感謝されて
突如現れたトレントの集団に震え上がる穴兎の門番二人組。フローラは驚かせてしまったことを謝りつつ宥める。
涙目ながらも医者であるケリールの姿を見て、まだちょっぴり目に残る涙をぬぐって村へと案内する。
急ぎ患者である子供たちの元へと向かったフローラは、診察するケリールを待つため外でくつろぐ。
穴兎たちに盛大にもてなされ、賑やかなフローラの周囲が落ち着いたタイミングでコルサがそっと近づいて来る。
「フローラ様」
少し遠慮がちに声をかけるコルサに隣の席に座るように促すと、驚いた顔をしながら椅子に腰をかける。
「フローラ様、この度はありがとうございます」
「私コルサに感謝されるようなことしたかな?」
フローラの答えに目を細めたコルサが首を横に振る。
「ええ、しました。今の狼人族に戦える者がおらず、長である私が戦いの場に出ることに怯えていることを見抜いてられたんですよね。私に配慮してついてくるとおっしゃってくれたこと、感謝しています」
「い、いやそんな深い考えはなくて、ただ手伝えたらなって思っただけだから」
「ご謙遜を……フローラ様が本当にお優しいお方なのですね」
そう言ってコルサは自分の右手の掌を広げ見つめる。その手は震るえ、コルサが苦しそうな表情を見せていることにフローラは気づく。
「人間に襲われお父様やお母様、お姉様も目の前で殺されて以来戦場にでることが怖いんです。でも狼人の長として弱みを見せるわけにはいきませんし、穴兎様方にかくまってもらうためには役に立たねばなりませんから……」
言葉に詰まったコルサの手の上にフローラ手を重ねる。思わぬことに驚き目を丸くするコルサがフローラをじっと見つめる。
「私が出来ることはあまりないと思うけど、コルサの話を聞いたり、一緒についていくことはできるから頼って」
頼っての言葉に目を丸くして驚くコルサの手をフローラは握る。
「とても嬉しいお言葉ですけど、ご迷惑をおかけするわけにはいきません」
「ううん、迷惑なんかじゃないよ。それに私も困ったときはコルサを頼りにさせてもらうかもしれないし」
そう言って笑顔を見せるフローラにつられてコルサも自然と笑みをこぼす。微笑み合う二人が和やかな空気を作り出したとき、治療を終えたケリールがやって来る。
姿を現したケリールにカニン村長をはじめとした数人の穴兎たちが集まって来て、不安に揺れる瞳で見上げる。
「大丈夫ですよ。熱が出た原因は感染症の一種ですから処置はしておきました。薬も出しておきますから朝晩食後に一週間ほど飲ませて下さい」
「あぁ~ありがとうございますじゃ。お代はいつもの作物でよろしいですかな?」
「ええ、お願いします」
「では、準備しておきます」
優しく微笑み説明するケリールに感謝の言葉を述べたカニン村長たちは、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながらその場を去って行く。
その様子を見送ったケリールは自分を見ているフローラに気づくと向かってくる。
「ケリールさん、ありがとうございました」
「いえいえ、これが僕の仕事ですから当然のことをしたまでですよ。それよりも……」
向き合ってお礼を述べたフローラにさらに一歩近づいたケリールの前にブリューゼが割り込んでくる。
「狼くんが僕に何か用かな?」
「そんなに近づかなくても話せるだろう」
睨むブリューゼにケリールが肩をすくめてふっと笑う。どこか張り詰めた空気を生み出す二人をコルサが驚きつつ、互いの顔を何度も見たあとでフローラを見つめる。
困って苦笑いをするフローラのもとにカニン村長がやって来ると、不穏な空気を出すブリューゼとケリールに気にしながらフローラに声をかける。
「フローラ様お忙しいところ恐縮ですが、子供と親がぜひフローラ様にお礼を言いたいと言ってますのじゃ。ご足労願えると嬉しいのですじゃ」
「お礼って私は何もしてませんよ」
「いいえ、フローラ様がいなければこうして子供の治療はおろかお医者を呼ぶことすらできてませんのじゃ。どうかお願いできませんじゃろうか」
深々と頭を下げるカニン村長を前にして折れたフローラは子供のもとへと向かうことにする。
小さな家の玄関をくぐり可愛い家具に踊る心を抑えながらベッドで寝ている穴兎の子供の横に座る。
「そのままでいいからね。起きたら傷に障るよ」
起き上がろうとする穴兎の子供を制してめくれた毛布をかけ直すと、カニン村長をはじめ親穴兎たちが驚き慌てる。自分の行動に慌てる大人たちをおいてフローラは穴兎の子供の額を撫で、伸ばしてきた小さな手を握ると微笑む。
「足はもう痛くない?」
「はい、もう痛くないです」
「それは良かった。大人が入ったらダメって言ったところに入らないようにしないといけないからね」
フローラが子供が怪我した経緯の内容を話すと、穴兎の子供は罰の悪そうな顔をして長い耳をペタンと畳んでしまう。
「でも、冒険したい気持ちはわかるよ」
ニコッと笑いながら言ったフローラの言葉にぱあっと表情を明るくする穴兎の子供を見てフローラは微笑む。
「だからこそ冒険に行くときはちゃんと準備と知識が必要なの。なんで行っちゃ行けないのか知って本当に自分が行けるのか考えないといけないから、まずはお父さんとお母さんの話を聞いてね」
「はい! ありがとうございますフローラ様」
様付けされることに慣れていないフローラがやや引きつった笑みを見せると穴兎の子供を撫でる。
「フローラ様本当にありがとうございますじゃ。つきましてはお礼をしたいのですじゃ。出来得る限りのことはしますので何でもおっしゃってほしいのですじゃ」
「いえお礼だなんていいです。本当に私は何もしてないわけですから」
「いいえ、そう言うわけにはいきませんのじゃ。恩人に礼を尽くさないなど穴兎一族の名折れ、なんでもおっしゃってくださいじゃ!」
ぐいぐいくるカニン村長に思わず後ずさるフローラだが、ふと何かを思いついたのかはっとした表情を見せるとカニン村長の方を見る。
「さっきお野菜が美味しいって言ってましたよね。じゃあ一つお願いがあるんですが」
フローラが何を言うのか、カニン村長は一変緊張した面持ちになって身構える。
***
村の外で台車に土をたくさん載せた穴兎たちが順番に並んで土を下ろしていく。地面の上に盛られた土を前にしてウキウキした表情を見せるのはトレンたちである。
「エノルムさんたちのおかげで無事に治療することができました。お礼に穴兎さんたちが耕して育てた土と、腐葉土たっぷりなこの土地の土を焼いて提供します」
「こんなにも栄養満点な土は見たことがありません。こんな高級食材をさらにドラゴンの炎で焼くなんて本当によろしいのですか?」
「これくらいしか出来ませんけど。それにこの土は穴兎さんたちが丹精込めて作ったものですから感謝は穴兎さんたちにお願いします」
フローラの言葉にトレントたちが一斉に穴兎の方を向いて頭を下げる。ガサガサと葉を揺らし巨体が頭を下げる様子は、小さな穴兎たちにとって迫力あるもので怯えカニン村長の後ろに皆が身をすくめて驚いてしまう。
「じゃあ焼きますので下がってください」
フローラが右手に炎を宿し振ると土が炎に包まれパチパチと音をたてる。フローラの言葉に従い後ろに下がり、土が焼けるのを体を揺らしながら見つめ「どうぞ」と言われ一斉に土に群がるトレントたち。
それを微笑んで見まもるフローラをブリューゼ、コルサ、ケリール、穴兎たちが尊敬の眼差しで見つめる。
そしてそれぞれの胸のうちでフローラに対して、魔族たちは多くが知るおとぎ話である魔王の存在を感じてしまうのである。