23 不測
リビングの隣――礼奈の私室のベッドに彼女を運んだ後、冷蔵庫の冷凍室を漁った。氷枕か保冷剤でもあればと思ったけど、なかったからビニール袋に水と氷を入れて、ベッドに横たわる礼奈に渡した。首元が赤くなってあざができかけていたから、冷やしておいた方がいい。
キッチンにあったマグカップにはインスタントコーヒーの粉が入っていて、ヤカンの湯も温まっていたから、自分の分だけコーヒーを淹れた。
礼奈はベッドに横たわり、俺はベッド脇の床に座ってホットコーヒーを啜る。お互い何も言わないまま、時間だけが過ぎていく。熱いコーヒーをゆっくりと飲み干した後、物音ひとつしない静寂の中、頭を空っぽにして時間の流れに身を委ねた。僅か数分の間の出来事だったとはいえ、精神的にはかなり消耗した気がする。しばらくは何も考えたくない。
「……暁貴さんは、後悔していますか?」
ふと声が聞こえて、ベッドに目を遣ると、美女は仰向けになってぼんやりと天井を見ていた。何について後悔しているのかは尋ねるまでもないことだった。
「いや、してない。もししてたら、敵だろうと殺せないだろうな」
「……そうですか」
それで会話は途切れた。
俺からあれこれと話し掛けない方がいいだろうから、今は礼奈が落ち着くのをただ待つ。
それから一時間ほどが経ち、気力も回復して暇を持て余していた頃、再び美女が口を開いた。
「正直、全然悲しくないんです」
それは独り言も同然の呟きで、現に俺の方は見向きもしていない。尚もベッドに身体を預けた状態で、落ち着いた声を静かに響かせていく。
「母が亡くなったことより、自分が殺人を犯してしまったことへのショックの方が大きいみたいで、これからどうなるのか、どうすればいいのか、そればかり考えてしまいます」
親を殺しておいて、それは正常な反応とは言い難い。しかし、正常であれば、そもそも親を殺さない。その精神性は、親に殺されそうになるほどのしがらみによって形成されたことは明らかだ。
「薄情だと思いますか?」
礼奈は視線を虚空に投げ出したまま、変わらぬ声で尋ねてきた。
「世の中には色んな家族の形がある。俺は礼奈が母親とどういう親子関係を築いていたのか知らない。だから薄情も何もない」
「どういう親子関係だったのか……私もよく分かりません」
それは途方に暮れたような口振りだったけど、少しの沈黙の後、思案げに呟き始める。
「家族は一番身近な他人、などと言われることがあるそうですが、私と母はまさにそのような感じだったと思います」
俺は特に何の反応も示さず、続く礼奈の声に耳を傾けていく。
「私が幼い頃から、あまり家にいない人でしたから、子供の頃の私にとって、母は食べ物やお金をくれる人という認識でした。たまに帰ってきても、いつも知らない男性と一緒で、私のことは大して気にしていなかったと思います。でも、当時の私は母に構ってもらえず寂しいと感じていたので、母のことはたぶん好きだったのだと思います」
やはり独り言のように語っていた。実際そうなのかもしれない。俺に伝えるために話しているというより、自分の考えを整理しているような語り口だ。
「私が中学生になったあたりから、母がきつく当たるようになってきて、困りました。その頃には母が結婚願望を持っていることに気付いていましたから、いわゆるこぶ付きと見られてしまうことがストレスで、原因の私に当たっているのだと思っていて、申し訳なくて肩身が狭かったです」
礼奈の境遇を他人事とは思えなかった。
俺も母子家庭で育っていた可能性は十二分にあったし、もしそうなっていたら、母さんは俺を愛さなかっただろう。そして心結は愛人の子などと蔑まれることもなく、俺が掠め取っていた幸福を正しく享受し、より恵まれた幼少期を送れていたはずだ。
「ただ、先ほど母に言われて、少し違っていたことに気付かされました。あの頃の母は、私のことを娘ではなく女として見て、疎んじていたのですね。私は成長が早かったので、小学五年生か六年生の頃には母と同じくらいの背丈がありましたし、周りと比べても見た目はだいぶ大人びていたと思います。母は交際相手の男性から、私について何か言われたりしたのでしょうね」
前世紀ならともかく、現代の子供は発育がいいらしいし、テレビやネットでも中学生とは思えない大人びた子をたまに見掛ける。実際に手を出そうと思うかどうかはともかく、大人びていれば性的な目で見ることができてしまえるのが男ってもんだ。
礼奈は母親によく似ているし、かなりの美形だから、母親の交際相手の男とやらが娘の方に目移りしてしまっても不思議はない。意識的だろうと、無意識的だろうと。
「高校三年生に進級する前に、母は結婚しました。私は母の幸せを喜ぶより、母への引け目がなくなることに、ほっとしていました。私にとって父となった人は凄くいい人で、母もとても幸せそうで、私に対する態度もだいぶ柔らかくなって、安心していました」
つまり礼奈の母親は、それまでずっと男を取っ替え引っ替えしていたのだろうか。そして礼奈はその男たちと会うこともあったみたいだし、母親に対して引け目があれば、相手に関係なく常に丁寧語で話すようになるのも納得だ。いや、この様子だと友達らしい友達もできず、子供らしく話せる相手がいなかったのかもしれない。
「ですが、すぐに気付いてしまいました。母の態度が表向きのものであることに」
礼奈の口調に変化はなく、喜怒哀楽いずれの感情も読み取れない平板な声で独白を続けていく。
「父は私のことを血の繋がった本当の娘のように扱ってくれて、私も本当の父親だと思って接していました。おかげで、父親の愛情とはこんな温かなものなのかと思えたくらいでした。母はそれが気に食わなかったのかもしれません。私がいなければ、父が私に向ける愛情の分も、母へと向けられていたはずですから、納得ではありましたけど」
微苦笑を見せつつも静かな声に揺らぎはない。しかし、疲れたように目を閉じて、軽く溜息を吐いている。
「結局のところ、母は私を愛してはいなかったのだと思います。それでも、私は母が嫌いではありませんでした。一応、毎日ご飯が食べられて、学校にもちゃんと通わせてくれました。たとえそれが、仮にも母親としての世間体を保つためだとしても、たまに罵詈雑言こそあれど暴力まで振われたことはありませんでした。だから、子供を疎ましくは思っても親としての責任は最低限果たすところは、立派だとすら思っていました」
あの修羅場は、長年にわたって積もり積もった親子の鬱憤が爆発した結果ということだろう。
「ですが、私のそれは愛情ではなかったみたいですね。母が死んでも――この手で殺しても、悲しくはないんです。むしろ、どこかすっきりしたような、解放感があるんです」
そう呟く声からも重苦しさは感じられない。むしろあれから一時間と少ししか経っていないとは思えないほどの落ち着きようだ。葵ちゃんのときと比べると、その異常性がよく分かる。
「私は母を愛していなかったのだと、思い知らされました」
一瞬、俺を責めているのかとも思ったけど、特に様子は変わらないし、そんな雰囲気でもない。
「ただ世間の常識として、倫理的な観点から、母親は大事にすべき存在で、家族とは尊いもので、たとえどんな理由があろうと親を傷付けてはいけないと、ましてや殺すなんて以ての外だと、そうした考えに囚われていただけで……母への情なんて、全然なかったのですね」
どこか他人事のように言い切って、礼奈は上体を起こした。そして薄く笑みを浮かべると、俺に怜悧な眼差しを向けてくる。
「こうして話してみて、分かりました。やはり私は薄情な人間のようです」
「そうか? 少なくとも今の話を聞いた限り、俺は薄情だとは思わないけどな」
「いえ、自分のことです。自分が一番よく分かります。あれだけ良くしてくれた父が死んだことも、あまり悲しいとは思っていないのです。今までろくに友人もいなかったですし、誰かに恋をしたこともありません。元々、情というものが希薄な人間なのだと思います」
まあ、そういうところはありそうだな。
無理に否定しても世辞として受け取られるだろうし、俺は相槌も打たず頷きもしなかった。
「暁貴さんは、私のことを強い仲間として、助け合っていきたいと言っていましたが、やめた方がいいと思います。私は誰かのことを、危険を冒してまで助けようとする人間ではありません」
確かにそうかもしれない。
しかし、礼奈の話を聞いて、俺は俄然この美女を味方に付けたくなっていた。
「礼奈、さっき母親を殺してすっきりした、みたいなこと言ってたよな。つまり、後悔はしてないってことか?」
「そうですね……強いて言えば、自分の手を汚してしまったことは後悔しています。どうせなら父と一緒に死んでくれていれば、今回の殺人で法が私をどう裁くことになるのか、頭を悩ませずに済みましたから」
なんか、だいぶ吹っ切れてるな。強がりで言っていないことは、クールさを感じさせる面持ちを見れば分かるし、本当にそう思っているのだろう。
「なら、昨日礼奈も言ってたとおり、俺たちは似た者同士ってことだな。俺も自分の手を汚してしまったことについては後悔してる」
「……なるほど、そういうことですか」
思案げに目を伏せて一人頷く礼奈の反応は想定外のもので、その意味を理解しかねた。
「そういうことって、何が?」
「昨日、暁貴さんは、お祖父さんは滝さんに医学部に行ってほしいと思っている、というようなことを言っていました。暁貴さんのご実家は裕福ですし、きっと医師の家系なのでしょう。つまり暁貴さんも医師を目指されていて、お祖父さんからも期待されていた。しかし、お祖父さんやご実家を避けているようですから、母親を殺したことで医師の道は途絶えたか、自ら断念したか……どちらにせよ、そのような事情かと思いまして」
やはりこの美女、決して鈍感でも馬鹿でもない。
「……ま、概ねそんな感じだな。意図して人を殺した奴に、医師になる資格なんてない」
それが全てではないけど、俺の事情など今はどうでもいいので頷いておいた。
「とにかく、俺と礼奈は相性いいと思うけどな。それに今回のことで、俺の証言が必要になるだろ? 今後どうなるにせよ、一緒にいて身を守り合った方がお互いのためになるはずだ」
「だとしても、私はあなたのように、誰かを命懸けで助けるような真似はできないと思います」
「本当に薄情な人間なら、そんなことは言わない。いざというとき、何も言わず仲間を見捨てて逃げるだけだ」
そう正論で応じながらも、内心では少し困惑していた。
礼奈は俺に複雑な感情を抱きつつも、親近感は覚えているだろうし、合理的に考えても俺と行動を共にするのが得策のはずだ。
にもかかわらず、どういうことだ?
「私としても、暁貴さんと行動を共にした方が安全だとは思います。ですが……その、私はあのような母の娘です」
「親は親、子は子だろ。そんなの気にすることはない」
「……いえ、気にします。気にしてしまいます」
礼奈はそう言って少し考える素振りを見せた後、ベッドから降りた。そして俺の正面に正座すると、真っ直ぐに目を合わせてきた。
何だか少し緊張感を覚えてしまい、自然と背筋が伸びた。
「先ほど自分で薄情な人間と言っておいてなんですが、私はあなたのことなら好きになれそうな気がしています。と言いますか、既に好きなのだと思います」
「……ん? え、好きって……急にどうした?」
この話の流れで、俺に好感を持てそうだと宣言する意味となると……俺が礼奈を警戒していると思われているのか? 確かに、まだ礼奈の心情がいまいち判然としないから、母親を殺させた復讐に俺を害そうとする可能性は捨てていない。
しかし、どうもそういう感じではなさそうな気がする。
「急ではありません。それと、まだ愛と言えるほど好きというわけでもありません」
「あ、愛……? ちょっと待て、その好きって、ライクじゃないの?」
「ラブの方です」
ど、どういうことだ……?
いきなり全く想定外の話になってきたぞ。
いや、これも俺の警戒心を解こうとしてのことなのか?
「思い返せば、最初から変でした。見知らぬ男性に新聞を見せてほしいと頼むだなんて、普段の私ならそのような図々しいことはまずしません」
「それは、普段と違って非常時みたいなもんだったからでは……?」
「かもしれませんが、見知らぬ男性に頼み事をするくらいなら、マンションの同じ階に住んでいる顔見知りの方を頼ります。そうでなくとも、喫茶店や図書館にでも行けば済む話ですから」
礼奈からはクールビューティーらしい理知的な様子しか窺えず、冗談の類いではなく真面目に話していることが嫌でも伝わってくる。
「一度だけならともかく、翌日にも私は暁貴さんに声を掛けました。あのとき言われたように、ストーカーに見られている可能性を考えれば、危ないことは明白でした。にもかかわらず、私は自分の身の安全より、あなたにストーカーの件を伝えることを選んだ。当然のように、迷うことすらなく、直感的に」
そういえばこの人、フィーリングで生きてるとか何とか言ってたな。昨日の朝、コンビニで声を掛けてきたとき、まさか本当に何も考えず直感に従って動いていたって言うのか?
「極めつけは、桐本さんのお宅であんなことがあったのに、あなたに同行したことです。昨日も言ったように、何となくこの人なら大丈夫そうという直感と、気が合いそうな感じがしたことは確かです。ですが、よく考えるまでもなく、あの状況でそのように感じてしまうこと自体、異常なのです」
まあ、それは確かにそうだな……と頷きかけたけど、寸前で思い留まって反論してみる。
「だからそれは、異常な状況で異常な判断を下したってことで、つまり正常な行動だったんじゃないか?」
「それでも、あなたに対する私の行動は、客観的に見ても明らかにおかしかったはずです。いくら父に彼氏として知られた人だからって、あんな躊躇いなく車をぶつけて人を殺すような男性に、ほいほいついて行くなど、さすがに常軌を逸しています」
うん、俺もそう思う。
あのときは余程の事情があるんだろうなと思っていたけど、その事情は蓋を開けてみればさほど深刻なものでもなく、母親に疎まれていて夫婦水入らずの生活を邪魔したくないから実家に戻りたくない、という程度のものだった。
結果的に切った張ったの修羅場にはなったけど、あれは門之園慎吾氏の急死という決定的な切っ掛けでもなければ起きなかったはずだから、昨日の時点の礼奈がそこまで深刻に考えていたとは思えない。少なくとも、俺に同行するリスクを冒すほどではなかったはずだ。
しかし、礼奈は俺の車に乗り、初めて会った男の家で夜まで明かした。
「詰まるところ、私は暁貴さんに一目惚れをしていたのではないでしょうか?」
「いやいや、それは……さすがにないと思うけどなぁ」
思わず半笑いで否定しながらも、焦燥感を自覚した。
まずいぞ、これは非常に良くない展開だ。
「無意識のうちにあなたに惹かれていたとすれば、自分の行動にも納得がいきます。恋は盲目と言いますし、私は自分の身の安全など度外視して、あなたとお近づきになれるように動いたのでしょう」
やめろ、それは勘違いだ。
やはり礼奈は俺が助けなかったことが不満で、心は俺と連みたくないと思っている。しかし、頭では今後も俺と行動を共にする利点を十分に理解している。そこにさっきの修羅場による吊り橋効果だかストックホルム症候群だか、とにかく何か妙な心理状態が合わさり、これまでの直感的行動を俺への好意故と理屈付けすることで、心を納得させようとしているのではあるまいか。
という一瞬の思考を口に出すより、礼奈の声が先んじた。
「現に私は、先ほどあんなことがあったばかりなのに、暁貴さんのことを全然悪く思っていません。私の立場であれば、あのとき助けてくれなかったことを、理屈なんて関係なく不満に思って然るべきでしょう。ですが、今の私はあなたの行いをむしろ好意的に捉えてしまっています。結果的にすっきりした気分になれたので、そのせいかもしれませんが」
い、いかん……なんかもうよく分からなくなってきた。
恋だの愛だの言い出した女の心理など、そもそも考えるだけ無駄なのかもしれない。
「……その割に、俺と行動を共にはしたくないのか?」
「いえ、私はご一緒したいと思っています。ですが、それは暁貴さんのためにならない気がしまして……」
「どうして?」
ひとまず言葉の裏を読んだりすることはやめて、正面で正座する美女の様子を注視してみる。先ほどよりほんのりと紅潮した顔には緊張感が見て取れ、こちらの問い掛けに対して言い辛そうに目を逸らした。
「先ほど話したかと思いますが……母は嫉妬深い人でした。もしかしたら、私もその性質を受け継いでいるかもしれません。暁貴さんと行動を共にするということは、桐本さんと瀬良さんともご一緒するわけです」
「まあ、そうだな」
「もしあの二人が窮地に陥った際、私は彼女らをわざと見捨てるかもしれません。このまま本当にあなたのことを好きになっていけば、あなたの側にいる女性というだけで、嫉妬してしまうようになるかもしれません」
「……なるほど」
そうした不安を自覚できる程度には冷静なのだろう。いや、それくらい母親という存在に縛られているのか。
ともかく、こうして話すことで予防線を張っているのかもしれないけど、正直なところは好感が持てる。
「好きな人に振り向いてもらうためなら、私は何でもしそうな気がします。それは必ずしも相手のためにならないような気がするのです」
「でも、それは俺を好きになった場合の話だろ? あくまでも仮定の話で、礼奈自身もどうなるか定かじゃないことだ。そもそも、礼奈は母親の嫉妬深いところが好きだったのか?」
「好きなはずありません。嫌いです。母の嫉妬心のせいでだいぶ苦労させられたのだと今なら分かりますから、嫌いどころか憎んでいると言っても過言ではありません」
俺の目を見る眼差しも、否定する声も、力が籠もっていた。静かな怒りを思わせる力強さだ。今後はあまり母親の話をしない方がいいだろうな。少なくとも心の整理が付くまでは。
「礼奈は自分がされて嫌だったことを、人にしてやろうと思うような性悪女なのか?」
「いえ、そうは思いませんが……」
「俺もそんな人には見えない。道理というものを弁えているクールビューティーに見える」
「ク、クールビューティー……かどうかは、分かりませんが、その……はい、ありがとうございます……」
もぞもぞと落ち着きなく身じろぎしながら、ぼそぼそと呟いていた。
そういう可愛い反応はやめてほしい。
というか、自分は好きとかラブとか平然とした顔で言ってた癖に、言われるのは照れるのか。
「とにかく、とりあえず友達として助け合っていくってことでいいか?」
「あ、はい。暁貴さんが嫌でなければ、友達からでお願いします」
礼奈は正座したまま軽く頭を下げてきた。
俺としては友達より先の関係になるつもりはないけど、それは言わない方がいいだろう。葵ちゃんと古都音の手前、色恋沙汰はない方が仲間として上手くやっていけるはずだ。もし俺が礼奈とその手の関係になったら、あの二人の精神状態がまずいことになりかねない。
だから、今後この美女に対しては色々な意味で警戒が必要になる。そこは少し面倒だけど、常に程良い緊張感を保てると思えば、これはこれでありだと思えるし、面白くなりそうならもう何でもいいさ。
母親を殺せる奴なら、襲ってくる赤の他人になど容赦はしないはずだ。しかも礼奈は美人だから、このまま治安が乱れていけば、その身を狙う不逞の輩は後を絶たないに違いない。戦力と誘蛾灯を兼ね備えた人材など、面白くなる要素しかない。
「じゃあ、一段落付いたところで、そろそろ帰るか」
そう告げて立ち上がろうとしたとき、静かな部屋に間の抜けた音が響いた。つい最近も聞いた覚えのある音で、まるで返事のように鳴ったものだから、思わず笑ってしまった。
昨日と同じく、礼奈に羞恥した様子は見られず、片手で腹を押さえながらクールな面持ちで淡々と頷いた。
「そうですね、早く戻って昼食にしましょう」
時計を見ると、ちょうど十二時頃だった。正確な腹時計だ。
あの女の死体についてとか、路駐してある車をどうするかとか、この場を去る前に色々と考えるべきことはあるんだけど、何だか気が抜けてしまった。
しかし、これでいい。
笑えるってのはいいことだからな。
礼奈がいれば、今後も笑えるほど面白いことが起きてくれそうな気がする。




