帰省から城内探検へ
実家へ帰る日を数日後に控えて簡単な支度をするためベッドに座るフローラのひざにフラムが載ってくる。
「ひざに載ったら準備できないでしょ。そうそう、今回帰ったらフラムは実家に残るんだからいい? もうお城の中で隠れて過ごす生活はおしまい」
フローラの言葉を膝の上で聞いていたフラムが大きな目を向けて見上げる。
「フラムも嫌でしょこんな生活。もっと広いところで自由に飛んで走って過ごして」
じっと聞いていたフラムが首を横に振る。
「わがまま言わないの。私もフラムを隠して過ごすのは大変なんだから……ってなんでそんなワガママな態度とるの」
さらに首をブンブンと激しく横に振るフラムの行動にフローラは困り果ててしまう。
━━トントン
「フローラ、夜分にすまない。今大丈夫だろうか?」
突然響くノックの音とギムレットの声に飛び跳ねそうになるくらいに驚いたフローラが慌ててベッドから立ち上がると、フラムがベッドの上に転がって壁に激突する。
「ご、ごめん! あ、違うっ。も、申し訳ございません、えっとちょっと身支度しますので、お待ちください」
慌ててフラムを抱きかかえてクローゼットに入れてドアを閉めると、ドタバタと荷物をベッドの上に広げ乱れた髪を軽く整えてドアを開ける。
「申し訳ございません。うとうとしてまして」
「いやいや、こんな遅くに突然訪ねてきた私が悪い。毎日の仕事で疲れているのに邪魔をした私が謝るべきで、フローラは何も悪くない。本当に申し訳ない」
頭を下げるギムレットにフローラは慌てふためいてしまう。
「サマトリアからも聞いているが、フローラのスキル研究の成果は目を見張るものがある。今後我れらが国に利益をもたらすと研究施設だけでなく、軍の方でも噂で持ち切りだ。もちろん王の耳にもフローラの活躍は届いており、拝見したいと言う話も出ている」
ギムレットの口から出る称賛の言葉の羅列にフローラは照れて頬をほんのり赤くして下を向いてしまう。
「そんな我が国の宝を連日働かせており、城の外に出るのも制限をかけて不自由な生活をさせて申し訳なく思っている」
「いえ、お給料をたくさん頂いていますし。お休みもちゃんと頂いていますから大丈夫です。それにもうすぐ実家にも帰れますし、私のために護衛までつけて頂けますから不満なんかありません」
明るく言うフローラに対してギムレットの表情が少し険しくなる。その表情に少し嫌な予感を感じたフローラの上がっていた口角がゆっくり下がり、口を閉じてしまう。
「そのことなんだが……」
ギムレットが口ごもりながら話し始める。
「フローラの里へ向かう途中の村周辺で流行り病が流行の兆しをみせている。里帰りにはそこを通る必要があるゆえ、今帰るのは待ってほしいのだ」
いつもハキハキ喋るギムレットが歯切れの悪く口にした言葉にフローラは驚き目を丸くする。
「まだ発症したのは数人程度なのだが流行りの兆しがある。私たちとしても早めに対処し病の流行を防ぐため動き出している。フローラ、君は我が国にとって代わりの効かない希望なのだ。久しぶりの里帰りを引き止めるのは心苦しいのだが、今回は我慢してもらえないだろうか」
辛そうな表情で申し訳なさそうに言うギムレットにフローラは静かに頷く。
「それならば仕方ありません。病が落ち着いたころにまた帰ります」
フローラの言葉に表情をより険しくしたギムレットは深々と頭を下げる。
「本当に申し訳ない。流行病が落ち着き次第すぐに里帰りができるよう手配しよう。それと明日から五日ほど休暇を取ってくれ。あと何か欲しいものがあればすぐに手配しよう。これくらいではお詫びにもならないが、気持ちだけでも受け取って欲しい」
「い、いえいえ。そんなにして頂かなくても」
「いいや、君は国の大切な宝だ。それ故に自由に外出する事も許さず不自由な思いをさせている。せめてこれくらいはさせて欲しい」
「本当に大丈夫です。皆さんにも良くしてもらっていますし、不満はありません。実家へ帰るのも遅れただけですし帰れなくなったわけではありませんから」
フローラが頭を下げたままのギムレットに必死に訴えかけると、ギムレットがゆっくりと頭を上げる。少しホッとした表情を見せるフローラに、ギムレットも表情を緩め微笑む。
「君の優しさには感服する。だがその優しさに甘えてばかりでは大人として示しがつかなくてな、少々強引かもしれんが恩を返させてもらおう」
口調は優しいが有無を言わさない、そんな圧を感じたフローラは黙って頷いてしまう。それを見たギムレットがふっと笑うと一礼する。
「夜分遅くに申し訳なかった。詳しい報酬等については追って話をしよう。今は明日からの休暇を楽しんで欲しい。外出の際は護衛をつけるからいつでも言ってくれ」
「お気遣いありがとうございます」
深々と頭を下げてお礼を言ったフローラはギムレットを見送ると、部屋の扉を閉める。
「はぁ〜せっかく帰れると思ったのに」
緊張していた表情から一転、眉間にしわを寄せてやってられないと手を挙げてくるっと一回転しながらクローゼットに近づくと、ため息をつきながら扉を開けて中で座っていたフラムを抱き上げる。
「フラムも帰る日が伸びちゃったね」
残念そうに言うフローラに対してどこか上機嫌なフラムは手に持っていたキラキラした石を掲げてアピールしてくる。
「全然残念そうじゃない……そもそもその石は一体何なの? 前も何回か持って帰ってたけど城の中に拾える場所があるの?」
フラムの持つ石を手に取って観察するフローラだが結局何かは分からず首を傾げる。
「ガラスってわけでもないし、微量に魔力を感じるんだけど何かはわからない。はい返すね」
フラムにキラキラした石を返すと、フラムは尻尾を振って小さな翼を広げる。
手をパタパタさせるフラムの行動にご飯の催促かと思ったフローラは、ご飯の入った箱を取りに行こうと振り返るとフラムが腕にしがみつく。
「どうかしたの?」
フラムの行動の意図を読み取ろうとするフローラにフラムが手に持った石を掲げた後ドアの方を指差す。
「あぁ〜もしかしてその石がある場所を教えてくれるとか?」
フローラの言葉を聞いたフラムが嬉しそうに何度も頷く。
「適当に言ったんだけど当りだった⁉ でも今日は遅いし明日からお休みだからゆっくりと案内してもらおうっかな。そもそもフラムをどうやって持ち運ぶかが問題だし」
正直色々あってもう寝たいフローラだったがフラムは掴んだ手を離さず、フローラを見上げ目を輝かせて訴えかける。
「もう、わがままなんだから。分かったから、ちょっと待って」
手を離さないフラムに呆れながらも周囲を見回したフローラが、実家に帰るために準備していた荷物の中から大きな麻の袋を取り出すとフラムにあてる。
フラムの目の位置を確認して石灰のチョークで印をつけると、布切ハサミで二つの穴を開ける。
「ここにフラムが入って私が抱っこして運ぶから……あっ! どうやって案内してもらおう」
城の中をフラムに案内してもらう方法まで考えていなかったフローラが困り果て麻の袋を見つめると、フラムが麻の袋に飛び乗り穴を指さして自分の指を上下左右に振る。
「んー? あぁもしかして手を出す穴を開けて指先で案内するってこと?」
フローラの言葉にフラムはきゅ~っと鳴いて嬉しそうに頷く。それを受けて麻の袋を見つめて思考したフローラは、麻の袋の一部を四角の上辺だけを切らず縦と横の三辺を切る。これにより即席の上開きの扉が出来上がる。
フラムを持ち上げて麻の袋の中に入れるとフラムは覗き穴から覗き込み、四角い上開きの扉から手を出して小さな手をぐーぱーしてアピールする。
「まあこれなら、あとは……」
フローラは帰り支度の荷物の中から適当に自分の服を選んでフラムの上から麻の袋に詰め込む。
「夜で人も少ないだろうし、洗濯室に持って行くってことで誤魔化せるはず……たぶん」
フラムのせいで膨れた麻の袋を見て不安な表情を浮かべるが、堂々としていようと表情を引き締めたフローラが麻の袋を抱きかかえる。
「じゃあ行こうか」
「きゅう!」
「声を出したらダメでしょ」
「きゅぅ~」
「ごめん、話しかけた私が悪かった」
「きゅ!」
最終的にフローラが悪いってことにして謝って終わる短い会話を交わした一人と一匹は、夜の城の中へキラキラした石を求める探検に出発する。