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終末よ、生きる望みの喜びよ  作者: デブリの遺灰
The 2nd Run
19/43

19 義理


 マンションからコンビニに戻り、SUVに乗り込んだ。


「確か、滝さんのマンションに戻る前に、暁貴さんのご実家に寄るということでしたね」

「ああ。俺は古都音の家にいるって父親には知らせてたけど、火事になったからな。無事を知らせる手紙を郵便受けに入れるだけだから、誰にも会わないしすぐに済む」


 言いながらアクセルを踏み、コンビニをあとにする。

 来たときと変わらず、コンビニ周辺に人気はほとんどなかった。たまに車が通り掛かるくらいだろうか。今が夏休みということを考えると、道路どころか公園にすら子供たちの姿を全くと言っていいほど見掛けないのは、異常と言わざるを得ない。


「滝さんの話ではご家族が在宅されているのでは? 顔を見せなくて良いのですか?」

「そこ聞いちゃう? なら俺も、礼奈がどうして実家に帰りたくないのか聞くけど?」

「……いえ、すみません」


 横目に助手席を見ると、気まずそうに目を伏せる美女の横顔があった。


「…………」


 どうにも微妙な空気になってしまったので、密かに深呼吸をしてから、軽快な口振りを意識して話し掛ける。


「ま、龍司が色々言ってたから察しは付くと思うけど、ちょっと面倒な事情があるから、今の実家には関わりたくないんだ。というか、俺が顔見せると余計にこじれそうだし」

「私も……似たようなものです。私がいない方が、両親は夫婦円満で上手くいきますから」

「そうそう、うちもそんな感じ。俺がいない方が上手く回るんだよな」


 礼奈が俺の顔をじっと見つめてきている姿が視界の端に映っていたけど、運転に集中している振りをして前だけを見続けた。今、この美女と目を合わせてしまうと、入れ込みすぎてしまいそうな予感がした。


「どうりで……何だか気になる人だと思っていましたが、実は似た者同士だったのですね」


 気になるとか意味深なこと言わないでほしいわ。


「私としても、いくら女性を助けるためとはいえ、人を殺したばかりの男性に同行するのは危ないとは思ったのです。それでも、何となくこの人なら大丈夫そうという直感と、気が合いそうな感じがしたので同行させてもらったのですが、どうやら間違いではなかったようです」

「あー、その……意外とそういう、フィーリングとか大事にするんだ?」

「むしろ私はフィーリングで生きているくらいです」


 隣のクールビューティーは真顔で言っている。

 本気なのか冗談なのかいまいち判然としなかった。俺たちの通っている大学はフィーリングだけで生きているような奴が入学できる偏差値ではないから、少なくとも俺と同程度の知性の持ち主ではあるはずだけど……実際どうなんだろ。

 この美女、実は見た目ほど知的ってわけでもないのか?

 

「まあ、フィーリングというか直感は、意外と馬鹿にできないよな」

「はい。直感というのは、意識的に処理できない情報を無意識が処理した結果の判断です。私は困ったときはいつも直感に従っています」

「……なるほど」


 とりあえず無難にそう頷いておいた。

 礼奈のことは追々知っていけばいいだろう。仮にこの人が論理的思考より直感を重視するような感覚派だったとしても、結果的に有能かつ協力的であれば問題ない。

 その後は特に会話らしい会話もなく、二十分ほどで目的地に到着した。


「随分と立派なお宅ですね」

「昔からこの辺りの地主だったらしいから、無駄に広いんだ」


 結城家はこの近辺では珍しく、未だに武家屋敷の趣を残しており、敷地は古風な塀でぐるりと囲まれている。それでも正門付近はかなり現代的な設備が整い、センサーライトや防犯カメラはもちろん、鈍い輝きを放つ門扉は遠隔操作で自動開閉する。

 門内にあるガレージとは別に、門脇には来客用として三台分の駐車場があるけど、そこには駐めず、門前に路駐した。エンジンは掛けたまま降車して郵便受けに手紙を入れ、すぐに回れ右する。そのとき、来客用の駐車場に立派なピックアップトラックがバックで駐車し始めた。思わず運転席に目を遣ると見覚えのある人物で、向こうもこちらを一瞥し、目が合ってしまった。

 このまま素知らぬ顔でSUVに戻って出発しようか迷っていると、一発でバック駐車を綺麗に決めた運転手が車を降りてきた。


「誰かと思えば暁貴くんじゃないか! 久しぶりだな!」

「……どうも、安藤さん」


 中年男性がにこやかな笑みを浮かべて歩み寄ってきたので、溜息を押し込めて軽く会釈した。

 以前に一度会ったときと同様、中年太り特有の出っ張った腹が少し目に付くものの、丸顔と相まって狸めいた愛嬌を感じさせ、気の良さそうなおっさんという印象を与えてくる。たぶん五十路前後だろうけど、正確な年齢は知らない。


「はっはっはっ、そんな他人行儀な。おれのことは伯父さんと呼んでくれって前に言っただろう?」

「すみません。まだ晴佳さんのことを母と呼べていないので、先に安藤さんを伯父と呼ぶのは、晴佳さんに申し訳ないような気がしまして」

「そんなの気にすることないんだけどなぁ……。まあ、色々急だったしな。晴佳を母親扱いできん気持ちは分からんでもないし、無理強いはしないけど、もっと気楽に考えていいんだぞ?」


 このおっさんとはあまり関わりたくない。

 表情や声音は如何にも友好的で、その言葉も親族相手に相応しく親近感を覚えるものだけど、俺を見る眼差しがどうにも余所余所しく感じるんだよな。だから本心から言っているのか、義理の伯父と甥という関係の上っ面を取り繕っているのか、どうにも判然としない胡散臭さがある。

 まあ、それは向こうから見た俺も同じかもしれないけど。


「はい。ただ、もう少し気持ちを整理する時間をもらえると助かります」

「おう、もうこうなったら好きなだけ整理すればいいさ」

 

 安藤のおっさんは気安く俺の肩を叩いてくると、路駐しているSUVに目を向けた。


「ところで、あれ暁貴くんの車だよな? 心結から聞いてはいたけど、確かにいい車だ。どっか調子悪かったりしたら、すぐ言ってくれよ。甥っ子なら整備でも何でも無料だからな」

「ありがとうございます。そちらもいい車ですね」

「ああ、自慢の愛車だよ。でもこっちは華がなくて寂しいもんさ。たまに姪っ子を乗せてやるくらいだ。その点、助手席にあんな美人の彼女さん乗せちゃってるなんて、暁貴くんも隅に置けないなぁ」

「……それより、安藤さんはどうして今日こちらに?」

「おれは晴佳たちの様子見と差し入れにな。昨日こっちに移るの手伝ったんだけど、そのときに、なんて言うか……ほら、晴佳とお姑さんがぎくしゃくしてるのが気になってさ。食いもんとか色々持って来たついでに、上手くやれてんのか見ておこうと思って」


 心結から少し聞いてはいたけど、随分と妹思いの人らしい。

 確か晴佳さんとは十ほども歳が離れていて、彼女が中学生の頃に両親が亡くなったらしいから、安藤のおっさんは若くして家業を継いで妹の面倒も見ることになった。妹が大学を卒業して就職し、肩の荷が下りたと思ったら、既婚者の子を孕んで出産。仕事に追われながら妹の子育てを手伝っていたことで、結婚する暇もなかったようだ。だからこそ妹や姪には思い入れがあるのだろう。


「それで、暁貴くんから見てどうだった? あ、これから入るとこ?」

「いえ、俺は近況報告の手紙をそこの郵便受けに入れに来ただけなので、中には入ってないですし、もう帰るところです」

「あー、ちらっとは聞いてたけど、暁貴くんも色々ぎくしゃくしてるんだったな。おれの立場じゃそっちの事情にはあまり口を挟めないけど、何か力になれることがあれば遠慮なく言ってくれていいからな?」


 親身な言葉を掛けてきたけど、社交辞令だろうな。仮に本心だったとしても、このおっさんに結城家のことで頼るつもりは一切ない。


「はい、ありがとうございます」


 それでも表面上は良好な関係を築いておいた方が面倒は少ないから、無難に応じておいた。


「では、俺はそろそろ……」

「ああ、そうだな。女を待たせるのは良くないな」


 安藤のおっさんも俺と長話をする気はないのか、あっさりと頷いて、人好きしそうな笑みを浮かべた。


「それじゃ、今日は久しぶりに会えて良かったよ。心結がよく世話になってるみたいだけど、これからも兄として仲良くしてやってくれ」

「はい。俺のような兄で良ければ幾らでも」


 俺は続けて「それでは失礼します」と軽く頭を下げ、踵を返した。しかしその直後、「暁貴くん」と呼び掛けられて、半身だけ振り返る。

 安藤のおっさんは如何にも気遣わしげな眼差しを向けてきていた。


「余計なお世話かもしれないけど……気を付けるんだぞ。世間が落ち着くまでは、なるべく家で大人しくしてた方がいい。この辺もちらほら事件の痕跡とか見掛けるし、あんな美人な彼女が一緒だと物騒な連中に目を付けられそうだ」

「そうですね、気を付けます」


 本気で心配しているような雰囲気を感じたので、気負わず頷いておいた。

 このおっさんが腹の底で俺や結城家のことをどう思っているのかは分からない。しかし、心結が俺を兄と慕う限り、この人は気のいい伯父としてのスタンスを崩すことはないはずだ。だから、心結のために俺の身を案じている。そこに嘘はないだろう。


「それに、引き籠もる口実があれば、彼女と家でイチャイチャし放題だ。人生の先輩として、この機会にただれた生活ってやつを経験しておくことをおすすめするよ。あ、避妊はちゃんとした方がいいぞ」

「なるほど、参考になります」


 わざとらしく下品な笑みを浮かべて冗談交じりに言われたので、こちらもおどけたように返しておいた。おっさんは「はっはっはっ」と声を上げて笑っていた。


「引き止めて悪かったね、それじゃあまた」

「ええ、また」


 今度こそ別れて、俺は愛車の運転席に収まった。


「待たせて悪い」

「いえ、待つと言うほど待ってはいません」


 すぐに発進させ、結城家の前をあとにする。

 それから間もなく、助手席の美女が思い出したように口を開いた。


「先ほどの方、私を暁貴さんの交際相手と思い込んでいたようですが、訂正しなくて良かったのですか? 何やら私たちが爛れた生活を送るようなことになっていましたし、他のご家族の方に伝わると、後々問題になるのでは?」

「彼女じゃなかったら何なんだってことになって話が長引いただろうからな。それに俺が不出来な奴なのは今更だから問題ない。この件で礼奈に迷惑は掛けないから」

「そこはお互い様ですし、必要とあらば恋人の振りをしても構いません」


 礼奈に不快そうな様子はなく、平然としている。どうやら単に俺のことを心配して尋ねてきただけのようだ。一見すると冷淡そうにも見える人だから、他人にあまり興味がなさそうな印象だったけど、案外そうでもないのかもしれない。


「なら、もしものときはお願いしようかな。にしても、礼奈みたいな美人に恋人がいないだなんて、今更だけどちょっと信じられないな」

「そうでしょうか? 今まで告白されたこともないですし、世間一般では私のような女は恋愛対象にならないのではないでしょうか?」


 運転中にもかかわらず、思わず真横をガン見してしまった。礼奈は真顔で、謙遜しているようには見えず、淡々とした口振りで「前を見ないと危ないですよ」などと言っている。


「え、ほんとに? ナンパされたこともない?」

「それらしきことは何度かされたように思いますが、あれはティッシュ配りと同じようなもので、相手が若い女性なら誰にでも声を掛けるものでしょう」

「まあ、手当たり次第ってのはあると思うけど……」


 まさかこの人、自分の魅力に気付いていないのか?

 いや、それも無理からぬことかもしれない。

 礼奈は見るからにクール系の美人で、表情もあまり動かないから、人によっては無愛想に見えるだろうし、冷たい印象も受けるだろう。しかも親相手にすら敬語だから、同級生にも同様の態度だったはずだ。ただでさえ気後れするほどの美人で近寄りがたいのに、壁があると思われて余計に人を寄せ付けない雰囲気を作っていたことは想像に易い。それにこんな美人に彼氏がいないはずがないと思われていた面もあっただろうし、高嶺の花すぎると逆にモテないという話はどこかで聞いた覚えがある。

 ……というような推測を運転しながらつらつらと話してみた。龍司のマンションまで戻るのに二十分ほど掛かるし、暇だったからな。


「……そうですか」


 助手席から返ってきた声は呟くような小ささで、あまり興味なさげに聞こえた。しかし、ちょうど交差点の交通整理に捕まったので横目に顔を窺ってみると、耳まで真っ赤になっていた。


「え、何? どうかした?」

「いえ……その、そんなはっきり、美人とか何とか……何度も言われると、さすがに……」

「…………」


 しまった。運転と考え事に夢中で、相手がどう思うかなど完全に失念していた。

 礼奈は先ほどとまで変わらず無表情なように見えるけど、口元を引き締めて目を伏せている様子は羞恥に耐えているようにも見える。というか、顔が赤いからそうなのだろう。


「すみません……今はあまり見ないでもらえると……」

「あ、ああ、悪い」


 礼奈はそっと顔を背けながら、右手を顔の横に添えるようにして俺の視線から隠れた。その仕草や照れた面持ちが、平常時とのギャップも相まってやけに可愛らしく見えてしまった。おかげで俺まで変に緊張してしまって、車内が妙な空気で満たされる。


「…………」

「…………」


 結局、龍司のマンションに到着するまで、互いに無言のままだった。




 ■   ■   ■




 龍司はきちんとドアガードをしていた。

 九○三号室のドアを解錠し、少しだけ開いた隙間から呼び掛けると、廊下の奥から葵ちゃんが小走りに出てきた。龍司も自室から出てきて、ドアガードを外してもらい、四人でリビングに入った。


「それで、どうだった?」

「そもそも会えなかった」

 

 龍司の問いに簡単に答えてから、午後と明日も礼奈のマンションに行く旨を伝えた。龍司はいい顔をしなかったけど、その二回で礼奈の両親に会えなければ諦めるとも伝えると、渋々ながらも納得してくれた。


「ところで古都音は?」

「向こうで横になっています」


 葵ちゃんが和室の方に目を向けたので、閉まっていた襖を開けると、古都音が布団にくるまっていた。こたつテーブルは隅に寄せられて敷き布団が敷かれ、その上で薄手の掛け布団を被っている。

 一応、布団から頭が半分ほど出ていたから、枕元に屈み込んで声を掛ける。


「古都音、戻ったぞ」

「……あっくん」


 酷い顔をしていた。中学の頃、不登校になって自室に引きこもっていたときより酷い。

 古都音はもぞもぞと動いて布団から起き上がると、俺の首元に腕を回して抱き付いてきた。俺も抱き返して、というより抱きかかえて立ち上がり、リビングに戻る。

 三人とも、コアラのように抱き付く古都音を気遣わしげに見ていたけど、龍司が軽く咳払いをしてから口を開いた。


「兄さん、布団が足りないけど、どうする?」

「布団か……そういえばいるな、忘れてた。予備はあの一組だけか?」

「予備というか、アレは兄さんが泊まりに来たときのために買ってたやつだよ。結局、一度も泊まっていったことはなかったけどね」


 嫌みったらしく言われたけど、不快ではなかった。

 龍司がここに引っ越してきた当初、わざわざ俺のために布団まで買って、合鍵だって渡してくれたのに、俺はほとんど遊びに来なかったし、泊まりもしなかったからな。ずっと不満に思っていたのだろう。


「なら、今回泊まるから無駄にならずに済んだな」

「はいはい、そうだね。でも、もう他に寝具はないから、残り三人分の寝床はそっちで何とかしてよ」

「俺はソファで寝るからいいとして……いや待てよ、どうせならキャンプ用品でも買いに行くか。シュラフって言うんだっけ、キャンプ用の布団。それとテントとランタンと、他にも色々あれば、いざというとき困らずに済むしな」


 今後、何事か起きて、この家にいられなくなるかもしれない。俺と古都音だけならSUVの前席で寝ることはできるけど、五人ともとなると全員で車中泊は不可能だ。屋内で夜を明かせないときのために、キャンプ用品を一式揃えておいた方が安心できる。


「そうだね。布団って重いし、一階からここまで持って来るだけでも一苦労だよ。それに兄さんたちが帰るときには持って帰ってもらわなきゃいけないんだから、持ち運びしやすいキャンプ用品の方がいいと思う」

「じゃあ午後に礼奈のマンション行った帰りにでも買ってくるわ。売り切れてたら普通の布団になると思うけど……売り切れてると思うか?」

「さあ、どうかな。飲食物や燃料の類いならともかく、シュラフやテントまで買っておこうとする人は少ないと思うけど……」

「だよな、まだ二日目だしな。もう何日か経って治安が更に悪化していけば、食料以外にも色々と品不足になりそうな気がするけど、今はまだ大丈夫そうか」


 それ以上は話し合うべきこともなかったから、龍司は自室に戻っていった。受験勉強のためではあるんだろうけど、葵ちゃんや礼奈といった他人と同じ空間にいたくないのかもしれない。そんな雰囲気を感じた。

 あいつと違って俺たちは特にすべきこともないから、リビングで適当に過ごしていく。礼奈が自宅からトランプを持って来ていたけど、古都音と葵ちゃんはそんな気分でもないだろうし、俺もカードで暇を潰すのは控えておいた。

 二人の精神状態を考えると、できるだけ側にいてやった方がいいはずだから、三人でソファに座って、何もせず時間の流れに身を任せる。こういうときは適当にニュース番組でもテレビに映しておきたいところだけど、先ほどテレビを点けて確認したところ、まだ殺人シーンらしき映像が流れていたから、すぐに消した。

 礼奈はといえば、トランプで遊んでいた。ソファ前にあるローテーブルの向こう側に座布団を敷き、正座して一人黙々とカードでタワーを作っている。他にやることがないから、ただの暇潰しなんだろうけど、やけに手際がいいのが少し気になった。

 五段のタワーが出来上がると、美女の顔がこちらを向いた。やや口角の上がったクールな面持ちは、どことなく自慢げというか、ドヤっているように見える。

 礼奈はすぐにトランプのタワーに向き直ると、一段目を拡張し始めた。カードを使い切るのかと思ったら、荷物から更に二組のトランプを持ってきた。


「もしかして、そういうのよく作ってるの?」

「はい。こうしてタワーを作っていると嫌でも集中するので、無心になれて落ち着きます」


 友達も恋人もいない一人暮らしの礼奈がどうしてトランプを持っているのか、少し疑問だったけど、このために持っていたのか。しかも三つも。あの手際の良さからすると、趣味なのだろうか。こんな目の覚めるような美女の趣味が、一人黙々とトランプでタワーを作ることって……いや、他人の趣味をとやかく言うものではないか。

 にしても、やっぱこの人、少し変わってるな。


「皆さんもやりたくなったら言ってください。トランプはまだありますから」


 まだあるのか……いったい幾つ持ってるんだ。


「なら、気が向いたらやらせてもらおうかな」

「はい、是非。辛いときや悲しいときは、何もせずにいると後ろ向きになりがちですから、手を動かして気を紛らわせるのがいいと思います。私はいつもそうしています」

「……なるほど」


 礼奈なりに古都音と葵ちゃんを気遣っているのかもしれない。ああしてトランプでタワーを作るのは、確かに精神統一に良さそうな気がする。

 右隣に座る古都音、左隣に座る葵ちゃんの様子を窺ってみると、二人ともぼうっとした顔で礼奈の作業を見つめている。どちらも俺の手を握って身体を寄せてきているから、俺からそれを振りほどくようなことはできないし、どちらかがタワー作りを始めたら俺もやってみるとしよう。

 そう思ったけど、結局どちらもソファに座ったまま手を離さず、俺たちは昼食の時間まで黙々と礼奈の作業を見続けた。見ているだけでも意外と退屈には感じなかったから、何もせず座っているだけの時間もさほど苦ではなかった。


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