可能性の行く末
フローラは床に寝そべってベッドの下を覗くと、右手を伸ばして床を叩く。
「フラム、出ておいで」
フローラの呼びかけに床板が下から押され上に向かって開くと、フラムが顔を出す。フローラを見つけると嬉しそうに這い出してきて向かってくる。
「大人しくして……ないね」
フローラは実家で小屋や柵の修理などをしていた経験があり、さらに合成のスキルを使ってフラム専用の隠れ家を部屋の中に作る。
仕事に出ている間、狭い場所に閉じ込めていることに申し訳ないと思ったのも束の間。床下にあった小さな隙間は人こそ通れないが小さなフラムにとっては巨大な迷宮のようなものであり、毎日城の隙間の大冒険を繰り返していて見つからないかヒヤヒヤしている。
たまたま仕事場でスキル関係の本や文献を読みまとめていたフローラが、換気口の隙間から自分を見ているフラムに気づいて注意はしたのだが、暇を持て余すフラムが言うことを聞くわけもなく毎日大冒険に勤しんでいるのだ。
隠れて過ごすと言う息苦しい生活をさせている手前強く言えないフローラは、誰にも見つからないことと、食べ物を見つけても勝手に食べずにフローラからしかもらわないことを約束し冒険を許しているわけである。
「そのキラキラした石はなに?」
フラムが小さな手に握ったキラキラと輝く石を見つけたフローラが尋ねると、フラムは嬉しそうに掌を掲げてキラキラした石をアピールする。
「変わった石……少しだけ魔力を感じるけどどこで拾ったの?」
「きゅうぅ~♪」
「うーん、わかんないねぇ」
嬉しい、怒っている、お腹が空いた、眠いなどはわかるが細かな意思疎通、まして場所や経緯の説明などは難しく、フローラは諦めて渡されたキラキラした石を見つめる。
「動き回ってもいいけど気付かれないように気をつけてね」
諦めのため息交じりに注意しながら頭を撫でるフローラに対して、フラムは嬉しそうに頭を擦りじゃれる。
「本当に分かってる?」
そう言いながらフローラが肉と野菜の入った紙の箱を開けると、誘われるようにトテトテと歩いて箱の中からトマトを取り出してかじり始める。
「もう。ほらゆっくり食べて」
トマトを口に詰め込むとすぐにキャベツの葉を丸めて口に入れようとするフラムを、フローラは呆れながら微笑む。
***
朝になり自分の部屋から城にある研究塔の廊下を歩き仕事場にやって来たフローラは軽く部屋の掃除を終えると沢山ある本の中から数冊を選ぶ。
机の上に本を重ねて置くと、自身の鞄から取り出した紙を束ねて紐でとじたノートを広げ筆記用具を準備する。
いつものルーティンを終えたフローラは、調べものをしながらノートにまとめていく。自身のスキルだけでなく、古今東西のスキルについてのまとめ、物質の特性、生体の仕組み、それらに関する魔力との関係と幅広く学ぶ。フローラが集中しているとドアが開きマリアージュが姿を見せる。
フローラを見つけるなり駆け寄ってきて後ろから覆いかぶさるように抱きつき、フローラの背後からノートをのぞき込む。
「朝早くからやってるね」
「おはようございます。明日ある合同会議の資料のチェックも兼ねて見直ししておこうかと」
「げっ!? 会議明日だっけ。あぁもう面倒くさぁ〜」
そう言いながらフローラに抱きついたまま背後で頭を左右に振って擦り付ける。
「でもフローラが頑張って成果出してくれるおかげで、うちの予算多めに取れてるんだよね! 今回も頑張って予算を引っ張ってきてやるんだ!」
拳を握って気合を入れたマリアージュにフローラが小さく拍手をする。
「魔法と剣の合成からさらに魔法剣と魔法剣の合成。本来の魔法では成し得ない炎と氷の合成を可能とした。燃える氷が与えるダメージは計りしれず、その成果に各研究室も驚いてるんだから! 実物を見せたときの魔法研究員の表情ときたらね。フローラにもも見せてあげたかった」
そのときの様子を思い出したのか、マリアージュは口元押さえてプププと笑う。
「これで今回の予算もスキル研究チームががっぽりもらっちゃう。もぉ〜フローラ様々よ!」
笑いながら背中を叩くマリアージュにフローラは苦笑いをしながら自分の書いた文字に目をやる。
「そういえば明後日に実家へ帰るんだったっけ?」
「あぁはい。帰ります」
「そっかそっか、もう二年は帰ってないものね。なかなか許可が下りなくてごめんね。定期的に帰してあげたかったんだけど、研究成果が出過ぎて手放せなかったのよね。なにせ合成のスキルを扱えるのはフローラしかいないから、いなくなると研究が進まなくなっちゃうし」
「いえいえ、あっという間に二年経ってましたし、久しぶりに帰る方が喜びも増しますし」
「あぁ〜なんていい子なの!」
マリアージュが再びフローラに背後から抱きつく。
「そうだ! フローラがお休み間にまとめておきたいことがあるんだけどちょっと手伝ってもらえる?」
「いいですけど、なにをやるんですか?」
「やることはいつもと同じなんだけど、もう一歩前に進んでみようか」
「もう一歩?」
言葉の意味が理解できていないフローラの肩をポンと叩いて部屋から出て行ったマリアージュが数分後には息を切らして帰って来る。扉を体で押して入ってきたマリアージュの両手にはそれぞれ木のカゴとバケツが握られており、それらを机の上に置く。
フローラが鉄でできたバケツを覗き込むと川魚のフナと木のカゴには蝶々がいた。
「これは?」
「生命の合成! 次なる目標ってやつ」
指をパチンと鳴らしテンション高く言うマリアージュに対して、バケツの中で元気に泳ぐフナとカゴの中で格子にしがみつき羽を閉じている蝶々を順に見たフローラは息を飲む。
「魚と蝶々を合成するんですか?」
「そうよ。水の中を優雅に泳ぐ魚と空を軽やかに飛ぶ蝶。絶対に交わることのない二つが合わさる、それって凄くない?」
「えっ、ええ……凄いですけど意味があるんですかね? 二種類の鉄を合わせて特徴を混ぜるとは違う気がするんですけど」
興奮気味に話すマリアージュに対してフローラは戸惑いの表情を浮かべる。
「意味って言われればインパクトね。発表会で水の中を泳ぐ蝶とか空飛ぶ魚とかの方が受けるでしょ」
「えっと確かにそうですけど、生物としての意味は……」
「ある」
戸惑うフローラにマリアージュは言い切る。
「新たな生命の誕生、それはある種の進化の過程の可能性を広げるってこと。各生物が枝分かれをする進化に新たなページを加えることは、たとえその種が生き残らなくても、適応できずに全滅したってことで意味がある」
机に両手をついて身を乗り出すマリアージュが、戸惑い言葉が出ないフローラに顔を近づける。
「過去の合成スキル持ちが行った魔物の合成について文献にも書いてあったでしょ。それぞれの特徴を伸ばすことを意識するのも大切だけど、相反する特徴が思いがけない効果を生むこともあるって!」
「ええ、はい。常識にとらわれないこと、試行錯誤の繰り返しだと書いてありました」
「そうよ! それ! 試行錯誤の繰り返し。千の失敗から僅かな成功の種の輪郭を探り出す。これこそが研究であり面白いところなのよ!」
マリアージュのこのセリフは彼女が繰り返し言う、いわゆる口癖のようなもので研究という職に足を突っ込んだフローラも納得する部分であった。
魔物同士の掛け合わせに限らず家畜同士、植物でも病気に強い繁殖力の強いなどを考え交配を繰り返す。本来は子に継がれる特徴を考え、そして願い重ねていく工程を飛ばして体に刻むのが合成というスキル。
本来なら絶対に交わることのない特徴をも混ぜれる可能性を持った力。
改めてバケツを泳ぐフナとカゴで羽を休める蝶々を見たフローラは息を飲むと、おもむろに立ち上がりカゴの扉を開け手を入れる。
左手で羽を掴んで右手をバケツに入れて逃げるフナに手を触れる。
鱗粉のついた左手と水で濡れた右手をゆっくりと開くと蝶々とフナの背中に青い糸がフローラの掌に向け伸びる。
ゆっくりと糸を引っ張りながら両手を中央で叩くと青い光がはじける。
パラパラと青い火の粉に似た光が机の上を転がる中央には、息苦しそうに跳ねるフナの姿があった。
ただ、フナの背びれの横から生える蝶の羽と胸ビレの代わりに生える六本の脚、そして昆虫特有の目である複眼をギョロつかせる姿は、この世界のどこにもいない生物を誕生させたことをフローラは理解した。
「うわ! すごいすごい! へぇ〜呼吸はエラなのかな? っと」
見たことない生物に戸惑うフローラとは対照的に、テンション高く嬉しそうな声を上げるマリアージュは羽の生えたフナを手にするとひっくり返したりして観察始める。
そのままバケツにそっと入れると、背中の羽を邪魔そうに泳ぎ始める。本来なら体を滑らかにくねらせて優雅に泳げるはずなのに羽と脚が邪魔して不格好に泳ぐ羽の生えたフナはバケツの底に脚をつけてじっとしてしまう。
「ふむふむ、もっと広いところに放したら川底を歩いたりするのかな? あぁ~試してみたいっ!」
手足をバタバタさせて興奮するマリアージュだったが、ふと我に返り恥ずかしそうに照れ笑いを見せると頭をかきながらフローラの方を見る。
「ごめんごめん、凄い物見ちゃったからつい興奮してしまったの。でもね、これなら他の研究者たちをぎゃふんと言わせられるし、国からも認められること間違いなし! 研究施設を大きくして新たな可能性を生み出してやるの! 一緒に頑張ろうね!」
「え、ええ……はい頑張ります」
勢いについていけず戸惑うフローラの手をマリアージュが握る。
「私たちへの補助金がたくさん出るってことは、フローラの実家に仕送りするお金も増えるってことでしょ! 両親の暮らしを楽にしてあげれるってこと」
「そ、そうですよね。少し前にお父さんから馬小屋の改装を終えたって手紙に書いてましたし、前よりも生活が楽になったって」
マリアージュの言葉にフローラは実家のことを思い出し大きく頷く。
「そうそう、フローラは研究結果出しているからお給料もどんどん上がってるでしょう。このまま王から認められて国から勲章なんてもらえれば両親にもっといい暮らしさせてあげれるし、飼っている動物たちも喜ぶはずよ。だから頑張ろうね」
「はい、頑張ります」
同じ「頑張ろうね」に対しても先ほどとは打って変わって元気に返事をしたフローラは、バケツの底でじっとしている羽の生えたフナを見て自分の両手の掌を見て自身の可能性を感じる。