裏側
フラムの吐く小さなブレスがもたらす光を反射し青く光る二つの光にフローラが恐れを抱くのは、森に住む獣の放つ目の光に似ているからである。
捕食者特有の全てを見透かし絶対に逃さないという意思を持つ光にフローラは足がすくんでしまう。
だがフラムはフローラの腕から飛び降りると光のもとへと向かって走って行く。慌てて追いかけるフローラだが、部屋の端にある鉄格子に行く手を阻まれてしまう。
「こんなところに牢屋がなんで……」
ぶつかる寸前で止まり鉄格子を掴んだフローラの目に、鉄格子の隙間から入ったと思われるフラムが牢の中を走るのが映る。
「フラム!」
何がいるのか分からない場所にいることに危ないとフローラが声を出す前に、フラムが何かによじ登っていく。そしてフローラの方を振り向いて「きゅ」っと小さく鳴くと手を振る。
「人間……いつものとは違うな」
弱々しいながらも低い声がフラムの近くで響く。人がいるとは思ってもみなかったフローラが驚き目を凝らして牢の中を見つめる。
暗闇に慣れてきたフローラの目に白色の毛におおわれた物体が見える。
人に近いようで遠い存在に知識の中での心当たりがあったフローラは、緊張感で鼓動の速くなる心臓を押さえるように胸を押さえて改めて観察する。
白い毛先が作るシルエットは座っている人の形のようではあるが、その根本が違うことは頭の上に生えた耳と犬のような口に鋭い牙、僅かな光に反応する青い瞳、地面に横たわる長い尻尾からフローラはそこにいる者がなんなのかを悟る。目の前にいるのが狼の獣人種、魔族であることを。
「魔族……」
「見たことのない人間だ。何をしに来た」
低く警戒心と殺気の混ざった声色を前にして震える足をフローラは必死に押さえる。恐れを抱くフローラに対する威圧的な態度とは裏腹に、足下にいるフラムをチラッと見る狼の魔族の目はどこか優しさを感じる。
「あ、あの……」
思い切って声をかけると狼の魔族は鋭い目をフローラに向ける。体を硬直させ言葉を飲み込んだフローラを鼻で笑った狼の魔族だが、自分の足を小さな手で何度も叩いて小さな火を吹いて怒るフラムを見ると、ハッとした表情でフローラを注意深く見つめる。
「お前が連れてきたのか?」
狼の魔族がフラムに話しかけるとフラムはそうだと言わんばかりに胸を張り、口から小さな炎を噴き上げる。
「人間がお前の主人だと言うのか? あの誇り高きドラゴンが人間ごときに」
「あ、あのフラムは森で偶然見つけた卵からかえって懐いて、そこから一緒に生活しているだけで主人ってわけではないんですけど……」
口を挟んだフローラを狼の魔族は睨みつける。圧を受けて怯むフローラだが、フラムが狼の魔族の足をバシバシと叩く。
「そんなに怒るな。俺が人間が嫌いなのは話しただろう?」
フローラのときとは違いフラムに対して声に温もりを感じるのは、本来の喋り方はこっちなんだろうなと思いながらフローラは暗闇に慣れてきた目を凝らす。
壁に寄りかかるように座っているかと思っていたら、右肩には大きな杭が打ち込まれており壁に縫いつけられていること、左腕が肩からないこと両足にも杭が打ち込まれて身動きを封じられていることを知って思わず息を飲み両手で口を押える。
「いっ、一体だれがこんなことを……」
「そんなに驚くことではないだろう。お前たち人間がやったことだ」
酷いと言いかけて狼の魔族の殺気に当てられ、声が出ないフローラがよろめき鉄格子を握ったとき狼の魔族の耳がピクリと動く。
「おい人間。後ろからお仲間が来るみたいだぞ」
狼の魔族の言葉に目を大きく見開いたフローラは辺りを見渡し机の下に潜り込む。そしてすぐに聞こえた来た足音と開くドアの音に息を殺して身を縮める。
二つの重さの違う足音が並んで歩き、持ってきたランタンの火で部屋にあった明かりに火をつけていく。ほんのりと明るくなった部屋で狼の魔族をはじめ周囲の様子が露わになる。
暗いときには見えなかった壁にかけられた拷問具であろう歪な道具の数々を見たローラの顔は青ざめてしまう。
「調子はどうかな?」
聞き覚えのある男性の声にフローラは、驚きのあまり出そうになる声を押し込めるように口を押さえる。
「何を聞いても答えてくれないものね。最初はいい声で鳴いてたのに最近反応してくれなくてつまらないなぁ~」
もう一つの女性の声に心臓が飛び出しそうになるほど驚いたフローラは、机の下から見える男女の足を見つめる。
(なんでサマトリア所長とマリアージュさんがここに……)
声と足で声を発している人物たちが誰かが分かったフローラは混乱しつつも、バレてはいけないと、さらに深く息を殺す。
「ブリューゼくん何とか言ったらどうだい? 僕たちも長い付き合いだし隠し事はなしにしようよ」
サマトリアがまるで友達にでも話しかけるように言葉を投げかけるが、ブリューゼと呼ばれた狼の魔族は一言も発しない。
そんな様子に苛立つこともなく、マリアージュが鼻で笑う。
「拷問を受けてなお口を割らない精神力には感動すらするってものね」
フフン余裕たっぷりな笑いを漏らしたマリアージュが牢の方へと近づき鉄格子を握ってブリューゼを見下ろす。
「でもねざんねぇ〜ん。私たちは切り札を手に入れたの。その切り札が完成するのはもう少し。あなたの意思なんか関係なく秘密も全部抜き取っちゃうけど、そうなる前に吐いた方が楽じゃない?」
小馬鹿にしたような口調で言うマリアージュを青い瞳でじっと見ていたブリューゼが口をゆっくりと開く。
「俺は何をされても喋らない。その切り札とやらも噛み切ってやる」
「あははははっ、喋った! 喋った! なんだかんだ言って気になるんだ。いい反応するじゃない。いいわちょっとだけ教えてあげる。その切り札を使ったらあなたはもうあなたじゃなくなるの。他の誰かとなって記憶と力だけが残るのよ」
遠回しにではあるがマリアージュ言う切り札が、もしかしたら自分のことかもしれないとふと思ったフローラは、声が漏れないよう口を押さえたまま二人の動向を見守る。
「まあまあマリアージュくん、ブリューゼくんも護りたいものがあるんだよ。そこは尊重してあげないと」
「は〜い」
サマトリアとマリアージュのやり取りをブリューゼは鋭い目で睨みつける。だが二人はそんな視線など気にするどころか嘲笑う。
「それにだ。ブリューゼくんの記憶がどうこうと言うよりも、魔族の力が手に入るかもしれない。そのことの方が僕は気になるね」
「ええそうですね。人間が魔族を力でも超えるときがいよいよ来たってわけですよね」
「ああそうだとも、人間が魔族の力を得て更なる可能性が広がるわけだ。魔力、腕力、更には果てしなく長い寿命。あぁ考えただけで震えるよ」
自分を抱きしめて至福の表情を浮かべるサマトリアだが、日頃見せたことのない姿を目にしたフローラにとっては気が触れた別人にしか見えず思わず震えてしまう。
「じゃあその日が来るのを楽しみに震えて待っててね。ブリューゼくん!」
からかうように言葉を投げたマリアージュがブリューゼに手を振ると、無視するブリューゼの顔を見て可笑しそうに笑う。
帰りそうな雰囲気を感じとって、息をひそめていたフローラが身を縮めて最後まで気を抜かないようにしようとさらに身を縮める。
「ん? ブリューゼくん、君の背中にあるものはなんだい? ほら、その赤い……トカゲの尻尾みたいなのだよ」
サマトリアの一言で帰りそうな雰囲気から一変、緊迫した空気が張り詰める。