強き者の役目
ノックに揺れる扉をコルサが開けると、息を切らし肩で息をする穴兎のカニン村長が立っていた。
「お話のところ申し訳ない。狼人の代表にお願いがあって来たのじゃが……」
急ぎならも遠慮がちな目で見るカニン村長と目が合ったフローラは微笑む。
「私ならお気遣いなく。それよりもお急ぎの話があるんじゃないんですか?」
「強き者の寛大な心に感謝いたします。狼人の代表よ、村の者が森奥のお医者を訪ねようとしたところトレントの群れが現れて通れないと申してまして、道を切り開くのにお力を貸していただけないでしょうか」
カニン村長の言葉にコルサは僅かに瞳を揺らし戸惑いを見せるがすぐに静かに頷く。
「分かりました。私たちでトレントを退け道を開きます」
コルサの返事にホッと胸をなでおろすカニン村長、そんな二人のやり取りを見ていたフローラが口を開く。
「あの、よければ私も手伝わせてもらえますか?」
フローラの提案にコルサが目を丸くし、カニン村長がつま先立ちして驚く。
「い、いえ……強き者であるフローラ様にわしたちの村の問題解決をお願いするなど恐れ多いですじゃ」
「そんな大袈裟なことじゃなくて、炎を扱う私だったらトレントとの相性もいいですし手伝えるかなって思ったんです」
両手を前にかざして焦り気味に否定するカニン村長にフローラが具体的に提案すると、カニン村長は首を必死に横に振って否定する。そんなに驚かれるとは思ってもいなかったフローラが困り顔で言葉を続ける。
「え~っと……ここまで案内してもらいましたし、ブリューゼさんの同郷であるコルサたちがお世話になっているので、お礼の意味も兼ねて提案したんですけど」
フローラの発言にブリューゼまで驚いてしまう。そんな周りの反応にフローラは焦りつつも言い出した手前後には引けずに押し切る。
「と、とりあえず手伝わせていただきます。そのなんですか、強き者とやらの役目として」
強引に押し切るフローラにカニン村長は目に涙を浮かべる。
「なんと慈悲深いお方じゃ。それだけの力を持っていながら下の者に優しくする。かつて魔族を束ねたと言う伝説の魔王のようですじゃ」
「魔王? なんですかそれは?」
フローラが不思議そうに尋ねるとカニン村長の代わりにコルサが口を開く。
「様々な種族が混在する魔族や魔物を束ねたとされる王のことです。強さはもちろんどの所属にも分け隔てない慈悲を与える偉大な存在として語られる伝説です」
コルサの説明にポカンと口を開けてしまうフローラだがすぐに首を横に振る。
「そんな伝説とか大袈裟なものじゃなくて、穴兎の皆さんにはお医者さんが必要なんですよね?」
「え、ええ。ここ数日熱の下がらない子供たちがいてお医者の力が必要なんですじゃ」
「それを聞いたらなおさら手伝わないわけにはいきません。ブリューゼさんも強いですし大丈夫です」
フローラに名前を呼ばれ驚きつつ「フローラの方が強い気がするが……」とつぶやく。ブリューゼの呟きが届いていないフローラは虚勢で胸を張ってコルサを見ると、コルサは微笑んで会釈をする。
「フローラや、本当に大丈夫なんだろうね?」
「トレントなら城にいたとき騎士たちについて対応したことがあります。顔は怖いですけど背丈も小さくて労せず倒せましたから大丈夫です」
背後から声をかけたネーベに自信あり気にフローラは応える。
***
「……」
森でフローラは自分を見下ろす大きな数本の木を見上げる。木には赤く光る目と幹を一周しそうなほど裂けた大きな口と、地面の下ではなく上で無数の根っこがうごめいている。
「あたしには小さくは見えないがね」
「そ、そうですね。この地方は土がいいので育ちが良いのかもしれないですね」
3メートルほどのトレントを目の前にして、呆れたネーベの言葉に言い訳にもならない、よくわからない答えをするフローラは右隣で戦闘態勢に入るブリューゼを見たあと、左隣にいるコルサを見ると下を向いてスカートをぎゅっと握り強張った表情で地面を一点見つめている。そして肩を震わせ、口をぎゅっとつぐむ。
「お医者さんはこの先にいるんですよね?」
「あ、はいそうです」
フローラに声をかけられ、あたふたしながら顔を上げ応えたコルサがじっとフローラを見つめる。
「じゃあとっとと終わらせて帰ろうか」
「あ、はい……」
フローラが微笑むと浮かない表情のままのコルサは返事をして下を向く。そんなやり取りをしている間に距離を詰めてきた数体のトレントが腕っぽい枝を振り上げる。
「え~っと、スキルと同じ感じで……」
フローラが自分の胸に手を当て自身の中を探る。襲いかかるトレントたちに対抗しようとブリューゼが大きく前に出た瞬間フローラを中心に魔力がはじける。
「あ! できた!」
嬉しそうな表情のフローラとは対照的に膨大な魔力がはじけ周囲に広がりトレントはもちろん、ブリューゼは足を止めコルサはふらつきラピドの頭に支えられる。
「えーっと炎を取り出す感じで」
右手を伸ばして掌を上に向けると炎が渦巻く。
「これで……あれ?」
襲いかかって来ていたはずのトレントたちの方を見ると、左右に分かれて身を寄せ合い震えているトレントたちの姿がフローラの目に入る。
目尻が吊り上がっていた鋭い目も下を向き、どこか情けなさすら感じさせる。
「あ、あのぉ~もしかして通って良い感じ?」
自分を見る震えて葉っぱを地面に振りまきながら頷くトレントたちに戸惑うフローラだが、地面が揺れていることに気づきそれに混ざって聞こえる地響き音のする方に目を向ける。
先ほどまで震えていたトレントたちは活気を取り戻し、地響きに向かって根っこをうねらせて集まる。
そして現れた巨大な大木がのっそりと顔を覗かせるとフローラを見下ろす。
「お前が最近森に現れる人間か?」
空気を揺らすほどの大きな声の主である大木のトレントはフローラを睨みつける。身の丈10メートルあるが、他のトレントたちと違い目は丸く、口こそ大きいが木の皮がめくれたらこ唇みたいになっているどこか迫力にかける見た目もあってなのか、不思議と恐怖を感じないフローラは冷静に対応する。
「この森に来たのは今日が初めてですけど」
「嘘をつくな。最近強い人間が森を荒らすと聞いている。お前に間違いない!」
「むっ、決めつけるのよくないです」
まくし立てる大木のトレントにフローラが不機嫌そうに応えると、トレントも丸い目を険しくして枝葉を広げ威嚇する。