03 考察
ベッドから降り立つと、手早く朝の諸々を済ませて、昨日スーパーで買っておいた弁当を電子レンジで温める。それを待つ間にテレビを点けてみた。
昨夜、寝る直前に確認したときは依然として地球の映像が映っていたけど、今は普通にニュース番組がやっている。いや、普通ではないな。見覚えのある芸能人やら、よくテレビ出演している何かしらの専門家などを交えて、電波ジャックの件について興奮気味に議論していた。スタジオの雰囲気は浮ついていて、非日常的な雰囲気が伝わってくる。
チャンネルを替えてみると、今度は街にいるリポーターが何やら熱心に語っている。現場は東京の方らしく、例の人口密度の高いところにいる人間を消滅させる云々の件についてだった。どうやら一平方キロメートルと思しき範囲にわたって本当に人がいなくなったとかで、交差点に大量の事故車両が放置されている惨状が紹介されている。
「マジかよ……ほんとに人が消えたのか?」
思わずスマホを手に取り、ネットの情報を見てみようとしたところで、思い留まる。一度情報収集を始めると止まらなくなる。そう思ったから、まずは朝飯を食おうとしたんだ。というか、もうとっくに電子レンジは動きを止めている。テレビに見入っていたせいでブザー音に気付かなかった。
とりあえず弁当を食べながら、テレビを見ていく。どのチャンネルも電波ジャックと集団消失について語られたり、一連の件についてネット上での反応が紹介されたりしている。やはりというべきか、世界各国で集団消失が起きているようなので、日本のみならず各国の状況や反応についても触れられていた。
「いや、これ壮大なドッキリとか、そういうのじゃなくてマジなの? 本当に人が消えて、宇宙人の仕業で、次は通信を妨害されるのか?」
この家には答える者など誰もいないのに、思わず疑問が口をついて出てしまう。それくらい衝撃的で、俄には信じられず、頭が混乱していた。
昨日の俺は確かに、明日何か起きてほしいなとは思ってたけど、実際にこうなってみると洒落にならないレベルの非常事態なのが分かって、そこはかとない恐怖や不安が湧き上がってくる。しかし同時に、期待感からの高揚感を覚える自分もいて、感情の整理が追い付かない。
一旦テレビを消し、弁当を食べることに集中して、心を落ち着かせる。食べ終わる頃には冷静になれていたので、次はスマホでネット上の情報を漁ってみた。
「かなり錯綜してるな……」
テレビの番組より様々な意見が見られた。
それでも大別すると、本当に宇宙人がいて集団消失が実際に起きたと見ている勢力と、全てはハッカーもしくはAIの情報操作による虚報という勢力に二分できた。
「なるほどな。まだハッカー説もあり得るか」
曰く、ハッカー集団は目標と定めた一平方キロメートルの範囲内にあるテレビやスマホに緊急速報を送り、何かしらの災害による避難だと誤認させた上で、範囲内から人を退去させたのだという。その上で、彼らのスマホを遠隔ロックしたり、最寄りの基地局を機能停止させたり、各種アカウントを凍結させたりすれば、一時的に連絡の取れない状況を作り出せる。つまり、オンライン上における死を偽装し、現実に人のいない空白地帯を作り出すことで、擬似的な集団消失を演出したわけだ。テレビは依然として電波ジャックされており、現在放送されている映像は音声まで含めて全てAIによって生成された偽物――いわゆるディープフェイクであり、本当は交通事故など起きていないのだという。実際に現地に行って確認し、その写真をSNSにアップロードしたり、本当に集団消失が起きたのだと主張しているアカウントの多くは乗っ取られており、全ての画像・映像は偽物であるとしている。
昨日、古都音が言っていた量子コンピュータ説も見られた。量子コンピュータの処理能力があれば、昨今のディープフェイクを遥かに凌駕するクオリティの映像を即製でき、既存のあらゆる通信インフラをその支配下に置けると主張している。現状も犯人の想定内で、ネットはAIの制御下にあり、そうと気付けないほど巧妙な情報統制によって大衆の意識を誘導し、人類が殺し合うほどの社会的、経済的な混乱を引き起こして何かしらの利益を得るのが目的だという。他に似たような説では、テロリストが作り出したAIが暴走して人類滅亡を企てていると主張する勢力もあったりして、なかなかに混沌としている。
これらに対して、宇宙人説を推す勢力は、やはり古都音が昨日言っていたように、個人や組織がこれほど大掛かりなことをして世界各国の政府機関が事前に察知できなかったはずはないと反論している。あるいは某国による綿密な計画に基づいた作戦だとしても、丸一日ものあいだ世界中で電波ジャックが続いたのはさすがにおかしいし、本当に量子コンピュータが稼働している証拠もない。そう主張する一方で、自分は実際に人々が目の前で消えた瞬間を見たとも言っている。ハッカー説や量子コンピュータ説を推す勢力と比べると、いまいち信憑性にも説得力にも欠けるように思えた。それでも現状では、本当に集団消失が発生して、それが宇宙人の仕業であるという可能性は捨てきれない。
そもそも、情報が氾濫し過ぎていて、もはや何が本当で何が嘘なのか俺には見分けが付かない。個人的には宇宙人だの集団消失だのはあり得ないと思う気持ちが強いけど、同じくらい量子コンピュータや情報統制による世論誘導やAI暴走というのも陰謀論めいていて胡散臭さを感じる。
「うーん……どっちもあり得そうだし、どっちもあり得なさそうだな……」
ソファに背を預け、スマホ片手に考え込んでいると、不意に着信音が鳴り響いた。スマホの画面には桐本古都音という文字が表示されている。
既に十二時になっていた。やけに時間の経過が早く感じるな。
何はともあれ電話に出る。
「おう、テレビとネット見たぞ」
「どう思った?」
お互い挨拶など省略して、早速本題に入った。
「正直、よく分からん。判断が付かんと言うべきか」
「そうだね、ぼくもそう思う。でも、とりあえず良かったよ、安心した」
「何だよ、俺と同じ意見でそんなに嬉しいのか?」
「ぼくより情弱な青二才が馬鹿を言うんじゃあないよ。ぼくが安心したのは、オメーが安易に何かを信じる愚か者じゃないって確認できたからさ。結城暁貴って男がそんな低脳じゃないことは分かってたけど、こんな状況だから改めて確かめておきたかったんだ」
どうやら俺は試されたらしい。
それは明らかにこちらを見下した態度だったけど、古都音の方が情報リテラシーを含むネット全般に対する造詣が深いことは俺も認めるところだし、相手は一応年上だ。
特に腹は立たなかったので「さいですか」とだけ言っておいた。
「いいかいアッキー、よく聞くんだ。しばらくの間、テレビやネットといったデジタルな情報は一切信じちゃいけないよ。もちろん、リアルで人と話しても『ソースはネット』とかほざく情弱のこともだ」
「まあ、そうだな」
「だからといって情報収集を怠ってもいけない。情報の真偽が不確かだから全ての情報を遮断するなんて、極端すぎる愚行だ。あらゆる情報に対して懐疑的な姿勢で、何が真実なのかを冷静に見極めなくちゃいけない」
言われるまでもない正論とはいえ、現在どれだけの人がその心構えを持てているのかは首を傾げるところだろう。俺としても漠然とそういう意識はあったと思うけど、改めて人に言われると身が引き締まる思いだった。
「それは分かるけどさ、古都音は今回の集団消失についてはどう思うんだ? 俺と同じで判断が付かないにしても、お前の分析は一応聞いておきたいな」
「分析ってほどじゃないけど……そうだね、ぼくはとても巧妙だと思ったよ」
「と言うと?」
「うーん、どこから説明したもんかなぁ……」
古都音は自らの考えを整理するかのように呟いてから、ゆっくりと語り出した。
「『人間が消滅したらしい。一瞬で煙みたいに消えた』――そんな内容の投稿が、僅か三時間足らずでネット上には溢れかえってる。しかも世界中の様々な言語でね。でも、それは昨日からの状況と予告があったことを考えれば、べつにおかしなことでも何でもないんだ。高度に情報化された現代社会らしい反応で、現代人の習性とも言うべき性質だよ。だからこそ厄介なんだ」
言わんとするところは何となく先読みできそうだったけど、あまり口を挟まない方がいいだろう。
「何が本当で何が嘘なのか分からないまま、膨大な量の情報が凄まじい速度でネット上を駆け巡ってる。ネットの海の洪水だよ。ぼくたちはその洪水に翻弄されながら、何が真実なのかをそれぞれ自分で判断しなくちゃいけない状況下にある」
「……でも、人は自分が信じたいものを信じるぞ。多少理屈が通ってなくても、自分に都合のいい情報を真実と思い込むもんだ」
以前、その手のアホのせいで酷い目に遭った身としては、それは非常に馬鹿げたことだという思いが強くあり、気付いたときには口が動いていた。
「そう、そうなんだよ。人には誰だって好き嫌いがあるし、それが先入観にもなる。だから人は自分と相性のいい、信じやすい情報を簡単に信じちゃうんだ。だって、情報の選別は難しいし、とても面倒で疲れることでもあるからね」
古都音は先にも増して饒舌に、水を得た魚の如く言葉を続けていく。
「このアカウントはボットじゃないか、もしくは乗っ取られてボット化してないか、ボット化してなくても検閲によって投稿内容が改変されたりしてないか、この画像映像はフェイクじゃないか、実際は何も知らない馬鹿が愉快犯と化して適当なこと言って煽ってるだけじゃないか……全ての情報に対してそういう可能性を考慮した上で見極めるのは、とても大変なことだよ。普段それほどネットに潜ってない人にとっては苦行でしかないと思う」
「そもそもテレビしか見ない人も普通にいるしな」
「うん、高齢者なんかは特にそうだね。情報に対して受け身なんだ。逆にぼくは普段テレビは全然見ないし、最近の若者はそういう傾向にあるみたいで、自ら進んでネットから情報を得ようとする。どんな情報も発信者の主観っていうバイアスが少なからず掛かってるものだけど、テレビは桁違いの偏向報道を当たり前のようにするし、何より得られる情報の好み――ジャンルを自分で選びにくいからね」
自分は音楽系の情報を得たいのに、テレビはスポーツ系のニュースばかりやっていると、そのニュースを見ている時間がもったいないと感じられることは多々ある。それに自分が興味のない分野の情報を覚えてしまうのは脳の記憶領域の無駄だとする意識もあり、俺もテレビはあまり見ない方だ。
とはいえ、テレビは様々なジャンルの情報をバランス良く得られる上、いちいち自分で調べる手間が掛からない。ネットだと自分好みの情報ばかり集めがちで、下手すると世情に疎くなりがちだ。それに忙しいときや疲れているときは手軽にテレビで情報を得ることは俺もあるし、静かすぎるリビングは居心地悪く感じることもあるから、とりあえずテレビを点けておくことは多い。単に点けておくだけで、ろくに見ないんだけど。
「テレビしか見ない人の多くは、テレビの情報をそのまま鵜呑みにする。ネットで調べるのも面倒だし、いちいち疑うのも疲れるし、大きな流れっぽいものに身を任せた方が楽だからね。特に日本はテレビを信奉してる人が多いし、みんなが信じてるものは信じやすいものだよ」
テレビしか見ない人は、テレビが間違ったことを言うはずがないという意識があるんだろうな。だからニュース番組で自称専門家が言ったりしたことも、疑うことなく信じてしまう。
そうしたくなる気持ちは分かるけど、それは非常に危ういことだ。日本人は無宗教が多いとかよく言われるけど、実際は神の代わりにテレビを信じているようなものだと言っても過言ではないだろう。
「まあ、とにかく何が言いたいのかっていうと、多くの人は情報に対してそういう姿勢を持ってるんだ。意識的にしろ無意識的にしろね。だから、今回みたいに宇宙人説とハッカー説で世論が二分しながらも、情報が錯綜して見極めが困難な状況下では、大勢の人が信じたいと思う方、より優勢な方に大衆が流れていくはずだよ」
赤信号もみんなで渡れば怖くないって寸法か。
たとえ自分の信じた説が間違っていたとしても、間違えたのはみんなも同じだ。間違えたことで何か損するのだとしても、自分だけが損するわけじゃない。みんなも損するんだし、だから大して悔しくも恥ずかしくもない。そういう心理が働くだけに、逆に少数派の説を信じて間違っていたときのダメージは相応に大きくなる。
だから、人は自分の信じたいものを信じる一方で、大勢の人が信じるものを信じようともする。自分の意思で何かを判断した気でいても、それは単に多数派に迎合して安心したいだけだったりするかもしれない。
俺も気を付けないといかんな。
「それで本題だけど、ぼくが巧妙だと思ったのは、その展開の仕方というか速度だよ。ぼくたちが落ち着いて真偽を見極める暇もないくらい、今まさに目まぐるしく情報が飛び交ってるよね。これがAIによる演出でないと仮定して、現代人の習性って一言で片付けずに説明するとしたら、どういう理由が挙げられると思う?」
「そりゃあ、こんな世界規模でのことなんて前代未聞だし、みんな気になるからだろ」
「理由は四つあるとぼくは思ってる。一つ目はアッキーの言うとおり、みんなの関心が高いからだね。今日の九時まで続いたあの放送は、多くの人の関心を引いた。世界規模で丸一日も電波ジャックし続けられる力を持った存在について、そして本当に人が消滅するなんてことが起きたのか、老若男女誰だって気になるよね」
「お前も昨日電話してきたときはかなり興奮してたしな」
「まあ、昨日の時点で史上最大規模の大事件だったし、ネット民はそういうぶっ飛んだ話題に飢えてるとこあるからね。ぼくもアッキーに電話したときは興奮しちゃってて、あんまり真剣に考えられてなかったよ」
あのときの古都音は起床して間もないようだったけど、それでも既に世間の多くの人より状況を深刻に捉えていた。俺は古都音に言われなければ、買い溜めもしていなかっただろう。
「今でも楽観的な人は多いと思うけど、だからこそ情報が錯綜していくんだ。誰もが情報の発信源になれる現代では、話題になればなるほど、野次馬的に発信者が増えていく。そういう認識を持ててしまうから、AIによる演出かどうかの見極めが難しいし、真に価値ある情報がゴミみたいな情報に埋もれていって、探し出すのも見極めるのもどんどん難しくなっていく。それが議論の呼び水にもなって、更に情報は氾濫していく」
「何て言うか、泥沼だな。足掻けば足掻くほど深みにはまっていくみたいだ」
「そう、人類は自らが起こした情報の洪水に溺れるんだ」
仮にハッカー説が正しい場合、ハッカーは大量のアカウントをAIによって運用し、適当な情報をネット上にばらまいて騒ぎを大きくしていることだろう。しかし、古都音の話を聞いていると、そんなことをせずとも十分な騒ぎになりそうな気がするな。
「二つ目の理由は情報の震源地だよ。『人類が国家と定める領域ごとに、その時点で最も人口密度の高い一平方キロメートル内にいる人類を例外なく消滅させる』――あの放送ではこう言ってたけど、アッキーはどこがその範囲になるって考えてた?」
「普通に考えれば首都圏だろ。どこの国だろうとな」
だからこそ、地方都市のベッドタウンに住まう俺は他人事でいられた。
「そうだね。今の時代、どんな発展途上国でも基本的には首都の人口密度が一番高い。時刻を問わず、一平方キロメートルに限定しても、大抵は首都圏内になるはずだよ。だから首都圏は必然的に情報網が整備されて、マスコミも官邸や庁舎のある首都に本社を置く。首都で何か事件があれば、その情報拡散力は地方の比じゃない。たとえ実際には事件なんて起きてなかったとしても、首都で何か事件があったという情報が流れれば、その真偽を確かめるためにマスコミは必ずすぐ動くものだという認識がある」
「ちょっと待てよ。テレビでやってたニュースも交差点事故の映像もフェイクだって説があるけど、お前はあれ本物だと思ってるのか? まあ確かに本物にしか見えない映像だったけど」
というより、あれがAI技術の応用によってコンピュータが作り出したニュースだったとしたら、一度でも電波ジャックされた事実もあって、俺は今後テレビの情報を一切信じられなくなりそうだ。見知った芸能人やアナウンサー、リポーターの声にも全く不自然さがなかったし、あれが合成音声の類いだったらやばすぎる。
「ぼくが言ってるのはそういうことじゃないよ。あの映像がフェイクだとしても、首都圏内での大事件だからマスコミがすぐ現場入りして、これほどの速度で大きな話題になってるんだ――って視聴者が納得できるって話さ。もし今回の集団消失とやらが地方の都市で起きて、それが今ほどのスピード感で大きな話題になってたら、その展開の速さに少しも違和感は覚えないかい?」
「まあ……先進国ならともかく、インフラの整ってない発展途上国でもとなると違和感はあるかもな」
「普通はこれだけ爆発的に情報が拡散したり、テレビで騒がれたりすれば、情強を自認する程度の輩なら何か作為的なものを感じるだろうけど、この状況なら違和感もないと思う。世界中で丸一日続いたという電波ジャックからの各国首都で起きた大事件ともなれば納得しかない展開の速さだし、そもそもそんなことは意識すらせず、情報の真偽を見極めるのに夢中になるだろうね」
しかし、古都音はこの展開の速さ、その巧妙さに意識を向けているようだ。
なんかこいつの話を聞いてると、自分が何も考えてない間抜けみたいに思えてきて落ち込むな……。いや、俺だって漠然と色々考えてはいるんだけど、これほど整然と言語化できるほどの思考はできていない。
「三つ目は消失という現象の不確かさだ。例の放送で言ってたこと覚えてるかい? 自称宇宙人はぼくたち人類に対しては、殺せとか殺害しろって言ってたのに、自分が人類に対して起こす行動予告では滅ぼすとか消滅って言葉使ってたんだよ」
「あ、なるほど、分かったぞ。つまりこういうことだろ? 人類を殺すって言えば、死体が残ることになるけど、滅ぼすとか消滅ってなると、死体すら残らず消えるって解釈ができる。だから本当に誰も消えてないのか、みんな確信が持てないでいて、それが消えた消えてないの論争に繋がるってことだろ」
「その通りだよ。宇宙人が用いる未知の技術による消滅だなんて、ただでさえ不確かな現象なのに、死体どころか衣類や所持品も残らないとすれば、本当にそれが起きたのか、起きたとして誰が消えたのか。その確認に時間が掛かりそうなことは想像に易い。だからハッカー説では、わざわざ範囲内の人たちを緊急避難させて一時的に空白地帯を作り出したんだって主張がされてるみたいだしね」
これもまた、事態の確認に手間取っているという認識ができてしまえることが重要なのだろう。だからこそ、ここまで情報が錯綜する状況を素直に受け入れられるし、宇宙人説を唱える人たちの意見にも今のところは一定の理解を示せてしまえる。
「誰もが疑いようのない真実味のある情報なんて、それがどんなビッグニュースでもある意味つまらないし、すぐに飽きられるものだよ。疑義を挟める余地があるからこそ、注目されて、盛り上がって、話題になって、持続するんだ。そうして大衆は共通の話題という中心を得て、まんまと踊ることになる」
「さっきから思ってたんだけどさ、お前はハッカー説を信じてるというか、そっち寄りの立場なんだよな? 最初は判断付かん俺と同じって言ってたけど、今までの話し振りからして、お前は今回の件に人為的なものを感じてるように聞こえるぞ」
「まあ、否定はしないよ。宇宙人説は未知の要素を信じる前提で成り立ってるから、既存技術の応用で今回の件を説明しようとするハッカー説――あ、AI説も含むハッカー説ね、とにかくそっち方面からでないと、状況の分析なんてできないからさ。科学だって万能じゃないことは分かってるけど、そもそも人間やAIの犯行ではないと確信できないと、今のところ宇宙人説は信じられないし」
「それもそうだな。悪い、話の腰を折った。続けてくれ」
と言ってから、今まで何の話をしていたのか、判然としない自分を自覚した。小難しい話が続いて頭がこんがらがっている。確か、何かの理由が四つあるから、その理由について教えてもらっていたはずだ……。
という俺の状態に気付いたのか、古都音は改めてといった口振りで話を再開した。
「うん。ここまで展開が速くて大量の情報が飛び交ってる理由、その四つ目は時間制限だ。今のところ、テレビでもネットでもハッカー説が優勢だけど、それも納得の流れだよ。一応確認しておくけど、それがどうしてかはアッキーも分かってるよね?」
「ハッカー説の方がまだ現実味があるから……ってだけじゃないよな。分かってる、分かってるからちょっと待ってくれ。えーっと、何て言ったらいいか……」
いざ考えを言葉にして人に伝えるのって面倒なんだよな。
「犯人が宇宙人にしろ、ハッカーにしろ、状況は今後更に悪化していく可能性が高いわけだろ? だから今後自分はどうするのか、その判断基準となる確かな情報をみんな欲しがってる。でも、宇宙人説が正しいとすれば殺し合わないと生き残れないってことになるから、ハッカー説が正しいってことにして、世の中が混乱しないようにしてる。自分が殺されるような危険な状況になるのを避けたがってるんだ」
「だいたいそんな感じだね。日本時間で今夜九時に通信を妨害するって予告されてるから、本当に通信障害が起きた場合、人類は情報的に分断されることになる。一時的だろうと、自分が住まう地域、所属するコミュニティが世界の全てになるんだ。何かあっても警察にすぐ通報できないし、救急車も呼べない。もしそんな状況で、宇宙人説を信じる奴が人を殺し始めたらどうなると思う?」
「場合によってはそれが切っ掛けになって、自分の周りで殺し合いが始まるかもな」
「そう。だから通信を妨害されるまでに、人類全体とまでは言わずとも、せめて自分たちの言語圏だけでも一応の結論を出して、宇宙人説の奴らを論破して、流されやすい大衆に釘を刺しておく必要があるんだ。それを多くの人が無意識のうちに悟ってるんだと思うよ。ハッカー説優勢の根底には、恐れや焦りといった危機感があるのを感じるね」
まともな人間であれば、殺し合いなんて真っ平御免だし、平穏な日常が崩れ去る危機も看過できない。だから現在の安定した社会状況を維持しようとするのは当然の心理だ。社会という群衆の反射的な自衛行動と言ってもいい。
俺は思わず「なるほど」と頷きながらも、疑問を覚えた。
「でもさ、犯人がハッカーだった場合、世界規模で電波ジャックしたり、あれほどのクオリティで偽ニュース番組を作れたりするわけだろ? それなら世論を誘導というか、操作するくらい余裕だろうし、こんな騒動起こしてるくらいだから、宇宙人説を優勢にして殺し合わせようとするはずじゃないのか? でも、今はハッカー説が優勢だ。大勢の人が冷静に対処しようとしてるように見える。犯人がハッカーなら、この状況は望ましくないよな?」
「それは犯人の目的次第だと思うよ」
「目的か……ネットには株価を操作するためとか、某国による世界征服の準備とか、ディストピア計画とか、そういうのがあったな。俺にはこんな事態引き起こす奴の目的なんて分からんけど、強いて言うなら、人間社会に嫌気が差して人類規模のバトロワ展開を望んでるってことくらいか」
まあ、それは俺自身の願望って部分もあるけどな。
しかし、世界規模で電波ジャックとかぶっ飛んだことをする連中なら、何か危ない思想に取り憑かれていたりして、頭がイカレてても不思議はない。むしろイカレてでもいないと、こんな大事を引き起こそうなんて思わないだろう。
「じゃあ仮に、この状況を作り出した人間の目的が、不安や恐怖によって社会秩序や世界経済を少なからず揺るがす、あるいは崩壊させることだとしよう。それによって首謀者は何かしらの利を得る。それは金銭かもしれないし、創造の前の破壊って具合にその情報統制力で新たな秩序を作り出そうとしているのかもしれないし、もしくはこれが壮大な社会実験で大衆の行動を観測してデータを得たいってだけかもしれない。とにかく、世の中を混乱させたいという思惑があると仮定する」
今更ながら、よくこんなにすらすら言葉が出てくるもんだと感心するわ。普段は馬鹿なことばっかり言ってるもんだから忘れてたけど、古都音って頭いいんだよな。
「この場合、べつに過半数の人類に宇宙人説を信じさせる必要なんてないんだよね。全体の一割、いやその半分でも信じ込ませて暴徒化させられれば、後は勝手に混沌としていくと思うんだ」
確かに起きた電波ジャック、発生したのか不確かな集団消失、情報的分断までの猶予は僅か、下手すれば人類が殺し合いを始めるかもしれない。
そんな前代未聞かつ不安定な状況下で、本当に通信障害が発生すれば、大衆は疑心暗鬼に陥り、宇宙人説を信じる者たちのうち何割かは実際に人を殺し始めるだろう。そうなれば、どれだけ冷静な者も自分の身を守るために戦わざるを得ず、結果として殺し合いが幕を開けることになる。
「さっき調べたら、日本の警察と自衛隊の人数って、合わせても五十万人くらいらしいんだよね。この状況だと自衛隊は近隣諸国を警戒しなくちゃいけないから、国内の騒動に割ける人数はもっと少なくなる。日本人口の五パーセントでも宇宙人説を信じて人殺しを始めたら、それだけでもう収集付かなくなりそうだよね」
「そういえば隣国が攻めてくることもあるんだよな」
「まあ、どこの国も国内が荒れればそれどころじゃなくなるだろうし、何とも言えないけどね。幸いにも日本は周りを海に囲まれてるから、本当に通信障害が起きて軍事衛星まで使えなくなってれば、軍だろうと組織的に攻め込むのは難しくなるはずだよ」
デスゲームの開催期間は百日間らしいから、国家が上手いこと国民を纏めれば、隣国に攻め込むことで一人十殺を成し遂げようとすることだってあるかもしれない。しかし、古都音の言うとおり日本は島国だから、大陸の国々と比べれば侵攻される可能性は低いはずだ。
そもそも、人類が宇宙人の支配下に置かれることになるかもしれないという非常時に、国家間の戦争が起きるとは思えない。何せ今回の自称宇宙人は人類に敵対的な存在なんだからな。それでも人類史を鑑みるに、民族とか宗教を背景とした組織的な潰し合いは起こりそうだけど、日本国内ではその手の人種的・思想的な対立はほとんど起こらないだろう。
「あ、でも今回のことが実は日本だけで起きてて、それが他国の工作活動ってことになると、軍事侵攻される可能性はかなり高そうだよね。まあ軍事作戦として展開するなら、問答無用で通信を妨害したり停電させたりする方が効果的な気がするし、この線は薄いと思うけど」
「うーん、なるほどなぁ。色々と参考になる話だ。それで、結局どういうことなんだよ? この状況が展開する速さについてのアレコレは分かったし、それが巧妙ってことも分かるけど……その巧妙さに、何か犯人の意図が見えるってことなのか?」
「いや、だからこの状況が人為的に引き起こされたものだとしたら、やり方がいちいち巧妙で納得がいくってことだよ。かといって宇宙人の仕業だとしても、宇宙人なんて未知の存在なんだから、ぼくたち人類の常識なんて通用しないわけで、何やったって不自然じゃないよね。大衆がどちらの可能性もあり得るって思える巧妙なやり口だから、ぼくも判断が付かないなって話さ」
俺はそこまで深く考えた上で、判断が付かないと言ったわけじゃなかったから、「そうか」と相槌を打つくらいしかできなかった。
「それでアッキー、今後のことだけど」
「今後か……どうなると思う?」
そう尋ねてみたところで、ふと来客を告げるインターホンの音が鳴った。俺はソファから腰を上げると、壁際の端末に向かい、画面を見てみる。
見慣れた顔の少女が映っていた。
「ぼくの予想では、夕方までには政府から何かしらの声明が出ると思う。大方、集団消失は起きてないし、電波ジャックはハッカー集団の仕業だから、落ち着いて行動してくださいって具合にね。でも、分かってるよねアッキー?」
気は進まなかったものの通話ボタンを押すと、「あ、お兄ちゃーん、来たよー」と笑顔で手を振ってきた。
「…………」
「どうした? まさか分からないとか言うんじゃあないだろうね?」
俺は無言で解錠ボタンを押し、ソファに戻ってから口を開いた。
「いや、分かるよ。フェイクではないと断言できない以上、政府の声明だろうと安易に信じるのは危険だよな。むしろハッカーの罠ということもある」
「そうだね、厄介な状況だよ」
本当にな……。
昨日に続いて今日もテレビとネットは大騒ぎなんだから、さすがのあいつもそんな状況で来ることはないだろうと高をくくっていた。しかし、いわゆる陽キャって連中は世情なんて大して気にせず、自分のしたいことを最優先するもんだよな。
「宇宙人説の信者は、政府が殺し合いを止めようとして嘘を吐いてると言う。逆にハッカー説の信者は、今もまだ電波ジャックされててネットも統制されてることを論拠としてる以上、ハッカーの自作自演であると主張せざるを得ない。政府がハッカー説を肯定しても、それを否定しなければならないんだ。つまり、どちらを信じていようと、政府という最大の権威による抑止が意味を為さないどころか、逆効果になる状況になってるんだね」
仮に新聞社が政府声明の号外を街角で配ったとしても――アナログな情報拡散によって鎮静化を図ったとしても同じだろう。
まず前提として、真実がどうであれ政府は秩序を保つことを最優先するはずだから、今回の件を宇宙人の仕業だと認めるような声明を出すはずがない。それが常識的な認識だろうから、ハッカーによる偽のネットニュースや動画による政府声明だとしても、それは変わらない。本物だろうと偽物だろうと政府声明があるなら、それは間違いなくハッカー説の肯定になる。
だから、号外はテレビやネットで発表されたのと同じ内容――ハッカー説を肯定するものになる。しかし、それはテレビやネットが正常であると宣言することにもなり、矛盾が生じてハッカー説の信憑性が揺らぐ。逆に、号外を敢えて宇宙人説を肯定する内容にすれば、テレビとネットが正常ではないことの証明にはなるけど、政府とマスコミが宇宙人説を肯定することになる。それでは本末転倒だ。
「いや、待てよ……テレビやネットでは発表せず、新聞でだけ発表すれば大丈夫なんじゃないか? 新聞社が一斉に同じ内容の朝刊夕刊を出して、街で号外も配りまくって、この政府声明は新聞でのみ発表するとか何とかってちゃんと明記すれば、ハッカーがテレビやネットで偽動画とか偽記事を流そうが流すまいが、ハッカー説の信憑性を高められるだろ」
「あ、そいえば新聞があったね。うち新聞取ってないからすっかり忘れてたよ」
古都音はネットの世界に浸りきってる人間だから、デジタル方面を注視しすぎて失念していたようだ。
新聞だって印刷はデジタルデータを元に行うけど、印刷物を目視で確認してから配布できるから、印刷データを改竄したとしても配布前に気付ける。一度印刷されてしまえば記事の改竄もできなくなり、そこから得られる情報はテレビやネットのそれより圧倒的に信頼性が高くなる。
デジタル化が進む昨今では相対的に新聞が廃れて、新聞社もネットニュースの方に力を入れているらしいけど、今みたいな状況では昔ながらの新聞が最も確実で安心できる情報源になり得そうだな。
「うーん、でもどうだろう……それは見方を変えれば、政府すらテレビもネットも使えない状況に追い込まれてることを自ら証明することになってしまうよね。政府の力を信頼してる人ほど――権威主義的な人ほど、政府がハッカーに負けたなんて信じられないんじゃないかな? つまり逆説的に、人智を越えた力が存在する可能性を――宇宙人説をより強く意識してしまうことにならないかな?」
「そうか? 政府だって絶対じゃないんだし、最近は技術の進歩も凄いし、情報戦――こう言う場合は電子戦っていうのか? そういうので負けることがあってもおかしくないと思うけどなぁ」
「その辺の感覚は人それぞれだろうね。でも、そもそも宇宙人がいようがいまいが、どの国の政府も殺し合いなんて起こさず治安を維持しようとするはずだって、宇宙人説の信者でなくとも常識的に考えれば誰だってそう思うよね?」
「まあ、そりゃあな」
「人類バトロワが本当でも嘘でも、政府は必ず治安維持に動く。その意識がある以上、政府からの情報だって安易に信じるのは危険だと判断できてしまう。電子戦で敗北して権威に傷が付いた政府相手ならそう思いやすいし、何より自分の命が懸かってるかもしれないんだからね」
テレビ局や新聞社といったマスコミは、政府に対する監視の役割を担っている面がある。昨今はジャーナリズムなど忘れ去ったかのような偏向報道が多いようだけど、それでも公共の利益が損なわれる場合には真実を報道するだろうという最低限の信用は多くの人が持っているはずだ。
しかし、それは裏を返せば、社会秩序の維持という公益のためなら、真実は二の次で政府の方針に従い、虚偽を報道することもあり得るということでもある。無論、全てのジャーナリストがそうだとは限らないけど、新聞は新聞社という大きな組織の力なしには発行できない。そして、そうした大きな組織というのは、得てして理性的なものだ。人類が殺し合うデスゲームへの積極的参加を促進することになろうと、真実の報道というジャーナリズムを貫こうとするとは思えない。
現状を楽観的に見ている人ほど、政府や新聞の情報を信じるだろう。逆に、現状を悲観的に見ている人ほど、政府や新聞の情報を信じられなくなる。疑えば疑うほど、全てが怪しく思えてくる。それなら何も疑わずにいようとしても、本当に宇宙人がいるなら生命の危機なわけだから、どうしても考えずにはいられない。
古都音の言うとおり厄介な状況だし、やり口が巧妙すぎて嫌になるな。
「もう何を信じていいのか分からなくなってきたぞ」
「信じていいのは、電子機器を介さずリアルで直接触れた情報――実際に自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じたものだけだよ。画面越しの情報はもちろん、新聞の情報だって真実かどうかは断定できないし、今の状況下だと本当は電話だって疑問が残るんだ。ぼくは今、結城暁貴と話してるつもりだけど、実はAIと話してるのかもしれない。もちろんそれはアッキーの方も同じだよ」
「おいおい、怖いこと言うなよ。さすがにそれはないだろ」
「ぼくも本気でそう思ってるわけじゃないけど、今後はそれくらいの心構えが必要ってことさ。十分に発達したAIが生成するフェイクは、リアルと見分けが付かないんだ。今回の件でそれを痛感させられたよ。だからこそ、直接会うマブダチは信じられる。そうだろう暁貴?」
突然、真剣さが五割増しした声で改まったように言われたもんだから、逆に冗談みたいに聞こえてしまって、いまいち真剣さが伝わってこない。
それでも会話の流れから古都音が何を言いたいのかは分かったので、俺は苦笑しつつ応じた。
「要するに、お前は合流しようって言いたいのか?」
「政府の声明があってもなくても、今夜九時に通信障害が起きるようだったら、明日の朝九時までにぼくんちに来ておくれ。非常事態だかんな、魂の絆で結ばれた親友なら助け合うべきだ! そうだろ!?」
人類バトロワなデスゲームの開催は協定世界時で八月一日の零時からだ。日本時間だと八月一日の九時からになるので、明日の九時以降に外出するのは控えるのが無難だろう。
「そんな必死にならんでも行くって」
「絶対だぞ! オメーが来ないと、ぼくみたいなか弱い乙女は暴漢にレイープされてぬっ殺されるんだ! ぼくの膜と命はあっくんの頑張りに懸かってる! 頼むぞマジで!」
「はいはい、頑張りますよ」
そう適当に答えながらも、ふと瑠海のことが脳裏を過ぎった。
あいつは古都音ほどか弱くはないけど、一人暮らしの女子高生で、しかもその身を狙う変態クズ野郎が少なくとも一人は確実に存在する。後で連絡して、今後どうするのか確認しておくべきだな。
「ちゃんと着替えとか歯ブラシとか持って来るんやで! 何日ぼくんちでお泊まり会になるか分かんないんだかんな!」
「分かってるって。一応、昨日買い溜めしといた食料とかも車に積んで持ってくわ。というか、非常時に備えてもう積んであるから、もし何かあって車で逃げることになっても安心だ」
降ろすのが面倒だったのもあるけど、いざというときのためにも、必要物資は部屋と車で分けておいた方がいいと思った。桐本家に行っても荷物は降ろさず、そのままにしておいた方がいいだろう。
「さすがだな暁貴、ぼくが見込んだ男なだけはあるぜ」
「そりゃどうも」
そんなこんなで話が一段落ついたところで、折良くインターホンの音が鳴り響いたので、俺は玄関へと歩き出す。
「んじゃ、心結が来たし、そろそろ切るわ」
「何? 貴様、まさか……こんなときでも腹違い設定の美少女と乳繰り合おうってのか!?」
「乳繰り合うとか人聞きの悪いことを言うな。そもそも今回もいつも向こうから押し掛けてくるんだよ。俺がいくら来るなって言ってもな」
「だったら巨乳JK義妹なんていうファンタジーは追い返しんしゃい! 今はことねーちゃんと一緒にリアルと向き合うべき時間ばい!」
どうしてこいつは急に博多弁みたいになるんだ。べつにそっちの出身でもあるまいに……。
「一応は兄妹ってことになってるんだから、そう無碍にも扱えないんだよ。とにかく、通信障害が起きたらそっちには行くから安心しろ。そんじゃあな」
「ならせめて警戒は怠るなよ暁貴! 夏場で汗ばんだ薄着の巨乳JKの色香に惑わさ――」
最後まで聞く価値もなさそうだったので、問答無用で通話を終えた。
「せっかく久々に見直したってのに、あいつは……」
心結のこともあり、二重の意味で溜息を吐きながら、俺は玄関の扉を開けた。