傷はあれども前を向く
ひとしきり泣いた狼人の少女は、まだ収まらないしゃっくりに耐えながらブリューゼから離れると、改めてブリューゼを見て息を飲む。
「ブリューゼ様、左腕は……」
口を押さえて再び目に涙を溜める狼人の少女に対してブリューゼ優しく微笑む。
「左腕は失ったが仲間たちおかげで生き延びることができ、そしてここにいるフローラたちのおかげでここまで来れた。だからこそコルサにこうして会うことができたんだ」
ブリューゼの言葉にぐすぐすと鼻を鳴らして、コルサは泣きそうになるのを必死に耐える。小さな鼻をすすりながらブリューゼの傍にいるフローラとネーベに気づいたコルサは慌てて目元を擦る。
「お恥ずかしいところを見せて申し訳ありません。私狼人族の代表を務めているコルサと申します」
丁寧な言葉遣いでお辞儀をするコルサにフローラも丁寧にお辞儀を返す。
「私はフローラです。こちらがネーベさん、あとは地上に馬のラピドがいます」
「フローラ様にネーベ様ですね、この度はブリューゼ様と会わせていただきありがとうございます。それで、その……」
コルサが少し遠慮がちに見るので、フローラは不思議そうに見返す。
「先ほど地上で感じた強い魔力はフローラ様で間違いありませんか?」
「えっとはい、間違いないと思います……」
このところ魔力の話ばかりで、一瞬の出来事ではあったが周囲に迷惑をかけたような気がしてフローラは申し訳ない気持ちになってしまう。
「外で感じた魔力と同じ雰囲気だったのでそうじゃないかと思ってました! フローラ様からは人間とも魔族とも違う不思議な力を感じます」
「そうなんですか? 自分じゃよく分からないんですよね」
「はい、とても不思議な感じですけども、フローラ様の持つ魔力はとても強くてそれでいて温かくて優しい感じがします」
コルサの説明に、フローラは自分の中にあるフラムの存在がにあることを実感できたような気がして嬉しさから胸を押さえて微笑む。
「あのっ、フローラ様がよろしければブリューゼ様とのここまでの旅のお話をお聴きしたんですけどダメでしょうか?」
「私もコルサさんのお話が聞きたいから喜んで」
「はい、それと私のことはコルサと呼んでください」
「私もフローラって呼んで━━」
「それはできません」
笑顔で言葉を交わしたフローラとコルサだが、お願いを笑顔のまま断ったコルサをフローラは凝視してしまう。
「フローラ様は私たちよりも強い存在、そんな方を呼び捨てなどできません。それに何よりブリューゼ様を助けて頂いた方ですから」
笑顔で言うがそこは絶対に譲らないとコルサに意志の強さを感じたフローラは諦めて、慣れない『様』呼びされることを承諾する。
カニン村長にお礼を述べてコルサの住む家の中へと案内されたフローラたちは小さなテーブルを中心にして座る。
コルサがお茶を並べたところでフローラがここまで来た経緯を話す。興味深く聞いていたコルサはフローラの話がひと段落するとフローラ、ブリューゼ、ネーベを見て大きく頷く。
「ヴィーゼ様もお亡くなりになったんですね……私たちの村が襲われたあの日、混乱のなか皆が私を逃がしてくれました。穴兎様たちの村まで逃げのびれたのは私を含め八人だけです」
「別の場所に逃げた可能性はないのだろうか?」
ブリューゼの質問にコルサは少し戸惑いつつ首を横に振る。
「絶対とは言えないと思いますが、穴兎様たちにも協力頂き捜索し今のところ見つかってはいませんので確率は低いのかと……」
口をつぐんだブリューゼにコルサは力ない笑みを向け言葉を続ける。
「お父様、お母様そしてお姉様も私を庇って亡くなりました。村の風習に従い私がまとめ役を担って今日まで過ごしてきました。正直苦しいことばかりでしたけど、ブリューゼ様と再会できて今日までの日々が報われた気がします。フローラ様、ネーベ様ありがとうございます」
深々と頭を下げてお礼を述べるコルサだが、肩が震えどこか辛そうに感じたフローラはかける言葉を探しきれずに口ごもってしまう。
「フローラ様はお優しいのですね。ドラゴンのフラム様が力を託した気持ちが分かります。本当にフローラ様のことが好きだったのでしょうね」
フローラの様子を見たコルサが微笑む。
「うん……ありがとう」
自身の中にあるフラムの力を感じ胸を押えたフローラはお礼を述べる。微笑むフローラとコルサの間に和やかな雰囲気が流れる、そんな雰囲気を破ったのは扉を激しくノックする音だった。