強烈なほど夏
前髪が鬱陶しい。早く切らねば。鬱陶しいというのも、扇風機の風で横にゆらゆら揺れて、額に触るのである。痒くて、視界が塞がれて、余計に鬱陶しい。
雨が降った。なので心なしか少し涼しい。クーラーを切って、窓を開けた。網戸は昨日張り替えたので、虫は入ってこないだろう。念を入れて、蚊取り線香に火をつけた。この匂いはけっこう好きだ。ばあちゃんちの懐かしい匂いだから。
雨がやがて止んだ。同時に虫の音が聞こえ始めた。蝉はまだ早いらしい。代わりに鈴虫みたいな、心地いい高い音色の羽音を奏でているものがいる。この分厚い雲が風に流れて、大きな光が顔を覗かせると瞬く間に、強烈な鳴き声が聞こえてくるのだろう。日に日に体感時間が早くなっている、というのはよく言ったもので、蚊取り線香ももう、二週目に突入している。やがて服の下にじんわりと汗がにじみ始めた。アイスはまだあっただろうか。小さい頃はこんな時にはグラス一杯に氷をつぎ、口に入れたりかじったりしていた。塩を掛けたりもした。結果、味を占め過ぎて腹を下したのは言うまでもない。
二年が経った。二年目の夏、やがて七月を迎えようとしている。浮足立った。今何もしていない自分に。夏は日に日に強烈さを増している。けれど僕は落ち着いて、本を読もうと思っている。それだけではない。絵に傾倒してみたいと思っている。遠出をしてみたいとも思っている。一つ一つ落ち着いてゆっくりとやってみたいと思う。けれど、時間は早い。いつの間にか陽が暮れていた、というのが最近ざらになってきた。だからこそ、焦燥が心に引っかかってしまっているのだ。
静けさに包まれた、座敷牢のような空間だ。けれど、それが心地よい。初めの夏に覆われて、そこから逃げることが出来ない。そしてとうとう、がっちりと夏に捕まってしまうのだ。そうなるともう逃げられない。南風が奏でる、田舎の小さな風車の音が愛らしくて、僕はもう早速、強烈なほど夏に魅入られてしまっていた。