協力を求めて
穴兎たちがあちらこちらでぴょんぴょんと跳ねせわしなく動き回る。フローラがダークエルフの村まで行くと聞いた彼らは、旅の準備のためと住民総出で跳ねまわっているのである。
その中心でフローラはラピドをブラッシングしている。気持ち良さそうに目を細めときどき顔を擦りつけるラピドとじゃれながら、フローラは全身を使ってブラシでラピドの体を力強く撫でる。
「少し遠くに行くからラピドには頑張ってもらわないとね」
フローラが話しかけるとブルブルと唇を震わせ息を吐いてラピドは応える。そんなラピドの鼻の頭を撫でてスキンシップを行い再びブラッシングをする。
「フローラ様、準備ができました。いつでも出発できます」
頭に兜を被った穴兎が姿勢を正してフローラに報告する。
「ありがとうございます。私のことなのに準備を手伝ってもらって」
「いえいえ、滅相もないです。我々の村を二度も救っていただいたフローラ様に少しでも恩を返せれば、これほど嬉しいことはありません」
「う、う~ん、恩を返すとかそんな大袈裟なことではなくて……そうですね、自分がやってもらって嬉しかったから今度は、相手にもその気持ちを味わってもらおうと優しくする。相手を思いやる気持ちを互いに向ければ良いんじゃないかなと思います」
うまく言葉がまとまらないなりに説明したフローラがチラッと見ると、穴兎は目をキラキラ輝かせ目元には涙が溜まっている。
「感動いたしました! さすがはフローラ様です! なんのとりえもない私にも素晴らしき教えを説いてくださるなんて感激です!」
「あ、いえ、そんなのじゃなくて……」
感極まって涙を流す穴兎の反応に戸惑うフローラだが、穴兎は涙を拭うと姿勢を正してお辞儀をする。
「フローラ様の素晴らしい教えを皆にも聞かせたいと思いますのでこれで失礼いたします!」
「あ、あぁ……」
呼び止める間もなくぴょんぴょんと跳ねていく穴兎の背中を見てフローラは肩を落とす。
そして自分の発言が思った以上に大きな影響を与えることをダークエルフの住む場所へ向かう道中で知ることになる。
「フローラ様の教えに私感動いたしました!」
隣を歩くコルサが目を輝かせながらフローラに話しかける。それに同調するブリューゼはもちろん、護衛の穴兎や狼人たちも何度も首を縦に振り肯定する。
「そんなにすごいことは言ってないと思うんだけどなぁ」
「いいえ、基本魔族とは種族外と群れることはありません。互いに利益がないと協力はしないものです。ですがフローラ様はそれだけの力を持っていながら無償で、しかも私たちのような弱い者を守るために使っています。それはとても真似のできることではありません」
真面目な顔でフローラがいかに凄いかを語るコルサにフローラは、日常会話的な軽い気持ちで言ったことが何倍も濃い内容で返ってきたことに眉を寄せ苦笑いをする。
そんなフローラの肩をネーベが叩いて目を合わせると静かに頷く。それが否定してもどうしようもないと、そのまま話を合わせていればいいと言う意味だと理解したフローラは頷く。
(魔族と人間の考え方って違うもの……そうは言っても慣れないなぁ)
人間として日頃ネーベと話していて出した結論を心の中で呟くフローラだが、胸の中にピリッとした何かを感じ目を見開くと同時に手を空にかざす。
突然立ち止まって手を空に向けるフローラに驚く一同を置いて、フローラの目に赤い光が差し込むと手を上に向かって振り払う。
空中で弧を描く炎はドラゴンの尻尾のように揺れ上空から降りそそぐ矢を全て燃やし尽くす。
炭となった矢尻が落ちてきて地面に転がるなか、フローラが睨む木の影から飛び出して来た数人の人影をブリューゼが前に出て対応する。
数回火花が散って地面に軽やかに立つブリューゼと、地面を滑り倒れる男性とそれを支える別の男性が睨み合う。
「ダークエルフ……」
尖った耳に褐色の肌を持ち、ダガーや弓を装備する数人の男性を見てフローラが呟く。
「貴様たち何者だ! ここが我らダークエルフの土地と知って足を踏み入れたのならただでは済まないぞ」
一人のダークエルフが短剣を構えて声を荒げるとブリューゼが前に出る。
「俺たちはダークエルフの王に会いたくてここまで来た」
「王にだと?」
ダークエルフがブリューゼをはじめフローラやコルサ、穴兎たちを順に見ていく。
「他種族の寄せ集めだと。人間までいるじゃないか、そんな怪しい奴らを王に会わせるわけにはいかないな」
「私たちはダークエルフ様たちの技術をお借りしたくてお伺いいたしました。敷いてはこれを機に良好な関係を構築できればと思っています」
緊迫した空気の中、丁寧な物言いのコルサの声が静かに響きほんのりと空気が和らぐ。さすがコルサだとフローラが思ったのも束の間、ダークエルフたちが武器を構える。
「良好な関係だと? 我ら誇り高きダークエルフがお前たち獣人ごときと? ふざけるのも……」
武器を構え眼光を鋭くしたはずのダークエルフたちだが一斉に言葉を失い、緊張から唾を飲み喉を鳴らす。
「ごとき? その言い方、私好きじゃないです」
いつの間にか誰よりも前に出たフローラが不服そうな表情の上、ジト目でダークエルフを睨むが、その睨みが怖いというよりも彼女が放つ肌をピリピリと焼かんばかりの魔力に当てられダークエルフのみならずブリューゼたちも押し黙ってしまう。
「お、お前は何者……」
フローラの圧にたじたじのダークエルフをフローラがキッと眼光を鋭く睨むと、ダークエルフは思わず後ずさりしてしまう。
「お願いをしに来たのですが、そんな態度の方々ならもういいです」
不機嫌にブリューゼたちの方に振り向きダークエルフたちに背を向けたフローラだがすぐに振り返りジッと見つめる。
その視線の先にすらっとした真っ黒な馬に乗った一人のダークエルフがいた。他の者たちよりも豪華な服を着たダークエルフはフローラを見ると笑みを浮かべる。




