのはこれまでに積み重ねてきた時間と想いだよ。りゅーにぃだってきっとそう言うよ」
「……ありがとう、優子ちゃん」
少女は身体を離して少し気恥ずかしそうに微笑むと、「じゃ、また」と軽く手を振ってくるりと踵を返し、走り去っていった。
その後は入浴を済ませてガレージに戻った。二十二時まで少し時間があったので、キャンピングカーから給水タンクを取り出し、ガレージ内にある洗車用のホースで給水しておいた。
あと十分ほどで約束の時間だったので、それまでに軽く素振りでもしておこうかと思った矢先、ガレージの通用口が開く音が聞こえた。
「お兄さん」
姿を見せたのは予想通りポニーテールの少女だった。その後ろには俯きがちな茶髪の少女もいる。二人とも手ぶらだけど、俺が先ほど道場に布団を運び込んでいる間に、彼女らの荷物がキャンピングカーに積み込まれたことは古都音から聞いている。
「葵ちゃん、色々ありがとう。先に乗っててくれる?」
「はい」
葵ちゃんは背後の心結をちらりと振り返ってから、キャンピングカーに乗り込んだ。古都音と礼奈も車内にいるため、心結と一対一で相対することになった。
「…………」
心結は緊張しているのか、やけに肩肘張った様子で身じろぎしている。いつになく不安そうな面持ちで、俺と目を合わせようとせず、視線は足下をさまよっている。
つい昨日、まさにこの場で、兄と慕っていた男から完膚無きまでに拒絶されたのだから、無理もない。あのときの俺は心結と復縁することを想定していなかった。もう心結との関係は終わってもいいと覚悟したからこそ、手まで上げられた。
だから、仲直りする必要が生じてしまったこの状況は想定外だし厄介だけど、仲直りしないことには俺の望む未来は引き寄せられないのだから、是非もない。それに俺も好き好んで縁を切りたいわけではなかったから、これはこれで好都合だ。
「心結」
あまり気負わないように気を付けつつ呼び掛けると、少女の全身がびくりと震えた。
「昨日は悪かった」
少女は俯きがちなまま、ちらりと目を向けてきたけど、すぐ逸らされた。
今は気にせず、言うべきことを言うしかない。
「安藤のおっさんを本気で脅すには、お前のことを拒絶してみせる必要があった。酷いことをしたとは思うけど、龍司の命が懸かってたから、妥協はできなかった」
「……うん」
少し身じろぎしながら頷かれた。
それでも表情は強張ったままで目も伏せられている。
やはりそう簡単に信頼は取り戻せそうにないらしい。今伝えた言葉は所詮、理屈だしな。理屈で割り切れるのは論理的思考であって、心を納得させるには感情が必要だ。半端な嘘では心に響かず、何の感情も引き出せないだろうし、ここは本心から正直に向き合う他ないだろう。
あまり気は進まないけど、やるしかない。
「この際だから正直に言うとさ、お前と兄妹になった当初は、ただ面倒に思ってた。父さんから兄として接してやってくれって言われたから、仕方なくそれらしく相手をしていた」
心結は自身を抱きしめるように、左手で右肘あたりを掴み、俯いている。
「お前っていつも明るくて、楽しそうで、よく笑ってて……それが、なんて言うか、眩しかったんだ。当時の俺は今ほど吹っ切れてなかったから、自分の惨めさが浮き彫りになるみたいで辛かったんだ」
「…………」
「でも、よく考えたら、俺ってお前の幸福を奪ってたんだなって気付いて、自己憐憫に浸ってた自分が恥ずかしくなった」
今はなるべく心を乱さず話し続けたかったから、相手の反応が視界に入らないように目を伏せた。ガレージ内は静まり返っており、自分の声がやけに大きく響くようで気恥ずかったけど、言葉を続けた。
「俺はずっと何不自由ない生活を送ってきた。誰がどう見ても恵まれた環境で、龍司や優子ちゃんからは兄同然に慕われて育った。それらは本来、結城貴俊の子供が――結城心結が享受すべきものだったのに」
俺が心結に対して罪悪感を覚える必要などないことは理解している。全ては親の因果だ。子供は生まれる時代も場所も、そして親も選べはしない。俺が結城家で生まれ育ったことは、俺の意思によるものではないのだから、後ろめたく思うことなど馬鹿げている。
とはいえ、所詮それは理屈だ。割り切れない思いはあった。
「だから、せめてお前が俺を兄と慕う気持ちには応えないといけないと思った。正直、そうした義務感はあった。けど、そうやって向き合っていくうちに、兄妹ごっこも悪くないなと――いや、うん、心地良かった。お前との兄妹関係は何だかんだで結構楽しかったよ。本当に兄妹だったら良かったのにと何度も思った」
妙なしがらみなど面倒なだけだったしな。それに心結は無駄にエロ可愛いから自制心を保つのも疲れるし、実の兄であった方が間違いなく気楽に接することができたはずだ。
「でも、残念ながら、俺とお前に血の繋がりはない」
所詮は血縁、されど血縁だ。
婆様や優子ちゃんは親愛の情を示してくれたけど、やはり俺の中にはどこか疎外感めいた気持ちがあり、素直に結城家の一員として振る舞うことには抵抗を覚える。血は水よりも濃いというし、血の繋がりには決して馬鹿にできない重みがあるものだ。出会って二年ほどの男女ともなれば、尚更だ。
「それでも、まだ俺のことを兄と呼んでくれるか?」
そう尋ねながら正面に立つ少女を改めて見てみると、目が合った。
互いに逸らそうとはせず、しばし見つめ合った後、心結が恐る恐るといった様子で口を開く。
「……今の話、本当?」
「もうお前に嘘は吐かないさ」
「でも……家行っていいか聞くと、よく用事あるから無理って言ってたし……二人で海行くのも渋ってたし……」
不安に陰る瞳は揺れながらも逸らされることはなく、縋るように見つめてくる。
信じたいけど、信じられない。そんな思いが伝わってくるようだった。
「それは、あれだ……その……照れ臭かったんだ」
「――え?」
目を見開き、呆然とした声を漏らす少女からの視線に堪えかね、俺は思わず溜息を零しつつ腕を組み、顔を背けた。
ここまでぶっちゃけたくはなかったけど、仕方ない。
「あのな、面倒なしがらみとか関係なく、お前みたいな可愛い子から慕われれば、男ならそれなりに照れ臭く思うもんなんだよ。俺だって一応は年頃なわけだからな」
「――――」
「それにそっちは俺のこと兄だと思えたかもしれんけど、こっちは血縁関係にないって分かってたんだからな。どうしても異性として見ちゃうところはあったし、お前しょっちゅうくっついてくるから、意識しないようにするのも大変だったんだぞ」
会う度にどんどん距離感が近くなっていき、スキンシップが増えていったから、対処に困った。こいつと会うときは常に兄としての立場を意識しなければいけなかった分、照れ臭さと同等以上に、無駄に疲れて面倒だったのもある。
「それは、えっと……ごめん」
何とも気まずい空気が漂った。
しかし、恥を晒した甲斐もあって、先ほどまで見られた不信感は消え失せているような気がした。そのはずだ。そうでなければ困る。
「いや、今謝るのは俺の方だ」
せっかくの好機を無駄にしないためにも、踏み出した。こちらが歩み寄っても心結は後ずさったり、殊更に肩肘を張ったりもしない。表情は硬いけど、そこに恐れや怯えはない。
手が届く距離にまで近付いたところで、少女の顔に手を伸ばした。
「昨日は叩いたりして悪かった。ごめんな」
そっと頬に触れて告げると、見上げる瞳が潤み、目元が震えた。
「許してくれるか?」
「うん……あたしも、ごめん……ごめんなさい……」
心結は俺の手に手を重ね、か細く呟き、両目から涙を溢れさせた。
「伯父さんが、龍司さん攫って……こんな、大変なことになっちゃって……」
「心結は何も悪くないんだから、謝る必要なんてない」
そう本心からの言葉を告げても、少女は小さく頭を振った。
「でも、あたしが、誘拐犯のところ……行かないと、龍司さんが……お兄ちゃん、あんなに龍司さんのこと、大事に想ってるのに……」
「お前が敵のところに行っても、龍司が無事に戻ってくる保証なんてどこにもないんだ。確かに龍司のことは大事だけど、弟を助けるために妹を差し出すなんて馬鹿げた話だ」
「お兄ちゃん……」
心結が身を寄せてきたので、頬に触れていた手を背中に回して抱き寄せた。
「父さんから話は聞いてると思うけど、ちゃんと俺の口からも伝えておく」
嗚咽を零す少女を安心させるべく、優しく抱きしめながら、耳元で囁いていく。
「心結、お前を敵に渡すつもりはない。誰にもお前を傷付けさせはしない。おじさんや優子ちゃんが何か言ってきても、俺はお前の味方だから、大丈夫だ」
「……ありがとう、お兄ちゃん」
心結も俺の背に手を回して抱き返してきた。
それからはしばらく無言のまま、抱擁を続けた。
やがて心結の涙が収まり、様子が落ち着いたところで、どちらからともなく身体を離した。少女は少し泣き腫らした顔を恥ずかしげに伏せながらも、ちらちらとこちらを見上げてくる。その姿は実に可愛らしかったし、庇護欲もそそられたけど……龍司を救い出せる可能性とは比べるべくもない。
「それじゃあ行くか」
「うん」
心結は自らキャンピングカーに乗り込み、俺たちは結城家を出発した。
ひとまずは、これでいい。
まだ時間は一日以上あることだし、焦ることはないさ。
■ ■ ■
昨日と同じく道の駅に向かうことにして、夜の街を走行していく。
信号が機能停止している交差点ではしっかりと交通整理が行われており、しかしその役をこなす者は警官の制服姿ではなく、反射ベストを着たカジュアルな格好の中年男性だった。おそらく人手不足からボランティアでも募り、任せているのだろう。他の交差点でも、もはや警官が交通整理に立っていることはなかった。
交通量は特に多いとも少ないとも感じず、渋滞もなくスムーズに流れていく。街の様子を流し見る限り、やはり修羅場の真っ直中といった現場はお目にかかれなかったけど、火災現場は確認できた。十数階建てのビルの中ほどから真っ赤な火の手が上がっていて、運転中でもよく目に付いた。消防車はいなかったから交通が妨げられることはなく、現場の前を何事もなく素通りできた。その後はサイレンを鳴らす救急車を見掛けた。
そろそろ郊外に出るといったところで、予想外すぎる光景が視界に飛び込んできた。
「こりゃ凄いな……しかも四人も」
歩道橋に人が吊されていた。最初は人の形をした何かかと思ったけど、歩道橋の周辺は街灯などで明るいため、近付くにつれて鮮明になる姿にはとても作り物とは思えないリアリティがあった。
四人――というより四体の死体はほぼ等間隔に歩道橋からぶら下がっていて、二体は首吊り状態、二体は逆さ吊り状態だった。キャンピングカーは車高があるから、歩道橋の下を通るときに当たらないか心配になる微妙な高さで、念のため少し速度を落としたけど、特に物音もせず通過できた。
「世紀末すぐる……」
助手席の古都音は驚きや恐れを通り越してか、呆然とした声を漏らしていた。
それからの道中では特に何事もなく、道の駅に到着した。いや、戻ってきたと言うべきか。今朝方までいた道の駅の駐車場は昨夜とほとんど変わらず、他に車両は二台しかいなかった。大型車用のスペースも二台のトラックが駐まっているだけだ。
現在は二十三時十分ほどで、ざっと見た限り人の姿は見られない。
昨夜と同じ場所に駐めると、女性陣に寝床の準備をしておくよう頼んで、道の駅の敷地内をぐるりと見て回ってみた。今朝から変わったところは特になく、血痕や死体などの物騒なものも見られない。自動販売機にはまだ幾つか売れ残っているものがあったけど、昨夜に確保した分がまだ大量にあるのでひとまずは必要ない。
キャンピングカーに戻ると、女性陣はテーブル席を囲んで何か話し合っているようだったけど、俺が乗り込むと一斉に視線を向けてきた。どことなく気まずそうな雰囲気を感じる。
「あっくん、今夜の見張りと寝る場所はどうする?」
「昨夜と同じでいいだろ。葵ちゃんと心結は寝てていいから、寝床は二人一緒で頼む」
車内には寝床が四つある。運転席と助手席の上部にあるバンクベッド、後部にある二段ベッド、そして今まさに女性陣が囲んでいるテーブルと座席を倒してできるベッドだ。テーブル席は夜番で使うため、残るベッドは三つだ。
女性陣に適当に寝る場所を指示して、もう眠るかと尋ねると、四人ともまだ眠たくはないという答えが返ってきた。今日は色々あったし、状況が状況だからな。俺もまだ眠気は全くない。
「俺は外で素振りしてるから、みんなは車内で適当に寛いでてくれ。駐車場に人気はほとんどないけど、若い女が大勢いる様子は見せない方がいいからな」
刀を手に取って再び車外に出た。
どうにも女性陣の雰囲気が硬かった。葵ちゃんと心結以外は知り合って間もないから無理もないけど、今後のためにも少しは打ち解けてほしいものだ。
十分にストレッチをしてから、鞘に納まっていた刀を抜いた。目利きの心得は皆無だからこれが良刀かどうかは判然としないけど、第一印象は悪くない。柄の握り心地はいいし、構えてみても変に重心が偏っていたりはしないし、反りも刃長も打刀としては一般的で癖らしい癖はなく、刃文も直刃だから外観に目を引くようなものもない。
呼吸を整えて、素振りをしていく。基本形として、真向斬り、袈裟斬り、逆袈裟斬り、左袈裟斬り、左逆袈裟斬り、一文字斬り、左一文字斬り、突きをそれぞれ十回ずつ行った。一振り一振り丁寧にこなしたため、真夏の夜の蒸し暑さもあって、終わる頃には汗だくになっていた。呼吸も少し乱れている。
一旦納刀して、シャツで額の汗を拭った。
「……意外と覚えてるもんだな」
我ながら悪くない素振りだったと思う。爺様や先生が見ていたら叱責が飛んでいたかもしれないけど、ブランクを考えれば身体はよく動いてくれている方だ。
再び抜刀して、合田のおっさんとの一戦を思い出し、実際に敵と対峙した場面を想定して刀を振っていく。次第に流れる汗が気にならなくなってきて、腕の疲労感も一周回って心地良く感じられてきた頃、キャンピングカーのドアが開いた。
「あっくん、もう寝ることにするよ」
「そうか。今何時だ?」
「あとちょっとで一時」
「もうか、早いな……じゃあ順番にトイレ行くか」
全員で一緒に行ってもいいけど、どのみち多目的トイレを使うから待ち時間が発生する。一人ずつの方が何か起きたときに守りやすいから、気は抜かず安全重視でいった方がいいだろう。
まずは古都音と二人で多目的トイレまで歩いていく。既に散々素振りした後だから、人目など気にせず納刀した刀を携えている。平時なら銃刀法違反が怖くてできないことも、今なら平然とできる。その解放感が少しだけ気持ち良かった。
「四人で何か話でもしてたのか?」
「うん。なんか微妙に気まずかったから、あんな空気のままだと眠ろうにも眠れないからね。ぼくにしてはもの凄く頑張ったよ」
「どんなこと話してたのか聞いてもいいか?」
「あっくんのことだよ。共通の話題なんて、それくらいしかないしね」
古都音は歩きながら大きく伸びをすると、脱力するように溜息を吐いている。まだ出会って間もない相手とのコミュニケーションは疲れただろうし、相応にストレスでもあったのだろう。
「何か変なこと言わなかっただろうな?」
「まあ、うん。あっくんは昔からことねーちゃんのことが大好きだとか、剣術の心得あるのは中二病の賜物だとか、せいぜいそのくらいだよ」
「剣術習ってたのを中二病とか言うな」
「中一で始めて高一で辞めたんなら、それは客観的に見れば中二病じゃん?」
反論するのも面倒だったので、金髪頭を軽く小突いておいた。
その後、トイレで用を済ませ、キャンピングカーに戻る途中、俺は足を止めて華奢な肩に手を掛けた。
「古都音、ちょっと頼みがあるんだけど」
「もー、しょうがないにゃあ。そんなにことねーちゃんと一緒に寝たいの?」
「返答次第では、俺の寝床に入り込んできても追い出さないでおいてやってもいいぞ」
「ふむ、聞こうか」
古都音はさも偉ぶったように腕を組み、軽く背を逸らせて見上げてきた。
俺は周囲を軽く見回して異常がないことを確認してから、これまで考えていた策を伝えていった。
「……暗黒騎士アッキー」
話し終えた後、返ってきた第一声がそれだった。胡乱な目付きからも古都音の言わんとするところは伝わってきたけど、ひとまず無視して尋ねる。
「で、協力してくれるのか?」
「一応聞くけど、みゅーちゃんのことはちゃんと守る気あるんだよね?」
「当然だ。あいつには傷一つ負わせはしない。そのつもりで動く」
「……でも、かなり危険ではある」
古都音は小難しい顔で目を伏せ、重苦しそうに息を吐いている。
「リスクは承知の上だけど、龍司を助けるにはもうこれしかない」
「それは、そうかもだけど……」
「頼むよ、古都音」
別段、絶対に古都音の協力が必要というわけでもないけど、協力してもらえた方がスムーズに事が運ぶはずだ。まだ猶予は一日あるとはいえ、たったの一日でもある。手間取る可能性を考えると、打てる手は打っておきたい。
「……分かったよ。ぼくもりゅーくんのことは助けたいしね」
気の進まなげな様子ではあったけど、頷いてくれた。
「ありがとな」
「その代わり、あっくんもみゅーちゃんも無傷で済ませるんだよ」
「ああ、最大限努力する」
しっかりと頷き返すと、古都音は深く長い溜息を零した。
「今夜は眠れそうにないよ……」
心労を重ねさせて申し訳ないとは思ったけど、これも龍司のため、ひいては古都音自身のためだ。こいつも龍司を助けるために、できることはやっておきたいはずで、それをせぬまま幼馴染の死が確定してしまえば、きっと後悔することになる。
少なくとも、俺は後悔する。
だから多少の危険は冒すし、心結の安全を賭けることにも躊躇いはない。




